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○「今という時代の本質」を探し求める共同作業(2004/1/5) (補足(2004/1/12))
○「今という時代の本質」を探し求める共同作業(2004/1/5) (1/5)
○「今という時代の本質」を探し求める共同作業(2004/1/5) (2/5)
○「今という時代の本質」を探し求める共同作業(2004/1/5) (3/5)
○「今という時代の本質」を探し求める共同作業(2004/1/5) (4/5)
○「今という時代の本質」を探し求める共同作業(2004/1/5) (5/5)
(参考) 2003年後半の海外の動き
▽参考:日本の政治。
前回からわずか1週間である。もしかしたら一部の読者は今回の「補足」を予想していたかもしれない。筆者は永田町の「開かずの踏切」(→参考:2003/12/8 (7/8)etc.)が「踏切の中にまた踏切を作るような思い付きの提案」を繰り返して「裸の王様」になってでもなんとか生き残ろうとすることなどによる事態の変化を十分に予測していたために前回の一連の文章の中に「補足」する余地をあえていくつか残しておいたのである。おそらく一部の読者は「不自然さ」に気付いたことだろう。今回の「補足」部分は3点である。
(1)北朝鮮に日米韓などには「ブローカー外交」は通用しないと理解させ、それでも前向きな提案をしてくるのならば本気だと判断できるのではないかということ、(2)やはり菅直人氏は一人で静かに一歩踏み込んで深く考えてみるべきであること、(3)中曽根康弘元首相の靖国神社公式参拝(1985/8/15)はやはり「悪夢」ではなくて現実だったこと、を補足した。「補足」部分の詳細は以下に示してある(→なおホームページは「補足」反映済み)。
また、民主党の代表である菅直人氏や菅氏を支持する政治家たちに惑わされている国民を一日でも早く一人でも多く目覚めさせることを目的として、携帯メールなどのコラム(→ポイント&コメント:http://www.jchiba.net/maga/pc.htm)で「きょうの『開かずの踏切』」の配信を開始する。
今(1/12,AM8:00)から24時間以内に菅氏が不可逆的かつ検証可能な方法で即時・完全な「政界引退」を発表でもしない限り1/13にも配信を開始する予定である。菅氏らの言動の持つ意味を「あえてコメントしないことがコメントだ」ということも含めて短いコメントという形式で伝えることになるだろう。できるだけ多くの人たちに菅氏がテレビで格好良くもっともらしいことを言っていた直後、あるいは菅氏のもっともらしい主張を伝える記事を読む前後に「きょうの『開かずの踏切』」を読んでもらいたいものだと考えている。
なお筆者は永田町の「開かずの踏切」の撤去作業を公開することによって「国内の人たちを飢えさせたり人権を蹂躙している非人道的な極東の独裁国家」に民主主義社会の素晴らしさを理解させて「大きな決断」を促したいものだとも考えている。念のために言っておくが、永田町の「開かずの踏切」側が「敵視政策」を止めなければ自分たちは「核武装」とか「核武装検討」を放棄しないなどと主張したとしても筆者の主張は不変である。
====以下、「補足」部分の詳細====
(1) 2004/1/5 (4/5)号の<日本は北朝鮮国内のすべての人道・人権問題を提起し続けるべき>の前から3つ目の段落、「北朝鮮の貨客船『万景峰』…」の段落中の「今後は日本独自の判断で…」の文の直前に以下を挿入する。
北朝鮮側はどうやら国会議員や民間人などを間に入れて何かゴチャゴチャやる得意の「ブローカー外交」を模索しているらしいが、少なくともどこの国の国会議員も本来の仕事を忘れてまで「北朝鮮の土俵」に乗るべきではない。そしてもしも北朝鮮にいる日本人拉致被害者の家族に「恋人」などがいるのならば「恋人」やその家族らも一緒に日本に連れてくればいいだけの話である。あくまでも国会議員は必要な法律を作ったり、特別委員会を作って意味のある議論をすることなどが本来の仕事であり、政府は国会議員の作った法律と自国民の保護を含めた国益に基づいて必要なことをやるのが本来の仕事のはずである。北朝鮮に日米韓などには「ブローカー外交」は通用しないときちんと理解させることが必要である。北朝鮮が「ブローカー外交」が通用しないことを理解し、それでも前向きな提案をしてくるのならば本気だと判断できるのではないかと筆者は考えている。いずれにしても、
(2) 同じく2004/1/5 (4/5)号の<本当に「地上の楽園」ということでいいのか?>の後の2つ目の段落、「筆者は菅氏が民主党の政権交代と優秀な若手政治家…」の段落中の「今回のところは菅氏も一人で静かに一歩踏み込んで深く考えてみるべきだとしか言わないでおく。」と「あえてもう少しだけ付け加えるとするならば…」の間に以下を挿入する。
「踏切の中にまた踏切を作るような思い付きの提案」を繰り返して「裸の王様」になってなんとか生き残ることができたとしても、いったい何ができるというのか。大きなマイナスがあってもまだ大きな実績が残るどこかの元首相の真似をして、熟慮して「まだ引退しない」と決めた後に引退を勧告されて「あのときは本人の判断に任せると言ったじゃないか」などと猛反発しても、いったい何が残っているというのだろうか。菅氏は一人で静かに一歩踏み込んで深く考えてみるべきである。
(3) 2004/1/5 (5/5)号の<本当の「弱者」とは?>の後の2つ目の段落、「中曽根元首相が内閣総理大臣だった時期…」の段落中の「それからたしか一度だけだったと思うが靖国神社参拝(1984年1月5日)もあった。」と「そう、どこかで見たり聞いたり…」の間に以下を挿入する。
いや、違う。一度だけではない。あれは「悪夢」ではなかった。中曽根元首相の靖国神社公式参拝(1985年8月15日)はやはり現実だった。他にもまだ非常に大きなことが間違いなくあったような気もするが…。
2004年になった。伊勢神宮参拝に行く直前の小泉純一郎首相が年頭記者会見(1/5)をしているのを聞きながらようやく今回の一連の文章を書き上げた。今年こそは初詣でぐらいには行こうと総選挙取材中から筆者はずっと思っていたのだが、ついに今年も初詣でに行くことができなくなってしまった。やはり小泉純一郎首相の「初詣で」が海外を含めて多くの人たちの神経を逆なでしたことは間違いのない事実である。これで首相就任以来4年連続4回目(→2001/8/13、2002/4/21、2003/1/14、2004/1/1)の靖国神社参拝ということになる。筆者は小泉純一郎首相の年末年始休暇中の最有力「Xデー」だった元日は朝からずっと待機し、小泉首相の「初詣で」後の午後は、日本人にとって今でも初詣でがごく普通の日常的な出来事なのかどうかをあえて確認するために歩き回っていたことは事実だが、確認作業の途中でちょっとサボって初詣でに行こうと思えば行くことはできた。でも、一歩踏み込んで深く考えてしまって足が止まってしまった。そしてそれから足が止まったままである。
あくまでも念のために言っておくが、小泉首相が元日に靖国神社に「初詣で」したために初詣でに行けなくなったなどとは筆者は文章中のどこにも書いていない。もしかすると勘違いした野党の政治家たちや何が何でも彼らを支持する人たちは、文章中のどこにも書かれていないことでも勝手に筆者の「主張」とか「結論」として受け止めるかもしれないが、筆者は小泉首相のせいで初詣でに行けなくなったなどとは考えても思っても言ってもいない。ただ、もしかしたら小泉首相が靖国神社を参拝しなくなることよりも、靖国神社の方から小泉首相に参拝をご遠慮いただくようになることの方が可能性が高いのではないかと思い始めている。
中国や韓国の反発は別だが、野党党首らがまた同じようなもっともらしいコメントを繰り返しているだけなのを聞いて実に不愉快な気分になった。野党党首らの過去4回のコメントをわざわざ詳細に分析してみなくても、基本的にはもっともらしいコメントを繰り返しているだけの単なる「思考停止状態」であることにほとんどの人たちはすぐに気づくはずである。勘違いした野党の政治家たちは彼らを支持する人たちの期待に応えられるだけの政治家としての能力に欠けるばかりか、そもそも彼らを支持する人たちの期待に応えようという十分な意欲さえもないのかもしれない。いずれにしても彼らは政治家として無能であるばかりか政治家として失格だと言わざるを得ない。
だいたい彼らは昨年の総選挙で「イラクへの自衛隊派遣に反対ならば投票してください」などと「できない約束」を盛んに連発していたが、結局「反対」「反対」などと叫んだだけで自衛隊の派遣はそのまま決定されたではないか。彼らは「反対」などと叫んだ以外に政治家としていったいどんな前向きなことをやったというのか。靖国神社参拝やその他の話をするのも結構だが、イラクの話はいったいどうなったのか…、など野党党首らの「思考停止状態」のコメントは、野党の政治家たちを支持した人たちの神経を逆なでしているのかもしれない。やはり彼らは野党党首などの地位を捨て、議員バッチも外して、「ただの一国民」としてテレビの中の小泉首相に罵声を浴びせていた方がはるかに国民のためになるのではないか。
ちなみに某野党党首がまたどこかで聞いたようなことをもっともらしく言い出したらしいが、筆者はあえてコメントしないということが最高のコメントだと思っている。北朝鮮の金正日総書記の日本訪問とか小泉首相とのトップ会談を実現するべきだなど(→参考:2002/9/7、2002/9/29、2002/12/11、2003/6/29etc.)ということだったら筆者はかなり以前から何度も主張していることだからである。今あえて何かを提案するのならば、北朝鮮に残された日本人拉致被害者の家族を日本に呼ぶことに加え、北朝鮮にいる拉致事件に関係した元工作員たちを日本の裁判所の法廷に招待するべきだぐらいのことを最低でも提案しなければインパクトも何もないだろう。
また、自分たちの選挙違反は「大したことがない」などとそこまで国民を愚弄することを堂々と言えるような野党党首が出てくることまでは筆者でもとても予想はできなかった。いくらなんでもまさか捜査機関に圧力を加えることが本音だというわけでもあるまい。以前から某野党党首が政権を握ったら報道に圧力を加えるぐらいのことは平気でやるだろうと警戒してきたが、「手心」を加えるように司法に圧力をかける可能性も現実味を帯びてきた。これでは「試しに一度」任せたら最後、「独裁国家」を作られてしまうという批判にも強い説得力が出てきてしまうことになる。
既存のマスコミもそろって「思考停止状態」なのかどうかはよく分からないが、野党党首らの「思考停止状態」のコメントが小泉首相の「初詣で」を快く思っていない人たちの中の無視できない割合の人たち、野党の政治家たちを支持した人たちの神経を逆なでしている可能性が非常に高いことにはどういうわけかいつまでも気づかないようである。相変わらず事実上の「思考停止状態」は続いている。こんな状態では言論の自由の危機がそう遠くない将来にやってくる兆候が目の前にあっても全く気づかないのかもしれない。だからこそ日本の政治は変わらないのではないか。だからこそ多くの国民が日本の政治に対する興味や関心を失ったり、政党を信用しなくなってきているのではないのか。そして既存のマスコミもほとんど信用されなくなってしまうのではないか。
昨年2003年は国民の中の無視できない割合の人たちにとって日本の政治はずっと他人事だった。そして平和な日本では何だかんだ言っても結局「海外」は他人事だった。2004年は「永田町周辺」と「一般社会」、そして「平和な日本」と「財産はおろか生命すらも保障されていない世界の地域」などが実は多くのことでつながっているのだということをこれまで以上に強く意識しながら、同時代の出来事を一歩踏み込んで考えた文章を書き続けていくことにしたい。一人でも多くの読者に同時代の出来事を一歩踏み込んで考えてもらうことによって何かを「共有」することができたらいいと筆者は思っている。
なお今回もホームページ(→http://www.jchiba.net/message/040105-1.htm)
に一連の文章を一挙に全文掲載しているが、メールマガジンでは小口に分割して送信することにした。
まずは前回からの日本の政治の動きを簡単にまとめておく。なお2003年9月末からの北朝鮮やイラクなどの海外の動きもまとめたのだが、あまりにも分量が多いためにメールマガジン版では省略した。海外の動きが必要な読者はホームページ版(→http://www.jchiba.net/message/040105-1.htm)を読んでもらいたい。
