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 最近の日本の政治情勢について(2005/5/11更新)

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 政治の究極目標は「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守ること」であると考えています。そしてその目的を達成するためには「ミクロ」「マクロ」、「過去」「未来」、「メリット(プラス)」「デメリット(マイナス)」などという複数の視点によって目の前の深刻な問題を相対化することが必要だと考えています。

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「泥仕合」や「茶番劇」のあと(2005/5/11)

 (参考)前回からの動き(2005/2/9-2005/5/11)


「カルトからの自由」の実現に必要不可欠な挙証責任(2005/2/9)

 (参考)前回からの動き(2004/12/25-2005/2/9)


複数の視点は「連鎖」の理解にも必要不可欠(2004/12/25)

  (参考)主な動き(2004/9/21-2004/12/24)


現実政治の問題解決に必要不可欠な複数の視点(2004/9/21)


永田町も国際社会も相変わらず「異常なし」(2004/6/22)


正しい判断のために必要な最低限の能力や知識とは何か(2004/3/23)


「今という時代の本質」を探し求める共同作業(2004/1/5) (補足(2004/1/12))

「今という時代の本質」を探し求める共同作業(2004/1/5)

(参考) 2003年後半の海外の動き


(2003年総選挙特集)

「壁」を打ち破るためには(2003/12/8)


 最近の日本の政治情勢について(2003年)

 最近の日本の政治情勢について(2002年)

▽参考:日本の政治


「泥仕合」や「茶番劇」のあと(2005/5/11)

 前回(2005/2/9)から約3カ月が経過して新年度になった。それにしても今年の春は例年よりもかなりひどかった。いくら「完全武装」しているつもりでもやはりちょっとした隙間から入り込んできては「アレルギー症状」を引き起こした。と言っても、花粉症の話ではない。「泥仕合」や「茶番劇」などのいつもの「意味不明の無用の混乱」のことである。昨年2004年は年金未納・未加入騒動、2003年はイラク戦争の「大義名分」があるのないのという騒動、2002年は「マキコ・ムネオ現象」などの政治家の秘書問題…。花粉症ならば沖縄かどこかに避難すれば「生き地獄」から逃れられるというが、「意味不明の無用の混乱」の場合には日本から避難しても本質的には何も解決しない。ニッポン放送株をめぐる「茶番劇」、「反日デモ」などの中国や韓国での日本に対する感情的反発の問題、小泉純一郎首相が「一所懸命」に取り組む郵政民営化問題など…。そしてイラクも相変わらずである。詳細は不明だが、英民間警備会社に勤務していた日本人男性らの身柄が拘束されたらしいことが明らかになった(5/10)。
 
 それにしても当事者や既存のマスコミはどうしてもっと問題解決に直接的につながるようなことができないのだろうか? おそらく「アレルギー症状」が出ていたのは筆者だけではないだろう。もしかしたら「自分の体は一つだけで1日は24時間しかない」などという経済学などでよく出てくる「希少(稀少)性(scarcity)」とか「トレードオフ(trade off)」の問題がなかったら介入して解決してやるのにと「義憤」を感じていた人たちも少なくなかったのかもしれない。もちろん「義憤」などを感じるのは悪いことではないが、テロや暴力や破壊活動などに走ってしまうと以前取り上げた「心理学的アプローチ」(→参考:2004/9/21号etc.)の典型的な「問題行動」、つまり犯罪になってしまう。そして「問題行動」は問題の解決に直結しているわけではないのである。
 
 そんな「アレルギー症状」や「義憤」を緩和する場合にも利用できる単純だけれども非常に強力な「道具」を筆者は既に持っている。もしかしたら多くの読者も共有しているかもしれない。例の「ミクロ」「マクロ」、「過去」「未来」、「メリット(プラス)」「デメリット(マイナス)」などという複数の視点によって目の前の深刻な問題を相対化するあの手法である。この春の「アレルゲン」のいくつかにも複数の視点による相対化手法を適用してみることにする。
 
<いま何のために郵政民営化なのか>
 
 政府は郵政民営化関連法案を閣議決定して国会に提出(4/27)した。郵政民営化問題は相変わらずよく分からない。これは「泥仕合」なのだろうか? それとも「茶番劇」なのだろうか? 現時点ではあえて複数の視点による相対化手法を適用してみても時間の無駄である。さらにまずいことに小泉純一郎首相がいったい何のために郵政民営化に執念を燃やしているのかもだんだんよく分からなくなってきている。郵政民営化をやるというのならばそれはそれで結構だが、最低でも「いま何のために郵政民営化なのか」ということを小泉首相自身がもっと分かりやすく説得力のある形で国民に訴えなければ、誰もほとんどやる気が出てこないだろう。ちなみにもしも筆者がいまあえて郵政民営化をやろうとする立場だったならばこうやるというアイディアをいくつか持っている。ちょっと考えればアイディアならいくらでも出てきそうなものなのに「紙芝居」と「担当大臣」ぐらいしか見えてこないところが実に不思議である。いずれにしても「民営化」の定義がどうなるのかは別にしても「民営化」されることだけはほぼ間違いのない情勢になってきている。
 
 なお小泉首相の「盟友」の山崎拓代議士(衆院福岡2区、元自民党副総裁)が自民全勝となった衆院統一補選(4/24)で当選して復活したことも郵政民営化問題には「追い風」になっているらしい。あくまでも念のために言っておくが、復活した勢いで何かのスキャンダルまで復活させないでもらいたいものである(→参考:2002/4/29号etc.)。自民党を除名された中西一善前代議士(衆院東京4区)のように強制わいせつ容疑で現行犯逮捕(3/10)されてあっという間に辞職(3/15)していった議員もいたが(→ちなみに東京4区補選は10月)、国会議員は「強制わいせつ」などをしなければスキャンダルにならないというわけではない。スキャンダルによる辞任などがまた出てくればまた補選をやらなければならなくなる。
 
 それにしてもほとんどすべての政党や政治家は本当に選挙運動が大好きである。どうして多くの有権者を置き去りにしてまでそんなに熱中できるのかがどんな選挙(運動)を何度見ても選挙(運動)というものに非常に強い拒否反応を感じ続けている筆者には全く理解できない。
 
<ちなみに「永田町歳時記」によると…>
 
 一方の民主党は衆院統一補選で2戦全敗した。だが、衆院宮城2区は労組の選挙違反事件で連座制適用となった民主党の鎌田さゆり元代議士の辞職に伴う補選、衆院福岡2区は学歴詐称問題で民主党を除籍処分になった古賀潤一郎元代議士の辞職に伴う補選という事情を思い出してみれば、「政権準備党」にとってはさして不思議な結果でもない。少なくとも補選全敗と岡田克也民主党代表らが「政権準備党」を目指して野党が得意とする「批判のための批判」を控えていることとはほとんど何の関係もないだろう。
 
 ちなみに「永田町歳時記」によると、一年前のちょうど今頃には、年金未納・未加入問題で自分が「未納兄弟」の仲間入りをし、他人には非常に厳しいが自分にはあまりにも甘すぎることが誰の目にも明らかになった野党党首が言い訳を繰り返して辞任(2004/5/10)している(→参考:2004/6/22号etc.)。あの頃の「大きなマイナス状態」から見ればたとえ現時点では何一つ実績がなかったとしても「政権準備党」は「プラスの状態」であるということだけは間違いない。「意味不明の空騒ぎ」からは何も生まれないのである。
 
 どうやら「議員は国民を代表する」という議会制民主主義の基本中の基本さえも満足に理解できていない人間が「国民主権論」などと称するものをあたかも「学問」であるかのように唱えることを認めている場所が日本にはあるらしい。議会制民主主義の一般的な解釈に基づけば、「言っていること」と「実際にやっていること」が食い違うような人間に国民の「代表」は務まらないはずである(→参考:2005/2/9号)。「国民主権論」などと称するものを唱える前に、まずは中学生ぐらいから「国民主権」、あるいは「楽市・楽座」と「関所の廃止」の正しい関係(→参考:2004/3/23号etc.)などをきちんと勉強し直した方がいいと思うが、やはり勘違いしたまま年齢を重ねた人間は「バカの壁」だけではなく再教育の「壁」も高くて厚いのだろう。いずれにしても人類の知的資産に明確に敵対するような「国民主権論」が圧倒的少数の「カルト」(→ここでのカルトとは「事実との真正の結合とは全く無関係な強い思い込み」またはそういう強い思い込みをする人たちのこと)にしか見向きもされないというのであれば、日本の民主主義もまだまだ捨てたものではないということになる。自己中心的な「バカの壁」によって多くの前途有望な若者の未来が奪われてしまわないようにしなければならない。
 
ニッポン放送株をめぐる「茶番劇」>
 
 ニッポン放送株をめぐる「茶番劇」は実にくだらない騒動だった。永田町でもよく見られる典型的な「起承転結」型の「茶番劇」である。まず概要を簡単に振り返る。
(1)新興IT企業「ライブドア」がニッポン放送の株式の35%を取得して一躍筆頭株主に躍り出たことが明らかに(2/9)なる(→「起承転結」の「起」)。
(2)ニッポン放送がフジテレビを引き受け先とした大量の新株予約権発行を発表(2/23)、フジテレビによる同社の株式公開買い付け(TOB)は成立(3/8)したが(→発行済み株式の1/3超を確保)、新株予約権の発行は東京地裁(3/11)、東京高裁(3/23)で差し止められて断念した(→「起承転結」の「承」)。
(3)ニッポン放送が保有するフジテレビ株をソフトバンク・インベストメント(SBI)に貸し出し、3社で投資ファンドを設立することなどが明らかに(3/24)なった(→「起承転結」の「転」)。
(4)フジテレビがニッポン放送株を買い取るなどの形(→(1)ライブドア側が保有するニッポン放送株全株(発行済み株式の約50%)をフジテレビが取得(→TOB価格(5950円)を上回る1株あたり6300円、合計約1030億円。フジテレビはニッポン放送を完全子会社化)、(2)フジテレビはライブドアの第三者割当増資に応じて出資(約12.75%、約440億円)、(3)3社の業務提携は推進委員会を設置して具体策を検討。フジテレビがライブドア側に支払う総額は約1474億円、ライブドアはニッポン放送株に約1031億円を投資していたという)でライブドア(以下、「新興IT」と省略)と和解(4/18)した(→「起承転結」の「結」)。
 
 株式争奪戦の本体は双方が「褒められない手法」を駆使し合う「泥仕合」となったが、結末は予想通り(?)の「茶番劇」という形で終わることになった。そもそもこの株式争奪戦のどこに大ニュースとして扱われなければならない理由があったのだろうか? 要約すれば「これからはインターネットのおまけに新しくテレビ局の映像ソフトなどを付ける必要がある」とか、「テレビもラジオもインターネットや携帯電話を既におまけに付けている」などという程度の発想と議論から「インターネットと既存メディアの融合」などという高度なものが突然生まれてくるようなことはまずないだろう。
 
 「新世代と旧世代の対決」などという一部の論調にも大いに呆れさせられた。ラジオ・テレビ局側が「新世代」だというのならばそれも一つの考え方なのかもしれないと思うが、逆だというのならば全く話にならない。やはり歴史を「鑑(かがみ)」にすることは重要である。15年、いや10年ぐらい前でもそんな表面的な構図で理解しようとする人間はほとんどいなかっただろう。いかに既存のマスコミに「躾(しつけ)」がなされていない人間が増えているかということがよく分かる。何にしてもこの「茶番劇」のおかげで「バブル」とか「虚業」といった懐かしい言葉を久しぶりに思い出した。
 
