政治の究極目標は「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守ること」であると考えています。そしてその目的を達成するためには「ミクロ」「マクロ」、「過去」「未来」、「メリット(プラス)」「デメリット(マイナス)」などという複数の視点によって目の前の深刻な問題を相対化することが必要だと考えています。
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▽事実はテレビや新聞よりも奇なり(2005/10/18) (4/8) 「壁」を破った自民と「壁」が迫ってきた民主
<3>自民党は今回の総選挙で今まで見えていた「壁」を破ったが、民主党には深刻で厚い「壁」がいよいよ間近に迫ってきた。
<「壁」を破った自民と「壁」が迫ってきた民主>
<1>自民党と民主党が初めて「新ルール」を正しく理解した指導者の下で政権をかけて「マニフェスト(政権公約)選挙」を戦ったことにより、日本の政治の「ルール」が実はかなり以前から変わっていたということが明確な形で示された。
<2>たとえ「ルール」は大きく変わっても、「政治家(議員)」「公約」「政党」とは何か、などという民主主義の根幹部分は全く変わらないということが改めて確認された。
ここまで長々と今回の総選挙を「過去から現在までの時間軸」と「ミクロからマクロへ」という2つの「座標軸」を使って分析して見えてきた2つのことを可能な限り「科学的」に説明してきたつもりである。次はいよいよ「壁」の話になる。<3>自民党は今回の総選挙で今まで見えていた「壁」を破ったが、民主党には深刻で厚い「壁」がいよいよ間近に迫ってきた、ということが「過去から現在までの時間軸」と「ミクロからマクロへ」という2つの「座標軸」を使って「科学的」に分析すると見えてくるのである。
まずは今回の総選挙を「マクロ」の視点で見るために、最近の国政選挙の比例区での自民党と民主党の得票数を「過去から現在までの時間軸」の上で見てみることにしたい。2003年総選挙時の分析でも指摘しているが、総選挙(衆議院選挙)と参院選はもちろん、同じ総選挙でも比例区の得票数は様々な意味で単純な比較はできない。あくまでも大きな流れを見るために用いているだけである。
自民党(比例)は、2000年総選挙(投票率62.45%)では約1694万票、2001年参院選(投票率56.42%)では約2111万票、2003年総選挙(投票率59.81%)では約2066万票、2004年参院選(投票率56.54%)では約1680万票、そして2005年総選挙(投票率67.46%)では約2589万票である。今回の2005年総選挙での自民党の得票数(比例)は、不調だった2004年参院選(→この選挙と2005年総選挙を比較すれば約909万票増加)はもちろん、2003年総選挙(→同約523万票増加)、さらには小泉首相就任直後の「小泉ブーム」の2001年参院選(→同約477万票増加)と比べてもかなり大きく増加しているのである。2005年総選挙での約2589万票という自民党の得票数(比例)を説明するには「特殊な新しい要因」が必要であるということを示唆している。
おそらく「特殊な新しい要因」は候補者の違いということになると思われる。厳密な意味での比較は困難だが、2003年総選挙や2004年参院選には郵政民営化反対派を含めた小泉首相の改革を実現しそうもない自民党候補がかなり多かったが、2005年総選挙では良い意味で自民党らしくない「若くて魅力的な候補」や「女性候補」が大量に自民党から立候補している。またかなりの「小泉ブーム」だった2001年参院選でも「自民党らしくない候補」はあまり多くはなかった。あくまでも非常に大雑把な比較からの推測だが、すべての場合と2005年総選挙で大きく異なるのはやはり「自民党らしくない候補」の大量擁立である。つまり自民党の得票数(比例)を大きく増加させた「特殊な新しい要因」として有力だと考えられるのは「自民党らしくない候補」の大量擁立である。
