政治家・千葉 潤 (国会議員政策担当秘書資格試験合格者(2008年)。2009/8/18に「政治家としての出生届」を提出。無所属)
(東京都文京区在住。中心となる活動地域:文京区、中央区、台東区)
政治とは「一人ひとりがそれぞれの夢を自由に追い求めながら、それでもみんなで一緒に何かをつくり上げようと努力し続けること」であると考えています。そして政治の究極目標は、将来の世代を含む一人ひとりの生命・財産などを守ることです。よって政治家に求められるのは、「イメージ」や「肩書き」ではなく、信念や能力といったものになるはずです。
くどいようですが、実はこう見えても私・千葉 潤は、2009年の衆議院議員選挙(総選挙)に無所属の新人として生まれて初めて立候補して落選した「政治家」です。しかし、「政治家・千葉 潤」には、「転職して国会議員になる」などという発想は全くありませんでしたし、「政治家に就職する」などという発想も全くありませんでした。さらに言えば、売名行為やその他の何らかの不適切な目的のために選挙を悪用したということでもありませんでした。昨年夏の総選挙から約6カ月が経過した今になれば、私・千葉が「風変わりな政治活動」を新たに展開し始めたり、自らの信念を貫き続けながら税金の無駄遣いの「共犯」にならない仕事を求める活動を本格化させたとしても、あらぬ疑いを抱かれる危険性も少なくなってきているのではないかと思っています。(参考:2009年衆議院議員選挙での「政治家・千葉 潤」)
私には素朴な疑問がいくつかあります。振り返ってみると、もう10年以上もそれらの素朴な疑問を抱え持ち続けていることになります。私・千葉 潤は、「政治家は本当に世の中の役に立っているのか?」「政治家は誰に何を訴えているのか?」などという素朴な疑問に自分なりの答えを出すために、2009年の衆議院議員選挙(総選挙)に「無所属」の新人として立候補して「風変わりな選挙運動」を展開するという形で「政治家」になったのです。そして総選挙から約6カ月に渡って文京区・中央区・台東区をあえて自転車や徒歩でゆっくりと移動しながら「政治家は本当に世の中の役に立っているのか?」「政治家は誰に何を訴えているのか?」などという素朴な疑問に対する自分なりの答えを探し続けてきました。
「政治家は本当に世の中の役に立っているのか?」という素朴な疑問には、「政治家・千葉 潤」なりの2つの答えを見出しました。1つは「不適切な政治的活動の排除」であり、もう1つは「社会の『空気』や『圧力』の矢面に立つ『盾』」です。
実は私・千葉は「政治家」という肩書きを名乗る数年前から現在に至るまで「中身のないテレビ政治」を含めた様々な不適切な政治的活動を排除するための活動を目立たない形で地道に継続しています。そして専門知識を活かしながら政治家の一員として「不適切な選挙のための活動」を排除する活動にも本格的に取り組むことにすれば少しは世の中の役に立つことができるのではないかと考えています。
政治関係者の中には、ありとあらゆる公的な機会を私物化して「選挙のための活動」に流用しようとする人間たちもいます。「政治家・千葉 潤」は、公的空間に自分たちにしか通用しない様々な価値観を勝手に持ち込み、あたかも公的なルールであるかのように多くの人たちに押し付けようとする政治勢力や特定集団とはこれからも戦い続けます。ですから、「政治家・千葉 潤」は、(1)政治家の一員として、政治家などによる不適切な政治的活動を徹底的に排除して政治の浄化に努めます。そして日本の民主主義を再構築していきます。
また私・千葉はかなりの「変人」だと多くの人たちから見なされることが多いようです。そのことは「風変わりなプロフィール」を参考にしていただければ想像することができるのかもしれません。そして「変人」であるということは、様々な社会的圧力を受けながら日常生活を続けているということを意味しています。そんな「変人」だからこそ、まるで世の中が何か一色に染まってしまったかのような危険な状態の中でも、世の中の役に立つことができるのではないかと考えています。
