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▽事実はテレビや新聞よりも奇なり(2005/10/18) (2/8) 「ルール」はかなり以前から変わっていた
<「ルール」はかなり以前から変わっていた>
<1>の説明に進む前に日本の政治の「ルール」とは何であり、そしてその「ルール」がなぜどのように変わったのかということから説明する必要がある。日本の政治の「ルール」のすべてを簡単に説明することは不可能だが、日本独自の「ルール」の大部分は実は選挙に関することであり、その他の部分、特に基本的な部分は他のほとんどの民主主義国家と大きな違いはないということに気づきさえすればそれほど複雑な話にはならない。つまり「ルール」の中で変わったのはほとんどすべてが選挙に関することであり、なぜ「ルール」が変わったのかというと、(1)1996年の総選挙以降は選挙制度が「中選挙区制」から「小選挙区比例代表並立制」へと大きく変わっていたからなのである。それに加えて今回は小泉首相の「異常な決意」などのために(2)通常国会で郵政民営化関連法案が成立しなければ解散・総選挙、そして(3)解散・総選挙になったときには最大の争点は郵政民営化になるということが事実上の「ルール」になっていたのである。
かつての「中選挙区制」は1つの選挙区から必ず数人の当選者が出る制度であった。だから単独過半数を獲得して政権与党になるためには同じ政党から同じ選挙区に複数の候補者を擁立しなければならなかったのである。そのために自民党では「派閥」が発達し、候補者は政策よりもサービス合戦で競い合うようになりがちなどという大きな弊害があったのである。一方、「小選挙区比例代表並立制」は同じ選挙区から当選できるのは基本的には1人だけであるが、政党の候補者が比例区と重複立候補しているときには例外的に復活当選して同じ選挙区から複数の当選者が出ることもある。そしてこの復活当選という「例外」があまりにも多すぎることが、いわゆる「死票」(→落選者の得票数)の多さと並んで「小選挙区比例代表並立制」の弊害の一つと言われている。言うまでもなくどんな選挙制度も長所も短所も併せ持つものである。
また「小選挙区比例代表並立制」は永田町周辺の人間たちからオセロゲームに例えられることが多いが、実はオセロゲームとは似て非なるものなのである。確かに「小選挙区比例代表並立制」は「安全地帯のある斬新なオセロゲーム」のような選挙制度であるが、普通のオセロゲームとは全く異なるものだと考えておいた方がいいのである。もちろん「小選挙区比例代表並立制」でも円盤状の「駒」(→候補者)と格子状(碁盤の目)の「盤」(→小選挙区)のようなものを使うところまではよく似ているが、自分の色に変える方法が全く異なっているのである。普通のオセロゲームならば白なら白、黒なら黒になっている円盤状の「駒」を普通にひっくり返せばいいだけである。ところが「小選挙区比例代表並立制」では「駒」は裏側も全く同じ色になっているのである。だからもしも別の色にしたいのならば別の色の「駒」で置き換えなければならないのである。
もちろん「小選挙区比例代表並立制」でも普通のオセロゲームと同じように一つの「枠」の中には一つの「駒」しか置くことができない。小選挙区で当選するためには「枠」(→小選挙区)の中から競争相手の「駒」(→他党の候補者)をすべて外に弾き飛ばし、それから自分の「駒」を置かなければならないのである。そして弾き飛ばされた「駒」でも運良く「盤」の少し下の「安全地帯」に落ちれば助かることもある(→小選挙区落選、比例復活)。だが最初から「安全地帯」の中にたくさんの「駒」(→比例単独候補)があるとか、弾き飛ばされた同じ色の「駒」が多いときには助かることが非常に難しくなるのである。つまり「小選挙区比例代表並立制」でもオセロゲームのような「駒」と「盤」を使うが、「白でなければ必ず黒になるとは限らないし、黒でなければ必ず白になるとも限らない」というルールの最も基本的な部分で完全に異なっているのである。ちなみにこの「ルール」の根幹部分を全く理解していない政治家は、与党を厳しく批判すればするほど「駒」がひっくり返って裏側の自分たちの色が出て政権交代が実現する可能性が高くなるなどというような致命的な勘違いをすることになるのである。「小選挙区比例代表並立制」では「駒」をいくらひっくり返しても色は全く変わらないのである。