一方の民主党(比例)は、2000年総選挙では約2166万票(旧民主(約1507万票)+旧自由(約659万票))、2001年参院選では約1322万票(旧民主(約899万票)+旧自由(約423万票))、2003年総選挙では約2210万票(旧民主と旧自由の合併直後)、2004年参院選では約2114万票、そして2005年総選挙では約2104万票である。小泉首相就任直後の2001年参院選という例外を除けば、民主党の得票数(比例)は投票率とはあまり関係なく事実上2100-2200万票程度で安定していると見ることができるのである。
もちろん2005年総選挙の民主党の衆院選挙区得票数を見れば約2480万票(→2003年は約2181万票、約299万票増加)と増加している。だが、小選挙区候補者数の増加(→前回267から今回は289に)による自然増加分(→約151万票)を差し引き、さらに投票率が大幅に上昇(→67.51%(+7.65ポイント(2003年は59.86%))したということを併せて考えるならば、民主党は衆院選挙区得票数でも実質的に増加していると見なすことは難しいのである。
以上をまとめると、自民党は「自民党らしくない候補」を大量に擁立して「壁」を破ったが、民主党には「壁」が見えてきたという新たな「仮説」が今回の総選挙結果から浮かび上がってくるのである。そして「約30-40%という大勢の投票所に行かなかった有権者」に注目すればそれぞれの「壁」の正体が何であるかということも見えてくるのではないかと筆者は考えている。
ちなみに面白いことに2003年総選挙から2004年参院選になると投票率は約3.3%減少(→約317万票減少)して自民党の得票数(比例)は約386万票減少、2004年参院選から2005年総選挙になると投票率は約10.9%増加(→約1188万票増加)して自民党の得票数(比例)は約909万票増加(→もちろん党外の反対派は含まず)とかなり似た傾向を示しているのである。そして一方の民主党の得票数(比例)は同約96万票減少、同約10万票減少とやや減少しているものの、自民党と比べればそれほど大きな変化はない。このような傾向が自民党は「壁」を破ったが民主党には「壁」が見えてきたという筆者の新たな「仮説」をある程度補強することができるのかどうかはまだよく分からない。いずれにしても「得票率では自民○%VS民主△%」などというような約30-40%という大勢の投票所に行かなかった有権者の存在を無視して自分たちの都合の良い部分だけにあえて注目するような偏った「ミクロ」の視点からは真実は見えてこないのである。現時点ではこれらの傾向からは明確に意味のあることを読み取ることができないが、多くの資金、時間、人員などを投入すれば何か意味のあることが分かるのかもしれない。
自民党は「自民党らしくない候補」を大量に擁立して「壁」を破ったが、民主党には「壁」が見えてきたという筆者の新たな「仮説」を検証するためには、最近の国政選挙の比例区での各党の得票数というような「マクロ」の視点からだけでなく、もっと「ミクロ」の視点からの分析も必要である。時間も資金も人員も限定されている筆者としては今回2005年総選挙の特徴が最もよく表れていると考えられる2つの「ミクロ」の視点に限定して分析している。1つは1996年総選挙以来のある程度の選挙区取材の蓄積がある「東京・神奈川・千葉・埼玉の71小選挙区(東京周辺)における各党公認候補の得票数」、そして自民党公認候補と郵政民営化反対派が争ったいわゆる「自民党分裂選挙区における各党公認候補の得票数」を2003年総選挙と2005年総選挙の変化という「過去から現在までの時間軸」の上で分析することにした。
<「東京周辺」の選挙区という「ミクロ」の視点>
まず「東京周辺」の選挙区という「ミクロ」の視点から見てみることにする。東京・神奈川・千葉・埼玉の71小選挙区(東京周辺)の当選者は、2003年総選挙では自民33、公明2、民主36と与野党でほぼ互角だったが、今回2005年総選挙では自民65、公明2、民主5、無所属1と自民圧勝という形で劇的に変化している。なぜこれほどまでに劇的に変化したのかを探る鍵は各党公認候補の得票数の変化にあると筆者は考えている。「自民○%VS民主△%」などという「得票率」にどういうわけかこだわると見事なまでに真実に目を閉ざしてしまうのである。