<会社は「社会のもの」>
 
 ここで試しにニッポン放送株をめぐる「茶番劇」にも例の複数の視点を導入して相対化してみることにする。筆者に言わせれば、何を騒いでいるのかよく分からない「会社は経営者や従業員のものか、それとも株主のものか」などという問題は「ミクロ」と「マクロ」の視点から見ればあっという間に結論が出てしまうのである。
 
 確かに「ミクロ」の視点から見れば、「会社は経営者や従業員のものか、それとも株主のものか」がハッキリしないのかもしれない。だが、「マクロ」の視点から見れば、「会社は社会のもの」であるということがすぐに分かるはずである。会社は顧客などの「ステイクホルダー」(利害関係者)などと共に社会に存在する「社会的な存在」なのである。そして少なくとも「虚業」ではない会社は必ず社会的な責任を持っているのである。だからこそ10年、15年前ならばどうだったのかはよく分からないが、最近では「社会的責任投資(SRI、Socially Responsible Investment)」(→企業を経済面だけではなく事業の社会や環境への配慮などからも評価して投資先を決定)などが影響力を増加させているのである。
 
 そして「過去」「未来」、「メリット(プラス)」「デメリット(マイナス)」のそれぞれの視点は、どちらかを「おまけ」に付けるというレベルを超えた「インターネットと既存メディアの融合」が本当に実現できるかどうかで全く変わってくることになる。もしも新興IT側のアイディアで「融合」が実現可能だと考えるのならば、それは「メリット(プラス)」があるわけだから、昔からの仲間だけで「過去」はずっとやってきたとしても、「未来」は昔からの仲間に加えて新興ITとも一緒にやればいいということになる。そして客観的に見れば新興IT側のアイディアで「融合」が実現可能なのにもかかわらず、どうしても昔からの仲間だけで「過去」も「未来」もやっていきたいということになるのならば、そういうところは時代の変化に対応できずに淘汰されていくことになるのだろう。
 
 逆に新興IT側のアイディアでは「融合」が実現可能だと考えないのならば、それは「メリット(プラス)」がない、あるいは「デメリット(マイナス)」があるわけだから、「過去」も「未来」も昔からの仲間だけでやればいいということになる。そして客観的に見ても新興IT側のアイディアで「融合」が実現可能ではないと考えられるのにもかかわらず、新興IT側が提携などに固執するのならば、いくら「過去」に企業買収などを成功させて急成長してきたとしてもそろそろ限界が見え、そう遠くない「未来」に淘汰されていくことになると市場から判断されることになるのだろう。
 
 要するに新興IT側から「おまけ」のレベルを超えた「インターネットと既存メディアの融合」を実現するための説得力のあるアイディアが出てこなければ全く話にならないのである。もしも株争奪戦の間に新興IT側がまともな説得力のあるアイディアを一つも出せなかったのならば、多くのものを破壊したとまでは言わないが、創造的なことを何一つしなかったということになる。少なくとも新興IT側が決め手となる説得力のあるアイディアを出せなかったから途中までは「泥仕合」になり、最後は「茶番劇」に終わったということなのだろう。
 
 今回の「泥仕合」や「茶番劇」の大きな特徴の一つは、独創的なアイディアに基づいた創造的な活動が全く見えなかったということである。「新しいと言われていること」も数年前のアメリカとかどこか別のところからほぼそのままの形で持ってきているものが多いのである。もちろん独創的なアイディアに基づいた創造的な活動を一切しなくても、ある程度までならばカネをつぎ込むだけで新たなカネを生み出すことはできる。しかし、いつかはそのカネにも裏切られてしまう。それが「バブル」という歴史の「鑑」だったはずである。独創的なアイディアに基づく創造とは無縁の活動は「バブル」や「虚業」と呼ばれ、途中まではどんどん大きくなっていくことはあっても、やがて見事にはじけてしまうのである。
 
 複数の視点で問題を相対化する手法の威力を多少は実感してもらえただろうか。いずれにしても「某国営放送」を含めた日本の大手マスコミに約2カ月間無料で広告を出し続けたのとほぼ同様の「メディア・ジャック」状態になったことによって国民などが間接的な形で支払わされたコストは想像以上に大きいはずである。
 
 ところで話は変わるが、前回取り上げた朝日新聞とNHKの「泥仕合」(→参考:http://www.jchiba.net/ message/050312r1.htm)はいつの間にかフェードアウトしてしまった。あの騒ぎはいったいなんだったのか? 大手マスコミの朝日新聞とNHKの「泥仕合」によって国民などが間接的な形で支払わされたコストも無視できるほど小さくはないはずである。
 
<歴史の「鑑(かがみ)」と普通の「鏡」>
 
 中国や韓国で日本に対する感情的反発が高まっている。動きを簡単にまとめた。
 
 中国各地で「反日デモ」が相次いだ。中国・北京で約1万人規模の反日デモが発生(4/9)、一部が暴徒化して日本大使館や日本料理店などに投石、窓ガラスを割るなどした(→谷内正太郎外務事務次官は中国公使に抗議。阿南惟茂駐中国大使も中国外務省に抗議。中国外務省は遺憾の意を示す。中国警察は反日デモを積極的には規制せず。ちなみに反日デモはインターネットで参加を呼びかけられ、デモ行進中に市民にも参加を促して拡大。日本の歴史教科書への不満や国連安全保障理事会常任理事国入り反対などを訴えていた)。中国・上海でも数万人規模の「反日デモ」が発生(4/16)、一部が暴徒化した(→上海でも警察当局は群衆の過激な破壊行動をほとんど制止せず。群衆は約6時間に渡って日本総領事館を包囲、投石やペンキをかけるなどの破壊行為を繰り返す。暴徒は付近の日本料理店なども破壊、放火の疑いも。また日本人男性2人が暴徒に襲われてけが。日本側は中国側に安全確保などを求めて強く抗議)。さらに中国・瀋陽など各地で「反日デモ」が発生、一部が暴徒化(→4/17。瀋陽、香港、福建省アモイなど全国各地に拡大。瀋陽では約1000人がデモに参加、日本総領事館にペンキ瓶などが投げ込まれるなどの被害)。
 
 町村信孝外相が北京を訪問して中国の李肇星外相(→4/17。町村外相は日本大使館などへの破壊行為に謝罪や補償や再発防止などを要求。李外相は反日デモの「原因」は日本側の歴史認識などとして謝罪せず。アジア・アフリカ会議首脳会議での日中首脳会談開催では基本的に一致)らと会談した。さらに京都でも町村信孝外相と中国の李肇星外相が会談した(→5/7。日本側は暴徒化・反日デモによる日本大使館などの被害に対する謝罪などを求めるが、中国側は応じず。ただし原状回復には前向きに応じる姿勢を示す。なお李外相は小泉首相が靖国神社を参拝しないように要求。歴史共同研究では基本合意)。
 
 小泉首相はインドネシア・ジャカルタで中国の胡錦濤国家主席と会談した(→4/23。両国の友好協力関係の強化を確認。小泉首相は中国側に「反日デモ」について適切な対応を求める。胡主席は日本側に歴史を正しく認識していることを行動でも示すように求める)
 
 韓国でも日本に対する感情的反発が高まっている。韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領が「3・1独立運動」記念式典で演説した(→3/1。日本に心からの謝罪などに加えて賠償も要求?)。また盧大統領はホームページ上に国民向け談話を掲載した(→3/23。竹島問題、教科書問題、靖国神社参拝問題などで日本を厳しく批判)。島根県議会が超党派の議員が提案した「竹島の日」制定条例を賛成多数で可決した(→3/16。竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、島根県が1905年(明治38年)に編入を公示した2/22を竹島の日を定めるなどの内容。韓国側は反発、島根県と姉妹提携する慶尚北道が交流中断を表明、韓国政府は在韓日本大使館に抗議、条例撤廃を要求する声明、竹島への上陸規制を大幅に緩和して一般国民にも上陸を認めると発表、など)。
 
 町村信孝外相は潘基文(パン・ギムン)外交通商相とパキスタン・イスラマバード(→4/7。韓国側は竹島を日本の領土と明記した中学校教科書の記述などの削除を要求、日本側は拒否。年2回ペースでの首脳会談継続などでは一致)、さらに京都(→5/6。6月下旬にソウルで日韓首脳会談を行うことで合意。歴史認識問題ではまだ溝が残る)で会談した。
 
 暴徒化していない中国や韓国の人たちもがまるで今から日本と戦争を始めるかのように感情を爆発させている映像を見るとやはり大きな違和感を覚える。念のために最初にハッキリさせておく必要があると思うのだが、どんなに「挑発」されても戦後の日本は国際的な争いを戦争によって解決しようとすることは絶対にない。日本国憲法9条1項には「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定められている。そしてもしも将来憲法改正が実現するとしても現状ではこの条項が改正される可能性はまずあり得ない。日本は敗戦後の過去60年間に一度も戦争をしたことはなかったし、これからも戦争はしないのである。そこを誤解されてしまうと解くことができる「もつれた糸」でも解くことができなくなってしまう。
 
 日本に対する感情的反発の最大の理由はいつもの「歴史認識問題」だが、今回はインターネットの負の部分によって「意味不明の無用の混乱」が引き起こされた可能性を否定することはできない。「反日デモ」に否定的なメディアも「反日デモ」の暴徒化しない部分に同情的なメディアも含めた日本の既存のマスコミは中国や韓国と日本の間で相互にナショナリズムがエスカレートして暴走していくという危険な構造を十分に認識した上で報道してこなかった(→参考:http://www.jchiba.net/ message/050312r3.htm)。現時点(2005/5/11)では短期的に見れば暴走や「核分裂的拡大」の危険性は低くなってきているが、長期的に見れば相変わらず「危険な芽」がいくつも残されたままである。
 
 今の日本に最も必要なものは歴史の「鑑(かがみ)」であることは間違いない。そして今の中国や韓国には普通の「鏡」が必要である。あくまでも念のために言っておくが、テレビに映ることを考えて身だしなみのためにいつも手鏡を持ち歩くべきだと言っているのではない。中国や韓国の人たちの最近の行動もやがては歴史の「鑑」になるはずである。もしも「反日ファシズム」とでも呼ぶべき異論を全く許さない不寛容な社会の雰囲気があるのならば、それは「日本帝国主義」を含めた「ファシズム」に勝るとも劣らない民主主義とは完全に相容れないものである。歴史を「鑑」にしていく必要があるのはすべての人類に共通していることのはずである。
 
 まずは感情の「もつれた糸」を解く必要がある。「もつれた糸」を解くことができたのならば、次は「望ましい未来」を実現するためにあえて厳しいことでも主張しなければならない。そしてその後にようやく問題を解決して「望ましい未来」を実現していくために必要な「知的生産活動」に移ることができるようになるのである。ひとたび「意味不明の無用の混乱」が引き起こされてしまうと「知的生産活動」を含めた前向きな行動を再開させるために必要なコストは無視できないほど大きなものになってしまうのである。
 
<「ミクロ」と「マクロ」の視点から見た中国の「反日デモ」問題>
 
 まずは感情の「もつれた糸」を解く必要がある。去年の夏にサッカー・アジアカップで中国人観客らによる過激な「反日行動」が発生したときに複数の視点による相対化手法を用いた (→参考:http://www.jchiba.net/message/050312r3.htm)。今回もそのときとは基本的な考え方は変わっていないが、事態の深刻化を受けて多少説明の仕方を変えている。
 
 中国の「反日デモ」問題を「ミクロ」と「マクロ」の視点から考えてみることにする。最優先で考える必要があるのは、感情的反発をどこかで確実に止めるということである。そうなると「ミクロ」「マクロ」それぞれを中国側と日本側に分けて考えてみた方がいいのかもしれない。
 