イラク復興支援特措法に基づく自衛隊派遣の基本計画が臨時閣議で決定され、小泉純一郎首相が記者会見(→12/9。小泉首相は自衛隊派遣はイラクの人道復興支援のためであって戦争に行くのではない、イラクには資金面の支援だけでなく物的支援・人的支援も必要、日米同盟と国際協調の両立を図る、などと。また武器弾薬の輸送を明確に否定。なお憲法の前文も引用)した。また公選法違反(買収)の疑いで逮捕(12/6)された自民党代議士の近藤浩容疑者が議員辞職(→12/9、閉会中なので河野洋平衆院議長が許可。自民党にも離党届)した。日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の特別首脳会議が東京宣言を採択して閉幕(→12/11-12。ちなみに日本は東南アジア友好協力条約(TAC)に加盟へ)した。
総選挙で議席を激減させて大敗した社民党大会が開かれ、土井たか子氏の辞任を受けた福島瑞穂党首(参院議員)就任(11/15)約1カ月後になってようやく又市征治幹事長(参院議員)、阿部知子政審会長(代議士)などの新執行部人事が決まった(12/13)。イラクへの自衛隊派遣決定を受けて衆院イラク支援特別委(12/15) 、参院外交防衛委(12/16)で小泉首相らが出席して閉会中審査が行われた。そして小泉首相はイラクに派遣する自衛隊の詳細な活動地域・内容などを定める実施要項を承認(→12/18。派遣時期はまだ未定)、石破茂防衛庁長官が航空自衛隊に派遣命令(12/19)を出し、航空自衛隊の先遣隊が成田空港から活動拠点に予定されているクウェートと米空軍司令部があるカタールに向けて出発(12/26)した。また小泉首相はイラク訪問(12/20)から帰国した公明党の神崎武法代表と会談(12/22)した。小泉首相は中東・カタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」のインタビュー(12/25)を受け、同局から中東地域に向けて放送(12/26)された(→イラクに派遣される自衛隊は戦争に行くのではなく、人道復興支援をする、などと。1/3に再度詳細に放送)。
政府は安全保障会議と閣議で弾道ミサイル迎撃のためのミサイル防衛(MD)システムの導入を決定(12/19)した。そして2004年度予算の財務省原案が各省に内示(12/20)され、政府は2004年度予算案を閣議決定(→12/24。一般会計の総額は82兆1109億円(対前年度比+0.4%)、税収は41兆7470億円、新規国債発行額は過去最高を更新して36兆5900億円、国債依存度は44.6%)した。さらに政府・与党が道路公団民営化案を決定し、反発した道路関係4公団民営化推進委の田中一昭委員長代理と松田昌士委員が辞任(12/22)した。
外交絡みの動きもいくつかあった。小泉首相は来日したロシアのカシヤノフ首相(12/16)、トルコのギュル副首相(12/18。外相を兼務)、スペインのパラシオ外相(12/22)とそれぞれ会談した。森喜朗前首相が台湾を訪問、陳水扁総統(12/25)、李登輝前総統(12/26)と会談した。また日本政府が台湾に対台湾交流機関・交流協会を通じて中国の台湾を標的にしたミサイル撤去を求める住民投票実施などの陳水扁総統の発言への憂慮を伝えたことが明らかに(12/29)なった。イラン南東部ケルマン州バムで発生した大地震(12/26)を受けて国際緊急援助隊派遣法に基づいて航空自衛隊のC130輸送機2機が出発した(→12/30。シンガポールでテントなどを積み込んで1/1、1/2にそれぞれイランに到着)。なおイタリア・ミラノで気候変動枠組み条約第9回締約国会議(COP9、12/1-12)が開かれた。
小泉首相は都内のホテルで年末年始の休暇入り(→12/27。1/4までの予定)後、来日したジェームズ・ベーカー米大統領特使(イラク債務問題担当)と会談(→12/29。小泉首相は他の債権国が足並みをそろえる場合には対イラク債務の大幅削減に同意する考えを表明したという)した。そして2004年の元日に年末年始休暇中の小泉首相は唐突に靖国神社を参拝(→1/1(AM11:30頃)。首相就任以来これで4回目(2001/8/13、2002/4/21、2003/1/14)。皇居での新年祝賀の儀に出席後、和服姿で参拝。初詣で??)した。
日本の政治と密接に関連した事件の動きもいくつかあった。今年5-6月の東京・大阪のオウム真理教(アーレフに改称)道場や広島県教職員組合事務所などへの銃撃事件など一連の「建国義勇軍」などを名乗った襲撃・脅迫事件で警視庁などは刀剣愛好会「刀剣友の会」会長の村上一郎容疑者ら6人を銃刀法違反などの疑いで逮捕(→12/19。民主党(旧自由)の西村真悟代議士が「刀剣友の会」の「最高顧問」を務めていた)した。また政策秘書の給与を国からだまし取ったとして詐欺罪に問われた元社民党代議士の辻元清美被告と土井たか子代議士元秘書の五島昌子被告の論告求刑が東京地裁で行われ、辻元被告には懲役2年、五島被告には懲役1年6月がそれぞれ求刑(12/22)された。なお日本道路公団前総裁の藤井治芳氏が石原伸晃国土交通相を相手取って解任処分取り消しを求める行政訴訟を東京地裁に起こした(12/22)。
選挙運動の報酬として地元の自民党関係者に180万円を支払ったという公選法違反(買収)の疑いで埼玉県警は埼玉8区から初当選した自民党代議士の新井正則容疑者を逮捕(→12/29。今回の総選挙後では2人目の代議士逮捕。自民党に離党届を提出済、除名へ)した。また総選挙で民主党の今野東代議士(宮城1区選出)・鎌田さゆり代議士(宮城2区選出)を支援する電話作戦をNTT関連会社に(有償で)依頼する契約を結んだという連合宮城の労組員らによる両陣営の選挙違反事件で仙台地検は労組幹部らを公選法違反(利害誘導)の罪で起訴、公判を迅速に進めて起訴から100日以内に判決を出す「百日裁判」を仙台地裁に申し立て(12/30)、両代議士に連座制を適用する方針だと報じられた(→禁固刑以上の有罪が確定すれば行政訴訟を経て両代議士の当選は無効に)。ちなみに厚生労働省の調査で労働組合の推定組織率が19.6%(2003年6月現在)だったことが明らかに(12/17)なっている。
筆者が大きく注目していたこととの因果関係は不明だが(→参考:2003/12/8 (2/8))、イラクへの自衛隊派遣を決めた直後の記者会見(12/9)で小泉首相は本当に久しぶりに「やる気」を見せていた。総選挙直前でも国会では相手が「大したことがない」せいなのか呆れるぐらい手を抜きまくっていたから実に久しぶりに小泉首相は「やる気」を見せたのかもしれない。総選挙の応援演説(→参考:2003/12/8 (4/8))の「郵政民営化」の部分でも小泉首相にあれだけ熱意があっただろうか。だが、小泉首相の久しぶりに見せた「やる気」の成果は「そもそも総理はこの問題にあまり関心がないのではないか」などという小泉首相周辺の声が漏れてくるようなあの「最低最悪の事態」だけは避けられたという程度にとどまったと筆者は見ている。
「本日(12/9)、イラク人道復興支援特別措置法に基づきましてイラクに自衛隊を派遣しイラクの復興人道支援活動にあたらしめることを閣議決定いたしました。その詳細については今後、実施要項を定め、十分な準備を行った上で派遣することになります。まず、今回の自衛隊派遣につきましては、これはイラクの人道復興支援のために活動してもらうということです。武力行使はいたしません。戦闘行為にも参加いたしません。戦争に行くのではないんです。イラクの安定した民主的政権をつくるために米英はじめ各国が協力しております。日本も国際社会の責任ある一員としてイラクの国民が希望を持って自国の再建に努力することができるような環境整備に責任を果たしていくことが必要だと思います。そのために日本は資金的な支援のみならず物的支援、人的支援、自衛隊も含めた人的支援が必要だと判断いたしました。私は現在イラクの情勢が厳しい、必ずしも安全だとは言えない状況だということは十分認識しております。そういう中でこの自衛隊の諸君にも十分活動してもらわなければならない分野がある。まずイラク人が希望している、そして日本国民、政府職員にしろ自衛隊諸君にしても、イラク国民から歓迎される活動をしなければならないと思っております。今回の判断におきましても、まずイラク人のイラク人によるイラク人のための政府をつくらなければならない。そしてイラクの国民が希望を持って自国の安定と発展のために活動したいと多くのイラク国民は願っていると思います。その支援のために私は自衛隊の派遣が必要だと考えて判断したわけであります。かねがね私は申し上げておりますように日本の平和と安全を確保すると。そして繁栄を図る。そのためには日米同盟を強化しつつ国際社会と協力していかなければならない。いわゆる日米同盟と国際協調をいかに両立させるか。このことが日本の外交政策の基本でなくてはならないと思っております…(後略)」(冒頭発言)
「(犠牲者が出た場合などの政治責任を問われて)可能性を言われれば切りがありません。どこでも全く安全だということはないと思っています。しかし危険性というものを十分認識しながらその対応をどうするかということをしっかり考えていかなければならない。政治責任を取る、そうことについてはこれはどのように取るかというのは私はまず安全面に十分配慮してイラクの復興人道支援に協力できるような活動をしてもらう、そのための十分な準備をする、装備をする、そしてイラクの国民から評価されるような活動をする。それを果たすのが私の政治責任だと思っております。後のことはどういう責任が生じるか。その時点で私が自分で判断いたします」、「(テロのリスクを問われて) 今回のイラクの復興支援についても日本だけが危険だから行くな、危険なことはほかの国でやってくれと言って本当に国際社会の中で名誉ある地位を占めたいという憲法の理念にかなうんでしょうか。私はそうは思いません。今こそイラクに安定した民主的政権をつくるために国連安保理の決議によってすべての国連の加盟国にイラクの復興支援に努力してくれという訴えに応えるときではないでしょうか。テロに屈してはならない、イラクの復興、安定した政権をつくるために日本も相応の支援をする必要があると思います」、「武器弾薬の輸送は行いません」(以上、記者の質問に答えて)などと小泉首相は記者会見で述べていた。
「イラクに自衛隊を人道・復興支援で派遣したい」という小泉首相の考えは多くの国民にもたぶんよく分かったとは思うが、派遣が妥当かどうかまではほとんど誰にもよく分かっていないのではないかと筆者は見ている。小泉首相は「人道・復興支援」という言葉を一歩踏み込んで考え、もう少しだけ分かりやすい言葉に言い換えておくべきだろう。やはり小泉首相はイラクの治安維持・回復に必要な能力を持たない自衛隊は戦争に行くのではなく、人道・復興支援に行くということをもっと分かりやすく国際社会に訴えておくべきだろう。
例えば、自衛隊はイラクに「国際社会と共に歩む新しい平和なイラク社会の建設のために必要な橋頭堡(きょうとうほ)」をつくることを目的にして派遣する。したがって自衛隊は「国際社会と共に歩む新しい平和なイラク社会の建設のために必要な橋頭堡(きょうとうほ)」ができたと日本政府が独自に判断した段階で一般の国家公務員や民間人に後を託して撤収を開始する。また治安維持・回復に必要な能力を持たない自衛隊は「正当防衛」などを何度も何度も繰り返さなければならないような状態では派遣の目的を達成することが不可能なのでやむを得ず速やかに撤退するしかない。小泉首相はこんなふうに説明すべきではないのか。任務を遂行できないままに自衛隊が撤退するという事態が国際社会の中で何を意味するのかということを十二分によく理解している運命共同体でもあり同盟国である米国は、当然持てる能力をすべて使って日本に全面的に協力をしてくれることとは思うが、やはり「国際社会と共に歩む新しい平和なイラク社会」をつくるために自衛隊と共に様々な手段でテロと戦ってくれる多くのイラクの人たちの協力が必要不可欠なのである。
