当ホームページ上のすべての記事は無料ではなく「シェアウェア」です。著作権の侵害とそれに類する一切の不適切な使用、及び不正行為は固くお断りします。また不正行為等の防止のためにやむを得ないと判断する場合には事前の警告なしに報復措置を含めたすべての必要な手段を講じます。
○「壁」を打ち破るためには(2003/12/8) (1/8)。
○「壁」を打ち破るためには(2003/12/8) (2/8)。
○「壁」を打ち破るためには(2003/12/8) (3/8)。
○「壁」を打ち破るためには(2003/12/8) (4/8)。
○「壁」を打ち破るためには(2003/12/8) (5/8)。
○「壁」を打ち破るためには(2003/12/8) (6/8)。
○「壁」を打ち破るためには(2003/12/8) (7/8)。
○「壁」を打ち破るためには(2003/12/8) (8/8)。
○「次の次」をも見据えた「次」の行動こそが必要(2003/8/1)。
○核放棄と体制保証の交換は最低・最悪の結果を招く(2003/4/30)。
○「優先順位」と「本質」を決して見誤ってはならない(2003/3/10)。
○「言葉遊び」ではなく具体的に物事を成し遂げていくことが必要(2003/2/11)。
○誤った「処方箋」と「コンプレックス」は破局を招くだけ(2003/1/13)。
○北朝鮮は「谷底」に落ちる以外の選択肢を自ら捨て去るつもりなのか?(2003/1/5)。
▽参考:日本の政治。
前回から約2カ月が経過した。結局、「流れ解散」になってしまった。10/10に衆院が解散されて11/9に第43回総選挙の投・開票が行われ、自民党(237(-10、注:総選挙の直前・直後の比較(以下同)。選挙後の追加公認、保守新党(4(-5))の合併で244(11/19現在))は議席を減らしたものの公明党(34(+3))などを含めた与党側は絶対安定多数(269)を上回る275(→278(11/19現在))を獲得、民主党(177(+40))は躍進し、社民党(6(-12))と共産党(9(-11))は大幅に議席を減らした(→投票率は59.86%(前回は62.49%)。なお定数は480)。
「政権選択」が問われたのだから自民党などの与党の勝利、民主党などの敗北という選挙結果は誰の目にも明らかなはずだったが、残念なことに一部のマスコミの恥ずかしいほど低い出口調査結果の分析能力による混乱などもあって開票日からしばらくの間、少なくとも永田町周辺では冷静に選挙結果が受け止められなかった。不確かな情報をよく確認もせずに右往左往したり、最初はぬか喜びして最後には意気消沈したりする大物政治家たちのいつもは隠されている「正体」がテレビの生中継で多くの国民に包み隠さずに明らかにされたことがせめてもの救いであった。そして総選挙を受けた第158特別国会(11/19-11/27)も終わった。
今回の総選挙では「大物」の落選が相次いだ。例えば、保守新党の熊谷弘代表(静岡7区、比例区に重複立候補せず)、自民党の山崎拓(前)副総裁(福岡2区、重複立候補した比例区でも落選。参考:2002/4/29号etc.)は落選し、土井たか子社民党(前)党首(兵庫7区)は小選挙区で落選したものの重複立候補した比例区で復活当選した。その他にもわざわざ名前を挙げる必要もないが、かつて本会議場で水をまいたり暴力団関係者と関係があったという候補者(→参考:2003/4/30号)や「集団レイプ発言」(→参考:2003/6/29号)をした候補者なども落選した。なお自民党の鳩山邦夫氏(元民主党副代表、自民、比例区で復活当選)と小選挙区で直接対決した菅直人代表(東京18区)は当選した。ちなみに注目された「二世候補」の菅源太郎氏(岡山1区、民主、菅直人代表の長男)、石原宏高氏(東京3区、自民、石原慎太郎東京都知事の三男)は落選した。
「議員辞職組」では、筆者から見れば「禊(みそぎ)」が済んだのかどうかはよく分からないし、今のところは特にコメントする必要はない自民党に復党した加藤紘一代議士(元幹事長、無所属(選挙後に自民党が追加公認)、山形3区。参考:2002/3/31号、2002/4/10号etc.)、自民党を離党して新しく「民主党・無所属クラブ」という会派に所属したことと、新しく「政界再編」という言葉の意味を「くたばれ自民党」という意味だと勘違いしたこと以外にはどこがどう新しいのかさっぱり分からない田中真紀子代議士(元外相、無所属(選挙後に民主党会派入り)、新潟5区。参考:2002/8/14号、2003/8/25号etc.)が当選した。他にも筆者と多少の因縁がある政治家たちを取り上げようと思えば取り上げることはできるが今回はこの辺でやめておく。
今回の総選挙で「小選挙区比例代表並立制」が導入されてから3回目の選挙になるが、筆者の総選挙の独自取材もこれで3回目になる。今回の総選挙を通じてすべてを忘れて選挙に夢中になることができる政治家やその周辺の人たちの心境がますます分からなくなったし、うんざりするようなパフォーマンスも何度か見せつけられた。そしていつものように勘違いした組織政党や自称・市民派の人間たちによる国民を欺くための「世論工作」や「サクラ」行為などによって少なからず取材を妨害されたし、そういう「世論工作」や「サクラ」に簡単に引っかかっている既存のマスコミにも大いに呆れさせられた。やはり何度見ても選挙は好きになれない。勘違いした既存のマスコミの記者たちは、初めて現場に来て十分な予備知識もないことを大した能力もないくせに急いで無理矢理伝えようとするからそういうお粗末なことになってしまうのである。「聞けば必ず答えてくれる」「聞けば何でも必ず答えが分かる」などというとんでもない勘違いをしている記者があまりにも多すぎるのではないか。筆者だったら十分な予備知識がないことについては「どんなにインパクトがあって読者の反応が良さそうなこと」でも筆者自身がある程度納得できるまではあえてそのままにしておく。勘違いした既存のマスコミの記者たちは、少なくとも能力の低さのために国民と真実の間に不必要に大きな「壁」を作り出してしまっているのではないか。もしもいつまでも国民と真実の間に不必要に大きな「壁」を作り続けるつもりならば、新聞と雑誌は読者とスポンサーに、テレビはスポンサーだけに今のうちに自主的にもらったカネをまとめて返しておくべきだろう。「人間は最高のセンサー」などという宇宙開発の現場で言われているという言葉は日本の政治にも当てはまると筆者は実感している。
さて、筆者は「今回の総選挙はいったい何だったのか」ということを独自の視点から「ピンポイント攻撃」による取材を通じて明らかにすることを最大の目的にして主なターゲットを2つに絞った。ターゲットは、(1)東京など都市部の小泉純一郎首相の応援演説、(2)民主党の菅直人代表が立候補した衆院東京18区、である。後から詳細に記述するが、今回の総選挙では筆者にはあちこちでいろいろな「壁」が見えた。
今まであえて長く沈黙を守ってきたのには理由がある。最大の理由は永田町周辺の勘違いした既存のマスコミや政治家たちが繰り広げる「バカ騒ぎ」が収まるのを待っていたからである。率直に現実をありのままに受け止めて「今回の総選挙はいったい何だったのか」ということをそろそろ書いても冷静に受け止めることができる人たちの方が多数になってきているのではないかと期待している。
解散された10/10は菅直人代表の誕生日だし、投票日の11/9にはかつて「ベルリンの壁」が崩れた(1989年)から今回の総選挙は「小泉首相が菅代表に政権交代をプレゼントしてくれたもの」などという今思い出すと大笑いしてしまうような説まで選挙前にはまことしやかに勘違いした一部の政治家たちから流されていた。まあ、「日本で一番正確な世論調査付きの盛大な旧民主党と自由党の合併記念式典」と「新しい抵抗勢力のスターとしての地位」だったら菅代表にプレゼントされたのかもしれないが…。今回の総選挙はいったい何だったのか…。そのことを分かりやすく簡単に説明することは不可能なのかもしれない。だが、今回の総選挙で菅直人氏を首相候補に掲げた民主党に投票してまだ民主党が勝利したと思っている人たちが残されているとしたら、あえて問題提起する意味でそういう人たちに「分かりやすく簡単に説明」することにも挑戦してみたいと思っている。あらかじめ注意しておくが、以下の「分かりやすい簡単な説明」は一歩踏み込んで考えてみるとどんどん分からなくなってくるのでとりあえずはあまり深く考えない方がいい。ちなみに筆者が読者の立場だったらどうしても一歩踏み込んで考え込んでしまうが…。
今回の総選挙は、まるで西遊記のように「合併」によって「棒」と「雲」を手に入れた「悟空」が世界の果てまで行き、いよいよ日曜日にこの「壁」を打ち破れば「天界」を奪うことができると思って記念に「11/9、ベルリンの壁は崩れる 菅直人」と落書きし、期待しながらテレビに出演していたら、だんだんハッキリと「釈迦如来」の手に小さく落書きが書いてあるのが見えてきた、というような選挙だったのかもしれない。
あるいは、政党を新しくて大きなものに取り換えたから今度こそ「ベルリンの壁」は崩れるはずだと信じていたが、いくら声が枯れるまで大声で政権交代を叫んでも、あるいは一部の国民に「高速道路無料券」、有名人らに「大臣の空手形」をばらまいてみても、「壁」が崩れる気配は全くなかった。ちょっと不安だったが日曜日に「壁」に力一杯ぶち当たってみたら見事に跳ね返されて頭の中が真っ白になって思わずマニフェストは「白紙」などと口走ってしまった。おかしい、そんなことはないはずだと思ってよくよく見てみたら、実は「壁」は「ベルリンの壁」ではなくて「バカの壁」だった。
もしかすると今回の総選挙はそういう選挙だったのかもしれない。筆者には全く理解できないが、あまり深く考えずに「詰まらないマンガ」にしてみたり、頭の中で絵を描いてみることができるだけでなぜ分かりやすくなると言うのだろうか。もう少しだけ深く考えてみれば、ある瞬間にそれこそ「ベルリンの壁」が崩れるように真実が見えてくる可能性も高くなるはずである。
ちなみに今回の総選挙で大活躍させられた「マニフェスト」が「毒まんじゅう」や「なんでだろうー」と共に2003年の「新語・流行語大賞」(→参考:http://www.jiyu.co.jp/gendai/shingo/shingo.html)に選ばれた。「失楽園」(1997年)、故・小渕恵三首相の「ブッチホン」(1999年)、「IT革命」(2000年)、小泉首相の「米百俵」「骨太の方針」など(2001年)、「タマちゃん」(2002年)……。例えば、かつて菅直人民主党代表らが鳴り物入りでイタリアから持ってきたらしいが誰も気付かぬうちにすっかり枯れてしまった「オリーブの木」、あるいは菅代表(当時:幹事長)らがカナダかオーストラリアか…、とにかく海外から連れ戻して2001年の参院選に担ぎ出したがあっという間に辞めてしまって今では参議院議員だったこともウソのような大橋巨泉氏などのように、「大賞」にもならずに永田町周辺から消えていった多くの政策や人たちよりはイギリスからやってきた「マニフェスト」はまだましな運命にあるのだろうか。