 最初に「ミクロ」の視点、それも中国にいる人たち一人ひとりの視点から考えてみることにする。中国の人たちは一人ひとり自分が何のために何をやっているのかを改めて考え直してみる必要がある。もしも自分の行動が目的達成と「因果関係」を生じることがあり得ないようなものになっているのならば、その行動は「有害無益」((Japanese)→「有害无益」(Chinese))であることは言うまでもない。ましてその行動が「犯罪」になるのならば「百害あって一利なし」((Japanese)→「有百害而无一利」(Chinese))である。
 
 そして同じ「ミクロ」の視点でも、日本にいる人たち一人ひとりの視点からも考えてみることにする。警官が制止せずに次々に投石が繰り返される映像や暴徒化「反日デモ」による破壊活動の被害を見せつけられれば、どんなに中国に強い好感を持っていた人たちでも「百年の恋も一時(いちじ)に冷める」((Japanese)→「多年的愛情一下子冷却下来」(Chinese))ことになってしまうのかもしれない。筆者は中国をどんなに腹の立つことを言われてもそう簡単にはケンカ別れできない「親友」や「恋人」などであると仮定して日本にいる一人ひとりが相手側の主張に静かに耳を傾けることが「もつれた糸」を解くために有効な手段になると考えている。そして相手側の主張に静かに耳を傾けながら、ものすごい騒ぎの中でも一人だけ冷静で浮いているような「話せば分かりそうな相手」を探し出そうとすることが重要である。まずは相手側の主張を冷静に受け止め、その上でどうしてもおかしいところがあるのならば遠慮なく、でも冷静にハッキリと主張すればいいだけの話である。
 
 中国側から日本側を「マクロ」の視点で見たときの「日本」などという言葉が意味しているのは何かということを考えることは重要である。もしも中国の人たちが「日本は過去の歴史を十分に反省していない。反省すべきだ」などと思っているのならば、「日本」「過去の歴史」「反省」とはいったい何を意味しているのかということを改めて冷静に考え直してみる必要がある。「反日デモ」に参加する中国の人たちが言う「日本」とは、「過去の歴史」を「反省」していないという「特定人物」や「特定団体」のことを意味しているのだろうか、それとも「日本と少しでも関係があるもの」のことを意味しているのだろうか。もしも「日本と少しでも関係があるもの」ということになると中国の人たちは「被害者」のつもりで「加害者」になって「新たな被害者」を生み出していくことになってしまう。「日本」の中には、「過去の歴史」を「反省」していないという「特定人物」や「特定団体」以外にもたくさんの人たちがいるのである。「過去の歴史」とは全く無関係の若者や「過去の歴史」を心から「反省」している人たちもたくさんいるのである。何にしても何事も日本の「全体」ではなく「一部」であるということを見失うべきではない。
 
 日本側から見た中国側を「マクロ」の視点から考えてみることにする。「反日デモ」に参加する大勢の中国の人たちの動機などをあえて強引に想像してみるならば、おそらく「日本は過去の歴史を十分に反省していない。反省すべきだ」などという気持ちを共通して持っているのだろう。そして中国で暴徒化「反日デモ」の破壊活動があったことは紛れもない事実だが、それでも「反日デモ」に参加した人たちのすべてが暴徒になったわけではないし、そもそも「反日デモ」に参加したのも中国の人たちの一部にすぎないのである。何にしても何事も中国の「全体」ではなく「一部」であるということを忘れるべきではない。
 
 地球上のどこにでも「カルト」(→ここでのカルトとは「事実との真正の結合とは全く無関係な強い思い込み」またはそういう強い思い込みをする人たちのこと)と呼ばれるようなおかしな人間や集団がいるものであり、日本も中国も例外ではないのである。
 
<「過去」と「未来」の視点から見た中国の「反日デモ」問題>
 
 やはり「過去」と「未来」という視点は重要である。中国の「反日デモ」問題を「過去」と「未来」の視点からも考えてみることにする。
 
 言うまでもなく日本と中国の双方にとって「望ましい未来」は両国が共存・協力している「未来」である。「望ましい未来」が共存・協力であるということは、韓国をはじめとする過去の日本の侵略によって被害を受けた国々はもちろん、その他のすべての国と日本の「未来」についてもあてはまることである。そんな「望ましい未来」から逆算して考えてみたときに「危険な芽」になりかねないことにもあえて触れておかなければならない。
 
 たとえどんなに正しい結論が出たとしても、「反日デモ」、ましてや暴徒化した「反日デモ」によって問題が解決されたかのような印象を少しでも与えてしまうことは日中両国の「望ましい未来」から逆算して考えてみると非常に好ましくない。以前用いた「心理学的アプローチ」(→参考:2004/9/21号etc.)の不適切な「問題行動」にあてはまるようなことは断じて許すわけにはいかないのである。そしてたとえどんなに正しい主張であったとしても、教科書は基本的には国内政治の問題である。ある国が他国に何かを主張する場合には主張の仕方にも最低限の配慮は必要である。もしもこれらのことを軽視するのならば最悪の場合には将来において過去の結論をまとめて覆すことを正当化する「危険な芽」にもなりかねないということだけはあえて指摘しておくことにする。
 
 次に中国の「反日デモ」問題を「過去」の視点から考えてみることにする。「日本による中国侵略、朝鮮半島の植民地支配などという不幸な過去」は間違いなく存在した。そしてそうした「不幸な過去」を圧倒的多数の日本人は否定しようのない事実だと認識しているし、心から反省もしている。仮に疑念を抱かせるような出来事がいくつか出てきたとしても、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」(→戦後50年の「村山首相談話」(1995/8/15)より)という考え方は今でも圧倒的多数の日本人に共有されているということもまた事実なのである。いずれにしても日本と中国や韓国などとの間では様々な不幸な出来事の「基本的な事実関係」についてはごく一部の人間たちを除いてほぼ共有されている。ただ「事実関係の詳細」についてはまだ共有されていないものもあるから歴史的事実が風化してしまう前に日本、中国、韓国などの間で共同研究を行う必要があるのではないかと筆者は考えている。そして最低でも「歴史的事実」と「歴史認識」とを明確に区別しなければ研究とは呼べないものになってしまうということは本来ならば言うまでもないことである。
 
 またその「不幸な過去」の前には、「世界」がまだ東アジアよりも狭かった約2000年前から日本、中国、そして韓国などの朝鮮半島の人たちが様々な形で共存・協力関係を積み重ねてきたという実績も間違いなく存在するのである。さらに「不幸な過去」の後には、「平和な民主主義国家」として約60年に渡って戦争をしなかった日本、中国や韓国などが「不幸な過去」を乗り越えて新しい共存・協力関係を構築しようと努力してきたという実績も間違いなく存在しているのである。
 
 根気さえあれば複数の視点で相対化する手法によって「もつれた糸」は何度でも解くことができる。今回もこのまま感情的反発が収まっていくことを期待している。
 
<あえて厳しいことでも主張しなければならない>
 
 感情の「もつれた糸」を解くことができたのならば、次は「望ましい未来」を実現するためにあえて厳しいことでも主張しなければならない。日本が将来に渡って真の友好関係を構築していこうと考えている中国だからこそあえて厳しいことも主張しておかなければならない。
 
 中国側は冷静になって自分たちの姿を普通の「鏡」で見てみる必要がある。暴徒化した「反日デモ」の破壊活動は明確な犯罪であり、いくら「愛国無罪」などと叫んでも断じて正当化することはできない。そして中国側が当初、暴徒化した「反日デモ」発生の責任は中国側にはなく、まるで日本側に責任があるかのように主張していたことは許しがたい。もしも中国政府が国内の暴徒による破壊活動を容認し続け、あくまでも破壊活動に対する正式の謝罪や補償を拒み続けるのならば、中国は「外国人を含めた一人ひとりの人間の生命・財産などを保障する」という国際社会における共存のための最低限のルールも守るつもりがない国家だと見なさざるを得なくなる。そんな国際社会の最低限の常識は本来ならばあえて説明するまでもないだろう。危うく「考えられる中で最も深刻な事態」に発展する可能性も出てくるところだったが、中国側はインドネシアでの日中首脳会談(4/23)前後になってようやく国際社会の最低限のルールを守る意志を明確に「行動」で示し始めたようである。
 
 必ずしも「言葉」で明確に示さなくても「行動」によって疑念が完全に払拭されるのならば「以心伝心」((Japanese)→「心心相印」(Chinese))ということもあり得ないわけではない。だが、犯罪が間違いなく犯罪とみなされ、「外国人を含めた一人ひとりの人間の生命・財産などを保障する」というルールが日本と中国の間で共有されていると確信できなければ、暴徒化しない「反日デモ」に参加する人たちの主張をどんなに冷静に聞こうと思っていたとしても聞くことができなくなってしまう。いずれにしても「暴徒による破壊活動発生からの空白の約2週間」が中国と日本や平均的な民主主義国家との間の「距離」を示していると解釈するしかないのだろう。
 
あえていくつか説明しておかなければならない
 
 中国や韓国などの人たちには理解されないかもしれないが、あえていくつか説明しておかなければならないこともある。中国や韓国などの人たちから見れば靖国神社は「日本の軍国主義の象徴」以外の何物でもないのだろう。従ってたとえどんな形であっても日本を代表する「内閣総理大臣ら」が参拝すれば彼・彼女たちがどう思うかということを想像できないわけではない。だが、(1)靖国神社には「A級戦犯」以外の戦没者も祀られていること、(2)日本にはすべての国民が合意できる戦没者を悼む施設が現時点では存在しないこと、(3)靖国神社を参拝する「内閣総理大臣ら」は間違っても軍国主義を復活させようとは思っていないこと、もまた事実なのである。そのような状況の中で過去には「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会の報告書」(2002/12/24、福田康夫内閣官房長官(当時)の諮問機関)がまとめられるなどの動きもあったが、様々な人たちの様々な感情が複雑に絡み合っている問題であるがゆえになかなか解決の糸口が見えてこないというのが偽らざる現状なのである。
 
 できることならば「内閣総理大臣らの靖国神社参拝=軍国主義復活」などというふうにすぐには考えないでもらいたい。「言葉」ではなく実際の「行動」が重要などと言われるかもしれないが、それでもあえて小泉首相の過去の「言葉」をここで振り返っておくことにする。おそらく中国や韓国などの人たちにはとても理解することができない主張なのだろうが、できることならば冷静に読んでもらいたい。
 
