政治とは「一人ひとりがそれぞれの夢を自由に追い求めながら、それでもみんなで一緒に何かをつくり上げようと努力し続けること」であると考えています。そして政治の究極目標は、将来の世代を含む一人ひとりの生命・財産などを守ることです。よって政治家に求められるのは、「イメージ」や「肩書き」ではなく、信念や能力といったものになるはずです。
政治家・千葉 潤 (国会議員政策担当秘書資格試験合格者(2008年)。2009/8/18に「政治家としての出生届」を提出)
(東京都文京区在住。中心となる活動地域:文京区、中央区、台東区)
(具体例1) 選挙が近くなってくると「政治家になりたいだけの人間たち」や「政治家であり続けたいだけの人間たち」が「地元」をウロチョロし始めることがあります。ひどい場合には、「ご近所」「友人」「先輩」「後輩」「同級生」などの「しがらみ」を悪用する「選挙活動目的のストーカー」ような勘違いした人間たちまでもが自宅周辺をウロチョロすることもあります。いつまでもそんなことばかり繰り返している人間たちがいるからこそ、政治家や政治は一般の人たちにとって胡散臭いもののままなのではないかと思います。有権者の政治不信を高めないような形で地道な「政治活動」を行う「本物の政治家」が必要不可欠であると考えています。
ですから、「政治家・千葉」は、政治の原点に立ち戻り、あえてゼロから1つ1つを地道に積み上げていくような政治活動を行っていきます。
(具体例2) 日本のような民主主義国家では、たとえどんなに「実現不可能な自己中心的な妄想」であったとしても、あるいは、いくら「他人の名誉を著しく傷つけるような虚偽の事実」であったとしても、それが「頭の中」だけの話であり続けるのならば、誰でもいくらでも自由に「妄想」や「虚偽の事実」を作り出して好きなだけ「虚構の世界」の中で「現実逃避」をすることができます。しかし、そういう「妄想」や「虚偽の事実」がどういうわけか「頭の中」から飛び出して、「ブログ」として公開してみたり、「公共の電波」などを悪用して垂れ流してみたりなどということになるのならば、他人から「人間のくず」や「人でなし」などと厳しく批判されるだけではなく、社会の制度上も自分自身でその責めを明確に負わなければならなくなります。これは民主主義国家では当たり前すぎるくらい当たり前のことです。
最近はテレビなどで「コメンテーター」や「評論家」や「ジャーナリスト」などの「怪しげな肩書き」をぶら下げた能力の全くない人間たちが、政治家や日本の政治の世界を必要以上に胡散臭いものにしながら、ある意味で民主主義や民主主義に必要不可欠な報道やジャーナリズムを「食い物」にしています。「怪しげな肩書き」をぶら下げた能力のない人間たちにとっては、政治家や日本の政治の世界が胡散臭いものであり続けてくれなければ自分たちのウソやデタラメがすぐにバレて生き延びることができなくなってしまうので死活問題なのかもしれません。しかし、日本の民主主義を守るためには、民主主義や民主主義に必要不可欠な報道やジャーナリズムを「食い物」にしている「評論家」や「ジャーナリスト」などの「怪しげな肩書き」をぶら下げた能力のない人間たちの存在を断固として許すわけにはいきません。
そしてもちろんごく普通の人たちにとっても、ほとんどすべての自分たちの生活に大きな影響を与えている政治家や日本の政治の世界が胡散臭いものであり続けるということは決して望ましいことではないはずです。そういう意味でも政治家と国民の「距離」を適切に保ち続ける社会を実現することは重要です。
「政治家・千葉」は、日本の民主主義を守るために、そして民主主義に必要不可欠な報道やジャーナリズムを守るためにも、「評論家」や「ジャーナリスト」などを名乗るいいかげんで無責任極まりない人間たちの「化けの皮」をはいでメディアから完全に排除するための努力を継続していきます。
(参考: http://www.jchiba.net/message/090103-0.htm)。
(具体例1) たとえ「謎の生物」であったとしても、テレビなどにしつこく出演したり、大きな組織の支援を受けたり、著名人や大物政治家に応援演説をしてもらったり、立派なポスターや選挙カーを使って名前や顔を売り込んだり、毎朝のように駅前で頭を下げたりマニフェストなどを配ったりすれば、本当にそれだけで政治家らしく見えてくるのでしょうか? もしもそんなおかしな社会になってしまったら日本は滅びてしまいます。
最近の永田町周辺やテレビなどの中の世界では、どういうわけか再び「御輿は軽くてパーがいい」などということにされてしまっているのでしょうか? 少なくとも国民や有権者の目線で考えるのならば、そんなバカなことにだけは絶対にならないはずです。
(参考: http://www.jchiba.net/message/090618-1.htm)。
「政治家・千葉」は、日本をもっと中身や過程を重視する社会にしたいと考えています。