いずれにしても非常に嫌な予感がしているのは筆者だけではないだろう。現時点で読者にあえて言っておきたいことは、今回の総選挙の前後にそれぞれの政治家たちが言っていたことをなるべくたくさん覚えておいてもらいたい、少なくとも手元にある各党のマニフェストや政権公約は与党だけでなく野党のものも含めていつでもすぐに取り出せる場所にきちんと保存しておいてもらいたい、ということである。
なお今回はホームページ(→http://www.jchiba.net/message/031208-1.htm)にはこれまでと同じように前例がないほどの長文となっている一連の文章も一挙に全文掲載しているが、メールマガジンでは小口に分割してあえて時間をかけて送信することにした。その主な理由は、何が何でも菅直人代表や民主党を支持しているという人たちにもなるべく冷静に、そして最低でも部分的には一連の文章を読んでもらえるようにしたいと考えたためである。
そして同時に、今回こそはできるだけ多くの将来の世代の人たちにも読んでもらえるように意図的にきっかけを増やしたり、あるいは読んでもらい易くするためにも筆者としてはそれなりに工夫をしているつもりである。
今回の総選挙について論じる前に北朝鮮やイラクの問題でどうしても急いで書いておかなくてはならないことがある。連日、日本人外交官2人の射殺事件(11/29)などのテロや襲撃が相次ぐイラクへの自衛隊派遣問題が盛んに論じられ、イラク復興支援特措法に基づく自衛隊派遣のための基本計画が早ければ12/9にも臨時閣議で決定される見通しなどと報じられている。筆者は現状を知的レベルの低い勘違いしたマスコミと政治家たちによって不必要な混乱が引き起こされている状態だと考えている。
「くたばれ自民党」と「政権交代」の違いも分かっていない知的レベルの低い勘違いした政治家たちがテロとレジスタンスの違いがよく分からないのは当然と言えば当然の話かもしれないし、そんな彼らが何をやっても自分たちの知的レベルの低さをアピールするだけだと思うが、同時に国民を不幸にする方向に導くことにもなりかねないので筆者は黙って見過ごすことはできないと考えている。何をどう勘違いしたらそんなことができるのか全く理解できないくらい日本や東京での「テロ予告」を「他人事のようにおもしろおかしくセンセーショナル」に伝えたり、遺族にもあえて今の気持ちを聞いてみなければ分からないという驚くほど知的レベルの低い勘違いしたマスコミまであるくらいだから、既存のマスコミには国民を不幸にする方向に導く政治家たちのお先棒を担ぐことはできても国民が不幸にする方向に導かれるのを止めることはほとんど期待できないと筆者は「野党ジャーナリズム」として考えている。
もちろんイラク問題に限った話ではないが、現時点(12/8)で小泉純一郎首相はイラクへの自衛隊派遣問題では日本国内閣総理大臣としても自衛隊の最高指揮官(→参考:自衛隊法第7条)としても説明責任を果たしていないということを筆者はあえてここで強調しておくことにする。そしてイラクや北朝鮮の問題ではこれまでのいろいろな問題で行ってきたようないつもの小泉首相の「短い説明」では世界に対しても日本国民に対しても全く説得力を持たないということも併せて指摘しておくことにする。あくまでも念のために言っておくが、筆者が「流れ解散」と呼んで批判している今回の総選挙に至る過程とそっくりな過程をイラクへの自衛隊派遣問題がたどったり、あるいはそう遠くない将来にブッシュ米大統領のイラク電撃訪問(11/27)に似たようなことが起こったとしても小泉首相が世界に対しても日本国民に対しても説得力のある説明をしたと見なされることはないということも付け加えておくことにする。小泉首相とその周辺はイラクや北朝鮮の問題を間違っても軽く考えてはならない。もしもそんなことをするならば小泉首相が今回の総選挙で政変の可能性を数%以下の非常に低い確率に抑えることに成功したとしても(→参考:2003/9/28号etc.)、わざわざ自らその数%以下の領域に足を踏み入れるようなものである。もちろん小泉首相らが危険な領域に足を踏み入れたいのならば勝手にやればいいだけだが、そのときは世界や日本を巻き添えにしないでもらいたいものである。
たとえ状況が悪化しようとも、イラクの問題でも、北朝鮮の問題でも、筆者が主張する「基本方針」は不変である。つまりイラクの問題も北朝鮮の問題も共に「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」という「政治の究極目標」を共有している国際社会全体の問題として捉えるべきだということである。あくまでもイラクの問題は「国際社会とイラクの間の問題」であり、北朝鮮の問題は「国際社会と北朝鮮の間の問題」なのである。
イラク問題では、筆者としてはそういう「基本方針」に基づいて日本は自衛隊を派遣するのならば正しい目的、十分な能力、不退転の決意や覚悟を持って派遣すべきだと考えている。なんとなく予想はできるものの、どのような基本計画が決定されるのかされないのか、そして実際に自衛隊が派遣されることになるのかならないのかということも現時点(12/8)では実は定かではないので仮定の上に仮定を重ねるようなことには今回もあえて触れない。従って前回の繰り返しになるが、イラクに自衛隊を派遣するのならば、イラク国内に日本の存在感よりも国際社会の存在感を示すために、誰の目にも明らかな形でイラクの人たちのためになることを、どんなことがあってもやり遂げる覚悟と能力を持ってやるべきだと私は考えている(→参考:2003/8/1号、2003/9/28号etc.)。そういう目的と覚悟と能力を持たずに自衛隊派遣などを行ったとしても日本のためにもイラクのためにも国際社会のためにもならないと私は考えている。
イラク情勢はますます厳しくなっているが、今この時点で真っ先に問われなければならないのは、自衛隊派遣の目的・理由のはずである。筆者は小泉首相ではないからよく分からないが、きっと日本は米国に協力するためというよりも、人道・復興支援のためにイラクに自衛隊を派遣するのだろう。日本の自衛隊は治安回復のためにイラクに派遣されるのではないし、そもそも憲法上の制約以前に客観的に見れば現在の自衛隊はイラクの治安回復・維持を成し遂げるための十分な能力は持っていない。従って結論としては、日本がイラクの治安回復・維持に直接的な貢献をすることは不可能である。
それではなぜ外国から見れば紛れもない軍隊である自衛隊を派遣するのか。人道・復興支援を行うのならばNGOを含めた民間人でも十分に可能ではないか。それは全くその通りである。なぜ自衛隊なのかという理由をひとことで説明すれば、治安が非常に悪い状態で小泉首相が「イラクに行ってくれ」と頼むことができるのは自分自身がピラミッドの頂点に立っている行政機構の構成員である国家公務員、特に最高指揮官を務める自衛隊以外にはないからである。そしてなかでも高度な訓練を受けた自己完結型の組織である自衛隊の部隊以外には危険を最小限に抑え、かつ目的を達成できることを同時に期待することはできない。もちろん治安が非常に悪い状態でもなんとか人道支援活動を続けているNGOを含めた民間人はたくさんいるし、彼らの勇気と使命感を持った活動は高く評価している。だが、やはり小泉首相がこの状態であえて「イラクに行ってくれ」と頼むことができるのは国家公務員だけである。絶対に不可能とまでは言わないが、やはり民間人に頼むことは非常に困難である。そしてもしも治安がこれ以上悪化して誰もが戦闘行為に巻き込まれる可能性が非常に高い状態になれば、人道・復興支援を行うために派遣される自衛隊はイラクの治安回復・維持を成し遂げる能力までは持っていないのだから派遣の目的を達成できる可能性はほとんどなくなり、従って派遣する意味がなくなってしまう。
今のイラクは治安が非常に悪い状態だが、日本はなんとか人道・復興支援をしたいと考えている。そして日本は断じてテロには屈しないし、今後も国際社会と共にテロと戦っていく。日本がなんとか人道・復興支援をしたいと考えているのならば、どうすれば治安が回復するかということをもっと真剣に考えるべきである。念のために言っておくが、米英軍中心ではなく国連中心で可能な限り早くイラク人による政府を作るべき、などという「正論」は解決策でも何でもない。そんなことはほとんど誰でも分かっていて「正論」を実現する具体的な方策こそが問題になっているのではないか。そういう「正論」や「正論」以下のことしか主張できないからこそ勘違いしたマスコミや政治家たちは知的レベルが低いと筆者は見なしているのである。だいたい彼らの言う「国連中心」にした場合に米軍はいったいどうなるのか、治安が回復するまで米軍は本当にイラクにとどまるのか、あるいは米軍が撤退すれば本当に治安が回復するとでも言うのか。また彼らの言う「国連中心」にした場合に仏独に限らず世界各国がイラクの治安を回復・維持できるだけの覚悟と能力を持った軍隊を派遣する保証は本当にあるのか、最悪の場合にはイラクを世界中から見捨てられた国家にしてテロリストにプレゼントすることにはなってしまうのではないのか…。少しでも話を具体的にしていけば彼ら以外の賢明な人たちは「正論」の先こそが問われなければならないことだということにすぐに気付くことだろう。イラク・バグダッドの国連事務所の爆弾テロ(8/19)以降はイラク問題に「国際社会VSテロ」という新しい一面が少しずつ見えてきている。もちろん米英が掲げてきたイラクの大量破壊兵器などの「大義名分」の説得力がなくなった問題は決してうやむやにされることなくいつまでも有効である。最低限の証拠ならもう十分に保全されているはずではないか…。
ここから先は知的レベルの低い勘違いしたマスコミや政治家たちには到底不可能な「知的生産活動」に入っていくのである。今まさに必要されているのはここから先の議論だと筆者は考えている。ここから先の議論、そして小泉首相の世界に対しても国民に対しても説得力のある説明が必要なのである。不必要な混乱、そして目的も十分な能力の必要性も不退転の決意や覚悟なども完全に見失われた中途半端な政策決定は最悪である。
「先日、日本はイラクの人道・復興支援のために駆け回っていた高い使命感を持った優秀な外交官2人を憎むべき残虐非道なテロで失いました。これは日本だけではなく世界にとってもイラクにとっても非常に大きな損失です。しかし日本は国際社会と共にテロと戦い続けます。そしてイラクの復興に協力していく覚悟は変わりません。今こそイラクのみなさんの協力が必要なのです。人道・復興支援のために私たちはイラクに自衛隊を派遣しますが、自衛隊は他国の軍隊のように治安の回復・維持をすることはできません。私たちの自衛隊が人道・復興支援を行うためにはイラクの人たちの協力が必要不可欠なのです。日本、そして国際社会と共にテロと戦ってくれるイラクの人たちが必要なのです。イラクに派遣する自衛隊が人道・復興支援を行うことができるようにするためにも、そしてそう遠くない将来にイラクの人たちと協力して日本の民間人が復興事業を行うことができるようにするためにも、いまイラクにいる日本人、そしてその他の国の人たちをあなたたちイラクの人たち自身の力で卑劣なテロから守ってください。日本、国際社会と共にテロと戦ってください。どうか協力してください。もう60年ちかく前になりますが、その頃の日本は戦争に負けて廃墟でした。そしてそのとき私(→小泉首相)は子供でした。米国をはじめとする世界の人たちの支援や協力を受けながら、私の父や母の世代、そして私たちの世代の一人ひとりの日本人は一生懸命頑張って日本を今のような国にしました。そして私たちの子供の世代も自分たちだけがそれなりに平和で幸せならば、地球上のどこかに生命の安全すらも保証されていない場所が残っていても構わないとは間違っても思っていません。イラクもあなたたちの子や孫の時代には今の状態がウソのような国にきっとなるはずです。そのときには必ずあなたたちの子や孫が悲惨な状態にある他の国の人たちの支援に行ってください。日本だって例外ではない…(後略)」。
