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 「止める政治」と「つくる政治」(2007/9/16) (3/8)

  −「安倍首相と行く東京観光ツアー」−

 (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)

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 政治の究極目標は「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守ること」であると考えています。そしてその目的を達成するためには「ミクロ」「マクロ」、「過去」「未来」、「メリット(プラス)」「デメリット(マイナス)」などという複数の視点によって目の前の深刻な問題を相対化することが必要だと考えています。

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<2007年> 最近の日本の政治情勢(2007年)について(2007/9/16更新) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)


「止める政治」と「つくる政治」(2007/9/16) (3/8) −「安倍首相と行く東京観光ツアー」−

 
<「空気」の中の「酸素」>
 
 「(前略)…戦後の日本で何が一番よくなったか――。そう問われれば、私は躊躇することなく『自由があること』と答える。戦前、戦中に徐々に言論の自由が封殺されていった時代に生きたつらさは、経験したものでなければ分からない。誰を恐れることなく、言いたいことが言える。これこそが言論の自由があるということだろう。戦争の惨禍は忘れ難いし、いろいろひもじい思いもしたけれど、私には精神の自由を奪われていたことが何よりもこたえた。 それは空気の中の酸素がどんどん薄くなっていくような感覚だった。日々、息苦しさがましていく。ついに酸素がなくなってしまえば、人であれ国であれもう死ぬしかない。そういう死滅寸前のところまでいったのが、敗戦を迎えた日本の姿だったろう。 今、半生の記をまとめるに際して、八十六歳の私は、それでは戦後の日本復興のためにおまえは何をなしたのか――。こう自問自答してみたが、いまだに確かな答えを見いだせない…(中略)…半生を振り返って思うことは、再び自由が失われた社会にだけはしてはならないということである。それは私のような戦前、戦中の日本を知る人間の使命だと思っている。子供たちが慰問袋を見ることのない時代が六十年余り続いてきた。慰問袋や千人針が本当の死語となり、歴史のかなたに忘れ去られてしまうことを私は強く願っている」(日本経済新聞「私の履歴書」(2006年4月、朝刊連載)(1)(2006/4/1))
 
 平和で豊かな民主主義国家である今の日本ではいつでも「空気」の中に十分な「酸素」が存在するのは当たり前のことになっている。だが、「空気」というものは目には見えないものである。そして日常生活では「空気」の中に「酸素」がどのくらい残されているかを正確に知ることができる機会はなかなか存在しないものである。一人ひとりが意識的に「空気」の中の「酸素」の量を知ろうと努力しなければ少しずつ確実に「酸素」の量が減少していっても全く気づかないのではないかと筆者は考えている。
 
 そして平和で豊かな民主主義国家の日本の多くの人たちにとっても安倍首相のような「権力者」は「生活」とは無縁という感じがするのかもしれない。安倍首相も「パパとムスメの7日間」(TBS系列ドラマ(日曜21:00-)。2007/7/1-8/19(放送終了)のように一度くらいは国民と入れ代わって生活してみたら国民の気持ちが分かるようになるのではないかなどと本気で思っている人たちも少なくはないのかもしれない。だが、そんな安倍首相も間違いなく一人の生身の人間であるし、間違いなく日本国民の一人でもある。あくまでも念のために言っておくが、安倍首相は「権力者」という「別の種類の生物」ではないのである。「権力者」を国民の「代表」(の「代表」)ではなく、「別の種類の生物」と誤解すると最低最悪の「お任せ民主主義」に堕落することにもつながっていくことになると筆者は考えている。そういう誤解をしている人間たちこそテレビドラマのように7日間ぐらい「権力者」と入れ代わって生活してみれば真実が理解できるのではないかと筆者は思っている。ここで安倍首相も間違いなく生身の人間であるし、間違いなく日本国民の一人でもあるということをあえて強調しておくことにしよう。
 
 さて、ここからしばらくは「安倍晋三首相と行く東京観光ツアー」に読者をご招待しようと思う。そして日本が間違いなく思想及び良心の自由(憲法19条)、言論の自由(憲法21条)などが保障された平和で豊かな民主主義国家であるということを少し変わった方法で読者に実感してもらおうと考えている。あくまでも念のために言っておくが「安倍晋三首相と行く東京観光ツアー」では「バスに乗り遅れる」などという無意味な心配をする必要は全くない。もちろんバカバカしいと思う読者は遠慮なく自由に読み飛ばしてもらって結構である。
 