テロとの戦い方には実に様々な方法がある。自衛隊が活動している場所の周囲を自主的に「丸腰」で整然と取り巻いてテロに対する「人間の盾」になってくれてもいい。あるいは、それだけではあまり役に立たないかもしれないけれども、たくさん集めれば危険を事前に回避するために欠かせないものになる「少なくとも自分だけは日本や国際社会の味方だから協力できることは何でも協力する」ということを含めた「貴重で正確な情報」を一人ひとりが自衛隊の宿営地に持ち寄ってくれてもいい。まずはそれぞれがすぐにできることから始めてくれればいい。そして少しずつ日本や自衛隊との間で信頼関係を築いたイラクの人たちの数が増えていけば、やがてイラクの人たちが自分たちで仕事を見つけてきて自分たちだけでその仕事をしっかりとやり遂げられそうなときに日本が資金的にも技術的にもある程度の協力をすることができるようになっていくだろう。さらにイラクの人たちが自分たちの力で成し遂げた仕事が国際的に見ても十分なレベルだと日本が自信を持って保証することができるようになれば、そう遠くないうちに日本企業だけではなく世界各国の多くの企業も進出してくることになるだろう。
念のために言っておけば、そうして日本と信頼関係を築いた多くのイラクの人たちが日本企業か他の国の企業かを選ばなければならないときには他の条件がすべて同じならば日本の方を選んでくれるようになるかもしれない。あるいは将来イラクが平和になって少し余裕が出てきたときには、世界のその他の地域に平和な社会をつくるために行動してくれるようになり、日本の企業やNGOにも積極的に協力してくれるようになるかもしれない。
小泉首相は総選挙の応援演説(→参考:2003/12/8 (4/8))で「抵抗勢力を協力勢力に変えていきます。それがこの2年半の成果」(東京・町田(2003/10/28)、総選挙の第一声で)などとも言っていた。小泉首相は「実績のある得意分野」でイラクでも日本や国際社会の「協力勢力」を増やすことを真剣に目指すべきではないのか。率直言わせてもらえば、「協力勢力」を増やすことならば小泉首相にもやってやれないことはないだろうし、またやろうと思えば「郵政民営化」と同じぐらい「やる気」も出てくることだろう。
イラクで「協力勢力」を増やすためには日本国内閣総理大臣としてブッシュ大統領に直談判して「対テロ戦線の再構築」などを求めることも必要だし、最高指揮官としてイラクに派遣する自衛隊の部隊の士気を高めるためにできることはすべてやるべきである。それと同時に「自己完結能力」のある自衛隊に「たとえ多少リスクが大きくなったとしても、信頼できるイラクの人たちにも十分にできると判断できるようなことはなるべく彼らに任せるようにしなくてはならない」と命令すべきである。
「自己完結能力」とは、もしも誰も全く協力してくれなかったとしても、自分たちだけで任務を確実に遂行できる能力のことであると筆者は考えている。ただし自衛隊の「自己完結能力」も「正当防衛」を何度も何度も繰り返さないで済むような治安状態であるということが前提になっている。前提を崩さないためには米軍などの全面的な協力と共に、イラクの人たちにもできそうなことは積極的に任せて「協力勢力」を増やすことが必要になってくるのではないか。イラクで「協力勢力」を増やすことこそが派遣した自衛隊員の安全を守ることにつながり、そして自衛隊が「国際社会と共に歩む新しい平和なイラク社会の建設のために必要な橋頭堡(きょうとうほ)」をつくるという任務を遂行することにつながるはずである。
小泉首相には「アルジャジーラ」のインタビュー(12/25)を受ける以外にもイラクで「協力勢力」を増やすためにやらなくてはならないことがまだまだたくさんあるはずである。「初詣で」をしている余裕があるのかどうかはよく分からないが、イラクで「協力勢力」を増やすための日本国内閣総理大臣と自衛隊の最高指揮官にしかできない「孤独な戦い」はもう既に始まっているということに小泉首相は本当に気づいているのだろうか。もしも小泉首相がブッシュ大統領らのように電撃的にイラクを訪問してみたければ勝手にやればいい。だが、自衛隊の宿営地内で自衛隊員だけから歓迎される状況と、自衛隊員と共にテロと戦う多くのイラクの人たちからも歓迎される状況ではどちらが自衛隊員の士気が高まるのだろうか。どちらが派遣された自衛隊員が帰国したときにより多くの国民から心から祝福して迎えられることにつながっていくのだろうか。自衛隊員は与えられた任務を確実に遂行するのが仕事であり、彼らの任務の持つ意味を最終的に決めるのは最高指揮官の仕事である。そして彼らの任務の持つ意味を可能な限り高め、日本国民や国際社会に説得力のある説明をして理解を得る努力をするのは日本国内閣総理大臣の仕事のはずである。いずれにしても小泉首相には日本国内閣総理大臣と自衛隊の最高指揮官としての大きな責任があり、それから逃れることは絶対にできない。
フセイン元大統領が拘束されたことが明らかに(12/14)なったが、今後のイラクがどうなるかはまだよく分からない。だが、イラクに自衛隊を派遣することは日本政府がもう既に決定したことであり、派遣される自衛隊が派遣の目的を達成できないような状況が永遠に固定化されない限りおそらく決定を覆すことはできないのだろう。だとするならば、日本は世界のために「勝ち馬」になるしかない。自衛隊を派遣することが変わらないのならば、日本が国際社会に対して最大限の貢献をできる道を探るしかない。国際社会がみんな乗ってくることができる「勝ち馬」になることぐらいしかおそらく日本には選択肢が残されていないのかもしれない。
日本が「勝ち馬」になるためには、イラクへの自衛隊の派遣の目的を「国際社会と共に歩む新しい平和なイラク社会の建設のために必要な橋頭堡(きょうとうほ)」をつくることにする必要がある。そして自衛隊はイラクの治安を維持・回復する能力を持たないから、「橋頭堡(きょうとうほ)」をつくるためには、イラクの人たちと米国などの協力が必要不可欠である。米国、特にブッシュ大統領は、国際社会がみんな乗ってくることができる「勝ち馬」に日本がなるというのならば真っ先に乗りたいはずである。米国としては、国連はともかく、間違ってもフランスやドイツなどに頭を下げたと少しでも思われるようなことだけは絶対にしたくないだろうから日本が「勝ち馬」になることは大歓迎だろう。逆の言い方をすれば、米国にとってももしも日本が「勝ち馬」になれずに撤退するという事態になったら致命的な打撃を受けることになるはずである。そう遠くない将来にイラクからの「敗退」という形でしか米軍を撤退させることができなくなる可能性が非常に高くなってしまうからである。だから米国は日本を「勝ち馬」にするためならば協力できることはほとんど何でもするだろう。もちろん米国と行動を共にしている英国やオランダや韓国なども日本が「勝ち馬」になることをおそらく歓迎するだろう。
国連やフランスなどにしてもきっと米国には反省してもらいたいと思っているだろうが、本音としては、イラクの治安が極度に悪化した状態で米国から泣きつかれることが「最低最悪の事態」だと考えているはずである。国連やフランスなどその他の国々にとってもイラクが平和な状態になって日本が「勝ち馬」になるようなことは少なくとも悪い話ではないし、おそらく日本が「勝ち馬」であることがハッキリすれば先を争って乗ってくるだろう。日本が「勝ち馬」になって困るのはおそらくテロリストやそれに類する勢力だけだろう。だから日本にはテロと共に戦ってくれる多くのイラクの人たちの協力が必要だし、小泉首相がブッシュ大統領に直談判して「対テロ戦線の再構築」などを求める必要があるのである。
小泉首相がブッシュ大統領に直談判して「対テロ戦線の再構築」などを求める内容は米国だけではなく国際社会にとっても同時に説得力がある内容でなくてはならない。例えば、まず@イラク国内にあふれる武器の登録管理と没収を3カ月以内に徹底(→米軍とイラク警察が協力して行う。ミサイルやロケット弾や爆弾などの所持は明らかに認められないが、自動小銃の所有を認めるべきかどうかは「銃社会」の米国が最も適切な判断ができるだろう)させると共に、A米軍などは国境付近・幹線道路・重要施設周辺以外から徐々に撤退し、基本的にイラク警察に治安維持を任せ、彼らが対応できない事態だけに米軍などを出動させるようにしていく。そしてB緊急措置として治安が完全に回復するまではイラク国内の長距離移動は原則的に許可制にし、米軍などは国境警備や各地域の境界・幹線道路周辺の安全の確保を徹底させ(→テロリストや武器の流入・移動を制限できると共に、イラク人各勢力間の大規模な戦闘発生の可能性を低く抑えることもできる)、Cイラク人の手でできることはなるべく多く速やかにイラク人の手に任せていくという方針の下、米国やその同盟国はイラク人に対する協力を加速させる。さらに、D「国際社会と新しいイラクVS旧フセイン政権」という図式を明確にするためにもフセイン元大統領らの裁判については、国連は大量破壊兵器を含めた「人道に対する罪」などを対象にする「国際法廷」、新生イラクはその他の国内犯罪を対象にする「国内法廷」にそれぞれ責任を持つような形で共同して行い(→参考:2003/3/22etc.必然的にイラク戦争開戦の大義となった大量破壊兵器が未発見のままである問題で米国や英国の責任も問われることになるが、それは米英両国に容認してもらう)、E今後とも米国は国際社会と共に歩むということを誰の目にも分かる明確な形で示すという意味で、米国は最近脱退した国際的な取り決め、最低でも地球温暖化防止のための京都議定書への復帰を表明する、などということが考えられるだろう。
最大限の成功は日本が「勝ち馬」になって国際社会が「対テロ戦線の再構築」に成功することだろうし、逆に最悪の事態は国際社会に無関心とテロの恐怖が次々と広がっていくことであろう。日本が「勝ち馬」になる可能性はそれほど高くもないがそれほど低くもない。成功するかどうかは分からないが、いずれにしても小泉首相は客観的に見れば国際社会の中で責任が非常に重い「ポジション」にいるのである。小泉首相本人にその自覚があってもなくても責任が非常に重い「ポジション」にいることには何の変化もない。
イラクへの自衛隊派遣決定を受けて衆院イラク支援特別委(12/15) 、参院外交防衛委(12/16)で小泉首相らが出席して閉会中審査が行われたが、予想通り内容的に大したことはなかった。航空自衛隊は武器弾薬の輸送をしなくても拳銃よりもちょっと長い銃を持っている兵士は輸送するなどということがハッキリしたことぐらいしかあえて注目しなくてはいけない内容はなかった。こちらの方も小泉首相の記者会見(12/9)と同じように、野党ではいつもの「開かずの踏切」がカンカンカンと鳴っているだけなどというような「最低最悪の事態」だけは避けられたという程度だったと筆者は見ている。
小泉首相は「それは武器弾薬は運ばないと…。しかし…、これは自衛隊の諸君だって…、武器持ってるんですよ。自分の安全を…。それを自衛隊の運ぶのにも、自衛隊の小銃を降ろしなさいって、そこ、できないでしょ。米軍においても、協力してくれたオランダ軍に対して、復興支援活動、日本と協力してやった。たまたま腰とかどこかやっぱり弾薬を持っていた。小銃を持っていた。それを外せってことできますか。そういうことは…、私は武器弾薬に入らないんじゃないかと。日本としては武器弾薬を運ばないとはっきりしているんです。人は持っている…。自衛隊諸君だって武器持つんですから。自らの身を守るために。それも外していけ。そこまで武器弾薬に当たるとは言えないんじゃないでしょうか」などと、福田康夫官房長官は「じゃあ、私からお答えしますけれども、武器弾薬を運ばないというのはですね、これはあの、総理が人道支援、復興支援と。こういうふうなことで、それに重点を置きたい。こういうようなことで明確にですね、運ばないと、武器弾薬運ばないと明確に言われたわけでございまして、で、そういうことでそれは運ばない。それは運用上そういうことにできるということに今、(石破茂)防衛庁長官ともお話ししましたけども、できるということでございますのでそうしたいと思います。そしてあの、兵員を運ぶときにですね、あの…、銃を持っていたら武器を運ぶんじゃないかという、こういう話ですが、これは武器を運ぶんじゃなくて兵員を運ぶんですよ…(中略)…じゃあ、警察官を運ぶときにピストルを持っていると。それはいかんというわけじゃないんでしょ。ですから、兵員がですね、ピストルでなくて、短銃でなくて、少し長めの銃を持っていると。そういうのは通常あることですから、そういうものはですね、あの…、仮にそういう兵員を運んだとしてもですね、それは総理が言われる武器弾薬を運ばないという趣旨に反するものではない、こういうことでございます」(以上、12/15の衆院イラク支援特別委で岡田克也民主党幹事長へ)などとそれぞれ答弁していた。
