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 「止める政治」と「つくる政治」(2007/9/16) (1/8)

  −「居心地の良い安全地帯」−

 (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)

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 政治の究極目標は「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守ること」であると考えています。そしてその目的を達成するためには「ミクロ」「マクロ」、「過去」「未来」、「メリット(プラス)」「デメリット(マイナス)」などという複数の視点によって目の前の深刻な問題を相対化することが必要だと考えています。

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<2007年> 最近の日本の政治情勢(2007年)について(2007/9/16更新) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)


「止める政治」と「つくる政治」(2007/9/16) (1/8) −「居心地の良い安全地帯」−

 前回(2007/2/20)から約7カ月が経過している。約6カ月間あえて沈黙を守ってきたのは「戦略上の理由」のためである。残りは例の「レームダック(lame duck)」の問題のためである。「月曜日」を乗り越えたからしばらくは大丈夫だろうと思っていたのだが…。
 
 9/12(水)昼のNHKの朝の連続テレビ小説「どんど晴れ」の再放送を「加賀美屋が危ない」と思って見ていたらもっとずっと危ないものがあることを速報で知らされた。午後1時から始まる予定だった衆院本会議での安倍晋三首相の所信表明演説(2007/9/10(月))に対する民主党の鳩山由紀夫幹事長の代表質問とその答弁の内容を反映してから「長文」を発行するつもりだった筆者は「安倍首相 辞意伝える」のテロップを見たときには憤るよりもすっかり力が抜けてしまった。今は安倍首相が「レームダック」「死に体」のままでいるうちになんとか原稿の修正が間に合ってホッとしている。
 
 「本日、総理の職を辞するべきと決意を致しました。7月の29日、参議院の選挙が…、結果が出たわけでありますが、大変厳しい結果でございました。しかし厳しい結果を受けて、この改革を止めてはならない、また、戦後レジームからの脱却…、その方向性を変えてはならないと…、その決意で続投を決意をしたわけであります。ま、今日(こんにち)まで全力で取り組んできたところであります。そしてまた先般、シドニーにおきまして、テロとの戦い、国際社会から期待されているこの活動を、そして高い評価をされているこの活動を中断することがあってはならない、何としても継続をしていかなければならない、このように申し上げました。国際社会への貢献、これは私が申し上げている主張する外交の中核でございます。この政策は何としてもやり遂げていく責任が私にはある。この思いの中で、私は…、中断しないために全力を尽くしていく、職を賭していく、とお話を致しました。そして私は職に決してしがみつくものでもないと…、申し上げたわけであります(→筆者注:9/9(日曜日)のシドニーでの内外記者会見で)。そしてそのためにはあらゆる努力をしなければいけない。環境づくりについても、努力をしなければいけない。一身を投げ打つ覚悟で、全力で、努力すべきだと考えてまいりました…(後略)」(2007/9/12午後(14:00-)の安倍晋三首相が辞意を表明した緊急記者会見から。参照:http://www.kantei.go.jp/jp/abespeech/2007/09/12press.html)
 
 安倍首相は辞意表明した緊急記者会見では自身の健康状態の悪化について全く触れなかった。だが、その翌日(2007/9/13)に慶應大学病院に入院した(→診断結果は「機能性胃腸障害」。なお首相臨時代理は置かず)。ついに力尽きたということなのかもしれない。当たり前と言えば当たり前のことだが、やはり安倍首相も一人の生身の人間だったということである。
 
<「居心地の良い安全地帯」>
 
 安倍首相の辞意表明は日本だけでなく世界にも大きな波紋を広げた。そして辞意表明当日は安倍首相を無責任などと厳しく批判する「空気」が支配的だった。マスコミの論調も与野党の政治家たちの反応も批判的なものがかなり多かった。例えば、ある野党党首は「僕ちゃんの投げ出し内閣」などとコメントしていた。確かに当日はそのようなコメントをされても仕方がないような状況だったのかもしれない。だが、まるで世の中のほとんどの「大人たち」が「僕ちゃん」を取り囲んで「ほら見なさい! だから最初から無理だって言ったでしょ! 最初から言った通りにやっていればいいのに、まったくあなたって子は…(後略)」などとヒステリックに叫んでいるかのような状態はやはり異常である。
 