 そしてこれは当たり前すぎるくらい当たり前の話だが、民主主義国家の日本ではこんなことを思ったり考えたり言ったり書いたりしても、「秘密警察」が筆者の住居への人の出入りなどを「アジト」から24時間態勢で監視するようになったり、筆者がどこに行くときもストーカーのように執念深く尾行したりするようになるということは絶対にないのである。もしも今の日本でそんなことすらも満足に理解できずに「秘密警察ごっこ」をしたがる人間たちがいるとしたら「民主主義というものを全く理解していない政治勢力」や「選挙のために頭がおかしくなっている政治家たちとその仲間たち」ぐらいだろう。
 
<「安倍晋三首相と行く東京観光ツアー」>
 
 きょう(7/28)は参院選投票日の前日。ここは「セレブ」な雰囲気が漂う表参道ヒルズ前、大勢の「体格のいい男たち」と「カメラ」がいなければただの普通の静かな土曜日の午前中である。なんか急に騒がしくなってきた。「安倍首相ご一行様」が予定時間よりも少し遅れて場違いな遊説車に乗って到着する。
 
 「おはようございます。安倍晋三でございます。いよいよきょうは選挙の最終日です。私たち自由民主党はしっかりと改革を続けていきます。皆さん、なぜ改革が必要か…。それは皆さん、人口が減っていきます。人口が減っていけば税金を払う人の数や、また社会保険料を払う人の人口が減っていく…。今までのままではやっていくことはできないんです。だからこそ、民間でできることは民間でやってもらって、役所も、行政も…、政府も変えていかなければいけません。再度、改革を行い、そして経済を成長させていきます…(後略)」(2007/7/28午前の表参道ヒルズ前での安倍首相の街頭演説から)
 
 「安倍首相ご一行様」は最初から最後まで完全に周囲から浮いたままだった。どうしてこんな「セレブ」な雰囲気の場所を選んでわざわざ演説したのかは筆者にはよく分からない。そしてそんな「空気」を感じているのか感じていないのか…、安倍首相はマイクで力強く訴えながら遊説車に乗って渋滞の中をゆっくりと走り去って行く。若い女性記者たちが「安倍首相ご一行様」を追っかける「バス」に乗るために歩道を一生懸命走っている。あくまでも念のために言っておくが、「このままではバスに乗り遅れるぅー」などとは叫んでいない。「自由行動」の筆者は地下鉄で次の観光名所へと急いだ。
 
 「ゆりかもめ」から降りて「自由の女神」が見える方向に歩いて行ったら「安倍首相ご一行様」もちょうど到着したばかりだった。どうやら今度は「握手作戦」をするつもりらしい。そして石原伸晃幹事長代理(当時、現・政調会長)がマイクで「どうか握手をしてやってください」などと言っている。素人っぽさがあふれる地味な選挙運動である。まさか今ここに内閣総理大臣と自民党幹部が来ているとは誰も思わないことだろう。でも、筆者から見れば少し懐かしい光景である。今ではもうすっかり安倍首相や石原幹事長代理が「NAIS(ナイス)」な関係だったということを覚えている人たちも少なくなっている。
 
 さすがに最初は周囲の反応は鈍かった。だが、ひとたび「総理大臣」がすぐそこにいると分かると、そこらじゅうからたくさんの人たちが次々と集まってきて「体格のいい男たち」はとても忙しくなる。男子高校生たちが「そこ! そこ! そこ! アベ、アベ、アベ、アベ、アベ…」などと大声で叫びながら本人に近寄って行っても全く何の問題もない。「どうする? せっかくだから握手してもらおうか?」などと小さな子どもに言っているお父さんやお母さんが何人もいる。安倍首相と記念写真を撮っている人たちもたくさんいる。そして本当に安倍首相に向かって「頑張れ! 負けるな!」と激励している人もいた。筆者は妙に感心した。やはり日本は平和で豊かな民主主義国家である。すると安倍首相が「階段」を下りて行ってメガホンを使い始めた。
 