賢明な読者はもう既に気づいていると思うが、「小選挙区比例代表並立制」の「ルール」を正しく理解しているのならば、白と黒(→二大政党)以外の新しい色の「駒」(→新党)を使ってもいいということに気づくはずである。そして実は「安全地帯」(→比例代表の部分)が小さくなればなるほど、白なら白、黒なら黒の「駒」(→与党)を弾き飛ばしてそこにピンクや青や黄色の「駒」(→新党)が置き換わりさえすれば、確実に敵を減らしてその分だけ味方を増やすことになるから、極端な場合にはたった1回のゲームで白と黒以外の色の「駒」が「盤」の中の過半数を占めて勝者(→第1党)になる可能性も高くなるのである。意外かもしれないが、現実政治においては早期に政権交代が実現する可能性は比例代表の部分が小さければ小さいほど高くなると考えられるのである。
ここでまとめておくと、「小選挙区比例代表並立制」という「新ルール」の下では、(1)どの政党も1つの選挙区にはたった1人しか候補者を擁立できなくなったのである。そしてどの政党の候補者も1つの選挙区に1人しかいないということは、(2)政権獲得を目指す政党が選挙で総理大臣候補や公約などを国民に約束しようとする場合には、すべての公認候補が政党の総理大臣候補や公約などを国民に約束しなければならなくなるのである。従って(3)ある政党が選挙で単独過半数を獲得したのならば、その時点で総理大臣は事実上決定し、公約の衆院通過も確定するということになるはずなのである。要するに「新ルール」の下では、選挙区も公約も候補者の私物ではなく政党の所有物だということである。以前のような「中選挙区制」時代とは違って「小選挙区比例代表並立制」という「新ルール」の下では、候補者が選挙区を「地盤」にすることはもはやできなくなっているのである。そして「新ルール」の下では、国政選挙での「公約」は中央銀行が発行する「中央銀行券」(カネ)のようなものになり、候補者は「中選挙区制」時代には自由に発行していた「軍票」とか「地域通貨」のような政党の政策と矛盾する「個人公約」をもはや勝手に発行することは認められなくなっているのである。
もしも「新ルール」の下で候補者が勝手に政党の公約に矛盾する「個人公約」を掲げたとしても、その政党が国民全体にした公約を破らなければ、その「個人公約」が実現することは絶対にあり得ないということである。もちろん「中選挙区制」時代と全く同じように、過半数の支持を集めるということがまずあり得ない無所属議員の掲げた「個人公約」や小政党の掲げる政策が実現することもまずあり得ないのである。さらに言えば「小さな政府」を公約した政党が与党になっているような状況では、無所属議員や小政党の「大きな政府」的な公約が実現する可能性はほぼゼロであるし、防災名目であれなんであれ、バラマキ型の予算や公共事業を地元に持ってくるなどということは不可能なのである。選挙後も「新ルール」を正しく理解した指導者の下で与党の国会議員たちが「新ルール」に基づいて適切に行動すれば、無所属議員や小政党の議員たちは嫌でも厳しい現実と向き合わなくてはならなくなるはずである。
<なぜ今回だったのか>
約10年前から「ルール」がとっくに変わっていたにもかかわらず、なぜ今回の総選挙で「ルール」が変わったということが初めて多くの人たちに分かり易い形で明らかになったのかというと、「新ルール」を正しく理解した指導者、「新ルール」に基づいて擁立する新しい候補者とそのための選挙区という条件が初めてすべて同時に満たされたからであると考えられる。つまり[1]すべての「新ルール」を理解している小泉首相(自民党総裁)という指導者が郵政民営化実現を目指して解散・総選挙を決断、[2]反対派を公認しないことによって自民党空白区を作り出し、そして[3]ほぼすべての空白区に郵政民営化に賛成する公認候補を新たに擁立して「郵政民営化」という最大の争点とセットにする形で空白区を解消したからであると考えられる。
政治にも歴史にも「もしも」は禁句だが、実は小泉首相には約4年前にも今回の総選挙のような大きなチャンスがあったのである。いわゆる小泉ブームとなった2001年参院選で「小泉総裁推薦枠」などとして「しがらみのない有能で魅力的な新人候補」を急きょ大量擁立して非拘束名簿式の参院比例区の選挙制度を活用する形で「合法的」に「抵抗勢力」を追い落としていたとしたら…、さらには「小泉純一郎内閣発足に賛成か反対か」「聖域なき構造改革に賛成か反対か」を最大の争点にして衆参同日選に踏み切っていたとしたら…、おそらく小泉首相の推薦した新人候補のほとんどは当選していただろうし、構造改革ももっと速くもっと大規模に進んでいたのかもしれない。もしかすると小泉首相は約4年前には多くの有能で魅力的な新人を立候補に踏み切らせるのに必要な「パワー(Power)」(→参考:2005/8/26号)を持っていなかったのかもしれない。小泉首相が約4年前の失敗や足りなかったものを正しく反省していたから今回再び巡ってきたチャンスを逃さずにものにすることができたのかどうかは定かではないが、いずれにしても今回の総選挙ではすべての条件が同時にそろっていたということである。