今までもこれからも、戦闘地域か非戦闘地域か、そもそもイラクに非戦闘地域があるのか…、などという類の議論を国会でやる意味はないと筆者は考えている。また同じように、イラク戦争には大義とか大義名分がない、大量破壊兵器も発見されないじゃないか…、などという類の議論も今までもこれからも国会でやる意味はないと筆者は考えている。多少乱暴な言い方になってしまうが、「非戦闘地域」も「大義」とか「大義名分」も…、要するに「官僚」が「自分たちで自分たちのためにつくった免罪符のようなもの」ではないか。「官僚」がつくった「免罪符のようなもの」が「免罪符」として機能するかどうかなどという類のことは、本当に政治がやらなくてはいけない議論なのだろうか。「免罪符」の類の話を国会で絶対にやってはいけないとまでは言わない。やりたければ勝手にやればいい。だが、政治こそがやらなければいけない肝心の議論は「免罪符」の類の話ではあるまい。「官僚」がつくった「免罪符」という土俵の上で「官僚」以下のレベルの言い争いをやることのどこが「政治主導」「脱官僚」だと言うのか。国民を愚弄するという許し難いことをやるにしても限度というものがあっていいのではないか。
さて、どこかの野党では自衛隊とは別の「国連待機部隊」がどうのこうのなどという話とか、沖縄の米海兵隊の削減とか撤退を要求するなどという話が出ているらしい。「国連待機部隊」などは「免罪符」そのものである。そういう議論をやりたければ勝手に党内でやればいいだけだが、「脱官僚」を掲げる政党からなぜそういう話が今唐突に出てくるのかがよく分からない。また、米海兵隊の削減とか撤退を要求しても「客観情勢」が許さなければ実現するわけがないことは沖縄県民を含めてほとんどの国民は理解しているはずである。だいたい「客観情勢」が許さないのにもかかわらず「思考停止状態」であえて米海兵隊の削減とか撤退を要求するなどということは、「北朝鮮を喜ばせる間違った左よりの政権を作らせるわけにはいかない」などという総選挙で耳にした批判により大きな説得力を与える意味ぐらいしか持たないはずである。
米海兵隊の削減とか撤退を実現するためにはまず何が必要か。そしてそのためには何をすればいいのか。その次には何をすればいいのか…、などということを十分に説得力のある形で国民に説明することもできないような政治家たちや政党には「政権担当能力」が全くないことにほとんどの国民は一歩踏み込んで考えてみればすぐに気づくはずである。できることならば「思考停止」をやめて是非一歩踏み込んで考えてもらいたいものである。こういう類の「思考停止」したままの主張しか出てこなかったり、あるいは「思考停止」したままの主張が主流になるのだとしたらそんな政党の誰がどこに「政権担当能力」があると言い張ることができるのだろうか。ないものはいくら頑張っても示すことはできないのである。
改革は後退したとか、道路公団改革は失敗に終わったとか、小泉政権では改革は進まない、いや改革の芽が出て大きな木にしなくてはいけないなどと…、「思考停止状態」の単なる非生産的な言い争いが国会で新しく始まりそうな非常に嫌な予感がする。改革は進んだのかどうかなんていうことは黙って静かに国民に判断してもらったらいいことだろう。筆者に言わせれば小泉政権の下では「改革は遅々として進んでいる」のである。進んでいると言えば進んでいるし、進んでいないと言えば進んでいない。そんなことよりも与党とごく一部を除く野党は改革を進めたいと思っている点では共通しているはずである。だったらどうすれば改革が加速されるかということで競い合ってもらいたいものである。
念のために言っておくが、野党の政治家たちは改革を加速するためには「政権交代」が必要などというところでどういうわけか「思考停止」しない方がいい。知りたがっている国民が一番知りたがっていることは、選挙で負けても白紙には決して戻せない「マニフェスト」などという「絵空事」からは伝わってこない具体的な言動から想像できる「政権交代」後のことなのである。普通の感覚の持ち主ならば、野党のときになぜか「政権交代」で「思考停止」しているような政治家たちが与党になるだけで急に仕事ができるようになるとは絶対に思わないだろう。
そもそも7月に行われる予定の参院選では政権交代は絶対に起こらないのだから本来ならばどの野党も「政権交代」を前提にする「政権公約」や「マニフェスト」を掲げることはできないはずである。それでもどうしても「マニフェスト」を掲げて参院選に臨みたいというのならば、例えば「このマニフェストに書かれた政策は参院選後のいつあるかもよく分からない次の総選挙で政権交代が実現した場合だけにしか実現することはできません。投票の際にはご注意ください」などと表紙などの目立つ場所に大きな文字で注意書きをしておかない限りその政党は国民を欺く意思があると見なされることになってしまう。そんなことは選挙に「クーリングオフ制度」がないのだから本来ならばいうまでもない話のはずである。それとも、政権交代が実現しなかったら投票した有権者には「貴重な一票」をちゃんと返してくれるとでも言うつもりなのだろうか。
さらに念のために言っておくが、@参院選で与党が記録的な大敗をし、その上でA小泉内閣やその後継内閣が解散に追い込まれ、B総選挙で野党の中のある党が大勝して単独で政権交代が実現すれば、「マニフェスト」に書かれた政策はそのまま実行できるのだから、参院選では目立つ場所に大きな文字で注意書きをせずに「マニフェスト」を掲げることができるなどという「屁理屈」は通用しない。可能性がどれだけ高いのかはともかくとしても、あるいは目立つ場所に大きな文字で注意書き付けても付けなくても、そんな何段階もの前提条件を付けなくてはいけない状態であえて「マニフェスト」を掲げれば国民を混乱させるだけである。いつあるのかもよく分からない「政権交代」の可能性のある次の総選挙のときにだけ「マニフェスト」を国民に示すようにすれば、参院選で国民を混乱させる可能性を完全にゼロに抑えることができるはずである。筆者は総選挙後も「マニフェスト選挙」なるもの(→参考:2003/12/8 (6/8))の実態を引き続き調査、研究していく。
憲法改正の問題でも「思考停止」はやめてもらいたいものである。憲法改正に賛成なら賛成、反対なら反対で結構である。かなり前から国会の中でも世論でも憲法改正に賛成の方が多数になっているのならばそれはそれで結構だが、それでは具体的に何をどう改正するのかしないのかという話にまで踏み込めば合意ができそうな気配も全くない。また最近は与党でも野党でも何年後かまでに「憲法改正案」などをまとめるのが流行しているらしいが、まさかそれまでの間は憲法改正問題でも「思考停止状態」になるというわけではあるまい。やはり「憲法を改正することは絶対にダメではない」という意見が国民の大勢ではあるが、具体的に何をどう改正するかについてまではとても合意は得られそうにないという状況では、憲法改正手続き(→憲法96条)に必要不可欠な国民投票法案の審議を「しかるべき時」に開始し、国会で憲法改正問題についての具体的な論議を深めていけばいいのではないかと筆者は考えている。そういう議論すらしたくない政治家たちもいるのだろうし、国民の関心がどれだけ高まるのかはよく分からないが、ある日突然どこかからポンと「憲法改正案」などが出てくるよりもずっとましなはずである。
年金の話でも「思考停止」はやめてもらいたいものである。「小泉首相が在任中の消費税増税を封じたから抜本的な改革が進まない」などと…、何をバカなことを言っているのだろうか。ただ単に誰も本気で議論をやる気がないから抜本的な改革ができないだけの話だろう。小泉首相がいくら改革をやると言っても、改革に完全に逆行する議論を進めて着実に実行に移していく抵抗勢力がいくらでもいることを見れば、小泉首相が消費税増税を封じることと、抜本的な改革を進めるということが必ずしも一致しないことはすぐに分かるだろう。小泉首相が「やる気」を見せるか、それ以外の政治家たちが「やる気」を出せば年金の問題でも抜本的な改革が進みそうな気配ぐらいは見えてくるのではないか。知的レベルがあまりにも低すぎるのか「思考停止」したままなのかどちらなのかはよく分からないが、とにかく勘違いした政治家たちとマスコミには本当に困ったものである。
改革を加速するためには正しい政治主導・トップダウンの手法を活用すればいいのである。それは道路公団民営化問題も例外ではない。
(高速)道路問題の改革を加速するための1つ目の手法は、小泉首相が道路のカネの話に積極的にメスを入れることである。そもそも民営化はカネの話を厳密にしていくということのはずである。改革がいくら骨抜きにされたとしても、すべての骨を完全に抜くことはできないし、それにメスを入れるだけでもかなり効果が上がりそうなところはたくさんあるはずである。まず、新会社の株式はいつ公開するのか、いつまでにどんな形で公開するのか。「期限を付けて株式を公開すること」を最初に決定してしまえばそれだけでもかなり無駄な高速道路建設に歯止めをかけることはできるはずである。次に、国と地方がつくる「新直轄事業」というものの財源は何か。税金、揮発油(ガソリン)税や自動車重量税などの道路特定財源だという。だったら道路特定財源に今度こそメスを入れたらいい。反対は非常に大きいだろうが、この際、法人税減税などとセットにして「環境税」とか「炭素税」(→ちなみに一般財源)を導入し、道路特定財源の暫定税率の部分を「環境税」とか「炭素税」に置き換えるなどという形でならば、少なくとも財源問題でも環境問題でも「将来の世代」に対して無責任な高速道路無料化の話よりは国民には説得力が出てくるはずである。そしてもしも小泉首相がブッシュ米大統領を説得して地球温暖化防止の京都議定書に米国を復帰させることに成功したならば、「環境税」とか「炭素税」の導入には非常に大きな追い風になることだろう。一歩踏み込んで深く考えてみなくても外交も内政も実はつながっているし、外交と内政で整合性があることをやると改革が大きく加速される場合もあるのである。その他にもまだまだメスを入れることができるところはたくさんあるが、いずれにしても小泉首相が「やる気」を見せ、しかもその「やる気」を持続させなければ全く意味のない話ばかりである。
(高速)道路問題の改革を加速するための2つ目の手法は、小泉首相が無駄を承知であえて「豪華絢爛(けんらん)な屋上屋」を架せばいいのである。道路族だろうが抵抗勢力だろうが何だろうが好きなだけ勝手な議論をさせておけばいい。そして彼らに押し切られて妙なことを決められてしまったのならばそれはそれでやむを得ない。だが、「豪華絢爛(けんらん)な屋上屋」やさらにその上からの「鶴の一声」があれば、彼らが決めたことのすべてが水泡に帰するのである。小泉首相の諮問機関として首相経験者らを含めた有識者の会議を新設し、「有事」をも想定した大所高所からの国家プロジェクトの中で高速道路を含めた道路・航空・鉄道などの総合的な交通体系を大胆かつ柔軟に抜本的に見直してもらったらいい。国土交通相の諮問機関の「国土開発幹線自動車道建設会議」が年末(12/25)にあえて何かよく分からないことを決めたらしいが、そういう会議でも国土交通相の諮問機関の決定の方が首相の諮問機関の決定よりも優先するということを決められないことだけは今後ともずっと変わらないはずである。
「有事」の際に出動する自衛隊と避難する住民が同じ道路を使用して大混乱が起きないようにするためにはやはりこの道路は必要だ。でも、そういうことならばルートや規格は見直さないといけない。いや、高速道路にしない方がいいかもしれない。あるいは、高速道路も幹線道路も必要ないが空港だけは必要だ。いや、新しい高速道路も幹線道路も空港も必要ないが、どうしても新幹線だけは建設する必要がある、などと…。新設した首相の諮問機関が確実に無駄な高速道路の建設をストップさせたり、改革を加速させることができるかどうかはよく分からないが、少なくとも瀬戸内海の3カ所に大きな橋が次々とできていくとか、いつまでも使えない高速道路や新幹線が全国数カ所で同時に建設され続けるなどという類のことぐらいはストップさせることはできるだろう。有事関連法に続いて国民保護法制の議論を国会で始めるのならば、新設した首相の諮問機関の決定にさらに大きな説得力が出てくるはずである。念のために言っておくが、「有事」は北朝鮮絡みのこと以外にもあり得ることによく注意すべきである。まあ、小泉首相が「やる気」を見せ、しかもその「やる気」を持続させなければ全く意味のない話ばかりではあるが…。
改革を進めるためには、知的レベルがあまりにも低すぎたり「思考停止」したままの勘違いした政治家たちとマスコミを永田町周辺から追放しなければならないのではないかなどともしも今ここで主張したら、少しぐらいは以前よりも説得力を感じてくれる読者は増えているだろうか。できることならば物事を一歩踏み込んで考えてみてもらいたい。