 「皆さん、おはようございます。安倍晋三でございます。いよいよ選挙戦最終日です。私たち自由民主党はしっかりと…。私たち自由民主党はしっかりと今、改革を進めています。経済を成長させることができるのは私たち自由民主党です。そして皆さん…、景気をしっかりと回復をしていき…、年金、医療、介護…、社会保障をしっかりと私たちは守っていきます。どうぞ、皆さん、私たち自由民主党に力を与えていただきますようによろしく…(→筆者注:「ピー!」とマイクのハウリングの音)、お願いを致します…(後略)」(2007/7/28昼の東京・お台場での安倍首相の街頭ミニ演説(メガホンで)から)
 
 安倍首相はミニ演説終了後に「握手作戦」を再開する。今度はテレビ局のすぐ目の前である。様々な人たちと握手をしたり記念撮影をしたりしながら安倍首相はゆっくりと、ゆっくりと、「牛歩」のような非常にゆっくりとしたスピードでテレビ局の目の前を一人ひとりと握手をしながら歩いている。石原幹事長代理はこれ以上歩くと安倍首相をおいてけぼりにしてしまうので振り返って遠くから安倍首相の方を眺めている。そして歩いてきた女子高生たちに声をかける。「総理と握手してやっていただけましたか?」「あ、はい…」「それはよかった」。あれ? 彼女たちは素通りしなかったけ? まあ、いいか。
 
 相変わらず「安倍首相ご一行様」は例のテレビ局周辺で「握手作戦」を続けている。まるで誰かが現れるのを待っているかのようである。安倍首相はいくら何でも参院選での一発逆転を狙うために「妙なオッサン」を探し出して過去に戻してもらおうなどと思っているというわけでもあるまい。
 
 主人公の「ケンゾー」こと「岩瀬健」が友人として出席した大好きな幼なじみの結婚披露宴の会場からスライドショーの思い出の写真の中に次々とタイムスリップして大逆転での幼なじみとの結婚を目指す「プロポーズ大作戦」(フジテレビ系列ドラマ(月曜21:00-)。2007/4/16-6/25(放送終了))を思い出してしまった。ちなみに「シンゾー」は間違いなく安倍首相の本名である。ゆっくりとした握手はまだ続いている。
 
 そう言えば、安倍首相は「華麗なる一族」(TBS系列ドラマ(日曜21:00-)。2007/1/14-3/18(放送終了)。原作:山崎豊子著、「華麗なる一族」(上)(中)(下)、新潮文庫)が大ヒットしていた頃にもかつて勤務していた「帝国製鉄」でも「阪神特殊製鋼」でもない製鉄所を訪問(2007/3/10)したことがあった。かなり暑い中ゆっくりとした握手はまだ続いている。総理番記者たちの集中力が完全に切れてからもう10分以上が経過している。まるで「学級崩壊」のようである。もしかすると閣議や閣僚懇談会もこんな調子なのだろうか。
 
 ちなみにもしも安倍首相が「あの頃に戻ってやり直したい」と思っているとしたらいったいいつに戻りたいと思っているのだろうか。内閣支持率が今の2倍以上もあった約1年前だろうか。それとも今のように握手をしたり雑踏の中でメガホンを使って演説をしていた幹事長時代だろうか。
 
 「自民党は(筆者注(以下( )内は同じ):民主党が「追加マニフェスト」で示した北朝鮮への)送金停止法案などは既にやっている。今、どうしてこんなこと言ってきたかというと、我々がこの問題(→北朝鮮による日本人拉致問題など)をやってないじゃないかと民主党に言ったから慌てて出してきた。菅(直人・民主党代表(当時))さんはやっぱり全くこの問題には関心がなかったと。あるいは私は後ろめたかったんだろうなあと。こう思います。何年も前に大阪で…(後略)」(2003/11/1に埼玉・大宮での応援演説で)
 