大敗した民主党は「東京周辺」の全71選挙区に公認候補を擁立したが、実は半数以上の40選挙区で前回2003年総選挙よりも公認候補の得票数を増加させているのである。前回よりも5%以上得票数を減らした選挙区もわずか14選挙区に過ぎない。そして民主党公認候補が前回よりも1万票以上得票数を減らしている得票数減少ワースト5は、「東京10区」(約2万7000票減少。いわゆる「自民党分裂選挙区」)、「東京12区」(約2万1000票減少。いわゆる「自民党分裂選挙区」)、「埼玉11区」(約1万7000票減少。いわゆる「自民党分裂選挙区」)、「東京18区」(約1万2000票減少。ちなみに候補者は菅直人元代表)、「神奈川4区」(約1万1000票減少)であり、上位3位までが自民党公認候補と郵政民営化反対派が争ったいわゆる「自民党分裂選挙区」である。比例区の得票数と同じように、大敗した民主党は「東京周辺」の選挙区でも得票数を意外なほど減少させていないのである。それにもかかわらず「大敗」したということなのである。民主党には目の前に「壁」が見えていると考えることができるのである。
一方、圧勝した自民党は「東京周辺」の69選挙区に公認候補を擁立したが(→なお残りの2選挙区は公明党候補)、なんといわゆる「自民党分裂選挙区」の「埼玉11区」を除いた68選挙区で前回2003年総選挙よりも公認候補の得票数を増加させているのである(→「埼玉6区」は前回立候補した公明候補との比較。なお公明候補の2選挙区も増加)。しかも自民党公認候補は大幅に得票数を増加させているのである。自民党公認候補が得票数を増加させた67選挙区(「埼玉6区」を除く)のうち、2万票以上増加させた選挙区は65選挙区、さらに4万票以上増加させた選挙区は28選挙区もある。「都市部ならば少なく見積もっても1選挙区当たり2万票以上、平均すれば1選挙区当たり2-3万票」などと「深読み」しなくても、この文章の前半で「現職の自民党総裁が大政党の組織を利用して内部に『新党』をつくり、公明党に加えて『新党』の推薦も受けた自民党候補が都市部を中心に大差で大量当選したような選挙結果」と筆者が書いた意味を多くの読者にも理解してもらえるのではないかと思っている。自民党は内部に「新党」をつくって「壁」を破ったと考えることもできるのである。筆者に言わせれば「小泉自民党」とは「小泉・自民党(=「小泉新党」+自民党)」である。
<いわゆる「自民党分裂選挙区」という「ミクロ」の視点>
次に自民党公認候補と郵政民営化反対派が争ったいわゆる「自民党分裂選挙区」という「ミクロ」の視点からも見てみることにする。いわゆる「自民党分裂選挙区」の全33選挙区の当選者は、郵政反対派15、自民13、民主4、公明1である。そして郵政反対派が当選した15選挙区はすべて前回選挙(補選含む)で当選した候補、民主党公認候補が当選した4選挙区もすべて2003年総選挙で当選した候補である。一方、自民党公認候補が当選した13選挙区は、前回選挙でも当選した候補は3選挙区、新たに小選挙区で当選した候補は10選挙区である(→なお公明の1も前回と同じ候補が当選)。また単純比較ができない部分もあるが、参考までに民主党公認候補が当選した4選挙区はすべて得票数を減少させ、そして郵政反対派が当選した15選挙区中少なくとも12選挙区も得票数を実質的に減少させている。当選者数だけに注目すれば郵政反対派と自民党公認候補の勝負は互角だったように見えるかもしれないが、実は郵政反対派も民主党も「漁夫の利」を得ることはできず、それどころか逆に小泉自民党に10選挙区を奪い取られてしまったのである。