北朝鮮問題は相変わらず水面下では様々な動きが見られるが、現時点(1/5)では本質的な問題解決につながる大きな動きはまだない。北朝鮮の核兵器開発問題などを協議する米国、中国、北朝鮮、日本、韓国、ロシアによる6カ国協議(北京、8/27-8/29)も一時は2回目の協議を12/17から3日間の日程で行う方向で調整が進められていたようだが、結局、再開されないまま2004年になった。中国の王毅外務次官が6カ国協議再開調整のために北朝鮮・平壌を訪問(12/25-26)、2004年のできるだけ早い時期に再開することで合意したらしいが大きな動きはまだない。また北朝鮮による日本人拉致問題でもいくつかの非公式な動きはあったようだが、政府間の正式ルートでは目立った動きはなかった。北朝鮮による日本人拉致被害者5人の帰国から1年(10/15)が経過し、北朝鮮に残された家族との再会を果たせないまま2度目の年末年始を迎えた。ちなみに北朝鮮が米国の核の専門家らが寧辺の核施設を訪問することを許可したなどと報じられている(→1/6-10の予定だという)。
何度も繰り返していることだが(→参考:2003/12/8 (2/8)etc.)、北朝鮮問題での筆者の主張は変わらない。イラク問題などと同様に「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」という「政治の究極目標」を共有している国際社会全体の問題として捉え、あくまでも「国際社会と北朝鮮の間の問題」として解決していくべきだと考えている。そして事実上の北朝鮮の「安全の保証」と同じ意味を持つ6カ国協議の定期化を実現させるべきだし、日本は北朝鮮による日本人拉致問題をはじめとする北朝鮮国内のすべての人道・人権問題を6カ国協議の正式な議題にすることをあくまでも要求し続けるべきである。北朝鮮による日本人拉致問題をはじめとする北朝鮮国内のすべての人道・人権問題を提起し続け、それらの完全な解決を目指していくということは、北朝鮮が不可逆的な形で核兵器を含む大量破壊兵器を完全に放棄するということのかなり有効な「担保」にも同時になり得るはずである。少なくとも今の北朝鮮には様々な非合法活動を完全にストップすれば、国内の人たちを飢えさせたり彼らに劣悪な生活環境を強いることなしに大量破壊兵器の開発を進めることができる資金的な余裕など全くないはずだからである。
北朝鮮の貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」の新潟西港への入港(9/30、10/15、11/4、11/18、12/3、12/16)は続いている。北朝鮮への送金を規制する外為法改正案などが自民党や民主党などの賛成で1月中に召集される通常国会で成立する可能性が高まっている。さらに北朝鮮の貨物船などの入港を規制する法案の成立を目指す動きも確実に進んでいる。北朝鮮側はどうやら国会議員や民間人などを間に入れて何かゴチャゴチャやる得意の「ブローカー外交」を模索しているらしいが、少なくともどこの国の国会議員も本来の仕事を忘れてまで「北朝鮮の土俵」に乗るべきではない。そしてもしも北朝鮮にいる日本人拉致被害者の家族に「恋人」などがいるのならば「恋人」やその家族らも一緒に日本に連れてくればいいだけの話である。あくまでも国会議員は必要な法律を作ったり、特別委員会を作って意味のある議論をすることなどが本来の仕事であり、政府は国会議員の作った法律と自国民の保護を含めた国益に基づいて必要なことをやるのが本来の仕事のはずである。北朝鮮に日米韓などには「ブローカー外交」は通用しないときちんと理解させることが必要である。北朝鮮が「ブローカー外交」が通用しないことを理解し、それでも前向きな提案をしてくるのならば本気だと判断できるのではないかと筆者は考えている。いずれにしても、今後は日本独自の判断で日本から北朝鮮への人、物、カネ、船などの流れを実効性のある形でストップすることができるようにするために必要な政策や法整備などについても検討作業が進められて淡々と実行に移されていくことになるのだろう。念のために言っておくが、北朝鮮がどんなことを言ったりやったりしても日本にいる大多数の在日朝鮮人らには全く関係ないことだということは誰一人として絶対に忘れてはならない。
イラクのフセイン元大統領が米軍に拘束されたことが明らかに(12/14)なり、そしてイランが国際原子力機関(IAEA)との間で核施設の抜き打ち査察を可能にする追加議定書に署名(12/18)し、さらにリビアの最高指導者のカダフィ大佐が核兵器を含む大量破壊兵器の開発を認め、即時かつ無条件の廃棄・査察を受け入れたことが明らかに(12/20)なるなどという一連の動きを真剣に重く受け止めなくてはならない人物が東アジアに少なくとも2人いると筆者は考えている。言うまでもなく、一人は北朝鮮の金正日総書記である。そろそろ金正日氏も大きな決断をすべきときではないか。金正日氏も一人で静かに一歩踏み込んで深く考えてみればいつまでに何をどう決断しなくてはいけないかがよく分かるのではないか。どんなに少なくとも北朝鮮国内にいる一人ひとりに生命を含めた人権、そして彼らが幸福を追求する自由ぐらいはしっかりと保障されなければ国際社会の責任のある一員になろうとしているとも国際社会から認められることはないはずである。
そして中東での一連の動きを真剣かつ重く受け止めなくてはならない東アジアのもう一人の人物とは、民主党の代表であり代議士でもある菅直人氏のことである。さらに菅氏にとってはあの土井たか子代議士がとうとう社民党の党首を退いたことも同時に重く受け止めなくてはならない出来事のはずである。さらに菅氏が今現在も民主党の代表のイスに座り続けていることについて国民に説得力のある形で説明をすることができる民主党の議員がいったい何人いるのかということもしっかりと確認しておかなくてはならないことのはずである。いずれにしても菅氏には彼の野望を実現するためにあれこれ言うような人物ではなく、本当の意味での「ブレイン」が必要なのではないかと筆者は考えている。また同時に政治家としての菅氏にはこのままずっと本当の意味での「ブレイン」がいないままなのだろうという気もしている。なぜなら本当の意味での「ブレイン」と呼ぶことができる人物ならば真っ先に「息子以外の後継者を早く見つけて政界引退すべきだ」と菅氏にアドバイスするに違いないからである。
筆者は菅氏が民主党の政権交代と優秀な若手政治家の活躍を阻む「開かずの踏切」(→参考:2003/12/8 (7/8))になり果てているのではないかと見ているが、現時点では菅氏に政界引退を勧告する気はない。今回のところは菅氏も一人で静かに一歩踏み込んで深く考えてみるべきだとしか言わないでおく。「踏切の中にまた踏切を作るような思い付きの提案」を繰り返して「裸の王様」になってなんとか生き残ることができたとしても、いったい何ができるというのか。大きなマイナスがあってもまだ大きな実績が残るどこかの元首相の真似をして、熟慮して「まだ引退しない」と決めた後に引退を勧告されて「あのときは本人の判断に任せると言ったじゃないか」などと猛反発しても、いったい何が残っているというのだろうか。菅氏は一人で静かに一歩踏み込んで深く考えてみるべきである。あえてもう少しだけ付け加えるとするならば、どこかの内閣総理大臣のように国会議員在職25周年の表彰を辞退しても、あるいはどこかの都知事のように表彰のあいさつで電撃的に議員辞職を発表したとしても、あるいはそのまま普通に表彰されたとしても、あるいは誰の真似もしなかったとしても…、いずれにしても菅氏は今よりもずっと惨めになるだけではないのか。
それにしても既存のマスコミの「政治報道」は深刻な「知のデフレ・スパイラル」にでも陥っているのではないか。そうでなければ「民主党は総選挙で敗北した。躍進したかどうかも実はちょっと疑問だ」というこんな当たり前すぎるくらい当たり前の事実(→参考:2003/12/8 (3/8))がどうして筆者の「独占スクープ」みたいな状態になってしまうのか。菅氏の「楽市・楽座」などの話(→参考:2003/12/8 (5/8))も何度も何度も近くで聞いている「番記者」でさえも本当に気づかなかったのか。気づいていたとしたらなぜそこから読者や視聴者のためにさらに一歩踏み込んでいかないのか。筆者には全く理解できない。
民主党の「追加マニフェスト」なるものが不適切な形で出された問題(→参考:2003/12/8 (6/8))も同じである。「マニフェスト選挙」などとあれだけ勝手に騒いでいたくせにどうして読者や視聴者のために最後まで追い続けなかったのか。なぜ途中でおかしいと気づいて「追加マニフェスト」なるもののその後を確認しなかったのか。これでは既存のマスコミの「番記者」などが何人いたとしても、筆者が取材することのすべてが「独占スクープ」になってしまうではないか。しかも筆者は取材対象の「オフレコ発言」も「リーク」もなく、さらに言えば、既存のマスコミの数分の一程度のコストしかかけていないのに「独占スクープ」連発の状態である。どうして野党第一党の民主党、しかも党首の問題でこんなバカなことがたびたび起こるのだろうか。そしておそらく自民党や小泉首相などの問題でも似たようなことが起こり得るのではないか(→参考:2003/12/8 (4/8))。遠い海外の危険な戦場とか、ほとんど誰も興味を持たないものの取材のように一人しか記者がいないわけではあるまい。
特にテレビに多いのだが、知的レベルが異常に低かったり、いつまでも「思考停止」状態を続けている勘違いした一部のマスコミの記者たちにあえて言っておく。自分たちのやった仕事の結果にはしっかりとした責任を取ってもらいたいものである。勘違いした政治家たちと運命共同体になって「特ダネ」をもらったり、二人三脚で一緒に「出世」の階段を上っていくことができると思っているとしたら大間違いである。たとえ自分がだまされなくても国民はおそらくそういう癒着は許さないだろうし、仮に国民が無関心だとしても広告主の株主は許さないだろう。政府・与党を批判してさえいればそれだけで国民のためになるわけではないのは当たり前すぎるくらい当たり前のことのはずである。もちろん政権交代が国民のためになることもあるが、政権交代によって国民がもっと不幸になることだって十分に考えられることのはずである。勘違いした一部のマスコミの記者たちは少なくとも「菅直人氏を代表に掲げる今の民主党は本当に『地上の楽園』なのか」「民主党は本当に『地上の楽園』ということでいいのか」などという問いかけに対して良心に恥じない説得力のある言葉を返すことができなくてはならない。
もしかすると既存のマスコミの「キャップ」とか「デスク」とか、あるいはそれより上にいる組織の中で現場の記者たちを指図する立場の人たちの中に政治記者としては「あまりにも知的レベルが低い」人たちが紛れ込んでいることの方がずっと深刻な事態なのかもしれない。最悪の場合には彼らの指図によって「汚染」がすべての末端の記者にまで広がってしまう。
イラクへの自衛隊派遣問題に絡んで自民党内の抵抗勢力や民主党などの野党が加藤紘一代議士を首相候補に担ぎ出すことに何か意味があるようなことを言う人たちが既存のマスコミの中にも結構いるようだが、そんな「くたばれ自民党」で「思考停止」したままの単なる思いつきが成功するわけがないだろう。万一加藤氏が首相になるようなことがあったとしても、加藤氏は首相になっていったい何をどうやると言うのだろうか。自民党内の抵抗勢力、民主党などの野党、あるいはその両方に担ぎ出されたとしても加藤氏がやろうと考えたことがすぐに実現できる態勢になるわけがあるまい。成功する可能性が何%あるのかは分からないが上手くいってもせいぜい「くたばれ自民党」までで終わってしまうだろう。だいたい加藤氏は少なくともそんなバカな話に(二度も)乗るような知的レベルが低い人物ではないはずである。
選挙で強いはずの小泉首相が総選挙で250とか260議席獲得できず、選挙に強いという「神話」が崩れ始めたから指導力や求心力が弱まったなどということを言う人たちが既存のマスコミの中に結構いるようである。そんなわけないだろう。ただ単に自民党の代議士たちの多くが自分の選挙のことが心配だったから、選挙で強いはずの小泉首相の言うことに本音では反対だったとしても選挙前はあえて大きな声で言わなかったというだけの話ではないのか。だから総選挙という自分の選挙が終わったらすぐに本音が出てきたのではないか。むしろ自民党が過半数の241ギリギリぐらいの議席の方が野党転落の緊張感があるから小泉首相の指導力は強まり、議席が増えれば増えるほど「抵抗勢力」の数が増えるから求心力が弱まると言った方が現状に近いのではないか。自民党にしても民主党にしても選挙で議席が増えても必ずしも執行部の求心力が高まるとは限らないという「ねじれ現象」の存在に国民の方がずっと敏感なのかもしれない。