(1)1996年の総選挙以降は選挙制度が「中選挙区制」から「小選挙区比例代表並立制」へと大きく変わっていた、(2)通常国会で郵政民営化関連法案が成立しなければ解散・総選挙、そして(3)解散・総選挙になったときには最大の争点は郵政民営化、などという「ルール」、そして民主党が対案も示さずに政府提出法案に反対して事実上郵政民営化に反対していたなどという状況を含めて「マクロ」の視点から見た「大きな基本的構図」を正しく理解できなかった永田町周辺の人間たちはことごとく状況判断を誤って敗北し続けていったのである。「マクロ」の視点から見た「大きな基本的構図」を正しく理解できなければ、「ミクロ」の視点で見た「局所的構図」で予想外の結果の連続に終わったとしても何の不思議もないのである。
政治家などによる個別具体的な場面での判断は自分自身の「能力」と「環境」の両方に強く拘束されるのである。たとえどんなに高い「能力」を持っていたとしても、自分自身が置かれた「環境」を正確に認識していなければ個別具体的な場面で正しい判断ができなくても何の不思議もないのである。また「環境」をいくら正確に認識していたとしても十分な「能力」がなければ正しい判断はできないのである。ましてや自分自身が置かれた「環境」も正しく認識できず、しかもお粗末な「能力」しか持たないような人間に「合理的選択」などできるわけがないのである。当たり前と言えば当たり前の話だが、「政治学」や「報道」などという「魔法の言葉」を唱えても唱えなくてもこのような現実から完全に逃れることは不可能なのである。
「小選挙区比例代表並立制」が初めて導入・実施された1996年の総選挙から数えれば今回は4回目の総選挙である(→1996年、2000年、2003年、そして2005年の総選挙)。制度が変わってから日本の政治の「ルール」が変化したということが誰の目にも明らかな状態になるまでに期間にして約10年、回数にして4回という非常に長い時間が必要だったのである。「小選挙区比例代表並立制」の実例から、もしも各種改革が実現したとしてもその効果が実際に目に見える形で表れてくるまでには想像以上に多くの時間がかかる可能性があるということが理解できるだろう。一刻も早く改革を正しい方向に向かって入口付近までではなく出口まで一気に進めなければ大変なことになる可能性も高いのである。
ちなみに今回の総選挙直後には、様々な政治活動を積み重ねる前に1993年総選挙前後の自民党分裂・野党転落による「55年体制崩壊」を経験している「1993年総選挙以降に初当選した衆議院議員(代議士)」(以下、「After93」とする)は約73%(定数480中の352人、ちなみに前回2003年総選挙直後は約67%)と圧倒的多数派となり、民主党の前原新代表誕生という形でついに「総理大臣候補」になる指導者が「After93」世代から生まれた。また「小選挙区比例代表並立制」に変わった「1996年総選挙以降に初当選した衆議院議員(代議士)」(「After96」)も約61%(→同295人。前回は約52%)に増加している。もしかしたら筆者が以前示した日本の政治における「世代間変化による仮説」を検証する価値などが様々な意味で高まってきたのかもしれない(→参考:2005/5/17号etc.)。
筆者も「時間」については過去に非常に甘い見通しを持っていて「敗北」した経験がある。初回の選挙からは無理だとしても、2回目の選挙、制度導入から4年ぐらい経過すればどんなに少なくても変化の兆しぐらいはハッキリ見えてくるだろうと当初は思っていたのだが、実際に変化の兆しが見えてくるまでには小泉首相が「マニフェスト(政権公約)」という民主党の得意な「土俵」にあえて乗った前回2003年の総選挙を待たなければならなかったのである。
<なぜ郵政民営化が最大の争点になったのか>