民主党はいわゆる「自民党分裂選挙区」の31選挙区に公認候補を擁立したが(→空白区は2)、民主党公認候補の得票数が前回選挙よりも実質的に増加したのは1選挙区(→前回は元民主の熊谷弘氏が与党側から立候補した「静岡7区」)、現状維持程度だったのは3選挙区、減少したのは22選挙区(→当選した4選挙区を含む)、そして残りは前回空白区の5選挙区である。いわゆる「自民党分裂選挙区」で民主党公認候補が当選した4選挙区はすべて前回当選した候補の選挙区であり、しかもほとんどの選挙区で民主党公認候補の得票数は前回よりも減少したという選挙結果は民主党公認候補が自民党分裂に「埋没」したというよりもずっと深刻な状態を示しているのである。民主党は選挙区で「反自民党票」を事実上独占できなくなったとき、あるいは他に有力な「自民党らしくない候補」がいるときには大きな限界があると見ることができるのである。民主党公認候補が「多少なりとも自民党の色がついている候補」にこれだけ苦戦している状態ならば、同じ選挙区で自民党公認候補と「非自民新党の魅力的な候補」と三つ巴で競い合って民主党公認候補が当選できる可能性は非常に低いと考えられる。ここでも民主党には目の前に「壁」が見えているのである。
いわゆる「自民党分裂選挙区」における小泉自民党の「敗因」についてもあえて考えてみることにする。小泉自民党が民主党に負けた4選挙区はすべて前回も自民が負けていた選挙区だから「自民党分裂選挙区」に特有の「敗因」を見出すことができるのかは疑問である。よってここでは分析の対象から除外する。だが、郵政民営化反対派が当選した15選挙区については一つの明確な傾向が見えてくるのである。郵政民営化反対派が当選した15選挙区はすべて前回選挙(補選含む)で当選した前職の選挙区であり、しかもそのうち9選挙区は選挙制度が変わる1993年以前に初当選した前職である。1993年以降に初当選してもいわゆる「二世議員」もいるし、1993年以前に初当選した前職でも後援会や選挙区の実情はそれぞれ異なるのだろうが、小泉自民党の最大の「敗因」は「中選挙区制時代の遺産」である可能性が高いと考えられるのである。もしも郵政民営化反対派の「勝因」が「中選挙区制時代の遺産」であるのならば、与党議員でなくなってしまえば「ジリ貧」ということになるのだろう。
実に面白いもので一部の例外を除く多くの郵政民営化反対派は、衆院でも参院でも、解散前の通常国会で棄権・欠席した議員でも、反対票を投じた議員でも、「賛成しなくてもいい」という議員までもが次から次へと郵政民営化関連法案賛成に変わってしまった。もしかしたら「赤信号 みんなで渡れば 怖くない?」(→参考:2005/8/26号)ということは致命的な間違いだったということがよく分かったから、選挙後は「青信号をみんなで渡れば怖くない!」ということになったのかもしれない。だが、いくら「青信号」だからといっても元の場所に必ず戻ってくることができるというわけではないのである。信号以外の大事な「ルール」が完全に変わってしまったのである。かつてならば自民党には「自民党と縁がある国会議員バッチを持った人のための縁故採用枠」があったが、国会議員があり余っている今はもう事実上廃止されている。もしも「特別採用枠」があるとしたら、若干名の「新しい自民党に必要不可欠な人材」のための不定期の採用枠ぐらいだろう。党外にいる元自民党国会議員は絶対に誰も戻ることができないとは限らないが1人も自民党に戻ることができない可能性がかなり高いのかもしれない。いずれにしても「大きな基本的構図」が理解できなかったり、「ルール」を全く知らなかったりするということはこんなにも愚かで恐ろしいことなのである。
以上のようなことから、多くの資金、時間、人員などを投入し、その他の有望そうな「ミクロ」の視点から分析すればさらに意味のあることが分かるかもしれないのである。
<「こんにちは前原誠司。さようなら菅直人」>
もう既に多くの読者は民主党にとっては「こんにちは前原誠司。さようなら菅直人」という選挙結果になったと筆者がこの文章の前半で書いた意味が分かっているのかもしれないが、あえて「さようなら菅直人」についてはここで説明しておくことにする。念のために言っておくが、「さようなら菅直人」という選挙結果になったのは民主党代表選ではなく2005年総選挙である。「さようなら菅直人」とはいったいどういうことなのか。それは「野党共闘」などと称する無意味なもの、そして反自民党票をすべて独占した上で自民党を厳しく批判して政権交代を画策するような「二大政党制ファシズム」の破たんが明確な事実によって示されたということである。つまり「さようなら菅直人」と民主党に「壁」が迫ってきたということはほとんど同じことなのである。
