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 「止める政治」と「つくる政治」(2007/9/16) (5/8)

  −宮沢喜一元首相の答弁から−

 (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)

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 政治の究極目標は「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守ること」であると考えています。そしてその目的を達成するためには「ミクロ」「マクロ」、「過去」「未来」、「メリット(プラス)」「デメリット(マイナス)」などという複数の視点によって目の前の深刻な問題を相対化することが必要だと考えています。

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<2007年> 最近の日本の政治情勢(2007年)について(2007/9/16更新) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)


「止める政治」と「つくる政治」(2007/9/16) (5/8) −宮沢喜一元首相の答弁から−

 
<「空気」を読んだ「凡人」>
 
 「このたび私は内閣総理大臣に任命をされました。重責を担う身として、我が国の直面する重大な事態を直視するとき、今日の勇気なくして明日の我が身はないとの感を強くいたしております。全身全霊を打ち込んで国政に取り組んでまいりたいと思っております。現下の最大の問題は、長期化する景気の停滞と金融システムに対する信頼の低下であります。先の参議院議員通常選挙において示されたのは、国民が何よりもまず我が国の経済情勢を極めて深刻に感じ、その一日も早い回復を願っているということでありました。私は、こうした国民の声を真摯に受けとめ、この内閣を経済再生内閣と位置づけ、果断に取り組んでまいりたいと思います。日本の金融システムが健全に機能し、日本経済が再生することこそ、アジアを初めとする世界に日本が貢献する最大の道であります…(後略)」
 「(前略)…他方、将来の世代のことを考えるとき、中長期的な財政構造改革の必要性が否定されるものではありません。国鉄長期債務の処理、国有林野事業の債務の処理を含めた抜本的改革はもはや先送りの許されない状況にあり、継続審議となっております関連法案につきましても速やかな成立にご協力をお願いいたします。さらに私は一刻も早い景気回復を図るため、平成11年度に向け切れ目なく施策を実行すべく、事業規模で10兆円を超える第二次補正予算を編成いたします。その際、公共投資のあり方につきまして、景気回復への効果を踏まえるとともに、従来の発想にとらわれることなく、21世紀を見据えた分野に重点化するなどその見直しを行ってまいりたいと思います…(後略)」
 「(前略)…税制につきましては、我が国の将来を見据えた、より望ましい制度の構築に向け、抜本的な見直しを展望しつつ、景気に最大配慮して6兆円を相当程度上回る恒久的な減税を実施いたします。個人所得課税につきましては、国民の意欲を引き出せるような税制を目指し、所得税と住民税を合わせた税率の最高水準を50%に引き下げます。景気の現状に照らし、課税最低限は引き下げる環境にないと考えており、減税規模は4兆円を目途といたします。法人課税につきましては、我が国企業が国際社会の中で十分競争力が発揮できますよう、総合的な検討を行い、実効税率を40%程度に引き下げます。所得課税の改正は来年1月以降、法人課税の改正は来年度以降、それぞれ実施することとし、関連法案を次の通常国会に提出するよう準備を進めます。減税の財源としては、徹底した経費の節減、国有財産の処分などを進めながら、当面は赤字国債を充てることといたします。長期的には、今後の経済の活性化の状況、行財政改革の推進等と関連づけて検討すべき課題だと考えております…(後略)」
(以上、1998/8/7の衆院本会議における小渕恵三首相(当時)の所信表明演説から)
 
 今から9年前には参院選で示された景気対策を強く望む日本社会の「空気」を読んで政策を180度近く大転換した男がいた。男は「凡人」とも呼ばれていた。確かに「凡人」は日本社会の「空気」を読んだ。今回の参院選と同じように自民党が大敗した1998年参院選後の政治状況からも参考になりそうなことをいくつか見つけることができるのもしれない。
 
 今から当時のことを冷静に振り返ってみると、故・小渕恵三元首相は「凡人」と呼ばれた「変人」だったのではないかという気が筆者にはしている。そんなかなり不思議な「凡人」だったからこそ故・宮沢喜一元首相も異例の蔵相就任要請を受け入れることになったのだろう。
 
<嘘ではない分かりやすいたとえ話>
 
 宮沢喜一元首相がお亡くなりになった(87歳。2007/6/28。8/28に内閣・自民党合同葬)。一連の文章では何度も著書などから引用をさせていただいた(参考:2007/1/25号(教育関連での「寄り道」)、2006/11/30号(「合理的説明」と称するもの)、2006/5/12号(日本は「金大中事件」の真相究明を改めて要求しなくてはならない)、2006/2/21号(イラク問題でも「温故知新」)、2004/1/5号(本当の「弱者」とは?))。
 