自民党衆院比例区73歳定年制完全実施のために公認辞退を要請(10/23)した小泉首相に中曽根康弘元首相が「猛反発」していた頃に中曽根元首相の唱える「政界再編」が「抵抗勢力」や野党と一緒になって「くたばれ自民党」の動きに発展する可能性があるようなことを言う人間が民放テレビに出てきて筆者はひっくり返りそうになった。ついにここまで政治記者のレベルが低下したのかと本当にビックリした。中曽根元首相から見れば「くたばれ自民党」のようなことは自殺行為と全く同じことである。そして中曽根元首相が「政界再編」と言う場合には最初に必ず自民党がしっかりとあり、そこに何かがくっついてきてやがて「憲法改正」につながっていくという話になっているはずである。そういう基本的な部分だけは昔からずっと変わっていないはずである。それに中曽根元首相は昔から何事も簡単に大人しく引き下がるようなことはまずしない「非常にしたたかな政治家」のはずである。そういう中曽根元首相の基本的な部分が変わったと言うのならば、それは「世紀の大スクープ」だと思うからぜひそういう証拠を見せてもらいたいものである。今になって冷静になってみれば中曽根元首相は本当に「猛反発」していたのだろうかと疑いたくなってしまう人たちの方がごく自然な感覚の持ち主なのではないか。
中曽根康弘元首相と宮沢喜一元首相は共に2003年の総選挙前に国会議員から引退(→参考:2003/12/8 (3/8))した。客観的見れば2人の元首相よりも先に議員バッチを外した方がいい政治家たちはいくらでもいるが、いずれにしても2人の元首相は国会議員から引退したわけである。最近の日本の政治情勢を総合的に判断した上で2人の元首相の政治家としての経歴と絡めてある程度筆者の個人情報を公開すべきではないかという結論に達した。実にくだらないことだが、最近の日本の政治の持つ意味を一歩踏み込んで考える場合には多少は役に立つだろうと思っている。
中曽根元首相が内閣総理大臣だった時期(1982年11月-1987年11月)はかなりおおざっぱな言い方をすれば筆者の中学・高校生時代とほぼ一致する。レーガン米大統領(当時)との関係は非常に良好で「ロン・ヤス関係」などと呼ばれていたし、旧国鉄の分割・民営化(1986年11月決定、1987年4月民営化)などの3公社民営化のような改革もあったし、テロというか中核派の同時多発ゲリラで信号ケーブルが切断されるなどして東京などの旧国鉄(現在のJR)が大混乱(1985年11月)になったこともあった。それからたしか一度だけだったと思うが靖国神社参拝(1984年1月5日)もあった。いや、違う。一度だけではない。あれは「悪夢」ではなかった。中曽根元首相の靖国神社公式参拝(1985年8月15日)はやはり現実だった。他にもまだ非常に大きなことが間違いなくあったような気もするが…。そう、どこかで見たり聞いたりしたような気がする話がたくさんあったのである。その他にも中曽根内閣時代には様々なことがあって今だからこそ言いたいこともたくさんあるが、論点がずれていくだけなのでこれぐらいでやめておく。
宮沢元首相が内閣総理大臣に就任(1991年11月-1993年8月)するはるか昔、中曽根内閣になる一つ前の鈴木善幸内閣(1980年7月-1982年11月)の官房長官だったときに筆者は中学生だった。「侵略」が「進出」などになったというあの高校の歴史教科書検定問題(1982年8月頃)が中国・韓国などとの間で起こったのである。教科書のようなあんな身近なものがまさか外交問題になるなんて夢にも思っていなかったから非常に驚いたものである。今だからこそ言いたいことは実にたくさんあるが、あえてひとことだけ。特に誰に何かを言いたいというわけではないが、筆者は「あの頃」は中学生だったのである。
二人の元首相に共に関係する筆者の個人情報も明らかにしておくことにする。中曽根内閣での分割・民営化後に残された巨額の旧国鉄債務は、宮沢内閣を通り越して小渕恵三内閣(1998年7月-2000年4月)の時代になって元首相の宮沢喜一蔵相(当時)の下でようやく処理されることになった(1998年10月)。そしてそのときに筆者は衆院本会議場などにいたのである。委員会審議は専門テレビの中継などでもフォローしていた。このことについてはあえて何も言うつもりはない。今の中高生がこれから筆者と似たような経験をするのかどうかなどということは誰にも分かるわけがない。ささやかな抵抗ぐらいはできるのかもしれないが、結果的にどうなるかは誰にも分からないだろう。
小泉首相は子供や若者にもどういうわけかものすごく人気がある。2001年の参院選で小泉首相に声援を送っていた幼稚園児や小学生や中学生は、2003年の総選挙ではそれぞれ小学生や中学生や高校生になって小泉首相に声援を送っていたのだろう。総選挙の応援演説(→参考:2003/12/8
(4/8))で「待機児童ゼロ作戦」の話に入る前に小泉首相がよく「赤ちゃん、赤ちゃん、赤ちゃん…。赤ちゃんだっこしている…」などと言っていたあの赤ちゃんたちもすぐに小泉首相のことが分かるようになるはずである。「改革が遅々として進んでいる」ような状態のままもしも赤ちゃんたちに追い越されてしまったときに小泉首相は今まで何をやってきたと説明するつもりなのだろうか。あくまでも念のために言っておくが、今から言い訳を考えておくべきだと言っているわけではない。
この際だから全く関係ないこともついでに言っておくが、総選挙取材中にたまたま寄り道しておまけにもらった「何かの球根」を水栽培してみたら立派な芽が出てきた。もう少し芽が伸びたら日光に当てるようにするとやがて花が咲くのだという。まだどんな花なのかはよく分からない。でも、この芽は「大きな木」にならないことだけは確かである。
筆者は今の子供たちやまだ生まれていない人たちを含めた「将来の世代」こそが本当の弱者なのだと考えている。世の中にはいろいろな「弱者」がいる。確かに本当に気の毒な人たちもたくさんいる。だが、ほとんどの気の毒な人たちは訴えが届くかどうかはともかくとしても、訴えることはなんとかできるのかもしれない。これに対して「将来の世代」のほとんどは訴えることもできない。今の子供たちのほとんどはそもそも事情がよく分かっていないだろうから、彼らが訴えなくてはいけないことがあったとしても訴えることはなかなかできないだろう。まだ生まれていない人たちの場合は訴えるとか訴えないとかいう話の前にそもそも生まれてくる時代も場所も親も…、何も選ぶことができないのである。そういう理由から筆者としては「将来の世代」こそが本当の弱者なのだと考えることにしている。声の大きな自称「弱者」もたくさんいるし、本当に気の毒な人たちもたくさんいるが、何にしても目の前にいる人たちや目に見える人たち以外にも弱者はたくさんいるはずである。永田町周辺で使われる「弱者」という言葉を一歩踏み込んで深く考えてみると、「弱者」とは「弱者」という言葉を使っている人たちの「強力な支持者」と同じ意味だったりする。
筆者が掲げる「政治の究極目標」の「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」という表現には多少改善の余地はあると思うが、基本的な部分は全く変える必要はないと考えている。地球上には様々な宗教、伝統・慣習、主義・主張などがあるが、国際社会の中で共存していくことができる人たちならば、突然理不尽な理由で生命を含めた大事な物が奪われたり、自分たちが満足できない状態を変えていく自由が永遠に認められていないような場所では人間は人間らしく生きてはいけないということぐらいはきっと理解してくれるだろうと筆者は考えている。そういう意味で「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」ということが「政治の究極目標」だと言っているのである。
筆者は政治家たちが「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」という「政治の究極目標」に忠実かどうかを検証・監視する「同時代研究型の政治ジャーナリズム」を目指している。そして同時に「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」ことにつながるかどうかで公正さを判断する「同時代研究型の政治ジャーナリズム」のために最低限必要となることは筆者一人だけの力で実現することができるという意味で「自己完結能力」を持ったフリーの政治記者である。
政治の現場の多くが「記者クラブ」などという形で閉ざされ続けているとしても、筆者は日本国憲法第57条に基づいて「公開」されている衆院本会議などや、選挙での街頭演説などの誰にでも「公開」されている場所だけで取材し、さらに同じく誰にでも「公開」されている各種情報を収集・分析して独自の論説記事などを書き、インターネットを経由して不特定多数の読者に配信している。筆者の体は一つであり一日は24時間のままだという「制限」を含めて今まで様々な困難に直面してきたし、おそらくこれからも直面していくのだろう。だがそれでもある程度の「自己完結能力」だけは持ち続けるだろう。
もちろん言うまでのないことだが、筆者の「自己完結能力」は日本が平和な民主主義社会であるということが大前提になっている。勘違いした組織政党や自称・市民派などの政治勢力が取材の現場で偽装工作を行い、筆者が真実を国民・読者に伝えようとするのをいくら妨害しようとしても筆者の側は今までに積み重ねた独自のノウハウでそういう勘違いした人間たちをすべて排除してきている。さらにもしも勘違いした組織政党や自称・市民派などの政治勢力などが筆者の親族・友人・先輩・後輩・知人などを経由して接触するなどの形で筆者の取材を妨害したり筆者に圧力を加えようとしてきたとしても、筆者がそういう怪しげな動きを察知した時点から親族・友人・先輩・後輩・知人などはすべて筆者にとって完全な無関係な人たちになる。だが、本当の意味で民主主義を理解していない人間たちがごちゃごちゃやる程度のことならなんとか排除できるが、地球上のどこかのように銃や爆弾などを持ち出されたらさすがに筆者でも手も足も出ない。
「完全な無関係な人たちになる」などと言うとどこかの内閣総理大臣よりも筆者はずっと「冷血」だと読者から思われてしまうかもしれないが、それはそれでやむを得ないことである。現時点ではそこまでしなければ「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」ことにつながるかどうかで公正さを判断する「同時代研究型の政治ジャーナリズム」のために最低限必要となることを筆者一人だけの力で実現することはできない。「冷血」だと思われるのはやむを得ない。だが、自分が当選するためならたとえ入院して身動きがとれなくなっている病人でもなんとか応援演説に引っぱり出そうとするような種類の「冷血さ」とは一緒にしてもらいたくはない。
それにしても政党・政治家関係者にはごく普通の人間の自然な感情を理解できない人たちがあまりにも多すぎるのではないか。選挙などのために親族、友人、知人などに片っ端から電話をかけたり、かけさせたり、ハガキを書いたり、書かせたり…。突然連絡を受けた側の感情が全く理解できないようである。突然連絡が来たから何かと思えば、なんだ選挙の話かと。要するに、セールスと同じ類の話かと。政党・政治家関係者は、選挙のために電話をかけたり、かけさせたり、ハガキを書いたり、書かせたり…、ということが場合によってはそれぞれの人たちの「大切な思い出」を片っ端からぶっ壊すことになる可能性にも全く気づかない。そういう政党・政治家関係者は、今も中学校の教科書に載っていて多くの中高生もよく知っている魯迅の「故郷」などを読んでもおそらく全く何も理解できないのだろう。すぐに「人集め」とか「カネ集め」の話になっていくという意味で多くの政党・政治家関係者は悪徳商法やカルト宗教と全く同じように多くの国民から軽蔑されている可能性が非常に高いのである。そんなところにも政治不信、政治家不信、政党不信の「種」があるのではないか。