 「わが国は明後八月十五日に、五十六回目の終戦記念日を迎えます。二十一世紀の初頭にあって先の大戦を回顧するとき、私は、粛然たる思いがこみ上げるのを抑えることができません。この大戦で、日本は、わが国民を含め世界の多くの人々に対して、大きな惨禍をもたらしました。とりわけ、アジア近隣諸国に対しては、過去の一時期、誤った国策にもとづく植民地支配と侵略を行い、計り知れぬ惨害と苦痛を強いたのです。それはいまだに、この地の多くの人々の間に、癒しがたい傷痕となって残っています。私はここに、こうしたわが国の悔恨の歴史を虚心に受け止め、戦争犠牲者の方々すべてに対し、深い反省とともに、謹んで哀悼の意を捧げたいと思います。私は、二度とわが国が戦争への道を歩むことがあってはならないと考えています。私は、あの困難な時代に祖国の未来を信じて戦陣に散っていった方々の御霊の前で、今日の日本の平和と繁栄が、その尊い犠牲の上に築かれていることに改めて思いをいたし、年ごとに平和への誓いを新たにしてまいりました。私は、このような私の信念を十分説明すれば、わが国民や近隣諸国の方々にも必ず理解を得られるものと考え、総理就任後も、八月十五日に靖国参拝を行いたい旨を表明してきました。しかし、終戦記念日が近づくにつれて、内外で私の靖国参拝是非論が声高に交わされるようになりました。その中で、国内からのみならず、国外からも、参拝自体の中止を求める声がありました。このような状況の下、終戦記念日における私の靖国参拝が、私の意図とは異なり、国内外の人々に対し、戦争を排し平和を重んずるというわが国の基本的考え方に疑念を抱かせかねないということであるならば、それは決して私の望むところではありません。私はこのような国内外の状況を真摯に受け止め、この際、私自らの決断として、同日の参拝は差し控え、日を選んで参拝を果たしたいと思っています。総理として一旦行った発言を撤回することは、慙愧の念に堪えません。しかしながら、靖国参拝に対する私の持論は持論としても、現在の私は、幅広い国益を踏まえ、一身を投げ出して内閣総理大臣としての職責を果たし、諸課題の解決にあたらなければならない立場にあります。私は、状況が許せば、できるだけ早い機会に、中国や韓国の要路の方々と膝を交えて、アジア・太平洋の未来の平和と発展についての意見を交換するとともに、先に述べたような私の信念についてもお話したいと考えています。また、今後の問題として、靖国神社や千鳥が淵戦没者墓苑に対する国民の思いを尊重しつつも、内外の人々がわだかまりなく追悼の誠を捧げるにはどのようにすればよいか、議論をする必要があると私は考えております。国民各位におかれては、私の真情を、ご理解賜りますよう切にお願い申し上げます」(2001/8/13の小泉首相の談話(参拝直前に発表))
 
 「本日、私は靖国神社に参拝いたしました。私の参拝の目的は、明治維新以来の我が国の歴史において、心ならずも、家族を残し、国のために、命を捧げられた方々全体に対して、衷心から追悼を行うことであります。今日の日本の平和と繁栄は多くの戦没者の尊い犠牲の上にあると思います。将来にわたって、平和を守り、二度と悲惨な戦争を起こしてはならないとの不戦の誓いを堅持することが大切であります。国のために尊い犠牲となった方々に対する追悼の対象として、長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖国神社に参拝して、追悼の誠を捧げることは自然なことであると考えます。終戦記念日やその前後の参拝にこだわり、再び内外に不安や警戒を抱かせることは私の意に反するところであります。今回、熟慮の上本日を選んで参拝したのは、例大祭に合わせて参拝することによって、私の真情を素直に表すことができると考えたからです。このことについては、国民各位にも十分御理解いただけるものと考えます。」(2002/4/21の小泉首相の靖国神社参拝に関する所感)
 
 「靖国神社に参拝いたしましたのは、現在の日本の平和と繁栄のありがたさをかみしめると。日本の今日があるのは、現在、生きている方だけの努力によって成り立っているものではないんだと。我々の先輩、そして戦争の時代に生きて、心ならずも戦場に赴かなければならなかった、命を落とさなければならなかった方々の尊い犠牲の上に、今日の日本があるんだということを忘れてはいけないと。そういうことから、過去の戦没者に対する敬意と感謝を捧げると同時に、日本も今後、二度と戦争を起こしてはいけない、平和と繁栄のうちに、これからいろいろな改革を進めることができるようにという思いを込めて参拝いたしました。あまり私の靖国神社の参拝を騒ぎ立てるようなことは、私は望みませんでした。静かに参拝できたらいいなと思っておりまして、そういうことから皆さんにも事前にお知らせすることはなかったんですが、お正月ということで参拝するにはいい時期ではないかなと思って元旦に参拝しました。天気も穏やかで、すがすがしい気分になることができ、これから1年、また一生懸命頑張りましょうという気持ちを込めて参拝することができたと思いました。また、近隣諸国からの批判に対しましては、これはそれぞれの国が、それぞれの歴史や伝統、慣習、文化を持っているわけであります。そういうことに対して日本としては、戦没者に対する考え方、神社にお参りする意義等、それぞれ日本には独自の文化があると、外国にはないかもしれないけれども、こういう点については、これからも率直に理解を求めていく努力が必要だと思っております。これから、日中関係、日韓関係、日本の隣国として大事なパートナーですから、今後も日韓、日中両国との交流進展については、これまでどおりいろんな分野において拡大を進めていきたいと思っております」(2004/1/5の小泉首相の年頭記者会見から)
 
 やはり中国や韓国などの人たちに理解してもらうことは非常に困難だとは思うし、また内閣総理大臣らの靖国神社参拝などを正当化するつもりも全くないが、できることならばもう少しだけ冷静に受け止めてもらいたいのである。確かに小泉首相は首相就任以来4年連続で4回(→2001/8/13、2002/4/21、2003/1/14、2004/1/1)の靖国神社参拝をしている。だが、「内閣総理大臣らの靖国神社参拝=軍国主義復活」などというふうにすぐには考えないでもらいたいのである。だいたいすべての日本人が靖国神社を参拝しているわけでもない。そしておそらく国のことを考えて国のために命を落とした人たちは、自分たちのことを忘れてほしいとも思わないだろうが、何よりも優先して自分たちのことを考えてほしいとも思わないだろう。いずれにしても「誤解」も「誤解を招くような行為」も共に存在しない方がいいに決まっているし、「新たな誤解」も「新たな誤解を招くような行為」も共に存在しない方がいいに決まっている。
 
<「日本」は「永久の加害者」ではないし「ドイツ」になることもできない>
 
 日本と中国や韓国などとの間の「望ましい未来」の実現を考えるならば、さらにあえて厳しいことも指摘しておかなければならない。「日本」は、日本による中国侵略や朝鮮半島などの植民地支配、そして約60年前の第二次世界大戦(→太平洋戦争)などという「過去」を心から反省しているつもりだし、十分に反省していないと指摘されるのならば十分に反省していると受け止められるように努力をしていく意志もある。ただし「『被害者』から反省したと受け止められる可能性が間違いなくあるのならば」という条件付きでの話である。あくまでも念のために言っておくが、「日本」は「永久の加害者」ではないし「ドイツ」になることもできない。
 
 確かに中国や韓国などの人たちにとって「日本」は「加害者」であることは間違いない。だが、「日本」は「永久の加害者」ではないし、中国や韓国などの人たちは「永久の被害者」でもないはずである。ましてや「加害者」が十分に反省しているかどうかを「被害者」が判定するなどという「名目」で日本のすべての行動に対する事実上の「拒否権」を中国や韓国などが持っているというわけでもないはずである。万一、「永久の加害者と永久の被害者の構図」が存在するというのならば、その構図は現在と将来の日本の一人ひとりにとっては全く受け入れられないものである。そしてそのような「危険な芽」は現在と将来の日本の一人ひとりの「自然権」を根拠とするあらゆる手段を駆使してでも確実に摘み取らなければならないということになる。「日本」は「過去」を心から反省していると「被害者」からも納得してもらうために必要な努力をするつもりはあるが、断じて「永久の加害者」になるつもりはない。
 
 日本とドイツは共に第二次世界大戦の敗戦国であり、戦後に急速な経済復興を果たしたなどの共通点をいくつか持っているために比較されることが多い。確かにドイツはナチズムを徹底的に排除することによって「過去」を克服した尊敬すべき国家である。「日本」の侵略の「被害者」である中国や韓国などの人たちから見ればドイツが非常に輝いて見えるのも理解できないわけではない。特に韓国の人たちにとってはドイツが戦後の民族分断という不幸を乗り越えて統一を実現した国家であるという意味でも非常に輝いて見えるのだろう。だが、「日本」はあくまでも「日本」であり、「ドイツ」になることはできないのである。日本は「ドイツ」になることによってではなく、「日本らしいやり方」によってのみ「過去」を克服することができるのだと考えている。
 
 「国民の憲法尊重擁護義務が裁判的憲法保障制度とむすびついて、より強力なかたちで実定化されているのが、ドイツ基本法の場合である。ワイマール憲法を否定する勢力が憲法で保障された自由を利用してだんだん多数の支持を集め、いったん政権をとると憲法上の自由そのものを全面的に否定する独裁制をうちたてたナチズム体験から、『トロイの木馬』の教訓をひき出し、それをくりかえさないための方策として、『自由な民主的基本秩序』への攻撃に対する自己防衛という、『たたかう民主制』という考え方をとったのが、戦後西ドイツであった。一九四〇−五〇年代のきびしい東西対立の最前線に位置していたことから、『自由な民主的基本秩序』というシンボルは、反ナチズムと同時に、反コミュニズムという意味をも担うこととなった…(中略)…『憲法の敵』『自由の敵』にも憲法上の自由を保障すべきかどうかは、むずかしい選択であり、西ドイツの制度は、ナチズム体験への深刻な総括をふまえているだけに、重要な問題を提起している。そこには、『憲法の敵』をだれかが判定する際に恣意の危険がないか、という運用上の問題をこえて、『絶対に濫用できない自由は、自由ではない』(宮沢俊義)、『自らを決定する権利が、自らを滅ぼす権利を含むことにこそ、自由の偉大さがある』(ルネ・カピタン)、という論点をめぐる原理上の問題がある。日本国憲法が、公権力の担当者だけを挙示してその憲法尊重擁護義務を規定するという方式をとっていることは、国民の憲法忠誠を制度化するやり方をとらないという選択を意味している。すなわち、『憲法の敵』にも憲法上の自由をあえてあたえること、『すべての市民に対し、すべての政治的教理に関し完全な思想と宣伝の自由をみとめることを、それに伴う危険にもかかわらず、むしろ好ましいと考える』(第二次大戦末期のフランス共和国臨時政府下に設けられた、憲法問題委員会の報告書)、という選択を意味しているのである」(「憲法(改訂版)」、樋口陽一著、創文社、2001年、p91-92)
 
 国民の一人ひとりがどれだけ明確に意識しているかは定かではないが、日本とドイツでは歴史的経緯だけではなく憲法などの背景にある考え方も違っているのである。日本とドイツはそれぞれ別々の道をたどって「過去」を克服しようとしたのである。ある意味で日本はかつての軍国主義の象徴だった「日の丸」「君が代」を戦後もそのまま受け継いで新しく平和主義の象徴として国際社会から認識してもらうことを目指すというような非常に困難な道を選択したと言えるのかもしれない。たとえ日本がドイツよりも「カルト」の存在には寛容であったとしても、だからと言って日本が「カルト」の主張を認めたとか、日本全体が「カルト」になったなどということには断じてならないのである。21世紀には「日本帝国主義」などというものはもはや存在せず、万一「日本帝国主義」などが存在するとしても「後期倭寇」のようにほとんどは「日本の外」での話であるということを実証していきたいと筆者は考えている。いずれにしても日本は「過去」を克服しなければならないし、多少時間はかかっても必ず「過去」を克服していくのである。
 
<グローバリゼーション時代の政治家としての「説明責任」>
 
 繰り返しになるが、感情の「もつれた糸」を解くことができたのならば、次は「望ましい未来」を実現するためにあえて厳しいことでも主張しなければならない。日本が将来に渡って真の友好関係を構築していこうと考えている韓国だからこそあえて厳しいことを主張しておかなければならない。
 