 宮沢元首相は、池田勇人元首相の蔵相時代に秘書官を務めて米国との折衝に携わり(→参考:2006/2/21号)、サンフランシスコ講和条約では全権団の随員として出席した。また鈴木善幸内閣の官房長官時代には歴史教科書問題の処理に当たった(→参考:2004/1/5号)。
 首相就任(1991/11/5)後は国連平和維持活動(PKO)協力法を成立(1992/6/15)させて自衛隊をカンボジアに派遣(1992/9/17)した。そして政治改革をめぐる自民党分裂によって宮沢内閣不信任決議案が可決(1993/6/18)されたことを受けて解散・総選挙(1993/7/18)に踏み切ったが、自民党が過半数を確保できなかったために総辞職(1993/8/5)した。その結果、非自民連立の細川護煕内閣が発足(1993/8/9)して「55年体制」の崩壊が始まることになる。
 また参院選での自民党大敗(1998/7/12)によって総辞職した橋本龍太郎内閣の後を受けて発足した小渕恵三内閣(1998/7/30)では、首相経験者としては異例の蔵相への就任要請を受け入れ、続く森喜朗内閣でも蔵相・財務相を務めた。つまり宮沢元首相は、バブル発生直前の時代に蔵相、バブル崩壊直後の時代に首相、そして不良債権処理の時代に再び蔵相・財務相を務めていたことになる。ちなみに「加藤の乱(加藤政局)」(2000/11/21未明)も蔵相として経験した(→参考:2006/11/30号etc.)。そして小泉純一郎首相(当時)の要請を受け入れて衆院比例区への立候補を取りやめて政界引退を表明した(2003/10/23)。
 
 宮沢元首相の経歴は戦後日本政治の歩みの「要約」とほぼ同じものだと考えることができるのかもしれない。もしも仮に「あの頃に戻ってやり直したい」などと思ったとしたらキリがなくなって大変なことになってしまうことだろう。宮沢元首相が「私もこんな澄み切った心境でいたい」(日本経済新聞「私の履歴書」(2006年4月、朝刊連載)の最終回(2006/4/30))と書いていた唐詩選の王昌齢の詩の「一片の氷心 玉壺に在り(一片氷心在玉壺)」とはいったいどんな心境なのだろうかなどと改めて考えている(→参考:「唐詩選(下)」(前野直彬注解、岩波文庫(赤 九-三)、p72-74。王昌齢の小伝はp271))。
 
 筆者自身も蔵相・財務相時代を中心とする宮沢元首相の答弁などを「時代の空気」と「議場の空気」を共に感じながら聞いていた。宮沢元首相の答弁などには「嘘ではない分かりやすいたとえ話」が多かったということが特に印象に残っている。ちなみに筆者の言う「つくる政治」には「嘘ではない分かりやすいたとえ話」が必要不可欠である。
 
 「国鉄債務がこのように増大しました原因と責任について、ただいま(筆者注(以下( )は同じ):故・小渕恵三)総理が大体お答えになられましたが、やはり土地の売却ができなくなった、あるいは株式については上場基準の達成等々、どうも予定通りいかなかった、そういう事情がございますし、また、支出面においては、いわゆる移換金等々、新しい負担を負うという発足当時には予測できない要因があったことは事実でございます。政府としても、これまで約1兆6000億円に及ぶ国庫補助金の交付等々、いろいろなことをやってまいりましたが、それでは十分でありませんでした。いわば予測できなかった要因があったということでございますけれども、しかし、結果についてのご批判は謙虚に受けとめなければならないと思っております。それから、喫煙者の負担のことについてでございますが、先ほど申しましたように、一般会計が債務を承継することになりまして、一般会計の財源の補完を図らなければならなかった。たばこは一種の嗜好品でありますし、景気動向に割合に売り上げが左右されない、また、価格に占めるたばこ税の負担割合が最近やや低下しておりますので、その範囲で税負担を求めることとしたわけでございますが、どうもこれをもっと分かりやすく言えというご質問で、分かりやすく申し上げるとすれば、一般会計の財源として愛煙家の方々にご協力をお願いいたしますと、こう申し上げることになるかと思います。それから、今度の案に元本の償還について述べられているところが少ないというのは実はその通りでございます。一部、たばこ特別税の財源を充てるということは申しておりますけれども、実は元本につきましては非常に大きい金額でありまして、今の景気動向などから、その償還のための財源を増税に求めるということはどうも困難であるというふうに考えました。したがって、一般会計のこれからの歳出歳入面の努力によって対応するというしかどうも申し上げられないようなことになっております。総合減債制度のもとで、その債務の一環として、全体として60年で償還をするということを申し上げる以上に具体的に申し上げることができません。利払い費及び年金負担額が縮小してまいりますから、そういう意味で今よりは軽くなるということは申すことができると思いますけれども、今後の歳出歳入の努力の中で長いことかかって償還をするということ以外に、ただいまのところ特別にこれだけの財源を設けるということは困難であるというふうに考えております」
 「(前略)…このたびの財源調達につきまして、いろいろ先ほどからご批判が多いことでありますけれども、それをもってしましても、実は将来利払いが雪だるまになるのを防げるだけでございまして、新雪は払えますけれども根雪の処理はついておりません。したがいまして、総理が言われましたように、根雪の処理については60年間歳出歳入の努力でするしかないんだということになっておりまして、残念でございますが、いま根雪の部分の処理をするだけの財源調達ができないというのが現状でございます。次に、たばこ特別税というようなものはこの国鉄には無関係であるという部分につきましては、先ほどから愛煙家のご協力をお願い申し上げるということをしきりに申し上げておるわけでございますが、郵貯につきましては、先ほど(野田聖子)郵政大臣がお答えいただきましたように、積立金の状況あるいは郵貯事業の経営の健全性にも配慮いたしました上で特別にお願いをいたしましたわけであります…(後略)」(以上、1998/10/7参院本会議における旧国鉄債務処理・国有林野事業改革関連法の質疑での宮沢喜一蔵相(当時)の答弁から)
 