仮に小泉首相が自衛隊の派遣を決定した場合にこの程度の説明・説得もできないようならば自ら可能性を数%以下に低下させた政変の領域に確実に足を踏み入れていくことになるだろう。小泉首相は内閣総理大臣としても自衛隊の最高指揮官としても、世界や国民に対して説得力のある説明をすることを含めて求められる最低限の役割はすべて確実に果たさなければならない。もしも小泉首相にそういうことを行う能力がなかったとしても必要なものをどこかから借りたりパクったりしてきてでも求められる最低限の役割は確実に果たさなければならない。さもなければ世界も日本国民も不幸になってしまう。
何度も繰り返していることだが、北朝鮮問題もイラク問題と同様に「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」という「政治の究極目標」を共有している国際社会全体の問題として捉え、あくまでも「国際社会と北朝鮮の間の問題」として解決していくべきだと考えている。北朝鮮の核兵器開発問題などを協議する米中朝日韓ロの6カ国協議は北京で行われた第1回 (8/27-29)から再開されておらず、どうも年内の再開も微妙になってきているとも伝えられている。
今回は日本が6カ国協議に関連して行うべきことをあえて2つだけ提案しておくことにする。一つ目は、日本は日米韓3カ国で連携し、中国、ロシアとも協力して何としてでも6カ国協議の定期化を実現させるべきであるということである。6カ国協議を定期化するということは、事実上、北朝鮮の「安全の保証」と同じ意味を持つということに北朝鮮もいつかは気付くだろう。
二つ目は、日本は北朝鮮による日本人拉致問題をはじめとする北朝鮮国内のすべての人道・人権問題を6カ国協議の正式な議題にすることをあくまでも要求し続けるべきである。そしてもしも日本の主張によって6カ国協議の再開が遅れたりするようなことがあったとしても日本は絶対に要求を取り下げるべきではない。唯一要求を取り下げることができるのは、北朝鮮による日本人拉致問題をはじめとする北朝鮮国内のすべての人道・人権問題の解決が文書によって明確な形で保証された場合だけである。万一、中国やロシアがせっかく苦労して6カ国協議を再開させようと思っているのに日本はそれをぶち壊す気かなどと思うようなことがあったとしても、中国もロシアも国際社会の一員であり、人道・人権問題の重要性はよく理解しているはずなのだから時間が経てば必ず理解してくれるはずである。そして米国でも韓国でも、時間が経てば必ず与党も野党もそろって日本の立場を支持してくれるはずである。日本は北朝鮮による日本人拉致問題をはじめとする北朝鮮国内のすべての人道・人権問題を提起し続けなければならない。「人間の安全保障」という概念をわざわざ持ち出さなくても、そうした日本の姿勢は、イラクやその他の地域での人道・復興支援ともつながった一貫性のある主張だということにもやがて世界中の多くの人たちは気付いて理解してくれることだろう。
ちなみに日本は国連の場で北朝鮮側の外交官がいくら狂ったように罵詈雑言を繰り返したとしても、あるいは北朝鮮の「なんとか通信」が伝える「談話」とか「論説」などという形で日本に対する挑発行為が何度繰り返されたとしても顔をしかめることぐらいはあっても、間違っても北朝鮮のことを「国内の人たちの人権を蹂躙して虐待するばかりか人々を死にまで追いやる金正日独裁政権によって不法に占領された地域」などと呼んで相手と同じ低いレベルにまで降りて行ってはならないし、北朝鮮の行為は日本にいる大多数の在日朝鮮人らには全く関係ないことだということも誰一人として絶対に忘れてはならない。ただし日本独自の判断で北朝鮮への送金を停止したり、北朝鮮の船舶の入港を認めないことを可能にする法整備などは淡々と積極的に進められていくことになるだろう。
SMAPの「世界に一つだけの花」が大流行していたイラク戦争開戦直前からMr.Childrenの「掌」がヒットする今に至るまで本当に呆れるほどの長い間、反対論を唱える人たちの「思考停止」状態が続いている。いくら何でもそろそろ目覚めてもいい頃だろう。ある人が賛成なら賛成し、あるいは反対なら反対しても筆者としてはどちらでも構わない。そんなことよりも重要なのは「一歩踏み込んだそれぞれの理由」であり、それぞれの理由にさらに一歩踏み込むことによって必然的に避けられなくなる「真の意味での議論」である。一歩踏み込むこともなく、事実上、賛成なら賛成、反対なら反対と互いに大きな声で言い合っているだけならば話がかみ合うわけもなく、当然議論になるはずもない。イラクに自衛隊を派遣する理由や派遣に賛成する理由を一歩踏み込んで説得力のある形で説明しない、あるいはできない政治家たちの知的レベルもかない低いと思うが、「感情から入って感情だけで終わる反対論」を唱える政治家たちの知的レベルはそれよりもずっと低いのかもしれない。
かなり知的レベルの低い政治家たちになると、イラクへの自衛隊派遣は「米国追従」「米国にシッポを振ってついて行っているだけ」などと厳しく批判する一方で、思考を「大義」という形式まででどういうわけか完全にストップしてあとは大した説明もなしに「派遣には反対」「フランスやドイツと一緒になって国連中心でやるべきだ」などという「結論」だけを繰り返す。要するに、米国にシッポを振ってついて行くのはダメだが、国連やフランスやドイツにだったら無条件にシッポを振ってついて行こうとでも言うのだろうか。「高速道路無料化」の話と同じように…。
「感情から入って感情だけで終わる反対論」からは全く何も生まれない。勝手にやりたければやればいいだけの話だが、「感情から入って感情だけで終わる反対論」に基づいてデモなどやっても状況を悪化させるだけだし、参加している政治家たちの知的レベルの低さをアピールすることになるだけである。「感情から入って感情だけで終わる反対論」は真の意味での議論から遠ざかるばかりだし、最悪の場合には国民から民主主義という最も基本的で大事なものの一つを奪い去ることになるのではないかと筆者は考え始めている。そんな大げさな…、などと言う読者もいるだろうが、何カ月にも渡ってただ単に思考停止状態を続けているだけの現状を冷静に見てみれば、民主主義が吹き飛ばされる危険性はかなり高まってきていることに気付くのではないか。「世界に一つだけの花」が大好きだなどとうそぶく「感情から入って感情だけで終わる反対論」を声高に唱え続けるだけの勘違いした政治家たちは「一つだけ」の意味を完全かつ致命的に誤解しているとしか筆者には思えない。知的レベルの低い勘違いした一部のマスコミと知的レベルの低い勘違いした政治家たちが無責任に広めている「感情から入って感情だけで終わる反対論」、あるいはそれとなく「思考停止」を要求する21世紀型の新しい形の「ファシズム」に対して筆者は今後とも断固反対し、言論だけを通じて徹底抗戦を続ける。
前回からの日本の政治の動きをまとめておく。総選挙前後の日本の政治の動きは、選挙結果を冷静に振り返るためには必要であり、あえて長くなっても掲載する意味があると考えた。もちろん不要だと考える読者は読まなくても問題はない。
小泉純一郎首相の所信表明演説に対する各会派の代表質疑が衆院本会議(9/29。なお代議士の鈴木宗男被告が本会議に出席)と参院本会議(9/30)でそれぞれ行われ、衆院予算委(→10/1)、そして今国会最初で最後の党首討論(10/9)も行われた。なお民主党と自由党が合併した新民主党大会も行われた(→10/5。政権公約(マニフェスト)を正式に発表、政治資金の全面公開など7項目の重点公約も)。
テロ対策特措法を2年間延長する改正案、選挙期間中に政権公約(マニフェスト)の配布を可能にする公選法改正案(→配布場所を演説会場などに限定した選挙ビラと同じ方法で配布を可能に)が衆院本会議(10/3)、参院本会議(10/10)でそれぞれ可決されて成立した。そしてついに10/10に衆院が解散され、総選挙は10/28公示、11/9投・開票の日程で行われることになった(→10/14に告示予定だった衆院統一補選は中止に。なお自民党が政権公約「小泉改革宣言」を決定)。
小泉首相は中曽根康弘元首相、宮沢喜一元首相(→共に比例区選出)と相次いで会談、自民党衆院比例区73歳定年制完全実施のために公認辞退を要請(10/23)、宮沢氏は了承、政界引退を表明したが、中曽根氏は猛反発(→橋本龍太郎元首相(総裁)、加藤紘一元幹事長当時(1996年)の北関東ブロック終身1位の約束を守ってもらいたい、公認辞退要請はいきなり爆弾を投げるようなもの、一種の政治テロなどと小泉首相を批判)したものの結局は総選挙に立候補しない考えを示した(→10/27。中曽根氏は小選挙区での立候補を否定。ただし政界引退はしない、(議員)バッチはないが政治活動は続けるなどと)。
総選挙に先立って参院埼玉補選(10/9告示)の投・開票(10/26)が行われ、自民の関口昌一氏が接戦を制して初当選(→投票率は27.52%(前回参院選時は52.61%)。関口氏64万8319票、民主・島田智哉氏63万5322票、など)した。
解散前後は外交日程も多かった。小泉首相はインドネシアのバリ島で行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)+日中韓3カ国の首脳会議などに出席、中国の温家宝(ウエンチアバオ)首相・韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領と日中韓首脳会談を行って共同宣言に署名(→10/7。北朝鮮の核兵器開発問題の平和的解決、大量破壊兵器の拡散防止、など。また「おのおののすべての懸念に対処」することを共に努めるとの間接的な表現で北朝鮮による日本人拉致問題に言及。日中韓首脳による共同宣言は初めて)し、さらにASEAN首脳とも会談(→10/8。自由貿易協定(FTA)早期締結などを目指す文書に署名)した(→なお中国の温首相(10/7)、韓国の盧武鉉大統領(10/8)とは個別にも首脳会談)。