 最近の韓国での「親日行為」などの過去の見直しに向けた動きと大韓民国憲法の条文との関係は筆者にはなかなか理解が難しい。大韓民国憲法13条には、同一の犯罪について重ねて処罰することを禁止する「一事不再理」や自己の行為ではない親族の行為によって不利益な処遇を受けないことなどが規定されていたように記憶している。弁護士資格を持つ盧武鉉大統領の政権で行われる過去の見直しであるからこそ、将来の日韓関係はもちろん、国際社会にも非常に重大な影響を与えることになるはずである。もちろん東京のホテルから当時は野党の大統領候補だった金大中前大統領が情報機関(旧KCIA)関係者と見られる実行犯によって拉致されて約1週間後に韓国・ソウルで解放された「金大中事件」(1973)の真相などについては筆者としても前大統領の自伝(→「金大中自伝」、千早書房、2000年、など)や映画の中の話ではない「歴史的事実」としてしっかりと知っておきたいと思っている。いずれにしても現時点ではこの問題についてあえてこれ以上のことは言わないでおくことにする。
 
 「私は海洋水産省のマスコットのパダランを見ていると、イギリスのある国際政治学者が韓国について書いた文章を思い出す。イギリスのリーズ大学で韓国を研究しているカーター教授は、『ガーディアン』紙に一九九四年、韓国をイルカにたとえて、東北アジアの二一世紀を展望する文章を寄稿したことがある。カーター教授は『鯨の喧嘩でエビの背が裂ける』(→筆者注:「強い者同士の争いの巻き添えで弱い者が被害を受けること」)という韓国のことわざを引用して韓国の現代史を説明した後、中国、ロシア、日本などの『鯨』に苦しめられてきた韓国は、現在世界一三位の貿易国家・平和国家として、今後は『エビ』から『イルカ』に変身して活躍するだろうと展望した。また北韓(北朝鮮)が破産寸前なので、これを再建しなければならない負担はあるが、『韓国は千余年ぶりに東北アジアの強力かつ自主的な勢力となるだろう』と予測した。そして二〇世紀初めに西欧から無視された韓国は、冷戦時代が終わった今日、『東方のスイスになれるすべての可能性をもつ強力な貿易国家であり、十分に武装した平和主義国家』になった。だから『東北アジアの巨大な鯨の争いは、賢明なイルカによって仲裁されればいい』と言い切っている」(「私は韓国を変える」、盧武鉉著、青柳純一・青柳優子共訳、朝日新聞社、2003年、p6)、「これ以上私たちは井の中の蛙になってはいけない。井の中の蛙では、結局のところ『鯨の喧嘩で背が裂けるエビ』になる。私たちは五大洋六大州を舞台に活動する、機敏で賢いイルカになるべきだ。世界化の時代、情報知識化の社会でこうした『イルカ型国家』をつくる時、二一世紀に私たちは他の鯨と肩を並べて彼らの紛争を仲裁できる、真の平和国家として人類社会に貢献できるのである」(同p9)、「しかし、私たちの行く手を遮る障害も少なくない。中国と日本の間に軍備競争が始まれば、韓国はついていくしかない。これに南北分裂まで重なれば、東北アジアの片隅で細々と生きていくしかない。南北が協力して平和を構築すれば、中国と日本の軍備競争を防ぐことができる。東北アジアの中枢国家として再生する道は南北和解・協力にこそある。障害は外部にあるだけではない。南北和解という観点から見れば、地域感情を煽る分裂主義、南北葛藤を助長する冷戦意識、これらすべてが私たちの内部の克服すべき対象である。東北アジアにバラ色の未来が自然に訪れるわけではない。内外の障害を克服するための政治力と外交力をもたなければならない」(同、p230-231)
 
 くどいようだが、日本は国際紛争を武力で解決しようとするようなことは絶対にない。また仮に「仲裁」を求めるようなことがあるとしてもおそらく国連などの国際機関に協力などを求めることになるだろう。筆者としては最近の一連の盧武鉉大統領のどの「問題発言」よりも「他の鯨と肩を並べて彼らの紛争を仲裁できる」などという「イルカ型国家構想」を問題視している。
 
 まさかこのグローバリゼーションの時代に「イルカ型国家」は19世紀から20世紀初めのヨーロッパにおける「勢力均衡(バランス・オブ・パワー)」がやがて第一次世界大戦につながっていったという歴史的事実も「鑑(かがみ)」にできない「井の中の蛙」になろうとしているというわけでもないのだろう。また「バランサー」になるためには、同じ民族を含めた一人ひとりの生命などが保障されているかどうかには全く無関心になるということでもないし、場合によっては「A国派」「B国派」「C国派」などに国内が分裂してしまっても構わないということでもないのだろう。さすがにいくらなんでも「イルカ型国家」が仲裁のために鯨同士の対立を望むというようなこともあり得ないのだろうが、やはり筆者は様々な理由から「イルカ型国家構想」が「望ましい未来」の実現にとって大きな障害になるのではないかという疑念を打ち消すことができずにいる。確かに過去の歴史を正しく認識するということは重要なことではある。だが、現在の自分たちの行動が人類の長い歴史の中でいったいどのような意味を持つことになるのかということを正しく判断することの方がずっと重要ではないのか。現在の自分たちの行動の歴史的意味を正しく認識できないということは、歴史を正しく認識することもできないということになるのではないかと筆者は考えている。
 
 韓国では「易地思之」((Korean)→「立場を変えて考えること」(Japanese))という言葉がよく用いられているようである。そのままの形では日本の四字熟語としては通用しないが、多くの日本人は「易」が「変える」という意味だと分かりさえすればすぐに意味を理解することができるようになる。「どこかの国の内閣総理大臣の言動」に大いに不満を持って「望ましい未来」の実現に疑問を持ち始めた人たちならば、「勢力均衡」という「過去の危険な遺物」を前提にするかのような「イルカ型国家構想」も「望ましい未来」の実現にとって大きな障害になるのではないかという筆者の疑念を解消することの重要さをよく理解してくれるのではないかと期待している。
 
 何か困難なことを実現しようと思うのならば、「易地思之」の態度が双方に必要になってくるし、「隗より始めよ」((Japanese)→「清自隗始」(Chinese))という姿勢も重要になってくるのではないかと筆者は考えている。グローバリゼーションの時代にはどこかの国の総理大臣もどこかの国の大統領なども自国民以外の人たちに対しても政治家としての「説明責任」(accountability)を持っていると考えておいた方がいいはずである。地球上で誰が最初に「新しい時代の指導者」としての資質を最も明確に示すことができるのかということに筆者は注目している。
 
日本のどこがなぜ悪かったのか
 
 もちろん日本と中国や韓国との間には領土問題が存在し、「望ましい未来」のためには領土問題でも中国や韓国に対してあえて厳しいことを主張しなければならない。だが、せっかく解いた糸を今すぐまたもつれさせることもあるまい。今回のところは領土問題についてはあえて触れないことにするが、主張しなければならないことは不変であるということだけは主張しておくことにする。
 
 さて、「反日デモ」であれ何であれ、ひとたび「意味不明の無用の混乱」が引き起こされてしまうと「知的生産活動」を含めた前向きなことを再開させるために必要なコストは無視できないほど大きなものになってしまうと筆者は考えている。前向きな活動を再開させるためには、まず感情の「もつれた糸」を解く必要があった。そして次に「望ましい未来」を実現するためにあえて厳しいことでも主張しなければならなかった。筆者に言わせるとここまでは長々と「意味不明の無用の混乱」のために発生した膨大なコストを支払わされてきたということになるのである。ようやくここから前向きな「知的生産活動」に移ることができるようになった。
 
 日本が「負の過去」を清算して「望ましい未来」を実現していくためには「日本のどこがなぜ悪かったのか」という「問い」と真正面から向き合わなくてはならない。「日本のどこがなぜ悪かったのか」などと言うと、中国や韓国などの人たちから日本は過去を十分に反省していないなどと思われるかもしれないが、因果関係を正しく理解して問題を解決していくためには「原因」を明確に認識することが必要不可欠である。そして「日本のどこがなぜ悪かったのか」ということを明確に認識した上でほぼ確実にその「原因」を再び生み出すことがないようにしていくための筆者なりの考えを以下に示すことにしたい。日本、中国、韓国などを含めた国際社会の中の多くの人たちから理解されて支持されることを期待している。まずは戦争前後の日本の過去を非常に大まかに振り返ることにする。
 
 日本は過去に中国を侵略し、台湾を植民地支配(1895-1945)した。第一次世界大戦中の第二次大隈重信内閣時には後の「五・四運動」(1919)につながる「21カ条の要求」(1915)を押し付けた。奉天(現在の瀋陽)郊外の柳条湖で鉄道を爆破(1931)し、国際社会に承認されない満州国を建国(1932)して中国東北部を事実上支配し、国際連盟を脱退(1933)した。また上海事変(1932)なども引き起こした。盧溝橋事件をきっかけに日中戦争(1937-1945)に突入して中国全土を本格的に侵略した。そして南京虐殺事件(1937)、「七三一部隊」による人体実験を含む細菌・化学兵器研究などの様々な形で多数の中国の人たちの生命を奪い、人権を蹂躙し、財産を奪った。
 
 日本は過去に朝鮮半島を植民地支配(1910-1945)した。「三・一運動」(1919)などの独立運動を弾圧し、朝鮮半島の多くの人たちの生命を奪い、人権を蹂躙し、様々な形で財産を奪った。そして日本語使用や神社参拝や「創氏改名」(日本名使用)も強制した。さらに朝鮮半島の人たちを日本の侵略戦争に巻き込み、兵士、労働者、あるいは従軍慰安婦として強制的に戦地や支配下の各地に動員した。
 
 旧日本軍は「大東亜共栄圏」建設などを唱え、米国、英国、オランダ、オーストラリアなどの軍隊、アジア諸国の軍隊や戦闘員と戦い、捕虜を劣悪な環境の下に置くなどの形で戦闘行為以外でも被害を与えた。そして旧日本軍が侵略した各地では、旧日本軍などによって、アジア諸国を中心とする多くの人たちが生命を奪われ、様々な形で人権を蹂躙され、財産を奪われた。
 
 日本の引き起こした戦争によって日本の多くの民間人も生命を奪われ、様々な形で人権を蹂躙され、財産を奪われた。地上戦が行われた沖縄では多数の民間人が戦闘に巻き込まれて死に追いやられた。東京大空襲をはじめとする米軍の空爆で日本の各都市やそこで生活する多くの人たちも甚大な被害を受けた。特に広島(1945/8/6)と長崎(8/9)は人類初の原子爆弾投下によって壊滅的な被害を受けた。
 
 日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏(1945/8/15)した。植民地や占領地は解放され、沖縄や千島列島などを除く日本本土は米軍を中心とする連合国軍に占領された。占領下の日本では連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指令・勧告によって日本政府が統治するという間接統治が行われ、日本国憲法が公布(1946)・施行(1947)されるなどの様々な民主的な改革が推し進められた。また極東国際軍事裁判所での「A級戦犯」に対する死刑判決(1948)・執行、「公職追放」などという形で戦争犯罪も追及された。
 
 朝鮮戦争(1950-1953)や東西両陣営による冷戦を受け、日本は米国などとの間に先行して極東国際軍事裁判所判決などの受諾を含むサンフランシスコ平和条約(1951)を締結し、同時に日米安全保障条約(1951)も締結した。そして韓国とは日韓基本条約(1965)を締結して国交を正常化し、植民地支配の補償的性格をも併せ持つ「経済協力」などを行った。中国とも日中共同声明によって国交正常化(1972)して日中平和友好条約(1978)を締結し、過去の侵略の補償的性格をも併せ持つと受け止められた経済協力などを行ってきた。ロシアとは旧ソ連時代に日ソ共同宣言(1956)に調印して国交正常化し、その結果として国際連合への加盟(1956)や日本人抑留者の釈放・送還が実現したが、北方領土問題が未解決であるために平和条約は締結されていない。
 