 「評論家」や「コメンテーター」らを含めた「多数派の大人たち」は「安倍首相はそもそも参院選大敗直後に辞めるべきだった。安倍首相は『政局』が読めなかった。辞任の時期を間違えたのが最大の情勢判断の誤りだ」などと口をそろえて言っていた。そしてまた「多数派の大人たち」はこうも口をそろえて言っていた。「しかし、安倍首相は、新しい教育基本法、国民投票法、防衛省設置法などを成立させて政策面ではわずかの間に多くの成果を残した」などと。なるほど実に「もっともらしいご意見」である。ところが「その他の大人たち」、例えば、「僕ちゃん」を取り囲んでいる「多数派の大人たち」を遠くから冷ややかに眺めている筆者に言わせると「僕ちゃん」に対する評価の内容が全く違ってくるのである。
 
 「その他の大人たち」の中の1人にすぎない筆者は、「多数派の大人たち」が厳しく批判している「安倍首相が参院選で大敗しても辞めずに続投したこと」を正反対に高く評価している。なぜなら「僕ちゃん」が「居心地の良い安全地帯」をあえて飛び出して新しいことに挑戦しようとしたからである。いくつになっても人間は成長したり進歩したりしようとする努力が大切である。確かに「参院選で敗北して辞任」した昔の首相は何人かいるし、多くの人たちも「参院選で敗北すれば辞任」だと強く思い込んでいる。だから参院選で敗北した直後に辞任していれば「僕ちゃん」は「居心地の良い安全地帯」で安全で安心な生活が約束されていたのかもしれない。でも、そもそもなぜ参院選で敗北したら辞任しなければいけないというのだろうか?
 
 そしてまた筆者は「多数派の大人たち」が評価している教育基本法や国民投票法などの「成果」をそれほど高く評価することはできないと考えている。念のために言っておくが、筆者がこれらの法律に反対だから高く評価できないというわけではない。なぜ高く評価できないかというと、それらは「僕ちゃん」が相続した「財産」の力を主に使って手に入れた「成果」だからである。もちろん「僕ちゃん」も「成果」を得るために努力はしたのだろう。だが、教育基本法改正や憲法改正手続きのための国民投票法の制定などは歴代の自民党政権にとっては「悲願」と言ってもいいようなものだったから党内で合意を形成することはそれほど難しい話ではなかったはずである。さらに衆院では前任者が圧勝して獲得した圧倒的多数をそのまま引き継いでいたし、当時は参院でも与党側が多数だったから野党対策も必要不可欠ではなかったのである。そして戦後60年以上が経過して時が熟していたということもあるだろう。
 
 ちなみに教育基本法は「59年ぶりの改正」、防衛庁の省昇格は「初」、憲法改正手続きのための国民投票法も「初」である。「○○以来初」「○年ぶり」などという類の「実績」があまりにも多くなってくると「ブランド依存症」になってしまいそうである(→参考:2006/12/28号)。
 
 言うまでもなくもちろん筆者も「僕ちゃん」の辞意表明については評価していない。だが、まるで世の中のほとんどの「大人たち」が「僕ちゃん」を取り囲んで「ほら見なさい! だから最初から無理だって言ったでしょ! 最初から言った通りにやっていればいいのに、まったくあなたって子は…(後略)」などとヒステリックに叫んでいるかのような状態はやはり異常である。もしかすると「評論家」や「コメンテーター」らを含めた「多数派の大人たち」は、「僕ちゃん」が「僕ちゃん」らしくしていないと自分たちも「居心地の良い安全地帯」にいられなくなってパニック状態になってしまうだけなのかもしれない。だが、筆者は「勘違いした人情と称するもの」と「独り善がりの余計なお世話」ばかりがはびこる「居心地の良い安全地帯」の「空気」を長く吸っていると窒息しそうになってくる。
 