 このときも安倍首相は雑踏の中でときどき「ピー!」という音が入る演説をしていた。そして昔から安倍首相は北朝鮮による日本人拉致問題に熱心に取り組んでいた。そう言えば、民主党が2003年総選挙の選挙期間中に「マニフェスト」本体を修正せずに「追加マニフェスト」なるものを発表(2003/10/31)してこっそり公約を追加しようとするような事件もあった(→2003/12/8 (6/8)号)。
 
 「皆さま、こんばんは。自民党幹事長の安倍晋三でございます…(中略)…昨年(2003年)の衆議院総選挙…、大変なご迷惑をおかけをして、その反省の中から私たちは自民党を変えたい、この日本を変えたい…。今までの候補者制度とは違う、一般公募で候補者を選びました。全国でこの地域を良くしたい。日本の改革のために頑張りたい。そういう意欲ある、志のある候補者を募りました…(中略)…あさって小泉内閣が誕生して3年目を迎えます。素晴らしい国をつくっていく。この国に生まれたことを誇りに思える、そういう国をつくっていこうと…。そのために改革に着手を致しました。改革なくして成長なし。この3年間、みんなで頑張って改革に取り組んでまいりました…(中略)…この景気の明るい兆しを、中小企業にも、地域にも、拡大していくために頑張っていきたい。そう思っています…(後略)」(2004/4/24夕の埼玉・所沢駅前での自民党の安倍晋三幹事長(当時)の応援演説(衆院埼玉8区補選の選挙戦最終日)から)
 
 もしも安倍首相が一発逆転や反転攻勢を狙っているのならばやはり「このとき」に戻ろうと思うのかもしれない。「このとき」は、年金未納・未加入の3閣僚を「未納3兄弟」と厳しく批判していた菅直人・民主党代表(当時)自身も厚相在任時に国民年金未加入だったことが明らかになって未納兄弟の仲間入りをする「そのとき」まであと4日である。ちなみに「このとき」は民主党のある議員が国民に年金保険料の値上げをお願いする内閣の閣僚としての「心構え」を問題にしながら未納・未加入の政治責任の重大性の認識や辞任の意思を「問題閣僚」に国会で厳しく問いただしていた「翌日」でもあった。
 
 懐かしい過去の出来事を思い出していた間にようやく「握手作戦」は終了した。この後の「安倍晋三首相と行く東京観光ツアー」は池袋、阿佐ヶ谷、浅草などと続き、まだまだ見どころはたくさんあったのだが、あえてここでは「空気」を読んで新橋の最終演説まで一気に飛ぶことにしよう。
 
 「(前略)…先程も街頭で…、この逆風の中、頑張れ、負けるな、と声をかけて頂きました。本当にうれしいです。そして今、全国を回って、国民の皆さまから率直なご意見を頂いております。この国民の皆さまの切実な声に、私たちはしっかりと耳を傾け、そして反省をすべき点は反省をし…、また自由民主党をしっかりと新しい政党に変えていく…(中略)…そしてまた我々がこの声を国政に反映をしていく、決意を新たに致しております…(後略)」、「(前略)…横田めぐみさんの…、お父さん…、お母さん…、ご両親がしっかりとめぐみさんを抱きしめることができる日がやってくるまで、そして皆さん、すべての拉致被害者が日本の土を踏んで、家族と再会する日がやってくるまで、私も、丸川さんも、鉄の意志を持ってこの問題の解決に取り組んでいきます。どうか皆さん、この選挙で私たちに力を、力を与えてください。私たちに勝利をよろしくお願いします。皆さん、この選挙…、この選挙は改革を共に進めていくのか、あるいは、逆行していくのか。経済を成長させ、景気をもっと良くして、みんなで豊かになっていくのか…(中略)…私たちにお任せください。ありがとうございました。ありがとうございました…(後略)」(2007/7/28の新橋駅前での安倍首相の最終街頭演説から)
 
 あくまでも念のために言っておくが、いくら「あの頃に戻ってやり直したい」などと強く願ったとしても「過去」に戻ってやり直すことは絶対にできないのである。そして「君は若いからまだチャンスがある」などという言葉にそれなりの説得力が感じられるようになってくると自民党もついに「辞任後レジューム(resume)体制」から脱却できない野党第一党のような政党になってしまうのかもしれない。
 