少し前にあった「事業仕分け」騒動などに拍手喝さいを送っていた日本社会の「空気」は、日本の民主主義を窒息させかねない危険な水準にまで達していたと考えています。また2009年総選挙前後には「政権交代」という謎の言葉によって生み出された妙な「空気」や「圧力」が様々なものを吹き飛ばしてしまいました。さらに2005年総選挙では「郵政民営化」という魔法の言葉によって生み出された妙な「空気」が社会に満ち溢れていました。今になればこれらの「空気」や「圧力」によって多くの人たちの判断がかなり歪められてしまったと振り返っている人たちも少なくはないと思います。ですから、「政治家・千葉 潤」は、(2)政治家として、必要と判断すれば、社会の「空気」や「圧力」の矢面に立つ「盾」になります。そして日本の民主主義を少しでも健全なものにしていきます。
「政治家は誰に何を訴えているのか?」という素朴な疑問に対しても、現時点までに「政治家・千葉 潤」なりの答えを何とか1つは見出すことができました。
国会議員は「全国民の代表」であると「政治家・千葉 潤」は考えています。ですから、少なくとも「選挙区の有権者だけに自分自身の当選を訴える選挙のための活動」をするつもりは全くありません。「政治家・千葉 潤」は、「仕事などのためにほぼ一日中自分が住んでいる『この選挙区』の外にいる有権者たち」「仕事などのために昼間だけ『この選挙区』にいて、夜は住んでいる別の選挙区に帰っていく有権者たち」「今は選挙権を持たない未来の有権者たち」も含めて、誰でも、いつでも、どこでも、どの程度でも、自由に参加することができる「壁のない政治活動」を展開していきます。ですから、「政治家・千葉 潤」は、「壁のない政治活動」を継続しながら、(3)政治家として、「時」の流れと「全体像」を意識しながら、今いる場所に新しく「故郷」を創造していきます。そして日本の民主主義を時代に合ったより良いものにしていきます。
また「政治家・千葉 潤」は「政治活動」と「選挙のための活動」とを区別して考えます。ほとんどの政党・政治家のように、「選挙のための活動」に多くの人手をかけたり多くのカネを費やしたりする必要が本当にあるのかは大いに疑問です。確かに政治にはカネがかかるのかもしれません。もちろん政治に限らず、何事にもそれなりのカネがかかるのは事実です。そうした現実を正しく踏まえるのならば、政治とカネの問題を抜本的に解決するためには、カネの「入口」だけではなく「出口」もしっかりと検証する必要があるはずです。「政治家・千葉 潤」は、どのようにしたら必要以上のカネや人手をかけずに中身のある政治活動を効率的に続けることができるのかということを真剣に考えています。もちろん「政治活動」と「選挙のための活動」とを完全に分離することは非常に困難なことなのかもしれません。しかし、「政治家・千葉 潤」は、あえて「選挙のための活動」を可能な限り分離した「風変わりな政治活動」を追求します。そして「政治家・千葉 潤」は「政治とカネ」の問題でも政治改革を続行します。
政治のために多くのカネを費やすことができる人間たちによって政治が歪められてしまう危険性があるということはよく知られています。しかし、政治のために多くの時間を費やすことができる人間たちによって結果的に政治が歪められてしまう危険性についてはまだそれほど多くの人たちには知られていないようです。たとえメールやインターネットなどを最大限に活用したとしても、内容を頻繁にチェックしなければすぐに流れについていけなくなるような場合には、事実上、政治のために多くの時間を費やすことができる人たちだけが参加できる状態になってしまいます。
そもそも政治のためにそれほど多くのカネや時間を費やす必要があるのでしょうか? 「政治家・千葉 潤」は、政治のためにそれほど多くのカネや時間を費やすことができない大多数の普通の人たちであっても、政治を自分自身の問題として考え続けることは十分に可能であると考えています。ですから、政治にカネだけではなく、多くの時間を費やすことができない大多数の普通の人たちが、いつでも、どこでも、どの程度でも、自由に参加することができる形で政治活動を展開し、「政治というものは政治家が行うものであり、国民や有権者は何かをやってもらう側」などと思い込む「お任せ民主主義」からの脱却を目指していきたいと考えています。
「政治家・千葉 潤」が目指す日本の社会は、多少の誤解を恐れずにあえてひとことで説明すれば、「誰もが『一人前』として扱われる潤いと理が共にある社会」ということになります。強者を強者、弱者を弱者として扱う社会は、一見合理的に思えるかもしれませんが、実際には社会のあちこちで「余計なお世話」の押し付けが生まれることになると思います。またいつも論理だけで「一人前」と判断するのならば、他人の手助けは全く期待できなくなりますが、状況に応じて他人がさりげなく協力してくれる、日本をそんな論理と人情の機微が共に感じられる社会にしていきたいと考えています。「政治家・千葉 潤」が目指す日本の社会は、例えば、「江戸しぐさ」の「さしのべしぐさ」をイメージすると少し分かりやすくなるかもしれないと思います。
