メッセージ

 「止める政治」と「つくる政治」(2007/9/16) (7/8)

  −「止める政治」VS「止める政治」?−

 (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)

 トップページ

 政治の究極目標は「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守ること」であると考えています。そしてその目的を達成するためには「ミクロ」「マクロ」、「過去」「未来」、「メリット(プラス)」「デメリット(マイナス)」などという複数の視点によって目の前の深刻な問題を相対化することが必要だと考えています。

 基本方針

 当ホームページ上のすべての記事は無料ではなく「シェアウェア」です。著作権の侵害とそれに類する一切の不適切な使用、及び不正行為は固くお断りします。また不正行為等の防止のためにやむを得ないと判断する場合には事前の警告なしに報復措置を含めたすべての必要な手段を講じます。


編集・発行:http://www.jchiba.net/基本方針   筆者:千葉 潤、ご意見など:jchiba@tokyo.email.ne.jp  基本方針    


<2007年> 最近の日本の政治情勢(2007年)について(2007/9/16更新) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)


「止める政治」と「つくる政治」(2007/9/16) (7/8) −「止める政治」VS「止める政治」?−

  
<役人には任せておけない?>
 
 繰り返すが、筆者は、今あえて民主主義の「原点」を見つめ直さなければ大変なことになってしまうと考えている。まずは年金記録問題を具体例にして永田町周辺で民主主義の「原点」を確認してみることにする。
 
 「(前略)…それは基本的に、(筆者注:年金保険料を支払った記録に関する)資料が、書類がなくなったと、見えない、紛失したという事態で、今、個人に挙証責任をかぶせられているわけですね、現在は。だから、そういうことになりますと、総理がおっしゃる意味は、確実に保険料を払いましたよと、だから受給資格がありますよという本人の申立て、そしてその給付を支払うその責任は、挙証責任は政府が負うというふうに解釈してよろしいんでしょうか」「総理が、第三者委員会をつくってそこでいろいろと作業をするという趣旨の総理の言っているお話は分かっていますけれども、その場合も、いわゆる挙証責任を最終的に国民の方に押し付けたんでは、それはもう今と何にも変わりないことになってしまうわけでありまして、その第三者機関なるものが原則として、今総理は申し立てた人を全部払えと言っているんじゃないだろうねというふうにお話しなさいましたけれども、私は基本的には、確実に保険料を払ったという申立人の国民皆さんの主張を基本的に尊重すべきだと私は思っております。もちろんそれ全部が全部正確かどうか、それはまた別な問題ですけれども、いくら第三者機関つくっても、本人がいくら申し立てても、いくら言っても、いや、それがどうやって証明できるんだという話になったんならば、それは何にも解決にならないと思うんです。ですから、基本的に第三者機関をつくって、そして国民の、保険料をちゃんと払った皆さんの主張を基本的に認めるという前提に立って第三者機関が運営されないと、何にも今の解決にはならないと僕は思うんですよ。そこはどうですかね」「(前略)…昨日何か政府・与党から時効に関する法案が出たそうでございます。これは、基本的にその記録が見つかるというのであればそれは当然給付しなきゃならない話で、本当は年金というのは、この制度は基本的に政府が、行政が管理運営している国の制度ですから、その意味において、その記録を自分たちの責任でなくなっちゃったから、だからといって時効を進行させること自体が法としてはおかしいんですよ、法の論理としては…(後略)」(以上、2007/5/30の党首討論(国家基本政策委合同審査会)での民主党の小沢一郎代表の発言から)
 「(年金記録問題での政府・与党の対応を問われて)まずですね…、年金、医療もそうですが、これは日本においては(国民)皆年金、強制年金なんですね。それで国の制度なんですよ。国がその制度を維持・管理、運営していく責任を持っているわけですね。だから国民の皆さんも国がやっていることなんだから大丈夫だろうって安心して保険料をかけているわけですね。ですから、あの…、私はクエスチョンタイム(党首討論)でも安倍総理にお聞きしたんです。それから今も(同じ番組で)お話なさっていましたが、この消えた年金記録の問題について、この責任は…、国なんですか、あるいは、一般のその、国民なんですかと。どっちが責任があるんですかということをお聞きしました。しかし総理は、いや、私は行政の長として、私が一番責任ありますと。そういうお答え…、たぶんきょうもそうだったように思います。今の現職の総理として、それは責任あるのはその通りですけれども、総理が誰であれ、国の制度として作られている年金なんですから…。総理個人うんぬんじゃなくて、国なのかどうなのかという質問に絶対答えないんですね。だから私はそこは今の最大の問題であって、その…、第三者委員会作るの、全員に払いますのと言っても、結局、国が全責任あるんですと。これについては。ですから国は皆さんに払いますと…。という考え方を前提にしないと、第三者委員会作ろうが何作ろうが、あの…、全く解決されない。そういうふうに私は思っていまして、ここのことをね、どうしてもね、あの…、ハッキリしないんですね。ここが私は一番の前提として問題だと思います。(つまり問題解決のためには国民の側に挙証責任があるのではなくて国の責任で被害を回復していくことが大事だということか、に)そう、そう…。先程も、今度の第三者委員会は、政府側と本人と…、国民側と一緒になって調査するんですよと。国民に半分責任を負わせているわけですね。その言葉通りとっても。そうじゃないんですね。やっぱり基本的に政府の責任で記録なくなっちゃったんですから。そして政府が管理・運営している、政府の、国の仕組みなんですから。政府が全面的に責任持ってきちんと支払うということにならなければこの問題の解決にはならないと思います…(後略)」(以上、2007/6/24放送のNHK「日曜討論」での小沢一郎民主党代表の発言から)
 