<北朝鮮関係>
 
 ここで北朝鮮関係の動きについても簡単に触れておくことにする。予想通り北朝鮮の核放棄に向けた6カ国協議の合意文書(2007/2/13)の履行は「牛歩」を続けている。
 
 中国・北京で6カ国協議が開かれたが、北朝鮮がマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)の銀行口座凍結解除に固執したために実質的協議もないまま休会した(2007/3/19-22)。米財務省も容認してBDAのすべての北朝鮮関連口座の凍結が解除されたことが明らかになったが(2007/4/10)、北朝鮮は初期段階措置の履行期限(2007/4/14)を迎えても具体的な措置を取らなかった。そして米ニューヨークの連邦準備銀行(公的機関、米連邦準備制度理事会(FRB)傘下)を経由する形でロシアの銀行へのBDAの北朝鮮関連資金の送金作業が開始されたことが明らかになり(2007/6/14)、北朝鮮側も送金問題の解決を確認した(2007/6/25)。これでようやく北朝鮮は6カ国協議の初期段階措置を履行することになった。
 国際原子力機関(IAEA)の査察官チームが北朝鮮入りし(2007/7/14)、北朝鮮も核施設の稼動停止とIAEA査察官チームによる監視活動の許容を発表した(2007/7/15)。なお北朝鮮の核施設の停止・封印の見返りとして韓国が提供する重油5万トンの第1便のタンカーが北朝鮮北東部の先鋒港に到着・提供を開始した(2007/7/14)。
 中国・北京で6カ国協議の首席代表会合が開かれたが、「次の段階の措置」の履行期限で合意できずに終了した(2007/7/18-20)。6カ国協議の「朝鮮半島の非核化」に関する作業部会が中国・瀋陽で開かれたが(2007/8/16-17)、北朝鮮が申告するすべての核計画の範囲や無能力化の定義を決定することはできなかった。
 北朝鮮の核問題などの6カ国協議の米朝国交正常化作業部会がスイス・ジュネーブで行われた(2007/9/1-2。米国と北朝鮮が2007年内の「すべての核計画の完全な申告」と「無能力化」で合意したという。米国は北朝鮮のテロ支援国家指定の解除に前向き?)。そして日朝国交正常化作業部会がモンゴル・ウランバートルで行われた(2007/9/5-6。1日目は過去の清算問題、2日目は拉致問題などが話し合われる。拉致問題で具体的進展はなし。なお前回はベトナム・ハノイで2007/3/7-8に行われたが具体的成果なく終了)。
 
 韓国と北朝鮮が盧武鉉(ノムヒョン)大統領と金正日(キムジョンイル)総書記の南北首脳会談を8/28-30の日程で平壌で行うと発表した(2007/8/8。実現すれば2000年6月の金大中前大統領の訪朝以来約7年ぶり。12月の韓国大統領選にも影響か)。ところが北朝鮮の大雨による洪水被害を理由に10/2-4の日程に延期となった(2007/8/18)。
 韓国の最大野党ハンナラ党は前ソウル市長の李明博(イ・ミョンバク、65歳)氏を大統領公認候補に決定した(2007/8/20。党内選挙で李氏(得票率49.56%)が朴槿恵(パク・クンヘ)元党代表(55歳、得票率48.06%)を接戦で破って勝利)。
 アフガニスタンでタリバンに拉致されていた韓国人が解放された(2007/8/30。事件は発生から43日目に解決。解放されたのは19人。最初に拉致されたのは23人だが、健康状態が悪化した女性2人が解放され、2人が死亡していた。既に決まっていたアフガニスタン駐留韓国軍の年内撤退、アフガニスタン国内でのキリスト教の宣教活動の禁止などが条件で韓国政府とタリバン側が合意したという。身代金が支払われたとの見方も)。
 