先程はあえて深くは立ち入らなかったが、(2)通常国会で郵政民営化関連法案が成立しなければ解散・総選挙、そして(3)解散・総選挙になったときには最大の争点は郵政民営化になるということが事実上の「ルール」になったのは小泉首相の「異常な決意」だけでは実は十分に説明できない。なぜこの2つが事実上の「ルール」になったのかということを説明するためには少なくとも前回2003年の総選挙にまでは遡って考えてみる必要があるのである。今回の総選挙のキーワードをあえて一つだけ挙げるとするならば小泉首相の「国民に聞いてみたい」ということになるのだろうが、2003年総選挙のキーワードをあえて一つだけ挙げるとするならばやはり同じ小泉首相の「今までどの政党も郵政民営化を言い出せなかったが、今回、自民党は公約にした」などということになるのではないかと筆者は考えている。実は2005年総選挙だけでなく2003年総選挙の主役も小泉首相だった可能性が高いことが明らかになったのである。
「小泉首相の演説には待ちかねた『動員』された人たちが喜びそうなことはほとんどなかったはずだと指摘してもまだ同じことが言えるだろうか。『小泉さんはいったい何をしにやって来たのだろうか』という素朴な疑問が浮かんでくる方が自然な感覚の持ち主なのかもしれない。ちなみに筆者には『公開』された情報から発掘した『状況証拠』に基づいて導き出した『一つの推論』があるが、それが真実だとはあえて断定していない」(2003/12/8 (4/8)号)と書いたが、今回の総選挙では筆者が前回総選挙時に立てた「仮説」の信憑性が高いことも確認できたのである。筆者が立てた「仮説」とは、「2003年総選挙では小泉首相は郵政民営化を国民に明確な形で公約することを最大の目的にしてあえて『マニフェスト(政権公約)選挙』という民主党の得意な『土俵』に乗ったのではないか」ということである。そしてもしも郵政民営化が実現できなかった場合には小泉首相はその公約を大義名分にして国民に信を問い、郵政民営化に抵抗する反対派に報復するつもりだったのではないかということである。2003年の総選挙は今回の総選挙の「布石」に過ぎないとまでは言うつもりはないが、小泉首相が郵政民営化を明確な形で国民に公約することを最大の目的にしていた可能性は非常に高いと筆者は考えている。
「特殊法人を廃止しろ民営化しろと言うけれども、特殊法人がなんで活動できるかというと、あの郵便局の郵貯と簡保のカネがなきゃ事業できない。だから私は特殊法人、全役所の財投、郵便局、一体なんだということで改革を主張してきた。ようやく改革の総論賛成か各論(反対かではなく)…、本丸に入ってきた。小泉が首相だから、わずか1年前には(郵政)民営化の議論もしちゃいかんという自民党の意見を変えたんです。党の公約にしたんです。島村(宜伸前農水相)さんも賛成してくれているんです。反対勢力を賛成勢力にしたんです。抵抗勢力を協力勢力にするのが小泉首相の責任、役割なんです。自民党は改革政党になったんです」(小泉首相による2003/11/2の東京・江戸川区内での島村宜伸前農水相(今回の解散に反対して罷免、東京16区選出)の応援演説から)
駅前のバスターミナルを完全に埋め尽くした大勢の支持者たちの前で小泉首相が演説の節目ごとに島村前農水相の腕を何度も高く持ち上げながら「島村さんはなかなか理解してくれなかったけどようやく理解してくれた」「今まで分からなかったけど小泉と一緒にやろうと言ってくれた」などと非常に熱の入った演説をしていたことを思い出す。筆者は近くの別の駅前からバスターミナル内に演説開始時間に到着するバスにわざわざ乗り込むという「裏技」を使って小泉首相らのいる選挙カーから至近距離の「特等席」を確保していた。そのときの島村前農水相の表情と小泉首相が普段はあまり使わない「首相」という言葉を何度も使っていたことが印象に残っている。ちなみに近くの別の駅前ではちょうど民主党の菅直人元代表が応援演説をしていたがそのまま素通りしてバスに乗り込んだ。念のために言っておくが、筆者は時代に先駆けて一足早く「さよなら菅直人」を分かり易い形で示そうとしていたわけではない。ただ単に菅氏の演説には取材する内容が全くないと判断しただけの話である。