また小泉首相は日本を訪れたブッシュ米大統領(→10/17。イラク問題で大統領は日本が10/15に決定したイラクに対する15億ドルの無償資金協力に謝意、小泉首相は人道支援分野で日本がイラクを支援する方針(→自衛隊のイラク派遣)を示す。なお小泉首相は米国は国連を重視すべきだとの考えも伝えたらしい。北朝鮮問題では6カ国協議での解決で一致、など)、メキシコのフォックス大統領(→10/16。共同声明を発表。日本とメキシコとの自由貿易協定(FTA)締結では合意に至らず、継続協議へ)とそれぞれ首脳会談した。
さらに小泉首相はタイ・バンコクでロシアのプーチン大統領(→日ロ賢人会議の来春発足など)・中国の胡錦涛国家主席(→ちなみに黒竜江省チチハル市での旧日本軍の遺棄化学兵器による事故で日本政府が中国政府に3億円を支払うことで10/19に合意)・韓国の盧武鉉大統領とそれぞれ首脳会談(10/20)し、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議(→10/21に首脳宣言を発表して閉幕。議長総括で北朝鮮の核兵器開発問題を協議する6カ国協議の継続の重要性を指摘、日本人拉致問題も「あらゆる懸念に対処」との間接的表現で触れられたらしい。小泉首相は記者会見。10/22に帰国)に出席した。
日本道路公団の問題でも大きな動きがあった。財務諸表問題などで石原伸晃国土交通相は藤井治芳(はるほ)総裁から聴取(→約5時間)後、小泉首相に報告して藤井総裁の更迭を決定(10/5)したが、藤井総裁が辞表提出を拒否(10/6)したために解任手続きに入り、聴聞が公開(→AM10:00からPM7:00すぎまで約9時間(休憩含む)も続く。総裁としての適格性を欠くとの解任理由などに藤井総裁側は納得せず、反論)で行われた後、解任(10/24)した。そして自民党の近藤剛(たけし)参院議員(伊藤忠商事出身)が新総裁に就任(11/20)した(→近藤氏は参院議員を辞職)。
またその他の注目すべき動きもまとめておく。東京地検特捜部は秘書給与疑惑で詐欺罪などで告発された田中真紀子元代議士(元外相)を不起訴処分(→9/30。嫌疑なし)にし、田中氏は自民党に離党届を提出(10/22)した。社民党の辻元清美元代議士が総選挙に立候補しないことも明らかに(10/4)なったし、あっせん収賄罪など4つの罪に問われて東京地裁で公判中の代議士の鈴木宗男被告も総選挙への立候補を断念(→10/18。胃がんの手術のため)した。そして総選挙後に政策秘書の給与を国からだまし取ったとして詐欺罪に問われた元社民党代議士の辻元清美被告と土井たか子代議士の元秘書の五島昌子被告の初公判が東京地裁で開かれ、両被告は起訴事実を認めた(11/20)。
さらに独立行政法人・国際協力機構(JICA)の理事長に緒方貞子氏が就任(10/1)したし、第3回アフリカ開発会議(TICAD3)も東京で開かれた(9/29-10/1)。ちなみにJR中央線の高架化工事で踏切の横断距離が大幅に長くなって渡りきれなくなった歩行者などのために電車の急停止などが相次いだ問題で国土交通省の指示を受けたJR東日本が東小金井-武蔵小金井間の2カ所の踏切にエレベーター付きの歩道橋を新設するなどの緊急対策を決定した(→10/21。小泉首相が10/20に緊急対策を指示)。
そして第43回総選挙が告示(10/28)され、小泉首相ら各党党首による討論会(→10/27。日本記者クラブ主催。小泉首相は自民単独で過半数(241議席以上)の獲得を目指し、与党3党で過半数を割れば下野する考えを示す。民主党の菅直人代表は200議席以上の獲得を目標とし、共産党との連立などの協力の可能性も否定せず)なども行われた。また選挙期間中には民主党がマニフェスト(政権公約)に5項目を追加することを発表(10/31)したし、小泉首相が愛知県内の応援演説(11/1)で消費税を引き上げる環境にない理由を説明する際に、3年間は本格的に景気は回復しないと思っている、などと発言したなどと報道された。さらに報道各社の世論調査で自民など与党側が引き続き過半数を確保しそうな情勢になっていることが明らかになった(11/3)。
第43回総選挙の投・開票(11/9)が行われ(→投票率は59.86%(前回は62.49%))、自民237(選挙直後に無所属新人2人を追加公認して239に。233(前回選挙直後)、247(選挙前))、公明34(31(選挙前))、保守新4(9(選挙前))、民主177(149(前回選挙直後(旧民主+自由))、137(選挙前))、共産9(20(選挙前))、社民6(19(前回選挙直後)、18(選挙前))、無所属・その他13(→選挙直後に自民が追加公認して11人に)となり、民主は40議席増加させたものの自民、公明、保守新の与党3党が絶対安定多数(269)を上回る275を獲得して引き続き政権を維持するという選挙結果になった(→なお比例区では民主が自民を上回って第一党に)。
総選挙後にもいくつか大きな動きがあった。自民党は無所属で当選した加藤紘一元幹事長らを追加公認(11/10)した。また小泉首相の提案を受けて保守新党(衆院4、参院3)が解党して自民党に合流する方針を決定(11/10)、両党は合併協議書に調印(11/17)した。そして小泉首相と公明党の神崎武法代表が会談、政策合意文書に署名(11/18)した(→自民・公明2党連立体制に)。また総選挙で議席を約1/3に激減させた社民党の土井たか子党首が敗北などの責任を取って辞任、両院議員総会で後任の新党首には福島瑞穂幹事長(参院議員)が選出された(→11/15。幹事長は当面空席に)。
小泉首相は来日した米国のラムズフェルド国防長官(→イラク復興支援のための自衛隊派遣問題、など。なお長官は11/16に米空軍嘉手納基地などの視察のために沖縄県入り、稲嶺恵一知事と会談)、中国の戴秉国筆頭外務次官(→北朝鮮の核兵器開発問題についての6カ国協議、など)、イランのハラジ外相とそれぞれ会談(11/14)した。
総選挙を受けた第158特別国会が召集(→11/19。会期は11/27までの9日間。なお田中真紀子代議士が民主党会派(民主党・無所属クラブ)入り)され、小泉第二次改造内閣が総辞職、衆院本会議(→小泉純一郎氏281票、菅直人氏186票、志位和夫氏9票、無効3票。投票総数479、定員480。なお議長には河野洋平氏、副議長には中野寛成氏)と参院本会議(→小泉純一郎氏136票、菅直人氏81票、志位和夫氏20票、中村敦夫氏2票、白票1票。投票総数240、定員247)の首相指名選挙で小泉首相が再度指名され、第二次小泉純一郎内閣が発足した(→17人の閣僚はすべて再任)。そして小泉首相と全閣僚が出席する衆院予算委(11/25)、参院予算委(11/26)がそれぞれ開かれ、第158特別国会は閉会(11/27)した。なお民主党の小沢一郎代議士が代表代行に就任することが明らかになった(→11/27。次の内閣の副総理、副代表も)。
特別国会後にも大きな動きがあった。政府は預金保険法に基づき金融危機対応会議を開いて債務超過に陥った足利銀行の一時国有化を決定(11/29)した。また日本は情報収集衛星2機を搭載したH2Aロケット6号機の打ち上げに失敗した(→11/29。補助ロケットの分離に失敗して予定のコースから外れる。指令破壊信号を送信して破壊。情報衛星は当面2機の状態で運用へ)。
イラク北部で奥克彦大使(→11/29付で英国大使館参事官から昇格)と井ノ上正盛1等書記官(→11/29付で在イラク大使館3等書記官から昇格)が車で移動中にイラク人運転手と共に射殺(11/29)され、葬儀・告別式が外務省と両家の合同葬として小泉首相らも参列して青山葬儀所で営まれた(→12/6。小泉首相は哀悼の意を読み上げる途中で涙声に)。
政府は臨時閣議で小泉首相の指示による補助金を1兆円削減するなどの2004年度予算編成の基本方針を正式に決定(12/5)した。なお愛知県警は比例東海ブロックで初当選(→愛知4区では落選、復活当選)した自民党代議士の近藤浩容疑者を公選法違反(買収)の疑いで逮捕(12/6)した。
さて、改めて総選挙の投・開票日(11/9)のことを思い出してもらいたい。読者の中にはテレビの開票速報を見ていた人たちも少なくはないだろう。翌日(11/10)の新聞がまだその辺にあったら引っぱり出して朝刊の一面を見てもらってもいい。これは何時ぐらいの民主党の菅直人代表の写真だろうか…。今、あの日のことを思い出してみると思わず吹き出したくなってしまう読者も結構いるのではないか。まともな分析ができない一部の民放の出口調査結果に基づく「獲得予想議席数」はめまぐるしく変わり、どこの政党かはあえて言わないが、そういう「獲得予想議席数」を一歩踏み込んで深く考えることはおろか、冷静に受け止めることもできずに「なんとか200議席台」に届いて欲しいなどと勝手に拍手喝采して大喜びしていた人たちがいたこともまだ記憶に残っていることだろう。だいたい万一「200議席台」を獲得したとしても全480議席の過半数である「241」には遠く及ばないから政権交代は不可能なのにいったい何がそんなにうれしいのだろうかと筆者は冷ややかに見ていたが…。そして、まるで開票速報の直後に咲いたバラの花があっと言う間にしおれていくかのように時間が経過するにつれて民主党の菅直人代表らの笑顔は輝きを失い、喜び方には派手さも元気さもなくなっていった。念のために言っておくが、あのとき菅代表の声が枯れていたのは開票速報とは全く無関係だと聞いている。
投・開票日後も「民主党大躍進」「二大政党へ」などと表面的にしか選挙結果を捉えられずにまるで民主党が勝ったかのように伝え続けた勘違いしたマスコミがいくつかあったこともあり、少なくとも永田町周辺ではなかなか冷静に選挙結果が受け止められなかった。筆者は政権選択を問う選挙だったのだから政権を維持した自民党など与党側の勝利、政権交代に失敗した民主党などは敗北というのは当たり前すぎるくらい当たり前のことなのにいったいどうなっているのだろうかと投・開票日からしばらくの間はずっとうんざりしながらただ時間が経過するのを待っていた。
菅直人代表は総選挙を受けた特別国会の衆院予算委で「総選挙が終わりました。今回の総選挙で私たち民主党は2200万人を超える国民のみなさんに比例では投票いただき、第一党という形になりました。また比例・小選挙区合わせて177名が当選をいたしまして、衆議院における定数の37%を占める二大政党の一方の柱という立場になりました。まず私たち民主党にご支援をいただいた国民のみなさんに心からお礼を申し上げたいと、このように思っております。その上で、目標といたしました政権交代というものを残念ながら果たすことができませんでした。その点では率直に負けは負けと認めておきたい、このように考えております」(2003/11/25の衆院予算委で)と言っていた。投・開票日から見れば「一歩前進」だが、こんな当たり前すぎるくらい当たり前のことを「負けは負け」と認めるまでずいぶんと時間がかかったものである。
菅代表は民主党は比例で2200万票以上(→約2210万票)獲得したと言っていたが、ちなみに自民党の得票数はいったいどうだったのだろうかという疑問が自ずと浮かんでくるだろう。念のために言っておくが、様々な理由から厳密な意味での比例票での比較はできない。以下はあくまでも目安である。