 また政府は対北朝鮮制裁措置の6カ月延長を閣議決定した(2007/4/10)。青森県深浦町に北朝鮮からの脱北者とみられる男女4人が小型木造船で漂着(2007/6/2。夫婦とみられる50代の男性と60代の女性、子供とみられる30代と20代の男性)、そして成田空港発の大韓航空機で韓国に到着した(2007/6/16。うち1人は記者たちに自由、民主、人権と叫ぶ)。
 東京地裁は整理回収機構が朝鮮総連に約627億円の返済を求めた訴訟で全額の支払いを命じる判決を言い渡した(2007/6/18。朝鮮総連の財産を判決確定前に差し押さえることを可能にする仮執行も認められる)。また東京地検特捜部は朝鮮総連中央本部の土地・建物「売却」問題で元公安調査庁長官の緒方重威(しげたけ)容疑者ら3人を詐欺容疑で逮捕した(2007/6/28)。
 
 筆者はかなり以前に「北朝鮮問題は継続と集中」と書いたことがある(→参考:2003/9/28号etc.)。しかし現状は、まるで米国は「中東」と「米国内」、中国は「五輪」と「経済発展」、韓国は「大統領選」と「同じ民族」、ロシアは「懐かしい超大国の復興」と「天然資源の確保」にそれぞれ集中力を奪われているような状態である。これでは北朝鮮問題はなかなか進展しなくても不思議ではないのかもしれない。
 
 いずれにしても、それにもかかわらず、日本としてはこれからも引き続き「超法規的措置」などとは全く無縁の状態で「人権」という人類共通の問題を最優先課題として捉えながら国内法令を厳格に適用していくことが何よりも重要であると筆者は考えている。全財産を騙し取られた上で「地上の楽園」に送り込まれて悲惨な生活を余儀なくされてしまった善良な人たちとその子孫たちがそう遠くない将来に騙し取った側に損害賠償などを請求するケースをも想定しつつ、日本は法と証拠に基づいた「国際社会に通用する正義」の実現を目指す必要があると筆者は考えている。
 
 以前から何度も繰り返しているが、北朝鮮には末端の一人ひとりの生命・財産なども保障されていないという見過ごすことが許されない人類共通の重大な問題がほぼ手つかずの状態のままで残されているのである。もちろん北朝鮮の核兵器やミサイルの問題、偽札や麻薬などの不法行為の問題も重要であることは言うまでもないことである。だが、それらのすべての問題と本質的な部分でつながっている北朝鮮にいる末端の一人ひとりの生命・財産などを含む基本的人権の保障をどのように確保していくかという問題が置き去りにされたり、後回しにされたりするようなことはあってはならないと筆者は考えている。
 
 ちなみに南北首脳会談の延期理由とされた北朝鮮の洪水被害の詳細は不明である。しかし、北朝鮮の自然災害のほとんどは「天災」であると同時に「人災」でもあり、そして純粋な「天災」による被害よりも「人災」による被害の方がはるかに大きいという特徴があると見られている。普通の国家ならば最優先で進められるはずの治水などの災害対策事業が「軍事最優先」「核開発最優先」の方針の下で完全に後回しにされているのである。よって北朝鮮の末端の一人ひとりを自然災害から救うためには国際社会からの援助だけでなく「政治」の抜本改革も必要不可欠ということになるのである。
 
 日朝国交正常化作業部会がモンゴル・ウランバートルで行われた(2007/9/5-6)。前回(2007/2/20号)の繰り返しになるが、日本はこれからようやく「勝負」の機会がやってくることになると筆者は考えている。「拉致問題」を含む「人権」の問題を解決する絶好の機会がやってくるそのときまで日本は焦ることなく従来の方針を堅持することができるかどうかの「正念場」が続くのである。もうしばらくの間は「重苦しい空気」にじっと耐え続ける必要がある。
 
 くどいようだが、「ハニートラップ」などに引っかかりやすい「よこしまな人間たち」に間違っても「北朝鮮にいる末端の一人ひとりの人権蹂躙を容認するツアーのバス」に乗せられてしまわないようによくよく注意をする必要がある。
 
<「辞任後レジューム(resume)体制」からの脱却>
 
 さて、このままでは筆者は安倍首相の「追っかけ」だと誤解される危険性が残ってしまうので読者を「別のツアー」にもご招待しておくことにする。あえて名付けるならば「元代表たちと行く辞任後レジューム(resume)ツアー」ということになるだろうか。
 