もしも筆者の「仮説」の信憑性が高いのならば、2003年総選挙から今回の総選挙までの時間軸上にも「仮説」を裏付けるようないくつかの事実が存在していてもおかしくはないということになる。例えば、郵政民営化法案審議での反対派に対する「説得工作」なるものの実態はどうだったのか、「説得工作」で反対派の意図的な選別などは行われなかったのか、衆議院段階と参議院段階で大きな違いは見られなかったのかなどということを改めて検証し直してみると何らかの新しい事実が浮かび上がってくるのかもしれない。もちろん「仮説」の信憑性が高いのならば、2003年総選挙の前にも「仮説」を裏付けるような何らかの事実を発見することができるのかもしれない。いずれにしても「仮説」によって時間軸上にいくつかの事実を結ぶ一貫した大きな流れとか「文脈」のようなものを見出すことができるのならば信憑性はさらに高まっていくし、逆に「仮説」を完全に否定するような事実が出てくればそこで終わりである。もしも政治家に質問をぶつけることによって何らかの真相を明らかにしようと思うのならば、ある程度の体系的な状況証拠は必要不可欠なのである。ある程度の体系的な状況証拠も持たないのならば単なる水掛け論に終わっても何の不思議もないのである。
ところで話は全く変わるが、SL愛好者だという民主党の前原新代表がどういうわけか一部で「電車男」(フジテレビ系列ドラマ(最終回2005/9/22、放送終了)など。他にも様々なメディアで)と呼ばれていたらしい。なぜ「SL」なのに「電車」なのかというところから筆者にはよく分からないが、「電車男」というものを少なくともなんとなくぐらいは知っている人間ならばどういう条件を満たしたら「電車男」と呼んでも大丈夫なのかということはだいたい分かっているはずである。「電車男」というものが全くどういうものかを知らない人間ならば「じゃあ『SL男』か」などと誰もがビックリするようなことを言い出すのかもしれない。もしかしたらそういう人間が総選挙の取材で電車を活用する筆者を見たら「これが『電車男』か」と思うかもしれないし、筆者が実はかなり徒歩でも移動しているということを知ったら「徒歩男」に訂正するかもしれないし、「さよなら菅直人」の場面を目撃していたら「バス男」と呼ぶかもしれない。さらに小泉首相の過去の演説などに詳しいことを知ったらやっぱり「小泉男」だったのかとなぜか妙に納得するのかもしれない。実にくだらない具体例で非常に申し訳ないが、「マクロ」の視点から見た「大きな基本的構図」に全く気づかずに自分に都合の良い「ミクロ」の視点だけから見た「局所的構図」にこだわり、ことごとく状況判断を誤って敗北し続けた永田町周辺の人間たちはちょうどこんな感じで訳の分からないことを次から次へと言い続けてきたのである。「大きな基本的構図」が理解できなかったり、「ルール」を全く知らなかったりするということはこんなにも愚かで恐ろしいことなのである。
<「催眠術」と「賢明な国民」の関係>
さて、ここで話を本論の総選挙に戻すことにする。小泉首相は「ルール」を正しく理解していたわけだが、もう一方の民主党の岡田前代表は「ルール」を正しく理解していたのかどうかということが次に大きな問題になってくる。
「まだ若干議席が定まっていないところがありますが、概ね状況が明らかになりました。自公で…、2/3という…、そして民主党は大きく減らすということになりまして、多くの民主党を支持していただいた皆さんに対して大変申し訳なく思っております。ただし、政権交代をしなければこの国は変わらないというその信念は全く揺らいでおりません。次の総選挙に向けて新たなチャレンジをスタートしなければいけないというふうに考えております。それから、私自身のことについて申し上げたいと思いますが、従来から、リーダーは目標を設定して、その目標を達成できないときには責任を取るべきだということを申し上げてまいりました。もう既に民主党政権ができないことは誰の目にも明らかであります。したがって私は民主党代表を…、辞職をして、そして速やかに次のリーダーを選定していただきたいと、こういうふうに考えているところであります…(後略)」「(敗因は何だと考えるのか、に)まあ今回の選挙、前回の総選挙で定着をしたマニフェスト(政権公約)選挙、そして政策を正面から掲げて争う選挙と、そういうふうに私は位置付けました。特に時代認識、今の少子高齢化・人口減少時代、そしてもう1つは財政の事実上の破たん。この2つをいかに乗り越えて将来に向けて明るい展望を開くか。そのための年金・子育て(対策)であり、そして歳出削減による財政の建て直しと。そういう道筋を有権者の皆さん、国民の皆さんに訴えたつもりであります。ただそのことがいま一歩届いていなかったというふうに思っております。他方で小泉自民党の方は郵政民営化法案の賛否という1つの争点に絞ってまいりました。そちらの方に有権者の目がいったということだと思っております」(以上、2005/9/12未明(総選挙大勢判明直後)の岡田克也民主党前代表の記者会見から)