 「この法律案はリストラを支援するものであって、我が国経済の自律的回復を目指すというのならば、今深刻な事態にある個人消費の拡大こそ先決ではないか、大蔵大臣に答弁を求める、こういうご趣旨のご質問であります。確かに、リストラをいたしますと、殊に大幅なリストラを急激にいたしますから、雇用に深刻な影響があるということは、私はご指摘の通りと思います。でございますから、昨年度の補正予算から今年度の本予算にかけまして1兆円の施策をいたしておりますし、先般も補正予算をご審議願ってお許しをいただいたわけでございまして、そのことは私どもも抜かりなく準備をいたしておるつもりでございます。でありますが、自動車を導入すれば人力車が失業する、反対といったようなことはだれも思わないわけでありまして、今の我が国の内外の情勢を考えますと、どうしてもやはりリストラはしなければならないというふうに私ども思うわけです。アメリカの経済がきょうこれだけ好調なのは、現在労働の生産性が3%になっているそうで、つい前まで1%という時代であったのですから、やはり労働の生産性が上がっていくということが私は大事で、それによって雇用が生産性の高い方へ移っていく、それによって賃金も労働条件もよくなる、こういうふうに私どもはいたすべきだと思っておるわけです。十分注意はいたしますが、ご理解をいただきたいと思います」(1999/8/2の参院本会議における産業活力再生特別措置法(1999年)の質疑での宮沢喜一蔵相(当時)の答弁から)
 
 また宮沢元首相(当時は財務相)が日本の財政は「やや破局に近い状況」などと答弁し、発言の一部が通信社経由で世界中を駆けめぐったことをきっかけに円安が一時的に進んだこともあった(2001/3/8)。発言の一部が瞬時に世界中を駆けめぐる「物騒な時代」になったということに数年前から気付いていたはずの思慮深い英語通の大臣の下で発生した少し不思議な出来事として筆者の印象に強く残っている。
 
 「先ほど日本の防衛費についてご質問がありまして、よくいろいろご存じでいらっしゃるので違うことを申し上げるのもいかがかとは存じながら、私は長いこと日本の防衛、日本の財政を見てまいりまして、日本の防衛費は決して私は大き過ぎないと実は考えておりますことを、これ外部者のことではございますけれども、一言つけ加えさせていただきます。それから、我が国の財政は、今おっしゃいますように非常なやや破局に近い状況でございますが、もう根本的な財政再建をしなければなりませんし、その財政再建は、たびたび申し上げておりますように、これから21世紀の10年なり20年を展望いたしまして、国の財政ばかりでなく、税制、中央、地方の関連、あるいは殊に社会保障でございますが、これらをどのようにバランスのとれた姿にするかということのために、経済財政諮問会議で既にマクロモデルをつくることを決定いたしました。半年ぐらいでできるのかと思いますが、その上でシミュレーションをいたしまして、今度こそは言葉のつじつま合わせでなく、これならば10年なり20年健全な経済社会が営めるという案をつくらなければならない。そのためには恐らく非常に、給付と負担という、一言で申せばそういうことについて、何となくこうふわふわしておりましたことから厳しい選択を迫らざるを得ないところになるだろうと思います。それは私はやむを得ないし、それでこそ21世紀の日本というものが国内も国際的にもちゃんとやっていけるんだというふうに考えておりまして、国民生活そのものは、今お話がございました、これはいろいろな見方があると思いますが、経済の面だけから見れば、日本人の生活は貯蓄率はやはりごらんのように非常に高いわけでございますので、それ自身が生活の乱費に流れておるといったようには言わなくていいのではないだろうか。むしろ、あるとすれば、そういう経済面ではなくて、そういう一種の風潮みたいなものについていろいろなことを考えなければならないのではないかというふうに私としては思っております」(2001/3/8の参院予算委での自民党の松村龍二氏の質疑に対する宮沢喜一財務相(当時)の答弁から)
 