<平等な一人の生身の人間>
 
 ちなみに永田町周辺でもその他の世界でも「普通のサラリーマンの息子・娘」「庶民」などということを売り物にする人間たちがとても多い。「普通のサラリーマンの息子・娘」「庶民」をアピールしたければ自由にアピールすればいい。「お坊ちゃん」や「僕ちゃん」や「お嬢さん」に憧れたければ自由に好きなだけ憧れればいいし、「お坊ちゃん」や「僕ちゃん」や「お嬢さん」をチヤホヤしたければ自由に好きなだけチヤホヤすればいい。また「お坊ちゃん」や「僕ちゃん」や「お嬢さん」をバカにしたいと思うときには頭の中でバカにするだけならば自由にいくらでもバカにすることができる。民主主義国家では個人の領域、あるいは「私」の領域では基本的にはそういう話になる。しかし、「公」の領域では全く違ってくるはずである。民主主義国家ではどんなに少なくとも「公」の領域では「普通のサラリーマンの息子・娘」「庶民」という理由だけで良くなったり、「お坊ちゃん」や「僕ちゃん」や「お嬢さん」という理由だけでダメになったりするようなことは何一つないはずなのである。それは民主主義国家に「お坊ちゃん」や「僕ちゃん」や「お嬢さん」だけに許される「特権」が1つも存在しないということとは表と裏の関係にある。民主主義国家ではどんなに少なくとも「公」の領域では「お坊ちゃんには無理」「お嬢さんだから特別に許される」「普通のサラリーマンの息子・娘だから無理」「庶民だから許される」などということはないはずなのである。
 
 いずれにしても民主主義国家の中では「普通のサラリーマンの息子・娘」も「庶民」も、「お坊ちゃん」も「僕ちゃん」も「お嬢さん」も、どんなに少なくとも「公」の領域では、みんな同じ平等な一人の生身の人間として扱われるということを絶対に忘れてはならないのである。「普通のサラリーマンの息子・娘」や「庶民」であっても、「お坊ちゃん」や「僕ちゃん」や「お嬢さん」であっても、ある個人の能力や人柄を正確に知ろうと思うときには、根拠のない強い思い込みや裏付けのない「伝聞」情報を捨てて、一人ひとりのあるがままの姿を直接見て判断しなければならないということをあえて強調しておくことにする。
 
<「2005年総選挙と大きくねじれた選挙結果」>
 
 この辺で自民党が大敗した参院選結果について触れておくことにしよう。参院選(2007/7/29)は自民党が大敗して民主党が参院第一党に躍進するという結果になった(→自民37(-27)、公明9(-3)、民主60(+28)、共産3(-2)、社民2(-1)、国民新党2、新党日本1、他7。なお投票率は58.64%(前回2004年の投票率は56.57%))。しかし、「それにもかかわらず」、安倍晋三首相が続投を決めたことで永田町周辺には大きな波紋が広がった。
 
 今回の参院選は、民主党の小沢一郎代表らが「地方」を中心に「懐かしい古い自民党」をせっせとつくり、また年金記録問題、相次ぐ閣僚の「政治とカネ」の問題や不適切な発言などで政府・与党に対する「逆風」がいつまでも続く中、小泉純一郎前首相時代の「新しい自民党」が懐かしくなってきた「本家・自民党」が大敗したような選挙結果だったと筆者は考えている。なお現時点では「戦略上の理由」のために詳細な選挙結果の分析についてはあえて触れないことにしておく。
 
 ちなみに小泉前首相が郵政民営化を主な争点にした2005年総選挙は「現職の自民党総裁が大政党の組織を利用して内部に『新党』をつくり、公明党に加えて『新党』の推薦も受けた自民党候補が都市部を中心に大差で大量当選したような選挙結果」「『小泉自民党』とは『小泉・自民党(=『小泉新党』+自民党)』」などと筆者は考えている(→参考:2005/10/18号etc.)。
 
 要するに筆者に言わせれば、今回の参院選は、「2005年総選挙と正反対の選挙結果」ではなく、「2005年総選挙と大きくねじれた選挙結果」ということになるのである。「ねじれている」のは衆議院と参議院の多数派だけではないのである。自民党内にも民主党内にも「無視できない大きなねじれ」が存在するのである。
 
 「『改革を止めるな』――(筆者注(以下( )内は同じ):2005年総選挙での)自由民主党のキャッチフレーズは、小泉(純一郎前)総理の一言で決まった。次はポスター。これも、小泉総理の指示で決まった。小泉総理就任時に使った四年前(2001年)のポスターを基本にその間に変わった髪の色を修正して使うこととした…(後略)」(飯島勲著、「小泉官邸秘録」、日本経済新聞社、2006年、p278)
 