岡田前代表が(2)通常国会で郵政民営化関連法案が成立しなければ解散・総選挙、そして(3)解散・総選挙になったときには最大の争点は郵政民営化になるということが事実上の「ルール」になっていたということを理解していたのかどうかは定かではないが、少なくとも「小選挙区比例代表並立制」に基づく「マニフェスト(政権公約)選挙」の「ルール」は正しく理解していたのである。そのことは岡田代表が政策を正面から掲げて支持を求めていた姿勢からよく分かる。岡田前代表が「ルール」をほとんど理解していなかったのだとすれば民主党が大敗しても当然であるし、岡田前代表が大敗の最大の責任者ということになるのだろう。だが、もしも岡田前代表が「ルール」を正しく理解しており、しかも民主党の敗北を事実上決定付ける「マクロ」の視点から見た「大きな基本的構図」にも気づいていたが、その時点では全くどうすることもできなかったのだとしたら大敗の最大の責任者は他にいるということになるのかもしれない。
繰り返しになるが、今回の総選挙での民主党の最大の「敗因」は「政局オンチ」、特に対案も提出せずに郵政民営化に事実上反対してしまったということであると筆者は考えている。そして民主党が自分たちを単なる「クタバレ自民党」程度のものに大安売りして自民党を厳しく批判して反自民党票を吸収するだけの選挙に堕落させていたことも大きな敗因であると考えている。実は敗因と大敗の責任者を非常に分かり易い形で要約したようなビックリするような「問題発言」が存在するのである。
「私、最大の争点をですね、『小泉催眠術』だと思っているんですよ。つまり『催眠術』にかかってなかなか解けないところはですね、確かにあの…、まだ小泉さんの…、支持が多いのかもしれません。しかし『催眠術』から覚めてみると、4年間の小泉政権は何だったのかと。例えば年金改革は去年やられましたが大失敗ですね。それから財政再建は赤字がどんどん増えている。あるいは外交は行き詰まり。もうあの道路公団にいたっては官製談合と天下りの…、まあ、てんこ盛りですから。ですから、この『小泉催眠術』が解けてくれば私はオーソドックスな選挙になって、そして政権交代が争われると。しかし残念ながら『小泉催眠術』で何か郵政のことを言っているとですね、4年間の政権の…、何をやってきたかが消えてしまう。ここが最大の…、今、(選挙戦)後半の争点だとこう思っています」(菅直人民主党元代表が2005/9/4夜放送のNHK「衆院選特集」で)
筆者は今回の総選挙でも無意味なことには全く注目していなかったが、もしかしたら普通のオセロゲームのように何回か「盤」の上で表と裏が同じ色の「駒」がひっくり返されていたのかもしれない。自分たちを支持しなければ「催眠術」などと言い出す政治家のことを国民はいったいどう思うのだろうか。間違ってもそんな自己中心的な政治家の「催眠術」にかかるようなことだけはないだろう。いくら岡田前代表が賢明な国民を信頼していたとしても、こんな「問題発言」をする政治家が一人いるだけでも民主党のことを全く信頼できなくなってしまう国民も多くいたはずである。「催眠術」と「賢明な国民」の関係は矛盾以外には全く何の関係もないだろう。やはり「大きな基本的構図」が理解できなかったり、「ルール」を全く知らなかったりするということは愚かで恐ろしいことなのである。
「(今の時代に求められているリーダーの条件について)信頼です。この人についていけば何かやってくれるのではないかという…。信頼です。あらゆる政策の遂行の前提は信頼です」(1998年参院選で自民党が大敗した直後の総裁選時の小泉厚相(当時)の発言、1998/7/19放送のNHK「日曜討論」で)、「飛び出さなくてもね、自民党は変わるときはあっという間に変わりますから…(中略)…離党なんて考えませんよ。自民党丸ごと変えることを私は考えているから。自民党っていうのはね、丸ごと変わる余地があるんです」(小泉首相が1999/12/19放送のフジテレビ「報道2001」で)