「ここ数年の日本の政治状況を見れば見るほど、『野党共闘』などと称したことでは政権交代は不可能であると私は考えています。『野党共闘』がいかに無意味で政権交代につながらないバカげたものであるかということは、例えば、小泉純一郎首相の誕生前と誕生後の与党と野党それぞれの状況の劇的な変化によって非常に大きな説得力を持って示されています。私は『野党共闘』などと称したことは日本の政治を本質的に変えることには全くつながらないと考えて明確に反対しますし、また『野党共闘』などを唱える政治家たちが政界から完全に淘汰されない限り日本の政治は良くならないとも考えています」(筆者(2002年)、だから「野党共闘」では政権交代は不可能である→http://www.jchiba.net/message/020112-1.htm)
「筆者は菅直人民主党代表らが熱心に推進してきた政策の一致を無視した『野党共闘』なるものは決して国民のためにはならないし、政権交代も不可能だと考えて一貫して反対し続けてきた。もちろん今でもその主張は正しいと考えている。今回の選挙結果を受けて政策の一致を無視した『野党共闘』路線をさらに極端にし、政策の一致を棚上げして『くたばれ自民党』だけで結び付いて一度結び付いたらどんなことがあっても決してバラバラになってはいけないなどという『形から入って形だけで終わるような政権交代可能な二大政党制ファシズム』とでも呼ぶべきますます危険な動きすら見え始めている…(中略)…『思考停止』した一部の勘違いした既存のマスコミは与党だけを批判して野党の味方をすることが国民のためになると信じて疑わないようであるが、民主党はもちろん民主党以外の野党も国民を欺くなどの相当の理由があれば当然厳しく批判されなければならないはずである。筆者は今後とも菅直人代表と彼を支持する民主党の政治家たちの国民に対する背信行為を絶対にタブーにせず、今は彼らを何となく支持しているだけの国民が目覚めることができるように説得を続け、できるだけ早く彼らを永田町周辺から追放するための言論による闘争を続ける。できれば菅直人代表と彼を支持する民主党の政治家たちに皮肉にも彼らが永田町周辺に存在する限り『国民の不幸は最小にはならない』『最小不幸社会は実現しない』ということを理解させたいものだと思っている。菅直人代表と彼を支持する民主党の政治家たちをはじめとする勘違いした政治家たちに惑わされている国民を一日でも早く一人でも多く目覚めさせるために全力を尽くす」(筆者(2003年)、(2003年総選挙特集)「壁」を打ち破るためには→http://www.jchiba.net/message/031208-1.htm)
筆者はこの数年間、「野党共闘」などと称する無意味なもの、そして反自民党票をすべて独占した上で自民党を厳しく批判して政権交代を画策するような「二大政党制ファシズム」と戦い続けてきたのである。そして今回の総選挙までに「『野党共闘』や『二大政党制ファシズム』では政権交代は不可能」という筆者の「仮説」は事実を積み重ねて信憑性を高めてきた。もしかしたら既に「仮説」は実証されたと言ってもいいのかもしれない。今までずっと無駄なことに時間を費やしたり何度も時計の針を逆に回したりして様々な形で国民に大きな負担を押し付けてきた政治家たち、そしてそういう政治家たちをなぜか持ち上げ続けてきた既存のマスコミの人間たちにはそろそろ自分たちの行動の責任を取って永田町周辺から消えてもらいたいものである。もっとも相手は「カルト」(→ここでのカルトとは「事実との真正の結合とは全く無関係な強い思い込み」またはそういう強い思い込みをする人たちのこと)だからまだしばらく時間はかかるのかもしれないが、いずれにしても事実を積み重ねて信憑性を高めている筆者の主張はこれからも不変である。