結論を言うと、意外かもしれないが、自民党の得票数は事実上減っていないと考えるべきなのである。今回の総選挙(投票率約59.9%)での比例区の自民党の得票数(注:政党名のみ)は約2066万票、2001年の参院選(投票率約56.4%)の比例区(注:政党名+候補者名)では約2111万票だから約45万票減っていることになるが、自民党と公明党の合計(→参院選時は約2930万票、今回は約2940万票)で比較すればむしろ増えているぐらいである。ちなみに直前に問題発言があった森喜朗前首相の下での2000年の総選挙(投票率約62.5%)での比例区の自民党の得票数(政党名のみ)は約1694万票だから今回は低投票率の中で大幅に得票数を増やしたことになる。
一方の民主党はどのくらい得票数を増やしたのだろうか。結論を言うと、これがおもしろいことに民主党の得票数は事実上増えていないと考えるべきなのである。たしかに民主党は今回の選挙で比例区では約2210万票を獲得して第一党になり、小泉首相の就任直後のあの2001年の参院選では旧民主党と自由党の合計でも比例区で約1322万票だったから大幅に増やしたような気がする。だが、あの不人気の森首相の下での2000年の総選挙まで遡ると旧民主党と自由党の合計では約2166万票だから、自民党や与党側が比例区で事実上得票数を減らしていないことや自民党は党名よりも明らかに候補者名の方が有利だということを完全に忘れ、しかも今回は投票率が低下したことを割り引いて考えてみても、実質的な意味で得票数が増えたかどうかはかなり微妙なのである。少なくとも民主党と旧民主+自由の得票数を比較すると大躍進どころか躍進と言うのも難しいのである。実に意外な結果かもしれないが…。
なかなか納得できない読者もいると思うから、それでは今度はあくまでも獲得議席数だけで民主党が躍進したのかどうかを見てみることにする。たしかに民主党は今回の総選挙で解散前から40増やして177議席にし、自民党は解散前から10減らして237議席(選挙直後)にした。社民党や共産党が大幅に議席を減らしたことを忘れてしまえば、たしかに大躍進したような気もしないではない。
ちなみに2000年の総選挙のときはどうだったかというと、もちろん投票率は当時の方がずっと高くて定数が500から480に減少したので単純な比較はできないが、旧民主党は95から32増やして127議席、自由党は4増やして22議席、一方の自民党は271から38も減らして233議席(選挙直後)に激減、公明党も11減らして31議席にしている。「おや…」と思った読者もいるだろう。くどいようだが、定数が20減っていることなどもあってあくまでも議席数だけでは単純な比較はできないが、ますます今回の選挙で民主党が本当に躍進したのかどうかが疑問になってくることだろう。
今回の総選挙の投票率が下がったことはいったい何を意味しているのだろうか(→約59.9%。2001年の参院選は約56.4%だが、2000年の総選挙は約62.5%)。筆者はこの投票率の低下こそ最も注目すべき数字であると考えている。民主党の政治家たちは「もう少し投票率が上がれば間違いなく政権交代が実現した」などと言っていたが、投票率の数字を素直にそのまま受け止めればかなり疑問な話だと筆者は見ている。「マニフェスト」だ「政権選択選挙」だなどと、かなり既存のマスコミに大きく盛り上げてもらって「日本で一番正確な世論調査付きの盛大な旧民主党と自由党の合併記念式典」をやってみた結果がこの低投票率なのである。要するに、いわゆる無党派層を含む多くの有権者が新しい民主党にそっぽを向いたということではないのか。「投票率が上がれば政権交代」などというよりも与党に失望した有権者も民主党などの野党を素通りして棄権したと考える方がまだ自然な考え方ではないのか。おカネと同じように票にも「色」がついているわけではないからもちろん真相はよく分からないが…。投票率の低下という事実だけに極端に着目すれば、もしかしたら民主党の40の議席増の大半は「合併」効果だけで説明できるかもしれない。もちろん詳細に分析してみても真相は不明ということになるかもしれないが、もしも旧民主党と自由党が「合併」できていなかったとしたらいったいどうなっていたのかということは容易に想像できるだろう。本当に「合併」効果なるものがあったかどうかはともかく、今回の総選挙で政権交代を実現できなかったから「負けは負け」ということとは全く別に、少なくとも投票率の低下という意味ではやはり民主党は負けているのではないか。
思い出してみれば、そもそも鳩山由紀夫前代表は自由党との「合流」を唐突にぶち上げたことがきっかけで辞任したのだった(→参考:2002/12/2号、2002/12/11号)。鳩山前代表は辞任後も自由党との「合流」に熱心だったが、一時は「白紙」(5/26)に戻った合流話を急展開させたのは小沢一郎代表代行(旧自由党党首)が政策や執行部人事などをとりあえずすべて「丸のみ」(7/23)したからだった(→参考:2003/8/1号etc.)。菅代表が全く何もやってこなかったのに「成果」だけを独り占めにしたとまでは言わないが、旧民主党と自由党との合併劇は「天下餅」の話にも似ていなくもない。
鳩山由紀夫氏と小沢一郎氏の2人が一生懸命になって臼と杵を使ってつくった「餅」を菅直人氏が頼まれもしないのに勝手に共産党との協力も排除しない「毒まんじゅう」にすり替えて食べている「マンガ」はここでは必要ないだろう。たとえ閣僚を起用しなくても菅直人代表が社民党だけでなく共産党にも首相指名選挙で自分に投票してもらうという「裏連立」をしてまで総理大臣のイスに座ろうとするならばなかなか目覚めない今の民主党の議員たちでもさすがにその大半は目覚めることだろう。繰り返すが、やはり民主党は負けているのではないか。民主党の躍進は「政党合併マジック」による単なる幻にすぎないとまでは言わないが…。
今回の総選挙結果の隠された大きな特徴をあえて一つ指摘しておくことにする。小泉純一郎首相がこれから具体的に各種改革を進めていく場合には、自民党内の抵抗勢力を協力勢力に変えていくことと、政策的に見れば実は小泉首相の掲げる政策を支持しても何の不思議もない議員たちから「民主党というレッテル」をはがすことのどちらがより簡単なのかということにも今後は注意していかなければならないと筆者は見ている。今後は民主党会派入りした田中真紀子代議士とは逆の話にも要注意、と言った方が分かりやすいだろうか。
小泉首相に反発して自民党の国会議員たちが離党しようと思っても、多くの場合には民主党側の小選挙区は優秀な若手候補で既に埋まっているし、今回の総選挙結果を見れば無所属や小政党で立候補してもほぼ確実に次の総選挙で自民党と民主党の両方から挟まれてかなり厳しい状態に追い込まれることは明らかである。自民党側からの離党は非常に大きな「壁」で阻まれている状態である。一方、民主党の国会議員たちから見れば、自民党側の小選挙区は必ずしも強力な地盤を持った大物政治家や優秀な若手候補でふさがってはおらず、一般論としては都市部になればなるほどそういう傾向は強まってくる。民主党側からの離党には「壁」はあっても意外にもその高さは低い状態である。
今後とも民主党に強力な求心力が作用し続けるのならばほとんど気にする必要のない話ではあるが、後で触れるが、特に民主党に強力な「開かずの踏切」が立ちはだかっていつまでも撤去されないような場合には、自民党の「出戻り組」や「中途採用組」など複数の「パイプ」ならぬ「異常に長い歩道橋」を通じていろいろなことが起こる可能性も実はかなり高いはずである。小泉首相本人にどれだけの自覚があるのかは不明だが、客観的に見れば、民主党がこの程度の大きさの野党第一党として適度の緊張感を与え続けてくれるような状態は小泉首相にとっては自民党が圧勝する場合よりもずっと歓迎すべき選挙結果であるはずなのである。そのことが今回の総選挙結果の隠された大きな特徴の一つであると筆者は考えている。
解散後、都市部の自民党の現状を探る最も良い機会と捉えて東京・神奈川・埼玉の小泉純一郎首相(合計30回)と安倍晋三幹事長(合計8回)の街頭演説を取材した。「行列のできる」安倍幹事長の演説会場ももちろんすごい人混みだったが、やはり小泉首相は2001年夏の参院選のときと同じようにどこでもものすごい人数の人たちを集めていた。ただ、ちょっと参院選のときとは聴衆の様子が違うような気がした。相変わらず小泉首相は野党党首を含む他のどの政治家をも大きく引き離したものすごい人気だった。そのことは全く変わらない。だが、人気絶頂のアイドルグループに対するような殺気が混じった熱狂的な声援よりも、むしろ超大物俳優に対するもののような少し落ち着いた声援の方が今回は目立っていた。さらにかなり多くの場所で聴衆はまるで「壁」があるかのように明確に「二分」されていた。大政党の候補者の街頭演説ではだいたい聴衆はよく見えてよく聞こえる前の方の「動員された人たち」や「内輪の人たち」と、後ろの方の「ただの通りすがりの一般の人たち」などに「二分」されるものだが、こんなにハッキリとまるで「壁」があるかのように分かれているのは非常に珍しかった。
これはあくまでも一般論だが、「壁」の内側の人たちはときどき携帯電話のカメラなどで撮影はするが、基本的にはじっとおとなしく演説を聞いている。ところが「壁」の外側の人たちには、小泉首相の姿が見えない、声もほとんど聞こえない。それでも諦めずに「壁」にどこか「穴」はないかと探せば、そこからは激しく手を振り上げながら一生懸命演説をしている小泉首相の姿がなんとか見える。でも、やっぱり何を言っているのかよく聞こえない。非常に小さくなってしまうけれども小泉首相の姿は携帯電話のカメラなどで撮影しようと思えば不可能ではない…。今回の総選挙では、安倍幹事長はともかく、小泉首相はまるで「あなたの街に『説教』にやってきた」のではないかと言いたくなるような光景が非常によく見られた。
まずは「壁」に阻まれて近付けずに聞こえなかった人たちのためにも今回の総選挙での典型的な小泉首相の演説のおおまかな内容を紹介しておくことにする。
「こんにちは。小泉純一郎です。こんなに大勢ありがとう。○○さん、よろしくお願いしますね」などというあいさつから始まり、「待機児童ゼロ作戦や低公害車の話」、「消費税を3年間上げないと言ったら無責任と言われたがそんなことは全くないという話」を経由し、「250万円の高速道路の非常(緊急)電話は民間でやると40万円になる話」や「安倍幹事長の大好きなアイスクリームも溶けずに運べる冷凍車は民間が先に導入した話」を「官尊民卑」の考え方を改めなくてはいけない具体例として挙げながら本題(?)の「道路公団民営化や郵政民営化の話」に入っていく。そしてやたらと熱がこもって非常に長くなりがちな「28万人の国家公務員集団の票が怖くて今までどの政党も郵政民営化を言い出せなかったが、今回、自民党は公約にした」などという「自民党は変わった、改革政党になった」という前半の「見せ場」に突入する。
「見せ場」後の後半は、イチロー選手や野茂選手や松井選手などのスポーツ選手、「座頭市」や「千と千尋の神隠し」などの映画、ポリープの内視鏡手術、司馬遼太郎さんの言葉までもが次から次へと出てくる「ダメだダメだと言っている人たちが一番ダメ」とか「悲観論から新しい挑戦は生まれない」という話が信じられないくらい長々と続いた後、ようやく「フィナーレ」を迎える。