 多くの人たちが「社会保険庁の役人にはとても任せておけない」などと思ったとしても何の不思議もない。だが、そのような場合でも「国の責任で発生した問題なのだから国が責任を持って解決するべきだ」などと叫びながら大勢で机やテーブルなどをドンドンとたたいれば年金記録問題は本当に解決するのだろうか。それとも年金記録問題を早く解決するために一人ひとりが自分自身にもできることは何かないかと自発的に探しながらどんどんいろいろなことをやってみた方がよいのだろうか。
 
 もしも社会保険庁の役人たちが「サボタージュ」をする人間たちばかりだとしたら、年金記録問題で苦しめられている人たちのために「ボランティア」として駆けつけてくれる人たちはいったい何人出てくるのだろうか。もしも「ボランティア」や「アルバイト」として大きな貢献をしてくれた人たちを新しい組織で優先的に採用することにしたのならば、「ボランティア」や「アルバイト」に応募する人たちはいったいどれだけ出てくるのだろうか。
 
 「ボランティア」や「アルバイト」としては協力できる時間的余裕がない人たちであっても、暇な時間を上手く利用して年金記録問題で苦しめられている人たちのためにできることは本当に何もないのだろうか。社会保障制度についての専門知識を持っている人たちならば様々な形で年金記録問題で苦しめられている人たちのために役立つことをすることができるのかもしれない。また年金記録が消えていた経験を持つ人たちならば、「消えた年金記録」を最も速く復活させるためにはどのようにしたらいいかについて事情が全く分からない素人にも分かりやすく説明することができるのかもしれない。逆に年金記録が正確に記録されていた人たちであっても自分の過去の記録や記憶をまとめておけば様々な人たちが「消えた年金記録」を復活させようとする場合に何らかの形で役に立つこともあるのかもしれない。
 
 くどいようだが、民主主義を最終的に維持管理する責任があるのは、民主主義社会を構成する一人ひとりである。そして「主人公」と「王様」の区別もできないような致命的な勘違いをした人間たちが民主主義を最低最悪の「お任せ民主主義」にまで堕落させていくのではないかと筆者は考えている。
 