 「(前略)…我々には、難局に敢然と立ち向かい困難を乗り越える勇気と、危機を飛躍につなげる力があります。先人たちの築き上げた繁栄の基盤を更に強固にし、新しい時代、激動する内外の環境変化に対応できる体制を構築しなければなりません。幕末の時代、吉田松陰は、『志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず』、すなわち、志ある人は、その実現のためには、溝や谷に落ちて屍をさらしても構わないと常に覚悟している、という孔子の言葉で、志を遂げるためにはいかなる困難をも厭わない心構えを説きました。私は、『改革を止(と)めるな』との国民の声を真摯に受け止め、明日の発展のため、残された任期、一身を投げ出し、内閣総理大臣の職責を果たすべく全力を尽くす決意であります。国民並びに議員各位のご協力を心からお願い申し上げます」(2006/1/20の第164通常国会における小泉純一郎前首相の施政方針演説から。参照:http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2006/01/20sisei.html)
 
 「ただいま第21代自由民主党総裁に指名いただきました安倍晋三でございます。まず始めに、本日まで約5年間、自由民主党総裁として改革をしっかりと前進させてきた小泉総理に心から敬意を表し、また御礼を申し上げたいと思います」「私は今、この場に立ちまして、伝統ある自由民主党の総裁の、その地位の重さを改めて認識をいたしております。自由民主党結党以来、この51年間、豊かで平和な、そして自由と民主主義の基盤の上に世界に貢献する日本をつくってまいりました。あるときには困難な中で正しい判断をし、勇気を持ってたじろがずに党を導いてきた歴代の総裁と同じように、私も正しい方向にリーダーシップを発揮してまいります。自由民主党は、日本をより豊かに、そして誇りある国にしていこうというその理想を燃やし続けてまいりました。私もその理想の炎を絶やすことなく、そしてしっかりと改革を前進をさせていくという意志を持ち続けていかなければいけない、そのように覚悟いたしておる次第であります。初の戦後生まれの総裁として、この理想の炎を、改革の炎をしっかりと受け継ぎ、たいまつをしっかりと受け継いでいくことを宣言する次第でございます…(後略)」(以上、2006/9/20の安倍晋三首相の総裁選出直後の両院議員総会でのあいさつから。参考:2006/10/2号)
 
 約1年前にしっかりと受け継がれた「炎」はもはや風前の灯である。2005年総選挙で小泉前首相と「新しい自民党」に期待して投票した多くの有権者にとっては「新しい自民党」がさぞかし懐かしくなっていることだろう。だが、いつまでも「改革の象徴」である小泉前首相にしがみついて「居心地の良い安全地帯」に逃げ込もうとしたり、懐かしい過去を思い出してばかりいても改革は決して前には進まないのである。
 
 安倍首相は辞意表明した日の夕方に官邸から引き揚げる際に「悔いはありませんか」と問われて無言でうなずいていた(→もしかすると頭を下げようとしていた?)。安倍首相が「あの頃」を懐かしく思い出して「あの頃に戻ってもう一度やり直したい」などと思うようなことがあるかどうかは筆者にはよく分からない。だが、もしも安倍首相が参院選大敗直後に「君はまだ若いからチャンスはいくらでもある」などという説得を受け入れて辞任していたならば、自民党も「辞任後レジューム(resume)体制」から脱却できない政党になっていたのかもしれない。
 
<「止める政治」と「つくる政治」>
 
 今回も筆者は賢明な読者が日本の政治の本質を見極めるために役立つ「プリズムやフィルターのようなもの」を用意している。それが「止める政治」と「つくる政治」である。これからしばらくの間に起こる様々な政治的な動きの何が「止める政治」であり、何が「つくる政治」になりそうなのかということに注意すれば、今回の参院選によって生み出された新しい政治状況の持つ意味を正しく理解して今後の政局をある程度正確に予想することもできるようになるのかもしれない。そしてこの新しい政治状況においては今までよりもずっと簡単に「止める政治」と「つくる政治」を見分けることができると筆者は考えている。
 
 今回の参院選の結果、自民党だけで議席数の2/3以上の圧倒的多数を占める衆院と、与党が大幅に過半数割れして民主党が第一党に躍進した参院という「ねじれ現象」が生み出されたわけである。自民党の参院選大敗によって生み出された新しい政治状況は、せいぜい40年分くらいの過去の出来事や古い永田町の慣習をかき集めたぐらいでは正しく理解することはできないはずである。この新しい政治状況は現実をありのままに捉えた上で自分自身の頭を回転させなければ正しく認識することはできないはずである。
 