「私はこのようやく明るい兆しが出てきた経済を本格的なものにしたい。そのためには安定した勢力の下でこの経済を本物にしていきたい。種をまいてきた改革、この芽を大きな木に育てていきたい。政局混乱してつぶしたくないんです。ようやく出てきた改革の芽を立派な木に育てていくためにも安定勢力の下で改革を実現して日本をよりよく強くしていきたい。そのためにも○○さん、当選してもらいたい。この改革の芽をつぶさないで育てようという気持ちがあったら○○さんを応援してください。そしたら自民党、勝利を得ることができると思います。この自民党、公明党、保守新党、3党が連立した安定政権の下で改革を実現していきたい」「小泉、3年間頑張れというのならば○○さんに投票してください。自民党を応援してください。安定勢力の下でようやく出てきた改革の芽を本物の木にしたいんだったら○○さんを応援してください。○○さん、当選させて自民党に勝利を与えてくれれば私は歯を食いしばってでもこの改革を3年間続けていきたいと思います。どうかみなさんの力を自民党に与えてください。自民党と共に改革を進めていこうじゃありませんか」などという感動(??)の「フィナーレ」の後には、時間的な余裕が全くない場合を除いて「アンコール」まである。小泉首相は演説終了後に携帯電話のカメラなどの撮影に手を上げて応じながら警備のSPを大勢引き連れて歩いていく。かなり歩いてから車に乗り込み、そして次の演説会場などに向かっていく。
いくつかの例外的な演説会場もあったし、もちろんどの会場でも典型的な内容からちょっと「脱線」する場面なら何度もあった。例えば、「(座頭市のように)夢で野党をバッタバッタと切り倒せればいいなあとは思ったんだけども、現実はそうはいかない。現実は野党は強い」(10/31、神奈川・藤沢で)、「(郵政事業を)民営化させちゃいかん、民間人に任せちゃいかん…。こういう声に全く答えようとしなかった政界の方がおかしい。そんな政党だったら私はつぶしてもいいと思っている。ところがようやく自民党は気が付いた。私は自民党を変えると言ったんです。変わらなかったらぶっつぶすと言ったんです。それをマスコミが…(後略)」(11/3、東京・清瀬で)、「それは携帯電話? 携帯電話もいいけども…。あ…、カメラ付き携帯電話ってやつだな。ねえ。やあ、声援ありがとう。あなた有権者? …ありがとう。未来の有権者! ありがとう、ありがとう」(11/7、世田谷区・千歳烏山で)、「公明党、郵政民営化反対一人もいない。自民党にはたくさんいるけどね」(11/8、埼玉・上尾で)などは「壁」の内部だけではなく外部にもしっかりと聞こえていた。
何にしてもいくつかの例外や「脱線」する場面を除いて小泉首相は基本的にはこんな「詰まらない演説」を身振り手振りは付けてもまるで「朗読」でもするかのように淡々と何度も何度も繰り返していた。しかも多くの演説会場に小泉首相は予定よりも大幅に(1時間以上も)遅れて到着して長々と演説(20-30分)したのである。筆者は演説中、小泉首相はいったい何をやっているのか、そして小泉首相は自分がやっていることが実際にはどういうことになっているのかということを本当に分かってやっているのだろうかなどということばかりを考えていた。筆者がいつも「永田町周辺の人間」のひとことで片付けている既存のマスコミや政治家を含めた選挙の素人ではない人たちは「選挙ではどんな大物政治家でもただの『人寄せパンダ』。それが当たり前」などと言うかもしれない。一般論としては筆者も全く同感である。だが、小泉首相の演説には待ちかねた「動員」された人たちが喜びそうなことはほとんどなかったはずだと指摘してもまだ同じことが言えるだろうか。「小泉さんはいったい何をしにやって来たのだろうか」という素朴な疑問が浮かんでくる方が自然な感覚の持ち主なのかもしれない。
ちなみに筆者には「公開」された情報から発掘した「状況証拠」に基づいて導き出した「一つの推論」があるが、それが真実だとはあえて断定していない。そして同時に前回の参院選のときには見られなかった演説の途中で帰る人たちの多さという表面的な変化だけに注目したり、自民党関係者の話を鵜呑みにして「小泉首相に対する支持や人気には参院選のときのような勢いはなくなっていた」などと書くことは良心が許さない。なおあくまでも念のために言っておくが、何度繰り返して小泉首相に直接聞いてみてもおそらく「真相」は分からないはずである。
そして一つ補足しておく。意外かもしれないが、実は多くの自民党の演説会に集まる「壁」の内側の「動員された人たち」や「内輪の人たち」ほど普通の人たちに近い人たちはいないのである。「壁」の内側の人たちは今のままならば外側の人たちにとっては「巨大な壁」以外の何物でもないが、もしも内側の人たちが本気で目覚めて「壁」の外側に関心を持ち始めたならば他のどの政党よりもずっと多くの日本の政治や政党を見放している人たちを引き付けることができるのかもしれない。年齢・男女構成を含めたいろいろな意味で偏りが少ない自民党の「壁」の内側の人たちは他のどの政党の「内輪の人たち」よりも大きな潜在能力を持っているのかもしれない。もちろんそれは「目覚めれば」という話であるが…。
筆者は解散(10/10)よりも前、JR中央線の開かずの踏切が全国ニュースになる前から民主党の菅直人代表の「足元」、そして自民党の鳩山邦夫代議士(元民主党副代表)が新たに立候補を表明(9/2)して話題になった衆院東京18区の独自取材を密かに開始していた。なんとか解散直前までは両陣営関係者に察知されずに普段の選挙区内の様子をありのままに近い形で知ることができたことは、後に選挙期間中に様々なことを取材して分析する際に非常に役に立った。遅れを取り戻すために徹底的に地元を回っていたという鳩山邦夫代議士にはもちろん何度も遭遇したが、他の選挙区での応援演説などであまり地元に姿を見せなかったという菅代表本人(→10/16の府中、10/23の小金井、11/6の府中)にも予想よりもずっと多く遭遇した。取り上げようと思えば、それなりに伝える意味があるものだけに限定してもかなりの分量になるのだが、今回は取り上げる内容をあえて厳選することにする。伝える意味のある「ネタ」もあえて寝かせておく。
とりあえず話を先に進めることにする。菅直人民主党代表が国会で小泉首相を含めた与党を厳しく追及している映像が何度も繰り返しテレビなどで流されている。なんかこういう映像を見ていると菅代表は国会質問の「名人」とか「論客」のようなイメージを持ってしまう人たちも少なくないかもしれない。たしかに菅代表は「守り」はともかく「攻撃」は非常に得意であることは間違いないだろう。だが、テレビなどで格好良く流されている菅代表の「攻撃」や主張には、一歩踏み込んで考えてみるとほとんど説得力がなくなるものが実はかなり多いのである。菅代表が厳しく与党を批判しているときにふと「足元」を見てみると実は自分たちも同じようなことをやっていたりする。そして民主党も同じようなことをやっているのではないかと誰かから指摘されると、いいや、与党の方がずっとひどいじゃないか、与党はこんなひどいことだってやっているじゃないか、などと関係のないことを持ち出してまで何が何でも反論する。バレるまでは自分たちのことには「壁」をつくって見ようともしない。バレたら真正面から答えずにごまかし、上手くいけば全く別の話にすり替える…。ここ何年もの間、何度も何度も繰り返されてうんざりするほど見せつけられてきた菅代表が「真正面から答えないで逃げる」場合の基本的なパターンだが、どのマスコミもどの政治家も…、どういうわけか誰も厳しく指摘しない。うんざりさせられるだけなので今回は「真正面から答えないで逃げる」場合の具体例は挙げないことにする。そんなことよりも菅代表が国民をなんとか説得しようとしている場合に行う「一歩踏み込んで考えてみると説得力がどんどんなくなっていく主張や説明」の方が読者に伝えるずっと大きな価値があると筆者は考えている。場合によっては説得力がほとんどないどころか…。もしも国民を欺くつもりが全くないのにそんな説明を本気で繰り返しているのだとすれば、率直に言わせてもらって、有名大学卒の菅代表の「基礎学力」にも非常に大きな疑問符を付けざるを得なくなってしまう。例えば、総選挙を受けた特別国会の衆院予算委での菅代表の質問から具体例を取り上げてみることにしよう。
菅代表の「かつて(織田)信長は…(→なぜか約6秒間の沈黙)、信長がですね、『楽市・楽座』という形で関所を撤廃をいたしました。私は高速道路の通行所を撤廃する、関所を撤廃することによって日本経済を地域から起こしていく。このために役立つと思いますが、(近藤剛日本道路公団)新総裁のこの問題(→高速道路無料化)に対する個人的な見解で結構ですからお聞かせをいただきたいと思います」に、近藤総裁は「お答えさせていただきます。個人的な考え方、感想ということでご容赦を賜りたいと存じます。基本的に私は物事すべてタダのものはないと考えております。タダほどまた高いものはないというふうに考えております。道路…、道路につきましても、これはタダではございません。一般道路につきましてもこれは納税者が負担をしているわけでございます。従いましてこれ(高速道路)を無料にするということは、利用者にとりましては無料でございますが、一般国民に対しては税金でしっかりと負担をするということでございます。従いましてこれはタダではない。タダのものはこの世の中にはございません。従いまして…、従いまして、これは…、タダという言葉は一般国民に対して大変誤解を与える言葉ではなかろうかなあと、そのように私は個人的に考えております」(以上、2003/11/25の衆院予算委で)と答弁していた。
織田信長が大昔にやって成功したことを平成の日本に持ってくるだけで本当に成功するのかどうかということは置いておく。まず、高速道路の料金所は本当に「関所」なのだろうか。仮に「関所」だとするならば「関所」を撤廃すればそれなりに経済効果はあるのだろう。でも、どれだけ経済効果があるかは不明だし、同じ「関所」ならば駅の改札という「関所」をなくした方がずっと経済効果がありそうな気もする。筆者には一歩踏み込んで考えてみるとどんどん分からなくなってくるが…。
さて、できればここでもう一度、菅代表の質問の部分を読み返してもらいたい。菅代表が「信長がですね、『楽市・楽座』という形で関所を撤廃」と言っていることに引っかかった読者はいないだろうか。ちょっと待ってもらいたい。確かに織田信長は関所を撤廃したし、城下町の安土にいわゆる「楽市・楽座令」も出したが、「関所の撤廃」は「関所の撤廃」、「楽市・楽座」はまさに文字通り「楽市・楽座」の話であり、経済政策として関連していないとは言わないが、実はそれぞれ別の話なのではないか。筆者は日本史の専門家でも何でもないからあまり深入りはしないが、信長が関所を撤廃したことと、いわゆる「楽市・楽座令」を出して税などを免除して城下町の安土に新興商人らを集めて商業を発展させようとしたことは同じことではないのではないか。