<「一票の格差」>
 
 さて、もしも国民が参院選で民主党を参院第一党にして「政権担当能力」を示すチャンスを与えたなどと解釈するのならば、「政権担当能力」を示す「試金石」としてはいったい何が適切なのだろうか。筆者は、民主党が力を入れている年金問題や税金の無駄遣いの追及などよりも、むしろ参院の選挙制度改革と「一票の格差」の是正問題の方が「政権担当能力」をよりよく示す「試金石」として利用できるのではないかと考えている。もちろん言うまでもなく「一票の格差」の是正問題は民主主義の「原点」を確認することになる。
 
 「(前略)…参議院の選挙制度も、いずれは抜本的に改められるべきだと思う。衆議院と同じように選挙をするなら、政党本位にならざるを得ないが、参議院が衆議院に対して独自の立場を持つことを重視すれば、政党以外の良識を代表する場であってもよいと思う。 ただ、どのような選挙制度にするかは、なかなか難しい問題である。参議院がどのような役割を果たすべきであるか、という点にまでさかのぼって考えなくてはならない。 私は、参議院はあくまでも『良識の府』として、独自の役割を持つべきだと考えるが、現行憲法のもとでは、衆議院と同じ直接選挙制で、権限も衆議院とほぼ対等になっているので、参議院を重視しているように見えながら、実は参議院が独自の役割を果たすことを難しくしている。そうした点にも目を向けながら、参議院の役割と選挙の仕方を、衆議院の選挙の仕方にとらわれずに、じっくりと考える必要がある。 いずれにせよ、参議院の自己改革努力も大切だが、国民がもっと参議院のあり方について、真剣な関心を持ち、議論が盛り上がることが望ましい…(後略)」(小沢一郎著、「日本改造計画」、講談社、1993年、p76-77)
 
 「19.一票の価値の較差(筆者注:原文のまま。以下の「較差」についてもすべて同じ)の抜本是正 選挙における一票の価値を可能な限り平等にすることは、民主主義の根幹に関わる重要な課題です。衆議院、参議院それぞれにおいて一票の価値の較差を是正します…(中略)…参議院については、2004年の選挙における一票の較差が5.13倍となっています。2006年164通常国会では、与党が提出した『公職選挙法の一部を改正する法律案』が成立しましたが、較差を4.84倍(平成17年国勢調査の速報値に基づく)にするだけの小手先の修正に過ぎませんでした。民主党は、議員1人当たりの人口の最も少ない選挙区を隣接する選挙区と合区することにより、較差を3.80倍(平成17年国勢調査の速報値に基づく)に縮めることを提案しています」(「民主党政策INDEX 2007『生活維新』実現−政治とは、生活である。」、2007/1/16付、p9から)
 
 気のせいか民主党の参院選マニフェストには「一票の格差」の是正については全く触れられていなかったような気がする。ちなみにあえて「格差」ではなく「較差」としていることに何か深い意味があるのかどうかは筆者にはよく分からない。言うまでもなく「一票の格差」の問題は「民主主義の根幹に関わる重要な課題」である。そして「一票の格差」は、「後からカネで解消することができる格差」をどんな順序でどのように解消するかなどを決定するための大前提についての「格差」だから、他のどの「格差」よりもはるかに優先順位が高いと考えることもできるはずである。そして「一票の格差」を最優先で解消すべき「格差」と捉える主張には実はかなり説得力があるのである。
 