 まず「止める政治」とは何か。「止める政治」をあえてひとことで説明すれば、「何かの流れを止める政治的な動き」とか「思考を止める政治的な動き」ということになるのかもしれない。
 
 例えば、「中央との唯一のパイプ」などと称した議員バッチを付けただけの勘違いした人間たちが選挙で自分の応援をしなかった業者への「利益」の流れを自分の方に「票」が流れてくるまでの間はなんとか止めようとする、あるいは逆に、利権集団が自分たちの方に「利益」が流れ込んでくるようになるまでの間は「票」の流れを止めるというような「何かの流れを止める政治的な動き」がある。こういう類の「懐かしい古い自民党」ではありふれた光景が「止める政治」である。そして「何かの流れを止める政治的な動き」には、どこかの流れを止めると自然に自分たちの方に流れ込んでくるような「特別な仕組み」を持っているか、あるいは、そういう「仕組み」になっていると思い込んでいる人間たちだけが行うという大きな特徴がある。おそらくその「仕組み」が「有権者が自民党に対してお灸を据えた」などと言っている一部の人間たちの唱える「お灸」論なるものを根底で支えている基本メカニズムと同じものなのだろう。
 
 別のタイプの「止める政治」もある。例えば、野党が得意な断固反対のための断固反対のような「思考を止める政治的な動き」である。国会での「止める政治」の最も分かりやすい例は、例えば、旧社会党が国連平和維持活動(PKO)協力法の採決(1992年6月)に抵抗して採用した「牛歩戦術」や大量辞表提出戦術、また旧新進党が小沢一郎党首時代(現・民主党代表、1996年3月)に政府の住専処理策に断固反対して60日以下の3週間で挫折した「座り込み」戦術などがある。
 
 それでは「つくる政治」とは何か。「つくる政治」をあえてひとことで説明すれば、「創意工夫の政治」ということになるのかもしれない。そして実は「つくる政治」の分かりやすい具体例を挙げることは非常に難しいのである。もしかすると日本の政治では、戦後の55年体制の成立前後とか、大正デモクラシーの時代にまでさかのぼらないと分かりやすい具体例は存在しないのかもしれない。
 
 あくまでも念のために言っておくが、「つくる政治」は何らかのものをでっち上げることとは全くの別物である。例えば、政府・与党が「民主党も参院では第一党なのだから国民に対して責任がある」などと主張しながら「重要法案」をどんどん可決して参院に送り、野党側に事実上の審議拒否をさせたり法案を否決させたりする「止める政治」をやらせて「野党は無責任」などと厳しく批判する、などということは「つくる政治」ではない。逆に民主党などの野党側が自分たちの政策をアピールするための法案や反対すると国民が反発しそうな法案をどんどん可決して衆院に送り、与党側に否決させる「止める政治」をやらせて「やはり政権交代が必要」などと厳しく批判する、などということももちろん「つくる政治」ではない。
 
 おそらく「つくる政治」になる可能性が出てくるのは、与党側が自分たちが圧倒的多数を占める衆院ではなく、自分たちが少数派である参院の方で「見せ場」をつくろうとした場合、あるいは、野党側が自分たちが多数を占める参院ではなく、自分たちが少数派である衆院の方を「主戦場」にしようとした場合だけだろう。政府・与党側は、自分たちの思い通りになる衆院では全く「見せ場」をつくらず、自分たちの思い通りにはならない参院に多くの与党議員たちを引き連れて乗り込み、断固反対の野党議員たちにも「重要法案」の重要性が理解できるように分かりやすく徹底的に訴えようとする。逆に野党側は、自分たちだけで好き勝手なことができる参院を「主戦場」にはせず、野党提出法案をスピード審議して自分たちが少数派である衆院にすぐに持ち込み、反対している与党議員たちにも法案の意義が理解できるように分かりやすく訴えようとする。そういう状況になるのならばもしかすると「つくる政治」の分かりやすい具体例が生まれることになるのかもしれない。
 