 「(前略)…信じられないことが起きたことは、先程、枝野(幸男)政調会長(当時)から申し上げた通り、国民年金も払っていないような政治家が大臣をして…(中略)…(年金の)掛け金は上がり、受給額は減る。しかもそれは少子高齢化でどうしようもない、選択肢がない、というから、野党の我々も飲みましょう…。でも、そうじゃないんだと…(中略)…皆さま方の年金保険料からつまみ食いされているんです。つまみ食いをされている…。グリンピア…(中略)…何兆というおカネが、皆さま方の保険料、皆さま方の老後の保障のためのおカネがつまみ食いされていたんじゃありませんか…(後略)」(2004/4/24夜の埼玉・所沢駅前での民主党の鳩山由紀夫前代表(当時)の応援演説(衆院埼玉8区補選の選挙戦最終日)から)
 
 「(前略)…皆さま方の多くの方と握手させていただいて…(中略)…いろいろな方々からいろいろな話を伺いました。ある方はね…、私を見て、『老けましたね』って言われました(笑)。それはそうです。私はもう還暦ですから。そして1月に孫も誕生したおじいさんですから。それは歳なりに老けたと思います。でもね、皆さん…。この日本の世直し…、途中で諦められるわけないじゃないですか。こんな今の日本の政治をこのままにして…、政治の場を諦めることはできない…(後略)」(2007/7/22夕の東京・銀座での民主党の鳩山由紀夫幹事長の応援演説から)
 
 鳩山由紀夫幹事長の銀座の歩行者天国での「握手作戦」も安倍首相と同じかそれ以上に非常にゆっくりだった。さすがに鳩山由紀夫幹事長も一発逆転を狙うために「妙なオッサン」を探し出して過去に戻してもらおうと思っていたというわけではないのだろう。そしてやはり「老けた」と思ったのは筆者だけではなかったようである。過去の姿と比べてみたわけではないのだが、筆者は久しぶりに「生」で見た鳩山由紀夫幹事長の「消耗」の程度の大きさに正直驚いた。少なくとも今の鳩山由紀夫幹事長には「もしかして未来から来たユッキー?」などと誤解されてしまうような「宇宙人のような言動」が飛び出すことはもうあまり期待できないのかもしれない。
 
 それにしても鳩山由紀夫元代表は代表辞任後に幹事長になってからも厳しいことばかりを経験し続けてきた。前代未聞の全国紙への謝罪広告を掲載(2006/3/15)することになった「メール」問題(→参考:2006/2/21号、2006/4/17号)では、「議員バッチ」への異常に強いこだわりを示して前原誠司前代表の辞任(2006/3/31)という事態に発展するまでとうとう議員辞職しなかった「愚か者」の説得で鳩山由紀夫幹事長は大きく「消耗」したことだろう。そして小沢一郎代表(旧自由党党首)の就任後(2006/4/7)も引き続き幹事長を務めて「トロイカ」体制や野党共闘の維持などで「消耗」し続けているのかもしれない。
 
 「君の髪型は金正日さんの髪型とそっくりだね」「じゃあ、私にも親書をください」などという立ち話を後にしたと伝えられる二人が「せいぜい小沢一郎さんを大事にしてくださいね」「なんだ。やっぱりあんたもいらないのか」などという会話を交わしていたと見られる約8年前の衆院本会議場でのあの光景を思い出した。今から考えてみれば、電撃的な旧自由党との「野党結集」方針発表に対する旧民主党内の猛反発によって辞任(2002/12/3)に追い込まれた鳩山由紀夫元代表は完全な「冤罪」だったと考えることもできなくはない。鳩山由紀夫元代表(現・幹事長)が「あの頃に戻ってやり直したい」などと強く願うほど不完全燃焼の状態なのかどうかは定かではないが、「辞任後レジューム(resume)体制」が続く民主党内の基準では次期代表候補の序列No1ということになるのかもしれない。
 
 「(前略)…自民党は変わったという。どこが変わったんですか。何が変わったんですか。秋のあの事件は、逮捕された本人ももちろん責任がありますよ。だけど本人だけの問題じゃありません…(中略)…候補者の顔だけ変えて、何が自民党を変えるんですか。責任取らないんですよ、皆さん。どうか皆さん、そういったバカな考えに騙されることなく…(後略)」(2004/4/24夜の埼玉・所沢駅前での民主党の岡田克也幹事長(当時)の応援演説(衆院埼玉8区補選の選挙戦最終日)から)
 