「有権者が政治をいま動かしてきたんです。だからこそ、このような炎天下、しかも日曜日。こんなわざわざ皆さん大勢出てきて…。それを我慢して、この暑さに耐えて、私の話を聞いてくれる…(中略)…これこそ政治が変わるなあと。自分たちが政治を変えることができるんだなと。小泉によって日本の政治を変えようという大きな一つの現象であります…(中略)…この国民の政治を変えようという、改革しなくてはならないという、この情勢を…。実際の小泉改革を進める原動力として皆さんの力をお借りしたい。だからこそこの(参院)選挙、私の最初の難関であります。自民党に支持を与えてくれることによって小泉が改革を進める基盤ができるんです。今、これで自由民主党が敗北を喫することになれば、ああやっぱり国民は小泉内閣を否定したっていうことになるんです」「自民党に支持を与え、勝利を与えていただければ必ず自民党は小泉の改革を進めていきます。それで…、この私の方針を進めることができなかったら、次の衆議院選挙で自民党に鉄槌を下してください。まだ時間はあります。選挙によってうそを言ったらそれは次の選挙が待っている。どうかこの選挙は小泉内閣の改革を進める、大事な…、選挙で…。この道、難関が迫っているんです。この難関を乗り越えさせてくれるのが、きょう、ここにいる皆さま方の支援です」(以上、2001/7/15の大宮駅西口での小泉首相による参院選の応援演説)、「政治に最も大切な…、あらゆる政策を貫く最重要条件は、政治家に対する信頼だと思います。なぜこれだけ多くの皆さんが炎天下、小泉の話を聞いてくれるのか。私は不思議でしょうがない…(中略)…このように多くの皆さんが期待を持って熱い眼(まなこ)を私に向けてくれる。それは私の改革に向かう気持ちが本気だと思ってくれているからじゃないでしょうか。小泉なら自民党を変えるだろう、日本の政治を変えるだろうと思っているからこそ、こうして多くの皆さんが小泉に期待を寄せてくれる」「多くの皆さんのこの期待を胸に刻んでいきたい。なんとか今の政治を変えてくれ、改革してくれ、この熱い声援を…、渾身の力を込めて、自らを律して、総理大臣の職責を果たして全力を尽くしていきたいと思います」(以上、2001/7/28の新宿駅西口での小泉首相による参院選の最終演説)
小泉首相の過去の発言を何となく覚えていてもいなくても、自己中心的な政治家が「催眠術」などと叫べば叫ぶほど、もしかしたら国民を信じて「国民に聞いてみたい」などと言った小泉首相の方を信じる賢明な国民がどんどん増えていったのかもしれない。
「あえて言いますが、自民党政権ができてから増税だ、年金崩壊だ…、野党・民主党なんとかしろと言われても遅いんです。日本は曲がりなりにも民主主義なんです。多数決でものが決まるんです。法律も予算もすべて国会の中の多数決で決まるんです。自民党と公明党が過半数を持ったら、国民の皆さんが猛反発して、国会で私たちがおかしいじゃないかといくら言っても、法律は通るんです。年金のときそうだったじゃないですか。だから政権を自民党にゆだねておいて民主党何とかしろと言われても困る。何とかできるのは次の総選挙のときなんです」(民主党の枝野幸男代議士(1993年初当選、埼玉5区選出)による2005/9/8の大宮駅前での街頭演説から)、「小泉総理、総理は先日の所信表明演説において、痛みを恐れず、また既得権益の壁にひるむことなく、構造改革を推進すると宣言されました。この言葉は、私が政治活動を始めてから8年間、訴え続けてきた姿勢そのものであります。政党政治の下で小泉さんと私は党派を異にしています。しかし政党のために政治があるのではなく、目指すべき政策を実現するために政党が存在することは言うまでもありません。改革が本当に、本当に前に進むのであるならば、私は党派を超えて、これを全力で支援したいと思います」(民主党の枝野幸男政調会長代理(当時)が2001/5/9(小泉首相就任直後)の小泉首相の所信表明演説に対する代表質問で)
ちなみにテレビでは菅氏と同じように他人の発言中に強引に発言して相手の発言を妨害しているイメージを持たれている枝野氏(1993年初当選)であっても、民主主義の基本的なルールを正しく理解しているのである。少なくともその点については、全部を足しても過半数には及ばない野党共闘、あるいは審議拒否や物理的抵抗によって法案を廃案に追い込む、解散・総選挙に追い込むなどと繰り返し国民を欺き続けてきた古い野党の政治家たちとは完全に異なっているのである。もちろん従来の野党とは違った「政権準備政党」(→参考:
2005/6/27号etc.)を主張していた岡田前代表(1990年初当選)が民主主義の基本的なルールを正しく理解していることはほぼ間違いないと考えられる。こんなくだらないことからも筆者の日本の政治における「世代間変化による仮説」にはそれなりの信憑性があり、検証してみる価値があるなどと考えることができるのかもしれない。