<地球上の一人ひとりの人間の生命などを守ること>
 
 戦争体験の全くない筆者に言わせれば、「日本のどこがなぜ悪かったのか」という「問い」に対する答えは、過去の日本が(1)多くの人たちの生命を奪ったり、人権を蹂躙したり、財産を奪ったこと、そして(2)そのための手段として暴力だけではなく固有の文化を否定するような手法をも用いたこと、などが「人類の共存・協力のために必要な最低限のルール」を破ることになったから悪かったのだということになる。さらに付け加えるならば、過去の清算を遅れさせたという意味では、(3)日本が社会全体としてはどちらかと言えば「新しい流れ」を作り出していくよりも「既にある流れ」に従い、その流れから長く影響を受け続ける傾向を持っているということもおそらく問題があったのだろう。
 
 今年2005年で戦後60年になる。以前(→参考:2005/2/9号etc)の繰り返しになるが、日本人がこの60年間に築き上げてきた最大の成果は、平和な民主主義国家であり、しかも世界で有数の経済大国である日本そのものであると筆者は考えている。そして様々な問題点があったとしても平和で豊かな民主主義国家を築き上げる過程における教育の貢献度は決して小さくはなかったはずである。時間が経てば経つほど過去の戦争を体験した人たちの数は少なくなっていくのだから戦争の実体験や記憶が風化していくのはある意味でやむを得ないことである。だが、過去の不幸な出来事の実体験や記憶が風化したとしても普遍的な形で残るものもあるはずである。例えば、人権の場合には、一人ひとりの人間の生命すらも保障されていなかった過去の悲惨な体験が完全に風化してしまったとしても、現在では多くの民主主義国家で基本的人権の保障が確立している。日本の負の過去も「被害者」も「加害者」も共に納得できるような普遍的な形に変えることによって真の意味で清算できるのではないかと筆者は考えている。
 
 過去を清算するという意味でも日本が戦後60年目に真っ先に確認しなくてはならないのは、「人間の安全保障」などという概念にこだわってもこだわらなくても、とにかく実際に日本が「地球上の一人ひとりの人間の生命などを守ること」につながる様々な活動に熱心に取り組んでいるかどうかということであると筆者は考えている。そして戦後の日本はたとえ「地球上の一人ひとりの人間の生命などを守ること」という正当な目的があったとしてもそれぞれの固有文化を否定するようなことをしてこなかったのか、両者を両立させるための努力をしてきたのかということも確認されなければならない。人権を大義名分にして固有文化を否定するようなことも、逆に固有文化を大義名分にして人権を否定するようなことも共に認めてはならないのである。
 
 それぞれの固有文化と「地球上の一人ひとりの人間の生命などを守ること」を両立させていくことを考える場合には、日本が西欧生まれの民主主義の下での選挙と教育によって国や社会を劇的に変化させた「非欧米国家」であるという実体験が役に立つはずだと筆者は考えている。そして日本の「民主主義」と「教育」にさらに磨きをかけ、今後もそういう「非欧米国家」の実例であり続けることによって日本は国際社会に独自のやり方で貢献していくことができるのだと考えている。
 
 さらに日本が国際社会にほんの少し先駆けようと考えるのならば、例えば、筆者が何度も繰り返し主張している「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守ること」などにつながっていくのである。もしも多くの日本人が地球上に人間の生命すらも保障されていない地域がまだ多く残されているという現実に鈍感であるのならば、日本が真の意味で負の過去を清算することも困難になっていくのではないかと筆者は考えている。そしてもしも日本が将来に渡って中国や韓国などの人たちと協力して「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守ること」につながる様々な活動に取り組み続けることができるとするならば、日本はほぼ間違いなく負の過去を清算することができるようになると筆者は考えている。
 
<まずは「犯罪対策」で協力の実績を積み重ねる>
 
 日本が「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守る」という観点から中国や韓国などと協力して優先的に取り組んでいかなければならないことがいくつかある。ヒト、モノ、カネ、情報の国際移動が活発になるグローバリゼーションの進展によって様々な問題解決過程において伝統的な主権国家中心のアプローチの限界が見え始めている。グローバリゼーションの進展によって主権国家がどこまでも相対的な力を低下させていくのかどうかはよく分からないが、どんなに少なくともしばらくの間は強大な力を持った主権国家が存在し続けるのである。従って主権国家が時代の変化による自らの力の限界を明確に意識し、他の主権国家との協力を強化することによってグローバリゼーションの進展によって新たに生じた様々な問題の解決を目指していくということが最も現実的な手段になると考えられるのである。
 
 日本が中国や韓国などとの間で優先的に協力すべきものの中で最も協力が容易であり、しかも最も優先的に取り組まなければならないのは「犯罪対策」である。日本と中国と韓国などは、グローバリゼーションによって取締りがますます困難になってきている「犯罪」、主権国家の共通の敵である「犯罪」を取り締まるために密接に協力を積み重ねていくことによって比較的簡単に「治安」という共通利益を共に得ることができるはずである。
 
 日本と韓国の間には既に「犯罪人引渡し条約」(2002)も締結されているからこのまま一層の捜査協力などを進めていけばいいが、問題なのは日本と中国の間の協力である。実は困ったことに「犯罪対策」は日中両国でゆっくりと少しずつ協力を強化していけばいいというような性質の問題ではないのである。あえて統計を引用することは避けるが、日本国内における一部の中国人による犯罪は実に深刻な状態にある。もちろん日本人と中国人の犯罪者が「裏社会」で様々な形で協力しなければここまで深刻な状態にはならないだろうということは容易に想像できるわけだが、いずれにしても日本における一部の中国人による犯罪は既に大きな社会問題になっているのである。もしもこのままの状態でさらなる暴徒化「反日デモ」が中国で発生するなどして日本人の対中国人感情が極度に悪化した場合には「中国人を見たら犯罪者と思え」などというデマがかなりの説得力を持って急速に広がってしまう危険性が高いのである。このまま放置することができない「非常に危険な芽」であると筆者は強い危機感を持っている。日本国内の善良な日本人と善良な中国人の生命・財産などを共に守るためには日中両国が一刻も早く「犯罪対策」で密接に協力する必要があるのである。
 
 もちろんそう遠くない将来には日本と中国の間でも「犯罪人引渡し条約」などが締結されることになるとしても、日中両国政府間の協議と決断によって将来の協力関係を先取りする具体的な形での協力も強化しておく必要がある。例えば、基本的に日中両国は、「不法入国」や「窃盗」などの比較的罪の軽い犯罪の場合には自国で逮捕した相手国民の容疑者は相手国に引き渡して責任を持って処罰してもらうようにし(→国際法でいう「(積極的)属人主義((active) personality principle)」)、「殺人」や「強盗」などの重大犯罪の場合には自国で発生した犯罪は容疑者が自国民であろうと他国民であろうと自国が処罰する(→国際法でいう「属地主義(territorial principle)」)などとすることで早急に合意し、実際にそういうルールでの運用を一刻も早く開始すべきではないかと筆者は考えている。もちろん日中間の捜査協力なども引き続き強化していく必要がある。
 
 あくまでも念のために言っておくが、どこからどうやって来たのかよく分からない「日本人と見られる人物」が中国に不法入国の疑いで逮捕されるようなことは今後とも少なからずあるだろう。その場合にも中国政府は日中両国で合意したルールに従ってその人物の身柄を日本に引き渡してさえくれれば後は日本国が責任を持って「対処」するということになるわけである。
 
<「将来の世代」の共通利益に確実になることで協力>
 
 ひどく感情がもつれてしまうと「このままでは良くない」のは十分によく分かっていても一歩も前進できないということもあり得る。日本と中国や韓国との関係がそこまでひどい状態になっているとは必ずしも思っていないが、たとえどんなにもつれた状態になったとしても確実に「将来の世代」の共通利益になることで協力の実績を積み重ねていけば問題解決につながるということもあるだろう。たとえ今現在は絶望的な状態に思えても、そう遠くない将来にはしがらみのない人間の数が増え、協力の実績と互いに協力できることも増えていき、今よりもずっと容易に問題が解決できるようになるかもしれないのである。
 
 確実に「将来の世代」の共通利益になるものの代表例が核問題を含む「地球環境問題」である。そして「地球環境問題」を考えるときには人類共有の知的資産である「科学」の知識が必要になってくるから教育はとても重要なものになる。日本、中国、韓国などの人たちが既にある共有資産を使って「将来の世代」の共通利益という新しい共有資産を生み出すための創造的な活動で協力する。そして得られた新しい共有資産を使ってより難しい問題も解決してさらに新しい共有資産を生み出していこうというのである。
 
 当たり前と言えば当たり前の話だが、国家が生まれるはるか昔から大気や水などは国境とは無関係に地球規模で循環し続けている。つまり二酸化炭素などの「温室効果ガス」や「放射性物質」を含めた様々な化学物質などが地球環境に与える影響や危険性は、将来の世代を含めた地球上のすべての人たちに共通の問題である。日本、中国、韓国などが核問題を含めた「地球環境問題」で協力していくということは、「日本、中国、韓国などの将来の世代の共通利益」になるだけではなく、「将来の世代を含めた地球上のすべての人たちの共通利益」にもなるのである。現在の共有資産を使って「将来の世代」の共通利益という新しい共有資産を生み出していく意味は大きいのである。
 
 中国や韓国の人たちも「将来の世代を含めた一人ひとりの生命などを守る」ことには間違いなく賛成してくれるだろう。そしておそらく北朝鮮でも「将来の世代を含めた一人ひとりの生命など」が守られなければならないという主張にも基本的には賛成してくれるだろう。もちろん中国や韓国の人たちが6カ国協議再開問題を含めた一連の北朝鮮問題に強い関心を持って多くの努力をしていることも良く知っている。だが、北朝鮮の現実はどうだろうか? 筆者としては、北朝鮮の人権・人道問題や核兵器開発問題が将来の歴史教科書にどのように記述されるようになるかということも考えてみる必要があるのではないかとだけあえて主張しておくことにする。
 
 日本留学の経験も持ち、日中共同声明に署名した中国の周恩来国務院総理が「飲水思源」((Chinese)→「水を飲むときには井戸を掘った人のことを忘れてはならない」(Japanese))などという言葉を好んで用いたことはよく知られている。日本、中国、韓国などに共通の「漢字」や「漢字を使用する文化」も立派な「井戸の水」である。日本、中国、韓国などには同じ「井戸の水」を使って「新しい井戸の水」を手に入れ続けてきたという共通の歴史も持っているはずだと筆者は考えている。注意深い読者ならば筆者がここまでに「漢字」や「漢字を使用する文化」という「井戸の水」を積極的に活用してきたことに気づいているだろう。
 
 例えば、孔子の論語をはじめとする「漢文」は、「漢字」が伝わってから現在に至るまでそれぞれの場所でそれぞれの形に変化しながらも日本、中国、韓国などの子どもたちが学び続けている。繰り返しになるが、日本、中国、韓国などに共通の「漢字」や「漢字を使用する文化」は立派な「井戸の水」である。
 
 さらに言えば、日本留学の経験を持つ中国の有名作家である魯迅の小説「故郷」は、日本の中学校国語教科書の教材として30年以上に渡ってほぼ全種類の教科書に一貫して採用され続けている。そして魯迅の作品は現在の中国の同年代の国語教科書でも多く採用されており、「故郷」が掲載されている教科書もある。日本と中国の人たちにとっての「故郷」はある意味で「新しい井戸の水」になり始めている。
 
 筆者としては、ごく一部の日本の歴史教科書だけに注目するのではなく、ぜひ理科や数学や英語を含めたその他の日本の教科書にももっと注目してもらいたいと思っている。言うまでもなく、理科や数学の教科書の主要部分は「科学」という「共通の言葉」で書かれており、その意味では国際社会にとっての「井戸の水」だらけである。
 