さて、衆議院のホームページ(→http://www.shugiin.go.jp/)の本会議傍聴案内には「本会議を傍聴するには、一般傍聴券又は議員紹介券が必要です。一般傍聴券については、本会議の当日、衆議院面会受付所において先着順に交付することとしておりましたが、米国で発生した同時多発テロに伴い、平成13年10月9日以降、中止しております。議員紹介券については、衆議院議員の紹介を受けて、同議員を通じて傍聴券の交付をお受けください」と相変わらずほとんど説得力のないことが書かれたままである。息子を副議長にしようと画策するある意味での「内部からのテロ」に遭遇したばかりの河野洋平衆議院議長が本当の意味でテロと戦うということをどう考えているのかはよく分からないが、かつて国会議員が全く関与することなしに入手することができる先着順の一般傍聴券を利用して衆院本会議を取材していた筆者としては、かつて歩いた「道」が現在どうなっているのかはときどき気にしている。
ちなみに「やる気」も見せない内閣総理大臣が投げやりで雑な答弁を繰り返したり、野党ではいつもの「開かずの踏切」がカンカンカンと鳴っているだけの今の国会には報道しなければならない本当の意味でのニュースはほとんどないと筆者は見ているので今のところ国会に取材に行く予定は全くない。
筆者は「もしかしたらこの人は自分と同じものを別の方向から探し求めているのではないか」という「予感」を強く感じる瞬間がたまにあり、そう思って引き続き彼・彼女たちのその後の行動を追い続けていくと「やはり。たぶんそうだ」「間違いない」などとやがて「予感」が「確信」に変わっていくことがごくまれにある。上手く表現できないが、「今という時代」に共に生き、そして「今という時代の本質」とでも呼ぶべきものをそれぞれがいる別々の場所から探し求めているような状態である。そして少なくとも筆者の側から見れば、筆者が「確信」を持った彼・彼女たちのプロ意識にあふれた仕事の中には、筆者と同じものを探し求めていることを示す「敵味方識別信号」と、探し求めている同じものに関する「別の方向からの有用な情報」が含まれているのである。そのときに筆者はたとえ「孤独の状態」で作業を進めていたとしても、彼・彼女たちと目的を「共有」して「共同作業」をしているような不思議な気分になってくる。彼・彼女たちが筆者の存在に気づいて「確信」を持っているかどうかは分からないが、筆者としては自分自身の「政治ジャーナリズム」という場所でプロ意識を持って仕事をしていくことがおそらく筆者にできる最大限のことなのだろうと思っている。筆者が自分自身の場所でプロ意識を持って仕事をしていくことでしか筆者のすぐ前やすぐ横にいたり、あるいは後からやってくる「同志」たちの存在に気づくこともできないのだろうし、また同じ側のはるか先にいる人たちやずっと遠くの反対側の人たちに「同志」の存在を知らせることもできないのだろうと思っている。実は筆者と似たような経験を持っている読者も少なくないのではないか。
筆者がこれまでに書いてきた文章の中で用いているなにげない表現や具体例の中にも「同志」にとっては役に立つ情報が含まれているし、筆者はそういう情報をなるべく多く盛り込もうと努力してきているつもりである。「同志」にとっては役に立つ情報が多ければ多いほど筆者の主張に強い説得力を感じてもらえるようになるだろう。筆者としては、「永田町周辺」と「一般社会」、そして「平和な日本」と「財産はおろか生命すらも保障されていない世界の地域」などが実は多くのことでつながっているのだということをこれまで以上に強く意識しながら、同時代の出来事を一歩踏み込んで考えた文章を書き続けていくことにしたい。一人でも多くの読者に同時代の出来事を一歩踏み込んで考えてもらうことによって何かを「共有」することができたらいいと筆者は思っている。
当面は「自己完結能力」のある「野党ジャーナリズム」として勘違いした一部のマスコミなどの妨害も排除しながら菅直人代表と彼を支持する民主党の政治家たちをはじめとする勘違いした政治家たちに惑わされている国民を一日でも早く一人でも多く目覚めさせるために全力を尽くす。
北朝鮮問題は相変わらず水面下では様々な動きが見られるが、現時点(12/31)では本質的な問題解決につながる大きな動きはまだない。北朝鮮の核兵器開発問題などを協議する米国、中国、北朝鮮、日本、韓国、ロシアによる6カ国協議(北京、8/27-8/29)も一時は2回目の協議を12/17から3日間の日程で行う方向で調整が進められていたようだが、結局、再開されないまま2003年末を迎えた。2003年9月末以降の北朝鮮問題に関連する動きを簡単にまとめておく。
ニューヨークで開かれた国際会議の休憩時間中(9/29-9/30)に米国、日本、韓国、中国と北朝鮮の高官が接触したことが明らかに(9/30)なった(→北朝鮮が米国への「不可侵条約」要求を取り下げ?)。韓国と北朝鮮の南北閣僚級会談がピョンヤンで行われたが(10/14-10/17)、北朝鮮の核兵器開発問題では何ら合意に至らなかった。そんな中、ブッシュ米大統領が北朝鮮の求める不可侵条約の締結を拒否する考えを改めて示す一方、北朝鮮の「安全の保証」の文書化を検討していることを明らかにした(→10/19)。これに対して北朝鮮は米国の提案を当初は「笑止千万」などと言っていたが、やがて考える用意(10/25)があるなどと主張し始めた。
中国の呉邦国・全国人民代表大会常務委員長が北朝鮮・平壌を訪問(→中国の国会議長に相当、中国共産党ナンバー2、当初は9月末にも訪問する予定だったが北朝鮮側の事情で延期になっていた)、金正日総書記(→10/30。6カ国協議継続で原則的に合意)、金永南最高人民会議常任委員長(10/29)とそれぞれ会談した。その後、パウエル米国務長官らが北朝鮮の核兵器開発問題で訪米した中国の王毅外務次官と会談(11/8)し、ブッシュ米大統領は訪米した中国の温家宝首相と会談(→12/10。ブッシュ大統領は台湾の独立につながる住民投票に反対する考えを示す)した。
また朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の非公式理事会(→日米韓と欧州連合(EU))が北朝鮮での軽水炉建設事業の一時停止で合意(11/5)、そしてKEDOは12/1から1年間の停止を正式に決定(11/21)した。
一時は2回目の6カ国協議を12/17からの3日間の日程で行う方向で調整が進められたようだが、北朝鮮の核放棄や「安全の保証」を盛り込む共同文書の文案などをめぐって米国と北朝鮮の溝(→北朝鮮は「安全の保証」の文書化に加えて重油などの支援を要求、米国は拒否、など)が非常に大きかったために6カ国協議の再開は遅れていると伝えられている。そして中国の王毅外務次官が12/25-26に北朝鮮・平壌を訪問、6カ国協議再開のための調整を行っていたことが明らかに(→12/26。第2回目の6カ国協議を2004年のできるだけ早い時期に行うことで一致?)なった。
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北朝鮮の大量破壊兵器をめぐる動きもいくつかあった。イラクのフセイン前政権が頭金1000万ドル(約11億円)を払って北朝鮮とミサイル部品購入契約を結んだが、北朝鮮側が契約を履行せず返金もしなかったらしいことが大量破壊兵器を捜索している米調査団のケイ団長が発見した書類で明らかに(10/4)なった。また、ミサイルの移動式発射台に転用可能な大型トレーラーが北朝鮮に不正輸出された事件で福岡県警などが関税法違反(虚偽申告)の疑いで中古車販売会社の実質的経営者ら5人を逮捕(10/13)した。なお北朝鮮が日本海に向けて地対艦ミサイル発射(10/20,10/21,10/25)を繰り返した。
北朝鮮の貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」の新潟西港への入港(9/30、10/15、11/4、11/18、12/3、12/16)は続いている。北朝鮮への送金を規制する外為法改正案などが自民党や民主党などの賛成で2004年1月に召集される通常国会で成立する可能性が高まっている。さらに北朝鮮の貨物船などの入港を規制する法案の成立を目指す動きも確実に進んでいる。また朝鮮総連が東京都に「外交施設」として以前は免除されていた半年分の固定資産税などの税金約2200万円を納付していたことも明らかになった(→9/30。ただし総連は課税処分の正当性は認めず)。
北朝鮮による日本人拉致問題ではいくつかの非公式な動きはあったようだが政府間の正式ルートでは目立った動きはなかった。北朝鮮による日本人拉致被害者5人の帰国から1年(10/15)が経過し、北朝鮮に残された家族との再会を果たせないまま2度目の年末年始を迎えた。
その他にもいくつか注目すべき出来事があった。1960年に帰還事業で北朝鮮に一家で渡った日本人女性(53歳)が中国に脱出、瀋陽の日本総領事館に保護(10/21)され、日本に帰国(11/7)した。また元オウム真理教在家信者だったという日本人女性が北朝鮮に不法入国して亡命を申請したらしいことも明らかに(10/28)なった。
北朝鮮の金容淳(キム・ヨンスン)労働党書記が10/26朝に死去(→69歳。金正日総書記の側近。対韓対日交渉も担当、2000年の南北首脳会談にも同席。交通事故のために6月から長期の入院治療中だったという)したし、1997年に韓国に亡命した北朝鮮の黄(→ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記が初めて出国、米国を訪問(10/27)した。なお北朝鮮の次席大使が国連総会で日本を「ジャップ」と呼んで議長からたしなめられた(11/5)こともあった(→北朝鮮は日本が朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)と呼ばずに北朝鮮と呼んでいるから「ジャップ」と呼ぶと主張したらしい)。
韓国でもいくつか注目すべき動きがあった。
盧武鉉(ノムヒョン)大統領が側近の財閥SKグループからの不正献金疑惑などによる支持率急落を受け、国会演説で自らの信を問う国民投票を12/15頃に行い、不信任の場合には2月に辞任して4月に総選挙と同時に大統領選を実施する考えを明らかに(10/13)した。そして韓国最高検はSKグループからの不正献金疑惑で盧大統領側近をあっせん収財と政治資金法違反の疑いで逮捕(10/16)した。なお盧大統領の事実上の与党となるヨルリン・ウリ党(→開かれたわが党、現在の国会では第3党)の結党大会(11/11)が開かれた。
盧大統領はSKグループからの不正献金事件を捜査するための特別検察官法(→11/10に国会で可決)に対して拒否権を行使(11/25)したが、国会が2/3以上の多数で再度可決(12/4)したために大統領の拒否権を覆して同法は成立した。また南北首脳会談実現の見返りのために北朝鮮に不正に資金が提供された事件で金大中前大統領側近の朴智元(パク・チウォン)被告にソウル地裁は懲役12年の判決(12/12)を言い渡した。さらに2002年の韓国大統領選挙の不正資金疑惑で最大野党ハンナラ党の大統領候補だった李会昌(イフェチャン)元総裁が記者会見で自らの指示だったと不正献金の事実を認めて自ら検察に出頭(12/15)した。
そういう状況の中で韓国政府は約3000人の軍のイラク追加派遣を閣議で決定(→12/23。来年4月にも北部のキルクークに派遣へ、治安維持活動の支援も行う方向)した。
中国関係でもいくつか注目すべき動きがあった。
中国は初の有人宇宙船「神舟5号」を打ち上げ、軌道投入に成功(→10/15。自力での有人宇宙船打ち上げ成功は旧ソ連、米国に次いで3カ国目。北西部の酒泉衛星打ち上げセンターから宇宙飛行士1人を乗せて長征2Fロケットで打ち上げ)、大気圏に再突入して無事帰還(→10/16。約21時間で地球を14周、内モンゴル自治区の草原地帯に着陸)した。中国・重慶の天然ガス田で有毒ガス(→硫化水素(H2S))噴出事故が発生(12/23)、多くの死傷者が出た。
西安市の西北大学で10/29夜に行われた日本人学生の「わいせつ寸劇」に反発した中国人学生数百人(?)が留学生寮に乱入(10/30)、日本人学生男女各1人が暴行されるなどし、日本人教師1人が解任され、日本人留学生3人が除籍処分(10/31)になる事件があった。また中国広東省珠海市の高級ホテルで9月に起きた多数の日本人観光客による買春事件で珠海市の裁判所(地裁)が中国人ホテル従業員2人に対して終身刑判決を言い渡し、中国当局が組織買春容疑で日本企業の社員3人を国際手配(12/17)した。