以上のように今回の総選挙を正確に分析しようとすればするほど、ある程度は時間軸上を過去に遡って考えてみる必要があるということに気づくことになるのである。今回の総選挙を自分に都合の良い「ミクロ」の視点だけから見た「局所的構図」にこだわって単なる「小泉劇場」「刺客騒動」などで片付ける永田町周辺の人間たちには、いかに「マクロ」の視点から見た「大きな基本的構図」が見えていないかということが多くの読者にもある程度は納得してもらえたのではないかと思っている。そもそも賢明な読者ならば常識的に考えても「小泉劇場」にするためには「舞台裏」でそれなりの準備期間が必要だということに最初から気づいていたのかもしれない。あえて繰り返すが、「大きな基本的構図」が理解できなかったり、「ルール」を全く知らなかったりするということは実に愚かで恐ろしいことなのである。
<「一人ひとりの生命・人権などを守ること」は最低限の共通ルール>
もちろん地球上のどこであっても「大きな基本的構図」が理解できなかったり、「ルール」を全く知らなかったりするということは基本的には愚かで恐ろしいことである。核開発や人権問題などの様々な問題を含んだ一連の北朝鮮問題でもようやく「一人ひとりの生命・人権などを守ること」が最低限の共通ルールとして認識される状況に近づいてきている。確かに北朝鮮は相変わらずまだまだ人権というものをほとんど理解できないままなのかもしれないが、北朝鮮以外のほとんどの国家では「一人ひとりの生命・人権などを守ること」が最低限の共通ルールとして受け入れられている。確かに欧州諸国と比べれば中国やロシアは人権問題には非常に鈍感だが、それでも北朝鮮と比べればはるかに人権問題には敏感である。また韓国も同じ民族の人権問題をいつまでも後回しにすることはできないはずである。北朝鮮が核放棄を確約した初の6カ国協議での共同声明採択(9/19)後は、どんな北朝鮮問題を具体的に進める場合であっても日本人拉致問題を典型例とする北朝鮮国内の人権問題などを避けて通ることができなくなってきているのである。「一人ひとりの生命・人権などを守ること」を最低限の共通ルールとして受け入れている国家ならば北朝鮮国内の差し迫った人権問題などを解決することなしに「軽水炉」とか国交正常化後の「経済協力」の問題などを話し合うこともできないということはすぐに理解することができるはずである。優先順位は北朝鮮国内の差し迫った人権問題などの解決の方がはるかに高いのである。
筆者は一貫して「北朝鮮国内の末端の一人ひとりの生命・人権などを守ること」に強くこだわり続けており(→参考:2002/9/7号、2002/10/15号etc.)、日本が「領域内の一人ひとりの人権を蹂躙する非人道的な独裁国家」と国交正常化し、過去の植民地支配の「賠償」としての性格をも併せ持つ国交正常化後の「経済協力」などを行うことになるのならば、日本は過去の植民地支配に加えて21世紀になってからもさらに朝鮮半島の人たちに耐えがたい苦しみを与えたと「将来の世代」から見なされることになってしまうから、日本は断じて新たにそのような取り返しのつかない大きな歴史的な過ちを犯してはならないと繰り返し主張し続けている(→参考:2004/12/25号etc.)。さらに筆者は朝鮮半島の統一問題は日本が過去の歴史を克服する大きなチャンスでもあると考えている(→参考:2005/6/27号)。ようやくこのような主張が理解され易い環境が整いつつあるのではないかと筆者は見ているのである。それでもやはり北朝鮮はこれからも「一人ひとりの生命・人権などを守ること」が最低限の共通ルールになっているという「大きな基本的構図」を理解できずに愚かな行動を繰り返していくのだろうか。
またアフガニスタンでは総選挙と地方選の投・開票が行われた(→9/18。国連主導の民主化プロセスの最終段階)。イラクでも新憲法草案の是非を問う国民投票(10/15)が行われた。アフガニスタンにもイラクにもまだまだ多くの障害が残されているが、これから「暴力や武器を使った権力闘争」ではない選挙という「民主主義のルールに基づいた権力闘争」によって物事が決まっていく新しいルールが少しずつ受け入れられていくことになるのだろう(→参考:2005/8/26号)。そして想像以上に長い時間がかかるのかもしれないが、やがてこれらの地域でも民主主義の基本的なルールを全く理解できないテロリストなどは愚かで憎むべき存在だと誰からも見なされるようになっていくのだろう。
事実はテレビや新聞よりも奇なり(2005/10/18) (3/8) 「マニフェスト(政権公約)選挙」
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