<自民党をぶっ壊しただけ?>
 
 「(前略)…私は小泉(筆者注:純一郎前首相)さんは、官から民へ、中央から地方へ、そして自由競争に基づく市場経済といったものを考えて政治をやっていらっしゃると思うので、それはそれでいいと思っています。もちろん具体的には、道路公団や郵便局の話など、いろいろゴタゴタしていますから、それがそのままいいとは思いませんが、物の考え方としてはいいのではないでしょうか。そういう意味では、内政については概して支持できます。ただそれを徹底していきますと、従来からの自民党の支持基盤そのものが崩されることになる。支援団体がなくなっていくことになりかねないので、小泉さんが、自民党を潰すつもりだと言っていらっしゃるのは案外冗談ではなくて、本気でやれば、次第に支持基盤はなくなっていくかもしれない。 自民党には従来の現役候補者がいますから、なかなか新しい人を公認できないということもあって、民主党のほうが出世の早道になっています。ですから、これから立候補を志す人は、役人などでも民主党に行く人が相当増えていくのではないですか。民主党は、私に言わせればやや仮面をかぶったままですが、政権交代が可能な政党としてのイメージを獲得していくのではないかと思うのです。以前は、社会党に対して、都会はともかく農村ではかなり警戒心が強かったと思いますが、民主党は、それをあまり感じさせないやり方をしています。もし、いい候補者をつかまえていけば、もっと伸びるだろうと思います。自民党が公明党にかなり寄っかかっているところがありますから、民主党は、いいところまで伸びていくのではないかという予測を持っています。殊に小泉改革が本当に成功していけば、自民党が立っている基盤そのものがかなり緩むので、これは思わぬ展開をしないとも限らない、という感じがしています…(後略)」(2007/6/28に死去した故・宮沢喜一元首相の発言。御厨貴・中村隆英編、「聞き書 宮澤喜一回顧録」、岩波書店、2005年、p329-330から)
 
 「(自民党をぶっ壊すと言った小泉前首相の後を立て直すとは再び派閥政治に戻すということか、などに)それほど単純じゃないんですよ。もともと自民党をぶっ壊すということを言われた方々を党員は支持したんですから。間違いなく。で、私はそれに反対した方ですから。その反対したのが、かれこれ6年…、内閣なり党の執行部にずっと籍をおいているんですけれども、私自身としては、そのぶっ壊したということに関しては事実ですから、そのぶっ壊した部分に関しては、地方組織含めて、いろいろ私どもとしては、今後手当てをしていかねばならん、ということなんだと理解してますけど」(2007/8/27放送のNHK「ニュースウオッチ9」での麻生太郎幹事長の発言から)
 
 ちなみに読者は2005年総選挙直後に「民主主義とは創造することだと筆者は考えている。民主主義というものは基本的には何かを止めたり、壊したり、あるいはでっち上げたりするものではないのである。負担増になる悪い法律案だろうが、憲法改正だろうが、何であろうが、本来は止めればそれで良いというわけではないのである。本当の民主主義ならばそこで思考停止してはいけないのである。そういう意味では小泉自民党の『改革を止めるな。』というスローガンは実に興味深い。選挙中は『創造するのをやめさせようとするのをやめさせろ』というような『二重否定』として多くの有権者は理解したはずである。小泉首相が選挙後に実際に何を創造したのかで有権者が賢明だったのかが最終的に確定することになるのである」(2003/10/18 (3/8)号)などと筆者が書いたことを覚えているだろうか。
 
 小泉前首相は「創造」を「ポスト小泉」である安倍首相に託したはずなのである。また総選挙で「政権公約(マニフェスト)」が定着していくためには、どんなに少なくとも小泉前首相とその後継者の安倍首相がいったい何をつくり出したのかが次の総選挙で有権者に問われならなければならないということになる。もちろん小泉前首相かその後継者の安倍首相の下で次の総選挙が行われることが望ましかったのは言うまでもないことである。だが、安倍首相はついに力尽きたということなのかもしれない。「器」の方が人をつくっていくこともあるが、「器」によって潰されることもあるのだろう。いずれにしても安倍首相の後任の首相(自民党総裁)は2005年総選挙で示された有権者の期待を忘れることがあってはならないとだけはあえて強調しておくことにする。


<2007年> 最近の日本の政治情勢(2007年)について(2007/9/16更新) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信予定)

<2006年以前>

   正しい「要約」と正しい「比較」のススメ(→2006年以前へ) (ほぼ同一内容をメールマガジン版「永田町ワイドショー」として配信済)


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