やはり<3>自民党は今回の総選挙で今まで見えていた「壁」を破ったが、民主党には深刻で厚い「壁」がいよいよ間近に迫ってきたのである。民主党にとって「野党共闘」などと称する無意味なもの、そして反自民党票をすべて独占した上で自民党を厳しく批判して政権交代を画策するような「二大政党制ファシズム」は高くて厚い「壁」である。民主党がたとえどんなに上手く反自民党票を独占してかき集めることができたとしても、小泉自民党が賢明な有権者を大量に投票所に呼び戻したら全く手も足も出なくなってしまうのである。民主の「壁」をひとことで言えば「元代表のバカの壁」ということになるのだろう。そしてこの「壁」は民主党が郵政民営化に事実上反対して勝利の可能性を非常に低くしてしまったことなどと基本的には同じ種類の「敗因」である。個別具体的な場面での判断ミスや失言などだけではなく、このような「マクロ」の視点から見た「大きな基本的構図」も民主党の敗因として挙げることができるのである。
ここで参考までに2005年総選挙で「1万票差以内で当選が決まった選挙区」(全57選挙区)を見ておくことにする。民主党公認候補が当選した小選挙区は全部で52選挙区あるが、実はその半数の26選挙区が2位の自民候補とは1万票差以内の得票数で当選しているのである。一方、自民党公認候補が1万票差以内で当選を決めた選挙区は25選挙区あり、その中で2位が民主なのは18選挙区、2位が無所属なのは5選挙区、自民・無所属・民主の三つ巴は2選挙区である。また無所属候補が1万票差以内で当選を決めた選挙区は6選挙区あり、2位が自民なのは3選挙区、2位が公明なのは1選挙区、残りの2選挙区は実質的に自民・無所属・民主の三つ巴である。いくら民主党の議員たちが「茫然自失」の状態から覚めたばかりだとしても「小泉催眠術」批判によって26選挙区で自民党に競り勝ち、22選挙区ではあと一歩にまで迫ったなどというあまりにも自己中心的な物の見方だけはさすがにできないだろう。
もしも民主党が「デマゴーク(demagog)」(→扇動政治家)らだけでなく全党を挙げて大々的に「小泉催眠術」批判などを展開していたら誰もが目を疑うような信じられないほどの悲惨な結果に終わっていたのかもしれないのである。最後の最後まで地道に政策を訴え続けた岡田前代表らを信じて民主党に投票した人たちは「小泉催眠術」批判を聞いたら民主党から離れていく可能性の方がずっと高かったはずである。そういう観点から今回の総選挙を見直してみれば、もしかすると既に出来上がっていた民主勝利の可能性が非常に低いという「大きな基本的構図」の中で岡田前代表は「残された最良の選択肢」を選ぶという賢明な選択をしていたのかもしれないということに気づくことになる。選挙直前に政党を合併するとか、投票率が低くなっても得票率が上昇するなどという「マジック」を使うことができない真面目な岡田前代表は地道に政策を訴え続けることしかせず、実はそれほど民主党の得票数を減少させたわけでもないのに「大敗」の責任を取ったわけである。元代表が「躍進」などというおいしいところだけを「つまみ食い」して「本当は自分が取らなければいけない責任」を後継者に押し付けたとか、岡田前代表が完全な「冤罪」だったとまでは言わないが、やはり既に出来上がっていた民主勝利の可能性が非常に低いという「大きな基本的構図」も見失ってはならないのである。
やはり<3>自民党は今回の総選挙で今まで見えていた「壁」を破ったが、民主党には深刻で厚い「壁」がいよいよ間近に迫ってきたのである。民主党にとっては今回の総選挙は「こんにちは前原誠司。さようなら菅直人」という結果だったのである。もしも民主党の議員や支持者たちの大多数が賢明ならば「さようなら菅直人」という結論がこのまま検証可能かつ不可逆的・完全な形で確定することになるのだろう。問題は本当に「こんにちは前原誠司」で良かったのかどうかである。前原新代表が選出(9/17)されて1カ月が経過したが、岡田前代表の評価できる部分をしっかりと継承し、その上で目の前に迫っている高くて厚い「壁」を破ることができる政治指導者になることができるかどうかはまだ明確にはなっていないのである。
事実はテレビや新聞よりも奇なり(2005/10/18) (5/8) 「あと1年」のために必要なこと
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