 もしも他国の人たちからも「ぜひ日本に行って勉強してみたい」と思ってもらえるようになるという意味で日本の公教育、特に義務教育を含む初等中等教育が「国際競争力」を持つようになるのならば、歴史以外の教科書にももっと注目してもらえるようになるのだろう。またそういう意味で「国際競争力」を持つ状態になるのならば、妙に注目される歴史教科書も、他国の教科書についてとやかく言わなくてはならない事情も共になくなっているのかもしれない。
 
 魯迅の「故郷」の結びに「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(「故郷」、魯迅著、竹内好訳、岩波文庫「阿Q正伝・狂人日記」など。(Japanese)→「我想:希望是本无所謂有,无所謂无的。這正如地上的路;其實地上本没有路,走的人多了,也便成了路」(Chinese)))という表現がある。たとえ取るに足らないほど小さな規模であったとしても今現在から将来の世代が活用できるもの(→「新しい井戸の水」)を作り出そうという試みを始める意味は大きいと考えている。


< 前回からの動き(2005/2/10-2005/5/10) >

(日本の政治・国会の動きなど)

 2005年度予算が衆院を通過(3/2)、参院でも可決されて成立(→3/23)した。小泉純一郎内閣発足から4年になった(→4/26。小泉首相は同日夜に新公邸に引越し。新公邸は旧首相官邸を改修、和室や茶室、家庭用燃料電池や風力発電・太陽光発電設備なども)。

  政府の郵政民営化関連法案の骨格が決定・発表された(→4/4。2007年4月に持ち株会社の下に窓口ネットワーク、郵便、郵貯、保険の4事業会社に民営化。2017年までに持ち株会社による郵貯・保険両社の全株売却義務付けは小泉純一郎首相の裁定。ただ2017年以降は4事業会社間の株式持ち合いを認める、など)。そして政府は自民党と郵政民営化関連法案の修正内容で合意し(→4/25。合意文書は民営化移行期間中に持ち株会社が郵貯、保険の株式を完全処分しない場合にも(売却後に買い戻す場合も?)罰則を設けない「株式の連続的保有が生じることを妨げない」などの内容(→事実上の後退?))、郵政民営化関連法案を閣議決定して国会に提出した(→4/27。自民党内での反対派は納得せず)

 衆院憲法調査会が最終報告書をまとめて河野洋平衆院議長に提出(4/15)、また参院憲法調査会も扇千景参院議長に最終報告書を提出(4/20)した。

  社会保障制度改革を協議するために衆参両院にまたがる「両院合同会議」を設置することで与野党が正式に合意(→3/25。自民、民主、公明、共産、社民で合意)、衆参両院合同会議が行われた(4/14)。

  なお党首討論(→2/23、4/6、4/20。いずれも小泉純一郎首相(自民党総裁)と民主党の岡田克也代表の1対1での討論)も行われた。

  自民党代議士(衆院東京4区選出)の中西一善容疑者が強制わいせつ容疑で現行犯逮捕されて河野洋平議長に議員辞職願を提出(→3/10。中西容疑者は被害女性と示談が成立、3/10夜に釈放。3/11に記者会見で謝罪。なお衆院東京4区補選は「一票の格差」をめぐる訴訟が最高裁で係争中のため4/24に行われず10月に実施へ、公職選挙法33条の2))、辞職した(→3/15。なお自民党は中西氏を除名)。

  労組の選挙違反事件で連座制が適用された民主党の今野東代議士の辞職を河野洋平衆院議長が許可(→4/28。衆院東京4区と共に10月に補選へ)した。

  共に民主党代議士辞職に伴う衆院宮城2区・衆院福岡2区補選の投・開票が行われ、自民党が2勝という結果に終わった(→4/24。4/12告示。宮城2区では自民新人(公明推薦)の秋葉賢也氏が民主の門間由記子氏らを破って初当選、福岡2区では自民元代議士の山崎拓氏が民主新人の平田正源氏らを破って返り咲き。投票率は宮城2区36.75%(-18.12)、福岡2区45.99%(-7.42)と共に小選挙区比例代表並立制導入後最低)。

  千葉県知事選の投・開票が行われて堂本暁子知事を大接戦の末に再選された(→3/13。堂本氏96万0125票、森田健作氏95万4039票など。投票率は43.28%(前回比+6.40ポイント))。

  (日本の政治・外交関係)

  小泉純一郎首相はブッシュ米大統領と電話会談した(→3/9。ブッシュ大統領は、BSE発生で停止している日本の米国産牛肉輸入早期再開を求める)。また米国のライス国務長官が来日(3/18)、小泉首相らと会談した(→3/19。米国産牛肉輸入再開問題など。早期の牛肉輸入再開を求めるライス長官に小泉首相は再開期日を言えないことに理解を求める。なおライス長官は3/20にはソウルで盧武鉉(ノムヒョン)大統領らと会談、そして中国・北京を訪問して胡錦濤(フーチンタオ)国家主席らと会談)。

  小泉首相は来日したオーストラリアのハワード首相(→4/20。小泉首相は自衛隊警護のためのオーストラリア軍のイラク・サマワ派遣に敬意を示す。日豪両国の自由貿易協定(FTA)締結のための共同研究を開始することで一致)、またダウナー外相(3/2)と会談した。

  小泉首相は来日したフランスのシラク大統領 (→3/27。日仏新パートナーシップ宣言を発表。欧州連合(EU)の対中国武器禁輸解除に理解を求めるシラク大統領に、小泉首相は地域安定の観点から反対する考えを示す。シラク大統領は日本の拒否権付での国連安保理常任理事国入りに賛成する考えを示す)、またスイスのシュミド大統領(4/18)と会談した。

  小泉首相はインドネシア・ジャカルタで開かれたアジア・アフリカ会議に出席(→4/22。小泉首相は「痛切な反省と心からのおわび」などを示した村山首相談話を引用する演説)、中国の胡錦濤国家主席と会談した(→4/23。両国の友好協力関係の強化を確認。小泉首相は中国側に「反日デモ」について適切な対応を求める。胡主席は日本側に歴史を正しく認識していることを行動でも示すように求める)。また小泉首相はインド洋大津波の被害を受けたアチェ州を視察、インドネシアのユドヨノ大統領とも会談(4/23)した。

  小泉首相はインド・パキスタン・ルクセンブルク・オランダの4カ国訪問(4/28-5/3)、インドのシン首相 (→4/29。国連安保理常任理事国入りに向けた連携を確認)、パキスタンのムシャラフ大統領(→4/30。小泉首相は1998年のパキスタンの地下核実験以来停止していた円借款の再開を表明。大統領は日本の常任理事国入りを明確には支持せず)、ルクセンブルク(欧州連合(EU)議長国)のユンケル首相・欧州委員会のバローゾ委員長(5/2)、オランダのバルケネンデ首相(→5/3.自衛隊が派遣されているイラク・サマワでのオランダ軍による3月までの治安維持を感謝。第二次大戦中の旧日本軍によるオランダ人捕虜への虐待を謝罪)とそれぞれ会談した。

  小泉首相はロシア・モスクワで開かれた対独戦勝60周年記念式典に出席後、ロシアのプーチン大統領と会談(5/9)した(→日ロ関係強化で一致。北朝鮮問題も)。小泉首相はドイツのシュレーダー首相とも会談。5/10帰国)。

  日米両国の外交・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(→2/20未明(日本時間)。2プラス2。町村信孝外相、大野功統防衛庁長官、米国のライス国務長官、ラムズフェルド国防長官。北朝鮮問題、台湾問題などで日米の連携)が行われた。

  中国や韓国の反発が高まる中で町村信孝外相は韓国の潘基文(パン・ギムン)外交通商相(→4/7(パキスタン)、5/6(京都))、中国の李肇星外相(→4/17(北京)、5/7(京都))とそれぞれ会談している。

  京都でアジア欧州会議(ASEM)外相会議が開かれた(→5/6-7。アジアと欧州の38カ国の外相らが参加)。

  (日本の政治・その他)

  地球温暖化防止のために温室効果ガスの削減を義務付ける京都議定書が発効した(→2/16。発効で法的拘束力が発生。日本のCO2などの温室効果ガスの削減目標は1990年比で6%減だが、2003年の排出量は8%増となっているので14%減が目標)。そして政府の地球温暖化対策推進本部(本部長は小泉純一郎首相)は京都議定書目標達成計画案を了承(3/29)した。

  愛・地球博(愛知万博)が開幕(3/25)した。4/1からペイオフ全面解禁(→金融機関の破綻時の保証は元本1000万円+利息までに。利息のない決済用預金と当座預金は全額保護)、個人情報保護法完全施行などが実施された。

  文部科学省が来春から使用される中学校教科書の検定結果を発表した(→4/5。学習指導要領の内容を超えた発展的な内容としてかつて削除された内容もいくつか復活。竹島問題や歴史認識の問題で韓国側は反発、歴史認識問題で中国も否定的に捉える)。

  兵庫県尼崎市のJR福知山線塚口駅-尼崎駅間で快速電車(宝塚発同志社前行き、7両編成、乗客約580人)が脱線(4/25)、死者は107人、負傷者は461人の大惨事になった(→救出・捜索活動が終了したのは4/28)。

  九州北部で強い地震が発生した(→3/20、震源は福岡市沖北西約20kmの玄界灘、M7.0、福岡市などで震度6弱、1人死亡、400人以上がけが、震源に近い玄界島は大被害を受けてほぼ全島民が避難)。

  マラッカ海峡で日本船籍のタグボートが海賊に襲撃されて日本人船長ら3人が拉致(3/14)されたが、タイとマレーシアの境界付近の海上でタイ海上警察に無事保護(3/20)された。

  なお週刊朝日が大手消費者金融・武富士から合計5000万円の編集協力費を受け取ってグラビア記事を連載していたにもかかわらず連載終了後も武富士の協賛を明らかにしなかった問題で朝日新聞は契約不履行に当たるとして武富士に全額(5000万円+利息)を返済することを決定(4/19)した。

  東京大空襲から60年(3/10)になった。また太平洋戦争末期の激戦地だった硫黄島(東京都小笠原村)で日米合同慰霊式典(3/12)が行われた。

  宇宙航空研究開発機構(JAXA)がH2Aロケット7号機を種子島宇宙センターから打ち上げ、気象観測などを行う運輸多目的衛星(MTSAT-1R)新1号の分離に成功した(2/26、6号機の打ち上げ失敗から1年3カ月ぶり)。

  西武鉄道株の有価証券報告書虚偽記載問題で東京地検特捜部はコクドの前会長・堤義明容疑者(70歳)を証券取引法違反(虚偽記載、インサイダー取引)容疑で逮捕(3/3)した。

  (中国)

  中国の全国人民代表大会(全人代、中国の国会に相当)が北京の人民大会堂で開幕(→3/5)、台湾独立などを武力で阻止する根拠となる「反国家分裂法案」(→「非平和的方法」の行使には「平和統一の可能性の完全消失」などの要件)を圧倒的多数で可決して閉幕(3/14)した。

  台湾の最大野党・国民党の連戦主席が同党主席としては分断(1949年)後初めて中国を訪問(4/26、南京など)、中国共産党の胡錦濤総書記(国家主席)と会談した(→4/29。台湾独立反対で一致。なお「国共」首脳会談は1945年の毛沢東・蒋介石会談以来60年ぶり)。

  中国の温家宝首相が記者会見で日中関係改善のための3つの提案した(→3/14。(1)首脳相互訪問促進に向けたの環境づくり、(2)日中外交当局による友好強化のための戦略的研究、(3)歴史問題の適切な処理)。