もしかしたら「そんなことはただの言い間違いかなんかだろう」と思う読者もいるかもしれない。実は筆者は選挙中から菅代表の演説の中などで盛んに出てくる「楽市・楽座」の部分が引っかかって引っかかって仕方がなかったのである。
「 (旧民主と自由が合併した)新しい民主党ができてやっと、やっと…。東の横綱・自民党に対して西の横綱、二大政党、新しい民主党、この形までは来たんですよ、みなさん。しかし、一つ足らないことありますね。何が足らないんでしょうか。実は西の横綱などと言ったって…。東の横綱はもう何回も優勝経験がある、政権経験があるんです。西の横綱はまだ優勝経験がないんですよ。どうかみなさんの手で西の横綱にも優勝経験を持たせていただきたいと思うんです」、「私は現代の信長になりたい。信長は戦争が強かったですよね。だから菅も戦争に強くなりたいのか。そうじゃありません…(中略)…信長という人はもう一つの仕事をやったんですよ、当時。日本の経済を大発展させました。それまではいろんな国がバラバラで間に関所があった。この関所を全部取っ払って『楽市・楽座』にしたことによって日本経済が、いろいろな品物…、こちらの品物がこちらに運ばれ…(中略)…日本経済が一挙に活性化した。今、日本で『関所』がありませんか。みなさんがちょっと車に乗ってただちょっと遠くまで行こうと。『関所』があるじゃありませんか。あの(高速道路の)入口に料金所という『関所』があるじゃないですか。これがなくなったらスッキリしますよ」(以上、11/6の衆院東京18区・府中での菅代表の街頭演説会で)。
やはり菅代表は「関所を全部取っ払って『楽市・楽座』にした」と言っている。「現代の信長になりたい」という菅代表の「楽市・楽座」の話は少なくともただの言い間違いではないのである。それでもまだ菅代表は「理科系出身だからきっと…」などと思う読者がもしかしたらいるかもしれない。そんな他の理科系の人たちに対して失礼なことは絶対に言わないでもらいたいものだが、そう思う人は例えば過去の記事にある野党党首(当時)の国会での発言(→参考:2002/6/10号etc.)などを読んでもらいたい。ある野党党首(当時)の言う通りだとすると最も極端な場合には「動く歩道」には誰一人乗れないことになってしまう。思わず目を覆いたくなってしまうかもしれないが…。
ちなみに菅代表の演説中に「西の横綱(=民主党)はまだ優勝経験(=政権与党の経験)がない」という部分もあったが…、特に相撲に詳しい人ではなくても優勝を何度も積み重ねないと横綱になれないことぐらいは知っているだろう。念のために言っておくが、今問題になっているのは、「横綱になるのが先か」それとも「優勝するのが先か」などという鶏と卵の関係と似たような話ではない。多くの読者はそろそろ頭が混乱してきたかもしれない。説明している筆者の方も少し混乱してきた。
いずれにしても今のところは「楽市・楽座」などの話ではこれ以上言うことはない。ただただ織田信長が化けて出てこないことを祈るだけである。イラクの大量破壊兵器という「大義」とか「大義名分」の説得力が失われたのと全く同じように菅代表の主張の少なくとも一部には説得力がなくなったと考えるか、それとも説得力は全く失われていないと考えるのかはもちろん読者の自由である。
さて、選挙はもう終わったが「平等」「公平」のために小選挙区で菅代表の事実上唯一の対立候補だった鳩山邦夫代議士の過去の言葉も取り上げておくことにする。
旧民主党の副代表だった鳩山邦夫代議士は「1999年度民主党定期大会」で「菅代表はホップ・ステップ・ジャンプ−結党(→筆者注(以下、( )内は同じ):98年4月の旧民主党の結党)がホップ、参議院選挙(→98年7月の参院選)がステップ、そして政権を取る総選挙がジャンプだとおっしゃっています…(中略)…この選挙(→後に鳩山氏が都知事選に立候補することになる99年4月の統一地方選)で民主党が、地域に根ざした国民政党であることを見事証明できれば、総選挙は確実に勝利に向かうでしょう。だからこそ統一地方選挙はジャンプ寸前の助走と踏み切りと心得て、圧勝のためにお力を賜りたい」(「民主」1999.2.20号(民主党広報委員会)から)などと発言している。
また鳩山氏は「確かに『自民党から政権を奪える保守政党』を目指して離党し、民主党(→96年の最初の民主党)を結成した当人が一度は敵とした自民党に戻ったのですから、兄(→鳩山由紀夫民主党前代表)ばかりではない、私の方もカメレオン、変節との批判を受けてもやむを得ない面もあります…(中略)…そのことを懺悔し、今後の政治活動の中で償っていけるかが、私にとって大きな課題であることは先にも述べたとおりです。また、自己弁護につとめるつもりは毛頭ありません。私が一言だけ言えるとしたら、自由主義、自由な社会という信念を裏切ったことはただの一度もない、ということです。自由主義を裏切らないために、政党を移ってでも信念を貫こうとしているのです」(「兄・由紀夫よ、驕るなかれ」文芸春秋2000年8月号から)とも述べている。
鳩山邦夫氏が雨の中、青島幸男都知事(当時)や菅直人民主党代表らと仲良く一緒に有権者に最後の訴えをしていた99年の東京都知事選最終日(99/4/10、池袋・新宿など)、自民党に復党、比例区から立候補して「兄はカメレオン」などと旧民主党を厳しく批判していた2000年の総選挙、大仁田厚自民党参院議員と共に兄・鳩山由紀夫民主党前代表の近くをわざわざ選挙カーで通行(2001/7/20、横浜・山下公園)したり、菅代表らが最終日の打ち上げ街頭演説会をやっているすぐそばに選挙カーを停車させて演説など(2001/7/28、新宿東口)をしていた2001年の参院選、そして今回の総選挙…。
あらためて振り返ってみると、日本の政治を追い続けてきた「副産物」として筆者は1996年の最初の民主党結成時からの「鳩山邦夫ウォッチャー」でもあったことに気付いた。そしてどうも鳩山氏は今回の総選挙で立候補表明(9/2)後から徹底的に地元を歩き回って2、3足の革靴を履きつぶしたということらしいが、ほぼ同じ期間、実際に衆院東京18区をある意味で「ドブ板取材」していた筆者にはそのことの真偽や意味を推測することができる。菅代表との事実上の一騎打ちとなったこの選挙区には小泉純一郎首相(10/28に府中)、安倍晋三幹事長(10/25に府中・吉祥寺、11/1に武蔵小金井)らが応援演説に入っていたし、鳩山氏自身もいろいろと読者に伝える価値があることを演説の中で述べていたが、今回はあえて以下の鳩山氏の言葉だけを取り上げておくことにする。
「もう感動で目が潤んで言葉が出ません。きょうは府中全地域の青年部の皆さま方があの暗闇祭りのときのように提灯で足元を照らして…、ずーっと駅を一周しました。そしてお囃子(はやし)の提灯もこのようにすべて林のように立っている。私は府中市民の鳩山邦夫ではあります。でも、市民になってまだわずかひと月半。そんな新参者の私を…、あんたは府中市民として認めてやるというのがきょうの提灯たちだと思います」(11/8の総選挙最終日の府中での打ち上げ演説で)
鳩山氏は小選挙区では菅代表に敗れたものの自民党の名簿2位だったので比例区で復活当選した。「鳩山邦夫ウォッチャー」の肩書きであえてひとこと付け加えるならば、「政治家・鳩山邦夫」の「懺悔(ざんげ)」は十分でないし、「禊(みそぎ)」もまだ終わっていない。
今回の総選挙は民主党や勘違いしたマスコミなどによって「マニフェスト対決」「マニフェスト選挙」ということにされていたが、「マニフェスト選挙」なるものの実態はどうだったのか、そしてそもそも「マニフェスト(政権公約)」とはいったい何なのか、などということぐらいはある程度検証しておく必要がある。
あらかじめ断っておくが、ここでは各党のマニフェスト(政権公約)に掲げられた政策の内容についてはあえて一切触れない。各党の政策の内容を本気で比較しようと思ったら、負の遺産を含めた日本の現状、これまでの経緯、あるべき将来像などの「前提」をしっかりと分析した上でそれぞれの政策が現時点で実現可能か、実現可能だとしても実現することが妥当なのか、あるいは現時点では不適切とまでは言えないが将来はどうなるのか、などということも含めて詳細に論じていかなければ全く意味がないと考えているのでここでは政策の内容についてはあえて一切触れない。既存のマスコミのように本体写真・機能・性能・定価・販売価格などが表形式で並んだコンピューターや携帯電話の広告のような比較表をわざわざ作ってもあまり意味はないと筆者は考えている。そんなことよりもそれぞれの政治家たちが各党の「マニフェスト(政権公約)」に掲げられた政策をどれだけ本気で実現しようと思っているのか、掲げられた政策が本当に国民のためになると考えているのか、などといったことの方が重要ではないかと筆者は考えており、今後もしかるべき時にしかるべき形でそうしたことを明らかにしていくつもりである。現時点で読者にあえて言っておきたいことは、今回の総選挙の前後にそれぞれの政治家たちが言っていたことをなるべくたくさん覚えておいてもらいたい、少なくとも手元にある各党のマニフェストや政権公約は与党だけでなく野党のものも含めていつでもすぐに取り出せる場所にきちんと保存しておいてもらいたい、ということである。
候補者の妻、娘、息子…、家族ぐるみで選挙を手伝って候補者への支持を訴えるというのは伝統的な日本型の選挙戦術の一つであり、おそらく多くの国民から受け入れられている有効な選挙戦術の一つなのだろう。だからこそ今回の総選挙でも東京・埼玉などの都市部を含めた各地で「家族ぐるみ選挙」はウンザリするほどたくさん見せつけられたのだろう。日本人が情に弱いのかどうかはよく分からないし、情に訴えられても投票する人ばかりだとは限らないはずだが、ほとんどの国民が批判も反発もしていないので「家族ぐるみ選挙」の是非についてはここでは触れない。ただ筆者にはよく分からなくなってくるのだが、たしか「マニフェスト選挙」なるものは候補者の人柄とか情で選ぶ選挙とはかなり違うものとして宣伝されていたはずではないか。人柄とか情に左右されるような伝統的な日本型の選挙とは必ずしも完全に相入れないものではないのかもしれないが、少なくとも同じものではないはずである。ところがどういうわけか「マニフェスト」に最も積極的だった民主党の足元、本丸中の本丸の都市部でも「マニフェスト」と「情」が当然のように同居している場面が多く見られた。
候補者の「家内」以外の何の肩書きもない人が候補者の代わりにノボリを立ててマイクで新しい政治や政権交代を訴えながら通行人一人ひとりに声をかけ、握手をし、その近くでスタッフが当然のように「マニフェスト」を配るという光景を冷静に観察してみるとやはり「異様な光景」以外の何物でもないことに気付く。公設秘書であれ私設秘書であれ、実態のある秘書として候補者と一心同体で政治活動をしているのならば、親族を秘書にすることの問題点をひとまず置くことにすれば、有権者から見れば政治的同志である大物政治家が応援演説をするのと同じような意味を持つのでそれはそれで結構なのだろう。だが候補者との関係を公的に示す肩書きが「家内」以外には何もない人が候補者に代わって有権者に対して責任を持って政治の話ができるのかどうかということは冷静に考えれば考えるほど疑問になってくる。何にしてもこれが「マニフェスト選挙」なるものの実態のほんの一例である。