 もしも「隣接する選挙区との合区案」に強く抵抗していたのが自民党側であったのならば、今回の参院選で定数是正の大きな障害となっている「1人区」でも野党側が圧勝(→全29の1人区中、自民6勝、民主17勝、無所属・他6勝)して民主党が参院第一党になった今こそが「一票の格差」を抜本的に是正する最大のチャンスのはずである。「格差是正国会」などと唱えて「格差」の是正に非常に熱心だった民主党ならば「一票の格差」の是正問題を自分たちの「政権担当能力」を国民に示す最も分かりやすい具体例にしようと思えばそうすることができるはずである。しかし、もしもこのまま民主党が「一票の格差」の抜本的な是正に消極的になっていくのならば、民主党もどうせ政権交代が実現すれば自分たちに不都合な改革には消極的になっていくのだろうと多くの国民も考えるようになっていくのかもしれない。
 
<「止める政治」VS「止める政治」>
 
 安倍首相の突然の辞意表明で休会状態になった第168臨時国会(2007/9/10召集。会期は11/10までの予定)では、やはり民主党などが反対の方針を示している「テロ対策特措法」(→2007/11/1に期限切れ。インド洋で海上自衛隊が行っている補給活動の根拠法)の「延長」や「新法」の問題が最大の焦点になると見られている。
 
 「(筆者注(以下( )内は同じ):2001年10月の)テロ対策特別措置法案は、二年前に既に成立していた周辺事態安全確保法の考え方にならって作られており、基本的には憲法上の論点もクリアし得るものとなっていた。 また、民主党は、国際社会と協調してテロと戦わねばならないという点では政府・与党と一致していたため、国会での論点は、割合早い段階で法案の修正、特に民主党の主張する『国会による事前承認』を認めるかどうか、という点に絞られた。 一方、(小泉純一郎)総理は、『安全保障政策は国の基本なのだから、できる限り与野党が一致できる形で進めるべきだ』ということを、公式・非公式の場で繰り返し述べていた。このため、内閣側は安倍(晋三)官房副長官、与党側は山崎(拓)・冬柴鐵三両幹事長、民主党側は岡田克也幹事長(筆者注:政調会長の誤り)がそれぞれ中心となって法案修正の可能性が真剣に議論された。 こうした与野党間の修正協議を受けて、十月十五日に与野党党首会談を行って決着を図ることとなった。この日はちょうど早朝から日帰りで総理の訪韓日程が入っていたため、党首会談は夕方以降の時間帯にセットされた。実を言うと、私は、民主党の修正案を呑む形で決着するとの情報を得ていたのだが、夕方六時過ぎに総理とともに官邸に戻ったところ、どうも様子が違う。予想に反して公明党のラインが固く、事前承認にはなりそうもないとのこと。公明党の主張は『国会で法案についてこれだけ議論しているのだから、法案が国会を通れば、事実上、事前承認が得られたのと同じだ』というもの。本当のところは、ここで自民党と民主党が修正協議で一致してしまうと、公明党の存在感が薄れる、という危機感からの反対だと思った。 そのまま午後七時十五分から、与党三党を皮切りに、さみだれで党首会談に突入。民主党との会談は夜の十時過ぎに終了したが、結論は、『決裂』。政局をにらんだ公明党の主張が通った結果であった。 こうした経緯を経て、テロ対策特別措置法案は、民主党反対のまま可決された…(後略)」(飯島勲著、「小泉官邸秘録」、日本経済新聞社、2006年、p133-134)
 