  中国各地で「反日デモ」が相次いだ。中国・北京で約1万人規模の反日デモが発生、一部が暴徒化して日本大使館や日本料理店などに投石、窓ガラスを割るなどした(→4/9、谷内正太郎外務事務次官は中国公使に抗議。阿南惟茂駐中国大使も中国外務省に抗議。中国外務省は遺憾の意を示す。中国警察は反日デモを積極的には規制せず。ちなみに反日デモはインターネットで参加を呼びかけられ、デモ行進中に市民にも参加を促して拡大。日本の歴史教科書への不満や国連安全保障理事会常任理事国入り反対などを訴えていた)。

  中国・上海でも数万人規模の「反日デモ」が発生、一部が暴徒化した(→4/16。上海でも警察当局は群衆の過激な破壊行動をほとんど制止せず。群衆は約6時間に渡って日本総領事館を包囲、投石やペンキをかけるなどの破壊行為を繰り返す。暴徒は付近の日本料理店なども破壊、放火の疑いも。また日本人男性2人が暴徒に襲われてけが。日本側は中国側に安全確保などを求めて強く抗議)。さらに中国・瀋陽など各地で「反日デモ」が発生、一部が暴徒化(→4/17。瀋陽、香港、福建省アモイなど全国各地に拡大。瀋陽では約1000人がデモに参加、日本総領事館にペンキ瓶などが投げ込まれるなどの被害)。なお中国・上海市公安当局が反日デモで42人の身柄を拘束したことなどが明らかになった(→4/25。上海テレビで放送。日本総領事館に投石したり、日本料理店を破壊した容疑で16人を逮捕したという)。

  町村信孝外相が北京を訪問して中国の李肇星外相(→4/17。町村外相は日本大使館などへの破壊行為に謝罪や補償や再発防止などを要求。李外相は反日デモの「原因」は日本側の歴史認識などとして謝罪せず。4/22からインドネシアで始まるアジア・アフリカ会議首脳会議での日中首脳会談開催では基本的に一致)、唐国務委員(前外相。4/18。「反日デモ」などで主張は平行線)と会談した。さらに京都でも町村信孝外相と中国の李肇星外相が会談した(→5/7。日本側は暴徒化・反日デモによる日本大使館などの被害に対する謝罪などを求めるが、中国側は応じず。ただし原状回復には前向きに応じる姿勢を示す。なお李外相は小泉純一郎首相が靖国神社を参拝しないように要求。歴史共同研究では基本合意)。

  小泉首相はインドネシア・ジャカルタで中国の胡錦濤国家主席と会談した(→4/23。両国の友好協力関係の強化を確認。小泉首相は中国側に「反日デモ」について適切な対応を求める。胡主席は日本側に歴史を正しく認識していることを行動でも示すように求める)

  東シナ海で中国が開発を計画する天然ガス田が排他的経済水域(EEZ)の境界線(日中中間線)を越えて日本側につながっている可能性が高いことが日本側の探査船調査で明らかになった(2/18)。日本政府は民間企業に東シナ海の石油・ガス田の試掘権を与える手続きを開始(4/13)した。

  (韓国)

  韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領が「3・1独立運動」記念式典で演説した(→3/1。日本に心からの謝罪などに加えて賠償も要求?)。また盧大統領はホームページ上に国民向け談話を掲載した(→3/23。竹島問題、教科書問題、靖国神社参拝問題などで日本を厳しく批判)。

  島根県議会が超党派の議員が提案した「竹島の日」制定条例を賛成多数で可決した(→3/16。竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、島根県が1905年(明治38年)に編入を公示した2/22を竹島の日を定めるなどの内容。韓国側は反発、島根県と姉妹提携する慶尚北道が交流中断を表明、韓国政府は在韓日本大使館に抗議、条例撤廃を要求する声明、竹島への上陸規制を大幅に緩和して一般国民にも上陸を認めると発表、など)。

  町村信孝外相は潘基文(パン・ギムン)外交通商相とパキスタン・イスラマバード(→4/7。韓国側は竹島を日本の領土と明記した中学校教科書の記述などの削除を要求、日本側は拒否。年2回ペースでの首脳会談継続などでは一致)、さらに京都(→5/6。6月下旬にソウルで日韓首脳会談を行うことで合意。歴史認識問題ではまだ溝が残る)で会談した。

  なお韓国国会の統一補選(6選挙区)の投・開票が行われ、与党・ウリ党が全敗した(→4/30。4議席獲得で過半数回復だった)、最大野党のハンナラ党は5議席獲得、残りの1議席は無所属。

  (北朝鮮)

  北朝鮮外務省が声明で6カ国協議への参加の無期限中断を発表、また核兵器を製造したと宣言(→2/10。米国の「敵視政策」を批判、米国との二国間交渉を熱望?)した。北朝鮮が米朝枠組み合意で停止した後に再稼動していた寧辺(→参考:2002年12月、2003年2月、2004年1月)の核施設の原子炉を停止して再処理でプルトニウムを抽出できる使用済み核燃料棒を取り出せる状態にしているなどと報道(4/16)された。北朝鮮が5/1朝に日本海に向けて短距離ミサイルを発射したとの情報が米軍から伝えられた。さらに北朝鮮が核実験実施の準備を進めていることが米偵察衛星情報から明らかになったなどと米紙(ニューヨークタイムズ)が報道(5/6)した。

  中国の王家瑞・共産党中央対外連絡部長らが北朝鮮を訪問、金正日総書記(→2/21。北朝鮮の6カ国協議の復帰を示唆?)らと会談した。中国の温家宝首相は北京で北朝鮮の朴奉珠(パク・ボンジュ)首相と会談した(→3/22、北朝鮮の核問題などを協議する6カ国協議再開問題など。中国は北朝鮮に影響力を行使?)。また中国を訪問した北朝鮮の朴奉珠首相は胡錦濤国家主席らと会談した(→3/23。北朝鮮の核問題などを協議する6カ国協議再開問題など。中国は北朝鮮に影響力を行使??)。

  延期(→当初は3/9から開催予定)されていた北朝鮮の最高人民会議(→北朝鮮の国会に相当。金正日総書記も出席)が開催(4/11)された。

  米国のブッシュ大統領は記者会見で核兵器開発を進める北朝鮮の金正日総書記を「危険人物」「暴君」などと非難(4/29)した。

  日本で船主責任保険(PI保険)に入っていない船舶の入港を禁止する改正船舶油濁損害賠償保障法が施行(3/1)された。国連人権委員会は日本と欧州連合(EU)などが共同提案した北朝鮮に対する非難決議を賛成多数で可決した(→4/14。決議は3年連続。日本人拉致問題など)。北朝鮮から中国に脱出して日本に帰国していた日本人妻の平島筆子さん(66歳)が中国・北京の北朝鮮大使館で記者会見して北朝鮮に戻ることを明らかにした(→4/18。北朝鮮に残してきた子供らとの再会のため?)。また日本政府は1978年に行方不明になった神戸市の田中実さん(当時28歳、元ラーメン店店員)を北朝鮮による拉致被害者として新たに認定(4/27)した。

  国際サッカー連盟(FIFA)は平壌(ピョンヤン)で開かれたW杯アジア最終予選の北朝鮮-イラン戦で観客が暴徒化した北朝鮮に対して平壌で予定されていた6/8の日本-北朝鮮戦を第三国で観客を入れずに開催する異例の厳しい処分を決定(→4/29。また北朝鮮サッカー協会に2万スイスフラン(約176万円)の制裁金も)した(→日本-北朝鮮戦はタイ・バンコクで)。

  (イラク)

  イラク暫定国民議会選挙の最終結果が発表(2/13)されて確定した(2/17→イスラム教シーア派の統一会派「統一イラク同盟」が第1党(得票率47.6%)で140議席と過半数を占める。第2党は「クルド同盟」の75議席(得票率25.4%)、第3党は暫定政府のアラウィ首相の「イラク・リスト」が40議席(得票率13.6%)。定数は275)。暫定国民議会が召集(3/16)され、そしてようやく議長を決定(→4/3。スンニ派のハサニ産業相)した。そして国民議会は移行政府の大統領にタラバニ氏(→クルド人)、副大統領にはヤワル氏(→暫定政府大統領、スンニ派)とマフディ氏(→暫定政府大統領、シーア派)を選出(4/6)、新大統領に選出されたタラバニ氏の就任式(4/7)が行われ、首相にはジャファリ氏(シーア派)が指名された。さらにイラク国民議会はジャファリ新首相が提出した閣僚名簿を賛成多数で承認、移行政府が正式発足した(→4/28。ただし一部の閣僚は決まらず)。

  オーストラリアのハワード首相はオランダ軍撤退後のイラク・サマワに約450人の部隊を派遣することを発表した(→2/22。日本の自衛隊の安全確保が目的。イラク軍の訓練も。英国や小泉首相の依頼を受けて)。陸上自衛隊が派遣されているサマワのあるイラク・ムサンナ州の治安維持任務がオランダ軍から英軍に移管された(3/7)。サマワに自衛隊の安全確保・治安維持のために派遣されるオーストラリア軍の第一陣が到着(5/1)した。

  イラクで拘束されて約1カ月ぶりに解放されたイタリア人女性記者らが乗った車を米軍が銃撃(3/4)、イタリアの情報機関の職員が死亡、記者らがけがをした。そして米国とイタリアは事件の最終結論を共有しなかったという共同声明を発表(4/30)した。

  イラクのイスラム教スンニ派過激武装勢力「アンサール・スンナ」がイラク西部で銃撃戦の末に重傷の日本人男性1人の身柄を拘束したとインターネット上に犯行声明(→5/9。英警備会社ハート・セキュリティに所属する斎藤明彦さん(44歳)と判明)を出して波紋が広がっている。

  (その他)

  絶対君主制のサウジアラビアで初の選挙となる地方評議会選挙の投票が行われた(2/10)。

  国連のアナン事務総長が国連総会で安保理拡大を含む包括的な国連改革の報告書を発表した(3/21)。

  インドネシア・スマトラ島沖で3/29未明(日本時間AM1:10頃)に再び大地震が発生(M8.7?。2004年12月の巨大地震(→参考)の余震?)した。

  ローマ法王・ヨハネ・パウロ2世が4/2夜(日本時間4/3早朝)に死去(→84歳、在位26年)し、葬儀が行われた(→4/8。ブッシュ米大統領ら各国首脳が参列するなど、世界各地から100万人以上がバチカンへ)。そして故・ヨハネ・パウロ2世の次のローマ法王を選ぶコンクラーベで次のローマ法王にヨーゼフ・ラツィンガー枢機卿(→ドイツ出身、新法王はべネディクト16世に)がなることが決まった(4/19)。

  インドとパキスタンが領有権を争っているカシミールで両国支配地域を直接結ぶバスが初めて運行開始(4/7)した。またパキスタンのムシャラフ大統領が約3年9カ月ぶりにインドを訪問(4/16)、シン首相と会談(4/17)した。

  英総選挙(5/5投票)でブレア首相の労働党が勝利した(→イラク戦争批判票のために大幅に議席を減少させながらも過半数を獲得。労働党の3期連続政権維持は初)。英国のチャールズ皇太子(56歳)とカミラさん(57歳)が再婚した(→4/9。30年以上の交際を経て)。

  ベトナム戦争終結から30周年を記念する式典がホーチミン市(旧サイゴン)で行われた(4/30)。

  核拡散防止条約(NPT)再検討会議がニューヨークの国連本部で開幕(5/2)した。

  レバノン・ベイルート中心部で爆発、ハリリ前首相を含む10人以上が死亡(2/14)した。シリア軍がレバノンからの完全撤退が完了(4/26)した。


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