そして「政治家・千葉 潤」は、いくら「議員バッチ」などを付けてテレビなどにしつこく出演してもっともらしいことを言ってみたとしても、あるいは、いくら大きな組織の支援や政党の公認を受けて毎朝のように駅前で頭を下げたりマニフェストなどを配ったりしながら「選挙のための活動」を繰り返したとしても、それだけでは「政治家」とは言えないと考えています。「政治家・千葉 潤」は、政治活動とは、自らの政治的目的の実現に役立つ「しくみ」や「環境」をつくるための活動であると考えています。そして政治家とは、政治活動を行っている者であると考えています。要するに、「議員バッチ」などを付けていても、「選挙のための活動」を繰り返していても、政治家とはとても言えない人間たちは少なくないということになります。
繰り返しになりますが、実はこう見えても私・千葉 潤は、2009年の衆議院議員選挙(総選挙)に無所属の新人として生まれて初めて立候補して落選した「政治家」です。大昔には「サルは木から落ちてもサルだが、代議士は選挙で落ちたらタダの人」などと言った政治家がいたそうですが、「政治家・千葉 潤」は、「議員バッチ」などを付けていない状態でこそ政治家としての能力が問われると考えています。
2009年総選挙の選挙期間中に主に自転車と徒歩で移動した最大の理由は、自動車や地下鉄だけで移動すると見失ってしまうものがあまりにも多くなってしまうと考えたからです。実際に徒歩や自転車で街中を少しゆっくり移動していると、様々なことが実際にはどうなっているのかとか、これから世の中で何が起ころうとしているのかなどということを示す兆候に気づくことも少なくはないのです。今後も時間が許す限り、できるだけ多く徒歩や自転車で移動しようと思っています。
くどいようですが、「政治家・千葉 潤」には、「転職して国会議員になる」などという発想は全くありませんでしたし、「政治家に就職する」などという発想も全くありませんでした。さらに言えば、売名行為やその他の何らかの不適切な目的のために選挙を悪用したということでもありませんでした。昨年夏の総選挙から約6カ月が経過した今になれば、私・千葉が「風変わりな政治活動」を新たに展開し始めたり、自らの信念を貫き続けながら税金の無駄遣いの「共犯」にならない仕事を求める活動を本格化させたとしても、あらぬ疑いを抱かれる危険性も少なくなってきているのではないかと思っています。
▽「政治家・千葉 潤」の「風変わりなプロフィール」(2010/2/14更新)。
▽2009年衆議院議員選挙での「政治家・千葉 潤」(2009/10/14付)。
このホームページへのご意見、ご感想などはjchiba_pol@mail.goo.ne.jp まで電子メールをお送りください。すべてのご意見などは千葉潤が必ず目を通しますが、件数が非常に多いため、個別に返信することはできないということを予めご承知おきください。またご意見などは本文のみでお願いします。添付ファイル付メールはセキュリティー対策のため未読のまま削除します。
政治家・千葉 潤 (国会議員政策担当秘書資格試験合格者(2008年)。2009/8/18に「政治家としての出生届」を提出。無所属)
(東京都文京区在住。中心となる活動地域:文京区、中央区、台東区) 基本方針
当ホームページについてのご意見、ご感想、反論などは、jchiba_pol@mail.goo.ne.jp まで電子メールをお送りください。すべてのご意見などは千葉潤が必ず目を通しますが、件数が非常に多いため、個別に返信することはできないということを予めご承知おきください。またご意見などは本文のみでお願いします。添付ファイル付メールはセキュリティー対策のため未読のまま削除します。
当ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権は千葉潤に帰属します。
Copyright1997-2010 Jun Chiba No reproduction or republication without written permission.