(具体例2) 生まれて初めて選挙に立候補した2009年総選挙の選挙運動では、「政治家・千葉」の信念や能力などの「中身」をなるべく偏見なしに判断していただくために、あえて「人間・千葉」の「イメージ」や「肩書き」を絞り込んで少なくしました。日本をもっと中身や過程を重視する社会にするべきだと考えています。
また「政治家・千葉」は、不適切な「設問」と「選択肢」が多く含まれる「選択肢を選ぶタイプのアンケート」については回答をお断りしています。選択肢を選ぶタイプのアンケートは、集計や他の回答者との比較が容易というメリットがあります。しかし、「設問」と「選択肢」が注意深く検討されていないような場合には、様々な形で不適切な回答を誘導してしまう危険性が非常に高いタイプのアンケートになると考えています。
例えば「憲法改正に賛成か反対か」などという類の「設問」は、「憲法のどの条文をどのような内容に改正するのか」によって賛成か反対かが完全に変わってくるはずですから、明らかに不適切な設問です。「憲法改正に賛成か反対か」などという類の「設問」は、「改憲」vs「護憲」のイデオロギー対立が鮮明だった20-30年前にはそれなりに意味のあるものだったのかもしれませんが、今現在では完全に有効性を失っているように思います。
「政治家・千葉」は、「賛成」「反対」などという「結果」だけではなく、そういう結果に至るまでの「過程」や、そういう結果になった「理由」などの「中身」も重視します。
(具体例) 日本は「貿易立国」などと言われてきました。明治時代から今現在に至るまで国際社会の中での「日本が生きる道」は基本的には「加工貿易」ということになります。つまり、海外から「原材料」や「エネルギー」を安く輸入し、日本の高度な専門知識と高い技術力を使って付加価値を付けた「製品」に加工して世界中に輸出する。それがこれまでの「日本の生きる道」でした。もちろんこれからも日本は「貿易立国」として「加工貿易」において高い競争力を維持し続けなければならないと考えています。しかし、もう既に様々な形で「貿易立国」や「加工貿易」だけでは限界が見え始めています。
そんな今だからこそ、「政治家・千葉」は、もっと長期的で大きな視点から物事を考えて「これからの日本の生きる道」を創造していくための生産的な議論を始めるべきだと考えています。
(具体例) 「政治家・千葉」は、「政治家・千葉」(=「公人」)と「人間・千葉」(=「私人」)を可能な限り区別して考えます。もっとも「公人」と「私人」を明確に区別することはできませんから、公共の利害のために政治家の「私生活」が多少犠牲になるのはやむを得ないことだと思っています。しかし、いくら公職の候補者などの「公人に関すること」であったとしても、例えば、「公人」の家族や「完全な私生活」の部分の情報まで無条件に提供させられなければならない理由はどこにもないはずです。よって公共の利害に関するなどの必要不可欠で最小限度の取材や報道以外のものについては対応する必要性は全くないと判断しています。
そもそも「政治家」は、タレントや俳優などのように、結婚、離婚、出産、交際、破局、あるいは交際発覚スクープなどを含めて「ありとあらゆる私生活」を売り物にしてまで「多くの人たちに夢を売る商売」とは別物のはずです。ましてや、タレントや俳優でも問題にされないような「政治家としての活動とは全く無関係な家族」の情報をなぜ「公人に関係する」などという理由だけで明らかにしなければならないのでしょうか? いわゆる「世襲」の問題を口実にした「悪乗り」も増えてきました。もしも「政治家」という「公人に関係する」などという理由だけで今後も理不尽なことを要求され続けられるのならば、「まともな感覚を持った有能な人材」は政治の世界からどんどん遠ざかっていくばかりです。そうなると結果的にいわゆる「世襲」を促進することにもつながっていくはずです。
ですから、「政治家・千葉」は、「政治家・千葉」(=「公人」)と「人間・千葉」(=「私人」)を可能な限り区別して考えます。
(具体例) 「誰もがみんな歳をとる。子どももやがて大人になり、そして老人になっていく」などというのは実は「幸せな誤解」です。日本でもほんの50-60年ぐらい前までは大人や老人になるということはそれほど当たり前のことではなかったはずです。様々な当たり前ではないことが当たり前のようになってしまった平和で豊かな社会が実現した今だからこそ、子どものような素直な感覚がますます重要になってくると思います。若い人たちも、年配の人たちも、「誰もが昔は子どもだった」ということだけは確かな事実です。そういう意味でも子どもたちは社会の「かすがい」になると思います。
「政治家・千葉」は、日本をもっと子どもたちが「かすがい」になる社会にしたいと考えています。
(以上、2009/9/5更新)
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