 「(前略)…立って聞いていただいて本当にありがとうございます。民主党元代表、現在、副代表を務めております、岡田克也です…(中略)…さて、この参議院選挙…、かなり大きな選挙になってまいりました。後から振り返ると、ああ、あのときのあの参議院選挙で日本の政治が動き出した。変わり出した…。大きな区切れだったんだなあ…。そう言われるような参議院選挙になる可能性が高まって参りましたし…(中略)…与野党逆転して政治の流れを変える。古い政治をやめて、新しい政治を皆さんと一緒に創り上げる。そういった参議院選挙に是非ともしなければならないと思います…(後略)」(2007/7/24夜の埼玉・南浦和駅前での民主党の岡田克也元代表の応援演説から)
 
 そう言えば、岡田克也元代表は、前代未聞の異常事態の発生を受けて十分に準備が整わないままに代表に就任したということを思い出した。2004年春に年金未納・未加入が明らかになった麻生太郎総務相(当時)・石破茂防衛庁長官(当時)・中川昭一経済産業相(当時)を「未納3兄弟」などと厳しく批判していた菅直人元代表(当時。現・代表代行)が自分自身も自民・さきがけ・社会連立の橋本龍太郎内閣の厚相在任時(1996年1-10月)に国民年金未加入だったことが明らかに(2004/4/28)なり、国民のことも党のことも全く考えずにテレビ番組などで散々「言い訳」を繰り返した後にようやく辞任(2004/5/10)した。ちなみに福田康夫官房長官(当時)も国民年金未納の問題などで引責辞任(2004/5/7)している。さらに菅氏の後任の代表に「内定」していた小沢一郎代表代行(当時。現代表)も一時期国民年金未加入だったことを明らかにして辞退(2004/5/17)するという前代未聞の異常事態の中で岡田元代表は代表に就任(2004/5/18)したということを思い出した。
 
 そして岡田元代表は年金問題が主な争点になった直後の2004年参院選では勝利したが、郵政民営化が主な争点になった2005年総選挙での民主党大敗を受けて引責辞任(2005/9/12)して前原前代表と交代した。岡田元代表(現・副代表)が「あの頃に戻ってやり直したい」などと強く願うほど不完全燃焼の状態かどうかは定かではないが、「辞任後レジューム(resume)体制」が続く民主党内の基準では次期代表候補の序列No2ということになるのかもしれない。
 
 注意力の鋭い読者は安倍首相と鳩山由紀夫元代表と岡田元代表の「過去」が全く同じ日の全く同じ場所だということに既に気づいているかもしれない。あの日のあの場所でも熱心に「握手作戦」をしていたものである。しかし、「政治家の半径2メートル以内」には決して近づかないように注意している筆者は誰とも握手をすることはない。あくまでも念のために言っておくが、筆者が「政治家の半径2メートル以内」には近づかないように注意している理由は、常に「チョコレート以上のもの」を握っているために握手ができないからではないし、手の届きそうな範囲内に「選挙で頭がおかしくなっている政治家たち」が入ってくると「ぶん殴ってくれ」などと頼まれなくても思わず「自衛権」を行使してしまいそうになるからでもない。さらに念のために言っておけば、日本の政治を牛耳ってやろうとして参院の議席を抱え持ったまま離さないからでもない。
 
 さて、民主党の「辞任後レジューム(resume)体制」は日本の政治を真面目に考える場合にはいったいどんな意味を持つことになるのだろうか。もちろん「正解」はたった1つだけではないのかもしれない。だが、テレビの世界の「前アイドル」や「元アイドル」はドラマの役でも実生活でもとっくに立派な「お父さん」や「お母さん」になっているし、中には「現在のアイドル」の「お父さん」や「お母さん」になっている「前アイドル」や「元アイドル」もいる。あくまでも参考までに付け加えておくことにする。


<2007年> 最近の日本の政治情勢(2007年)について(2007/9/16更新) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)

<2006年以前>

   正しい「要約」と正しい「比較」のススメ(→2006年以前へ) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信済)


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