 「峰崎さんですから、これは聞いていただきたいんでちょっと言わせていただきたいんです。(2001/3/8の)参議院予算委員会のご質問の中で今のような財政の問題があって、日本の財政は大変だと、私も大変だということで、これは当然お互いに理解した上で、それについての議論ではなかったのですが、そのやりとりの中で、このごろはワイヤーサービスがございまして、これがあっという瞬間に一行でニュースを流すところでございますが、そこで何か破局的だということを流したわけです。別にその翻訳が悪かったとも私は思わないんですから、お互いに使っている言葉がそういう人たちの一行になると一つのニュースになってしまったということで、やっぱりこれはいろんな人がいるんだから私も用心しなきゃならないんだなと思いまして訂正をさせていただきました、間違った印象を与えるといけませんので。そういうことでございました。それで、確かに、これだけの債務というのは、GDPを超えておりますので、これは容易なことでありません。私は、日本国民の資質からいって、またこれが対外債務でないということもあって、成長軌道にきちんと乗っていけば、これは次のジェネレーションに本当にご負担をかけるが、しかしやっぱり我々のジェネレーションの時代にあれだけ大きな不況があったわけですから、その克服のコストを次のジェネレーションにしょっていただくのは甚だ申しわけないが、しかしこれはしょえないようなコストではない、そのために早く、殊に21世紀に正常な成長路線に乗せたいと、こう考えていまして、後からご質問があるでしょうが、マクロモデルというようなことはそういうことから申し始めたことでございます」(2001/3/15の参院財政金融委での民主党の峰崎直樹氏の質疑に対する宮沢喜一財務相(当時)の答弁から)
 
 「(前略)…九八年夏の参院選で自民党が大敗し、橋本さんから小渕恵三さんに首相が代わった。その時、小渕さんからすべて任せるので、蔵相になってもらいたいという話がきた。『年寄りが出る幕ではない』。そう固辞したが、最後は小渕さんが軽井沢にいる私のところまで訪ねてくるという。『とんでもありません』と言って、私が東京に出ていくことにした。金融システム安定化の本部長をしていたこともあり、とうとう断りきれなくなって、蔵相を引き受けた。 首相経験者の高橋是清蔵相が昭和恐慌を処理したことになぞらえ、マスコミは『平成の是清』と評していた。私は次の森内閣でも蔵相を続け、省庁再編で途中から財務相という名前に変わったが、都合三年近く経済、財政運営にかかわった。 使える金はすべてつかって景気を良くする――。蔵相在任中はその一心で、減税や公共事業などのあらゆる景気対策に取り組んだ。しかしいくら金をつぎ込んでも泥沼にコンクリートパイルを打ち込むような感じだった。いろいろ努力はしてみたが、何をやってもだめだった…(後略)」(日本経済新聞「私の履歴書」(2006年4月、朝刊連載)(28)(2006/4/29))
 
 「(前略)…――そして、積極財政の効果もあってか、小渕政権の最後のあたりで、経済もかなり回復した部分があったと思うんですが、宮澤さんはどのように見てらしたのですか。 宮澤 いやあ、私が蔵相をやっていた間は結局、経済が良くなったと感じたことはありませんでした。不良債権がこれだけ残っていたのではどうにもできない。そして、財政はますます悪くなってきていたし…(後略)」(「90年代の証言 宮澤喜一 保守本流の軌跡」、五百旗頭真・伊藤元重・薬師寺克行 編、朝日新聞社、2006年、p78-79)
 
 宮沢元首相が蔵相・財務相時代に国債を財源とする景気対策に効果を実感していなかったということを前提にするのならば、もしかすると宮沢元首相の日本の財政は「やや破局に近い状況」などという答弁から「政治的な意味」や「政治家としての技術」を読み取ることができるのかもしれない。


<2007年> 最近の日本の政治情勢(2007年)について(2007/9/16更新) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)

<2006年以前>

   正しい「要約」と正しい「比較」のススメ(→2006年以前へ) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信済)


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