 「(前略)…(筆者注:テロ対策特別措置法案の修正をめぐる自民・民主の党首会談(2001/10/15夜)の直前に)私は鳩山由起夫代表(筆者注:原文のまま)に、まとまる可能性は50%だと自分の見通しを話した。その上で、党首会談において事前承認が認められれば法案に賛成、認められなければ反対しようと改めて確認した。 総理官邸では、自民党側が小泉総理、山崎拓幹事長、久間政調会長代理、民主党側が鳩山代表、菅幹事長と私が出席し、交渉することになった。 国会の事前承認をめぐって、冒頭から菅さんと山崎幹事長との間で激論になった。私と久間さんも議論に参加した。私は、シビリアン・コントロールの観点から国会の事前承認が必要であることを強調した。総理の後ろに控えていた総理秘書官の小野次郎さん(現衆議院議員)がしきりと相づちを打つようにうなずいた…(中略)…1時間ほど経過したところで、小泉総理が『それではここまでにしたい』と立ち上がった。突然の幕引きだった。今後のことを考えても、テロ特措法については民主党の賛成を得ておいたほうが良いと判断しているのではないかという予想は覆された。 いま考えても、なぜこのとき自民党が国会の事前承認を認めなかったのか、はっきりしない。自民党と民主党が重要テーマについて合意することに、公明党が警戒感を持って強く反対したとの説も有力ではある。 しかし、最大の問題は、自民党内に誤解があったことだと想像している。民主党は国会の事前承認がなくとも最後は妥協するとの誤ったメッセージが、山崎幹事長を通じて小泉総理に伝えられていた可能性が大きい。 交渉責任者である私が、事前承認が認められない限り賛成できないと明確に述べていたにもかかわらず、なぜ山崎幹事長が誤解したのだろうか。結局、交渉責任者である私以外の誰かが、山崎幹事長と勝手に楽観的な話をしていたのだと想像している。まだまだ民主党は未熟だった…(後略)」(岡田克也元代表のホームページの「小泉政治との5年」(2006年8月。第2章 テロとの闘いからイラク戦争へ 1)9.11テロ発生と自衛隊アフガン派遣 「党首会談まとまらず」からの引用):http://www.katsuya.net/koizumiseiji2-1.html(最終アクセス:2007/9/15))
 
 ちなみに引用部分の「鳩山由起夫代表」は民主党の鳩山由紀夫幹事長(元代表)と同一人物である。
 
 「(前略)…国会には、野党によるいろいろな政府拘束の武器がある。 主要な武器の一つは、奇妙に思われるかもしれないが、審議時間の短さである。 日本の国会は他の主要国に比べて会期が短いうえに、一年間に複数の会期を設けることができる。そして、会期不継続の原則によって、いったん会期が切れると法案は不成立となり、それでも成立させたいときは、次の国会で再び提案して、提案理由の説明からやり直さなければならない。まるで法案通過を邪魔しているような制度である。 さらに、衆院の予算委員会開会中には他の委員会は実質審議ができない。しかも、委員会の定例日は週二日しかないから、衆院の各常任委員会の審議日数は会期百五十日間の通常国会で十数日しかとれない。なるべく審議をするな、というに等しい。政府・与党が法案を通そうとし、野党が阻止しようとするのが現在の政治の実情である。この制度そのものが、まさに野党にとっては抵抗の武器なのである。 政権交代がなく、半永久的な政権政党の意見がいずれにしても通ってしまうという状況下では、この制度は一つの歯止めにはなるだろう。しかし、行き過ぎると、政治はまったく無力になってしまう。選挙制度を改革して政権交代の可能性を開く一方で、こういう制度も改めるべきである…(後略)」(小沢一郎著、「日本改造計画」、講談社、1993年、p77-78)
 「(前略)…『普通の国』とは何か。二つの要件がある。一つは、国際社会において当然とされていることを、当然のこととして自らの責任で行うことである。当たり前のことを当たり前と考え、当たり前に行う。日本国内でしか通用しないことをいい立てたり、国際社会の圧力を理由にして仕方なくやるようなことはしない。 これはとくに安全保障についていえる。湾岸戦争時の国際貢献やPKO協力法案をめぐる論議を振り返るまでもなく、こと安全保障となると、にわかに憲法や法制度を口実にしたひとりよがりの理屈がまかり通り、何とか国際協調の責任と役割を回避しようとする。どの国よりも世界の平和と安定に貢献しなければならない立場の日本が、安全保障を国際貢献の対象分野から除外することなど許されるわけがない。そのことを冷静に考え、安全保障の面でも自らの責任において自らにふさわしい貢献ができるよう、体制を整えなければならない。これは、軍国主義化、軍事大国化などとはまったく別次元のことである。 もう一つの要件は、豊かで安定した国民生活を築こうと努力している国々に対し、また、地球環境保護のような人類共通の課題について、自ら最大限の協力をすることである。その点は、まだ不十分なところが多いものの、かなり行っていると思う。 この二つを確実に、かつ継続して行うことによって、日本は、国内の経済的発展と財の配分しか考えてこなかった『片肺国家』から、国際社会で通用する一人前の『普通の国』に脱皮することができる」(小沢一郎著、「日本改造計画」、講談社、1993年、p104-105)
 