森喜朗前首相が台湾を訪問、陳水扁総統(12/25)、李登輝前総統(12/26)と会談した。また日本政府が台湾に対台湾交流機関・交流協会を通じて中国の台湾を標的にしたミサイル撤去を求める住民投票実施などの陳水扁総統の発言への憂慮を伝えたことが明らかに(12/29)なった。
ロシアの注目すべき動きについても簡単に触れておく。ロシアのイワノフ首相がシェワルナゼ大統領の非常事態宣言と大統領退陣などを求める野党勢力が対立していたグルジアを訪問して野党側・大統領と会談、大統領が辞任し、大統領選と議会選が行われることになった(11/23)。12/7に投・開票が行われたロシア下院選ではプーチン大統領の与党の統一ロシアなど与党側が憲法改正も可能な2/3以上の圧倒的多数を確保して大勝、改革派野党は惨敗した。そしてロシア・モスクワのクレムリン近くで自爆テロと見られる爆発が発生(12/9)、6人が死亡した。(前)社長が拘束(10/25)されるなどした石油大手・ユコスに対する捜査など新興財閥に対する「圧力」を強めるプーチン政権の方針に国際社会には懸念する声もあるが多くのロシア国民は容認しているようである。
イラク問題の動きも簡単にまとめておく。
国連安保理はイラクに多国籍軍を派遣する新たな決議を全会一致で採択(→10/16。仏独ロ、シリアも含めた15カ国の賛成で。決議1551。暫定(行政)当局(CPA)に可能な限り早期に権限をイラク国民に委譲することを求め、統治評議会に12/15までに憲法起草や選挙の日程を安保理に示すことを求めるなどの内容)した。日本は2004年にイラクに対して15億ドルを無償資金供与することを決定(→10/15。電力、教育、水・衛生、保健、など)、支援総額50億ドルになった(10/24)。スペイン・マドリードでイラク復興支援国会議(10/23-24)が行われた。
米英によるイラク暫定(行政)当局(CPA)のブレマー文民行政官が急きょ米国に帰国、ホワイトハウスでパウエル国務長官、ラムズフェルド国防長官、ライス大統領補佐官らと協議(11/12)、そしてイラク統治評議会と暫定(行政)当局(CPA)が2004年6月にイラク人による暫定政府に主権を委譲することなどで合意(11/15)した。英国公式訪問中のブッシュ米大統領とブレア首相が会談(11/20)した。
米国のブッシュ大統領が電撃的にバグダッドを極秘に短時間訪問(→11/27。米大統領としては初、厳重警備の基地内で兵士たちと共に感謝祭の祝日の夕食、演説、約2時間30分だけの滞在、そしてイラクを離れた後に発表)した。
イラク復興支援特措法に基づく自衛隊派遣の基本計画が臨時閣議で決定され、小泉純一郎首相が記者会見(12/9)した。ブッシュ米大統領は米国が発注するイラクの復興事業の元請けから仏独ロなどの排除を決定した方針を見直さない考えを示した(→12/11、もちろん仏独ロなどは懸念や反発)。
イラク北部ティクリートの南の地下室に隠れていたフセイン元大統領の身柄を米軍が12/13夜に拘束したとイラク暫定行政当局(CPA)のブレマー行政官が発表(→12/14夜(日本時間同日21:00頃))、そしてフセイン元大統領の映像も公開された(→つけひげをつけて医者(?)に診察されている映像、など)。
韓国政府は約3000人の軍のイラク追加派遣を閣議で決定(→12/23。2004年4月にも北部のキルクークに派遣へ、治安維持活動の支援も行う方向)した。また小泉首相は来日したジェームズ・ベーカー米大統領特使(イラク債務問題担当)と会談(→12/29。小泉首相は他の債権国が足並みをそろえる場合には対イラク債務の大幅削減に同意する考えを表明したという)した。
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自爆テロや米軍に対する攻撃は相次いでおり、米軍によるフセイン元大統領拘束(12/14)後も収まっていない。
バグダッド中心部のバグダッド・ホテル前に車が突入して爆発、6人以上が死亡(10/12)したし、アルラシード・ホテルにはロケット弾6-8発が撃ち込まれた(→10/26。滞在中のウルフォウィッツ米国防副長官は無事)。またバグダッドの赤十字国際委員会が入ったビル前などで相次いで爆発が起こった(10/27)。国連が外国人要員をバグダッドから完全撤退させることを決定(10/30)した。バグダッド国際空港に向かっていた米軍の大型輸送ヘリが中部ファルージャ付近で撃墜され、15人が死亡、20人以上がけが(→11/2。米軍に一度にこれだけの死者が出たのは初めて)した。そしてスペインが外交官を一時イラクから待避(11/4)させ、赤十字国際委がバグダッドとバスラの事務所を一時閉鎖することを明らかに(11/8)した。ブッシュ大統領の大規模戦闘終結宣言(5/1)以降のイラクでの米軍の死者数が150人に(11/9)なった。
イラク南部・ナシリアのイタリア軍警察(→カラビニエリ)本部前で自爆テロと見られる爆発が発生、20人以上が死亡、多数が負傷(11/12)した。バグダッドの日本大使館近くで何者かが十数発発砲する事件が発生(11/18)した。バグダッド中心部のパレスチナホテル(→多くのマスコミなどが利用)などと石油省にロケット弾が数発撃ち込まれた(→11/21。市内の数カ所でロケット弾の発射装置が積まれていた(ロバの)荷車が見つかる)。バグダッド国際空港で民間機(DHL機)が左翼にミサイル攻撃を受けて緊急着陸(11/22)、攻撃の一部始終の映像と見られるビデオが公開(11/26)された。
バグダッドの日本大使館から会議に出席するためにティクリートに向かっていた日本の外交官2人が11/29深夜に襲撃を受けて射殺されたことが明らかに(→11/30朝(日本時間)。死亡したのは奥克彦在英国大使館参事官(45歳)、井ノ上正盛3等書記官(30歳)、そしてイラク人の運転手)なった。またバグダッドの南方では11/29にスペインの情報機関員らが襲撃を受けて7人が死亡(11/29)したし、韓国人技師2人もティクリート付近で銃撃されて死亡していたことも明らかに(11/30)なった。イラクの暫定行政当局のブレマー行政官が12/6にバグダッドを車で移動中に爆弾や銃撃による襲撃を受けて危うく難を逃れていたことも明らかに(12/19)なった。イラク中部カルバラで爆発や迫撃砲攻撃などが相次いで発生、タイ軍やブルガリア軍兵士にも死者が出た(12/27)。
なおイラク戦争のそもそもの大義名分だった大量破壊兵器は現時点(12/31)でもまだ発見されていないが、関連する動きがいくつかあった。イラクの大量破壊兵器を捜索している米調査団のデビット・ケイ団長が大量破壊兵器を発見できていないなどという暫定報告を議会で証言、米中央情報局(CIA)が概要を公表(10/2)した。また10月頃にはイラクによるニジェールからのウラン輸入疑惑を米中央情報局(CIA)の依頼を受けて調査、否定的な報告をしたにもかかわらずブッシュ大統領の一般教書演説から疑惑が削除されなかったことを批判した元外交官の妻がCIAの秘密工作員であることをブッシュ政権高官が漏えいしたという疑惑の波紋が広がっていた。
イランの核兵器開発疑惑とリビアの核兵器を含む大量破壊兵器問題では大きな動きがあった。イラクとリビアに関連する動きも簡単にまとめておく。
イランがウラン濃縮を一時停止、国際原子力機関(IAEA)から求められていた抜き打ち査察を可能にする追加議定書に署名することを明らかに(→10/21。ハタミ大統領がテヘラン訪問中の英国のストロー外相、フランスのドビルパン外相、ドイツのフィッシャー外相との会談で合意)なり、国際原子力委員会(IAEA)の理事会はイランが過去に未申告で核兵器開発につながる濃縮ウランやプルトニウム抽出を行ってきたことを強く非難する決議を全会一致で採択(→11/26。新たな協定違反が見つからない限り国連安保理への付託は当面見送り)した。そしてイランは国際原子力機関(IAEA)と核施設の抜き打ち査察を可能にする追加議定書に署名(12/18)した。
なお2003年のノーベル平和賞はイランの人権活動家で女性弁護士のシリン・エバディ氏が受賞することに決まった(10/10)。そしてイラン南東部ケルマン州バムで12/26に強い地震が発生、死者は2万8000人を超え、最終的には4万人に達する可能性もあるなどと伝えられている(12/31現在)。
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リビアの最高指導者のカダフィ大佐が核兵器を含む大量破壊兵器の開発を認め、即時かつ無条件の破棄、査察を受け入れたなどとブッシュ米大統領が12/20朝(日本時間)に発表(→米英との約9カ月間の秘密交渉の末に合意。既に米英の調査団が核開発関連施設に立ち入ったという。リビアにはウラン濃縮のための遠心分離器や大量のマスタードガス、弾道ミサイルなどがあり、核兵器開発には成功していなかったものの開発の最終段階だったらしい。ようやくリビアは国際社会に復帰するプロセスに入った?。なおブレア英首相も発表)した。そしてリビアの最高指導者カダフィ大佐が米CNNテレビのインタビューで北朝鮮やイランなどに大量破壊兵器開発計画の放棄を促した(12/22)。そしてリビア・トリポリに国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長を団長とする査察団が入り、査察が始まった(12/28)。
対テロ戦争の最初の戦場になったアフガニスタンではいくつかの困難に直面しながらも平和国家の建設作業が続いている。
国連安保理はアフガニスタン・カブールの治安維持を行っている国際治安支援部隊(ISAF)の地方展開を承認する決議を全会一致で採択(10/14)した。アフガニスタン中部ガズニで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員が乗用車で走行中にオートバイに乗った男に射殺(11/16)された。政府高官やマスコミが利用するカブールの高級ホテルで爆発(→11/23未明(日本時間)。けが人はなし)が発生した。アフガニスタンのカブールで延期されていた新憲法制定のためのロヤ・ジルガ(国民大会議)が開会された(→12/14。12/13から12/14に延期されていた。最初の開会予定は10月)。またカブールとカンダハルを結ぶ幹線道路の舗装工事が終了、カルザイ大統領らが出席して完工式が行われた(12/16)。アフガニスタン・カブールで自爆テロが発生、警察官を含めて6人が死亡(12/28)した。
ちなみに米軍によるアルカイダやタリバーンなどの掃討作戦は何度も繰り返されているが大きな成果は挙げておらず、巻き添えになった子供を含めた民間人の死亡も相次いでいると伝えられている。
世界のその他のいくつかの注目すべき動きにも触れておく。2003年は世界各地でテロが相次いだ。インドとパキスタンがカシミールでの11/26からの停戦に合意(11/25)したことがせめてもの救いだった。
サウジアラビアの首都リヤドで自爆テロとみられる大きな爆発が発生、5人以上が死亡(11/9)した。トルコ・イスタンブールの2カ所のユダヤ教礼拝所付近で車が爆発する爆弾テロが発生、20人以上が死亡(11/15)、さらにイスタンブールの英国総領事館と英国系銀行(HSBC)の近くで連続自爆テロと見られる爆発が発生(11/20)、英総領事ら30人以上が死亡した。パキスタンのムシャラフ大統領が12/25に首都イスラマバード近郊で車列を狙った自爆テロ(→14人以上が死亡)を受けるが無事だったことが明らかに(12/25)なった。
イスラエル北部ハイファで自爆テロが発生、19人が死亡、50人以上が負傷(10/4)した。イスラエル軍がシリア領内・ダマスカス近郊のパレスチナ過激派施設を空爆(→10/5。ハイファの自爆テロに犯行声明を出したイスラム聖戦などへの報復。イスラエルのレバノン侵攻時以来約20年ぶり)した。パレスチナ・ガザ地区で米国の外交官らが乗った車列を狙ったと見られる爆弾テロが発生、米国人3人が死亡(10/15)した。国連緊急特別総会はイスラエルが建設しているヨルダン川西岸の分離壁の建設中止・撤去を求める決議を賛成多数で採択(→10/22。賛成144、反対4、棄権12。イスラエルは建設続行の方針を示す)。パレスチナ自治政府の自治評議会(議会に相当)はクレイ首相と各閣僚を承認、クレイ内閣がようやく発足(11/12)した。そして現時点(12/31)でもイスラエルとパレスチナの間で暴力の応酬は続いている。
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