 「(1) 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。 (2) 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。 (3) 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。 (4) 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる」(日本国憲法59条)
 
 参院では与党側が過半数を大幅に下回るが、衆院では与党側が2/3以上の議席を保有しているという現状では憲法59条の「再可決」によって法案が成立する可能性が現実味を帯びてくる。今まではただ単に「再可決」の必要性がなかったから「先例」がほとんどなかったというだけの話であり、それ以上のことでもそれ以下のことでもないはずである。ただし、「再可決」をあまりにも多用すれば「無用の混乱」を引き起こす可能性も十分に考えられるし、また参院の存在意義がクローズアップされることになるかもしれない。
 
 また参院で与党が過半数を大幅に下回っている現状では、証人喚問などを含めた「国政調査権」(憲法62条)も、そして「問責決議(案)」も、確かに野党側の賛成だけで実現することは不可能ではないのだろう。だが、「国政調査権」と「問責決議(案)」の限界はしっかりと認識しておく必要がある。客観的で明確な証拠が存在しない限り、密室内での出来事は当事者以外の第三者にはなかなか分からないのである。例えば、いくら「国政調査権」を活用したとしても、証人喚問などで「マキコさんとムネオくんのどちらがウソを言っているのか」などという類のことを客観的に示すようなことはまず不可能である。またそもそも「問責決議(案)」には内閣不信任決議(憲法69条)のような法的拘束力は全くないのである。だから野党側が乱発したり政府・与党側が「黙殺」を続けたりすれば「議員辞職勧告決議(案)」程度のものになってしまう可能性もあるのである。言うまでもなく「国政調査権」や「問責決議(案)」は「政権交代」と同じように「魔法の言葉」ではないのである。
 
 このまま政府・与党側と野党側の「原則論」がぶつかり合う「『止める政治』VS『止める政治』」という展開になるのか。その場合にはどんな種類の「空気」が支配的になるのか。またそういう「空気」を読まない政治家たちがどのくらい出てくるのかなどということにも注目する必要があるだろう。あるいは政府・与党側が反対していた人たちも賛成せざるを得なくなるような「外圧」に頼らない説得力のある説明を繰り返していきながら新しく「つくる政治」を生み出していくことになるのだろうか。もちろん政府・与党側も野党側も共に「つくる政治」を目指すというような理想的な展開になる可能性がまだ完全に消えてしまったわけではない。
 
 いずれにしても筆者に言わせれば、「止める政治」なのか「つくる政治」なのか、そしてどのような種類の「空気」が漂っているのかなどということに注目していると複雑な政治状況が少し分かりやすくなってくるかもしれないのである。


<2007年> 最近の日本の政治情勢(2007年)について(2007/9/16更新) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)

<2006年以前>

   正しい「要約」と正しい「比較」のススメ(→2006年以前へ) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信済)


編集・発行:http://www.jchiba.net/基本方針   筆者:千葉 潤、ご意見など:jchiba@tokyo.email.ne.jp  基本方針    


 当ホームページについてのご意見、ご感想、反論などは、jchiba@tokyo.email.ne.jp まで電子メールをお送りください。なお当ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権はJCATSニュースに帰属します。

    Copyright1997-2007 Jcats-news. No reproduction or republication without written permission..