実は噂の「マニフェスト(政権公約)」を実際に手に入れてみて「マニフェストとはいったい何なのか」という疑問がかえって深まった人も少なくなかったのではないか。「マニフェスト(政権公約)」はまるで党首の写真集かと誤解しそうになるようなものもいくつかあった。例えば、民主党のマニフェスト(全38ページ(表紙除く、目次含む))のなんと7ページに菅直人代表の写真が掲載され、そのうち5ページは全ページが菅代表の写真になっているし、イメージ写真や余白が目立つページもかなり多く、分厚いのに意外にも肝心のマニフェストに関する内容は少ない。民主党の要約版(全7ページ(表紙除く))でも2ページが菅代表の写真だけのページになっている。一方の自民党の政権公約(「小泉改革宣言」、要約版、全10ページ(表紙除く))の方は小泉首相の写真は全部合わせても1.5ページ分ぐらいである。それぞれ工夫してそういう形になったのだろうが、そもそも伝えたいものはいったい何なのか…。
ところで民主党が選挙期間中に北朝鮮に対する送金規制を可能にする法整備や高速道路無料化の財源などの5項目からなる「追加マニフェスト」なるものを発表(10/31)したことをいったい何人の国民が知っていたのだろうか。民主党の枝野幸男政調会長が記者会見したので新聞各紙では最低でもベタ記事程度の大きさでは扱われ、ごく一部に追加マニフェストの全文なるものが掲載(→11/1付朝日新聞朝刊)されてはいたが、これではほとんどの国民は具体的な内容はおろか追加されたことにも全く気付かなかったのではないか。しかもこの「追加マニフェスト」なるものが選挙期間中に実際に配布されていた「マニフェスト」に全く追加されていないことがさらに一層問題を深刻にしている。
「追加マニフェスト」なるものの発表後も民主党陣営はどこでも相変わらず「マニフェストあります」などと盛んに言いながら「追加される前のマニフェスト」を配ってはいたが、残念ながら東京などを取材していた筆者はただの一度も「追加マニフェストあります」などと言っているのを聞いたことはなかったし、「追加マニフェスト」なるものの現物や「追加マニフェスト」の内容を書き加えたマニフェストなどもいくら探し求めても手に入れることはできなかった。ちなみに民主党の本丸中の本丸の政策責任者の事務所にも追加される前のマニフェストしかなかった。
解散直前の第157臨時国会でマニフェスト(政権公約)を配ることができるように改正された改正公選法第142条の2では政党本部が直接発行する「パンフレット又は書籍で国政に関する重要政策及びこれを実現するための基本的な方策等を記載したもの又はこれらの要旨等を記載したものとして総務大臣に届け出たそれぞれ一種類のパンフレット又は書籍」を頒布できるなどと規定されているが、それぞれ1種類ずつのマニフェスト本体や要旨の「修正」あるいは「追加」を禁じる規定はないはずである。もちろん「修正」や「追加」を無制限に認めれば、悪意を持った政党が「修正」や「追加」を繰り返して実際には何種類も配ることができることにもなってしまいかねないが、いずれにしても民主党はその気があれば「追加マニフェスト」なるものの内容をマニフェスト本体に追加して有権者に配ることは不可能ではなかったはずである。民主党は本当にそういう努力をしたのか。もしも民主党がマニフェストを追加したいのに役人がどうしても認めなかったので仕方がなかったという話ならば、「脱官僚」「政治主導」を声高に唱える民主党らしくはないが、時間的な制約からやむを得なかったのかもしれない。「残念ながらお役人が認めてくれませんが追加マニフェストがあります。その内容は…」などとマニフェストを配るときに、あるいはそれぞれの候補者が演説の中で有権者に必ず訴えていたというのならばその努力ぐらいは認めるべきなのかもしれない。ところが実際にはそうした努力をした痕跡すらもどこにも全く残されていないのではないのか。
自民党の安倍晋三幹事長は民主党のマニフェストが追加された翌日に「自民党は(北朝鮮への)送金停止法案などは既にやっている。今、どうしてこんなこと言ってきたかというと、我々がこの問題(→北朝鮮による日本人拉致問題など)をやってないじゃないかと民主党に言ったから慌てて出してきた。菅さんはやっぱり全くこの問題には関心がなかったと。あるいは私は後ろめたかったんだろうなあと。こう思います。何年も前に大阪で…(後略)」(11/1に大宮で)などと述べていた。論点がずれるのであえてこれ以上深入りはしないが、民主党の「追加マニフェスト」なるものはいったい何だったのか。
「マニフェスト」は、実現可能性の低いその場しのぎの耳障りの良い政策の寄せ集めなのか、あるいは単なる思いつきの選挙向けの政策の寄せ集めなのか、それとも現状の問題点を分析した上であるべき国家、あるべき社会などの実現のために必要な政策ばかりが集められたもののことなのか…。しっかりと文書化した「契約書」の本体には全く書かれていない「重要な事項」をきちんと相手方に伝わったかどうかすらもよく分からない方法で「追加」するようなそんな非常識でいいかげんなことが許されるのだろうか。もしも誰も聞いていない法廷で裁判官が民事訴訟の判決文を淡々と読み上げるようなことが正しいことだと認められているとしても、政治の場では国民に対してこういう類の機械的で形式的な行為でごまかすことは許されるべきではないだろう。そしてもしも「追加」したのが本体からみれば「大したことのない政策」だというのならばわざわざ選挙中に「追加」する必要などあるまい。国民を欺いて次の選挙で何食わぬ顔で別の選挙向けの新しい政策を訴えるつもりでもない限り、重要な政策であろうが「大したことのない政策」であろうが、選挙で国民に約束することは多くの人たちにしっかりと伝わる形で、そして誰の目にも明らかなきちんとした証拠が残る形で約束すべきなのである。民主党が選挙中に「追加マニフェスト」なるものを不適切な形で「追加」したことによって「マニフェスト」の持つ意味やその信憑性について見過ごすことのできない非常に大きな問題点が新たに浮上した。
菅直人代表は著書の中で「今度の総選挙で、私たち民主党と自民党が、共にマニフェストを掲げて選挙に臨むのであれば、政権をとった政党には、マニフェストを守る義務が生じるが、とれなかった政党は、そこに掲げた公約を実行できなくても、それは公約違反にはならない。(注:段落変更)もちろん、政権がとれなくても、野党としてできることはあるだろうから、野党になったほうは、次の選挙まで何もしなくていい、というわけではない。当然のことである」(「総理大臣の器」(幻冬舎)から)と書いている。
選挙で負けて政権交代を果たせなかった民主党がマニフェストを実現できないのは当たり前すぎるくらい当たり前の話なので公約違反だと言いにくいのは常識と言ってもいいだろう。だが、「今回の総選挙では民主党と国民との間で『契約』が成立しなかった」と一方的に「宣言」したとしても、選挙で負けた民主党がマニフェストを「白紙」に戻すなどというふざけたことだけは絶対に認められないはずである。選挙で国民を欺くつもりだったのならば話は別だが、選挙で勝とうが負けようがすべての政党はマニフェストや政権公約に掲げた具体的な政策に非常に強く拘束されるのである。だから野党でも選挙後には自らのマニフェストに掲げた具体的な政策の実現のために必要なすべてのことをやり、次の選挙までに足りないのは議席数だけという状態にまでしておかなければ、公約違反にはならなくても国民を欺くことにはなるはずである。
実社会を考えてみればすぐに分かると思うが、「契約」が成立するまで次から次へと何度でも消費者には有利だが過去の内容とは大きく異なる目新しい「契約書」を持ってやってくるような業者がいたとしたら賢明な消費者はいったいどう思うだろうか。「あの時に熱心に勧めていたあの契約はいったい何だったのだろう」と思うのが自然な感覚の持ち主だろう。いったい誰がそんな業者を信用できるというのだろうか。過去の「契約書」は「白紙」にしたなどと一方的に言われても消費者を欺くことなしには「白紙」になど絶対にできないのである。
もちろんいろいろな理由でマニフェストや政権公約に掲げた具体的な政策の変更を迫られることはあるだろうが、そのときに政党は多くの人たちにとって説得力がある形で説明責任を果たさなければならないはずである。説得力のある形で説明責任を果たさなければならないということを含めて、それぞれの政党は選挙の結果にかかわらず一度掲げたマニフェストや政権公約には徹底的に拘束されるのである。ある政党、もしくはある政党の後継政党が来年の参院選や次回の総選挙で今回の総選挙で掲げたマニフェストや政権公約に掲げた具体的な政策と整合性が全くない政策などを掲げた場合には、与党・自民党が政権公約に掲げた具体的な政策を何らかの理由で実現できなかった場合と全く同じように、有権者は彼らの説明に納得できなければ選挙で彼らに「鉄槌(てっつい)」を下すこともできるのである。現在マニフェストや政権公約を持っている有権者は次の選挙で勘違いした政治家たちに欺かれないためにもそれらをいつでもすぐに取り出せる場所にきちんと保存しておいてもらいたいものである。もしも菅代表と民主党がマニフェストを「白紙」にするようなことがあるとするならば、有権者は民主党のマニフェストは「小泉改革宣言」に対抗した単なる「菅民主党詐欺師宣言」だったのかと受け止めることになるだろう。
賢明な読者はもうとっくに気付いているとは思うが、ここ数年の日本だけに話を絞っても「民主党」は実は3種類(→1996年9月の鳩山由紀夫氏や菅直人氏らがつくった「旧・旧民主党」、1998年4月の旧新進党が分裂した後に合併を繰り返した新党などと旧・旧民主党が合併してできた「旧民主党」、そして2003年10月に旧民主党に自由党が合流してできた今の一番新しい「民主党」)もある。そして菅代表は何度も代表になっているし、失脚してもどういうわけかよく分からない理由で復活しているのである。
かつて菅直人代表は「結党大会で『(→筆者注(以下の( )内も同じ):旧民主党結党をホップ、98年7月の)参議院選挙をステップとし、総選挙でジャンプして政権交代を目指す』と申し上げましたが、これから次期総選挙までの期間が(旧)民主党にとって正念場になります。私自身、引き続きその先頭に立つ覚悟で、今回の代表選挙に立候補致しました」(98年4月の旧民主党結党後に初めて行われた99年1月の定期党大会での代表選の選挙公報から)と記している。そして菅代表はこれまでに何度も立候補した代表選などで以下のように述べてきている。
「(今、自民党総裁選も行われているが)民主党の党首選挙、これは総理大臣を選ぶ選挙の『準決勝』であるということをみなさんに申し上げてまいります。つまり自民党と…、小渕(恵三元首相(故人))さんと加藤(紘一代議士)さんと山崎(拓元代議士)さんが…、たぶん小渕さんが総理大臣候補として(自民党総裁に)再選されるでしょう。それに対して私たち3人(→菅氏、鳩山由紀夫前代表、横路孝弘代議士)が…、いずれかが新しい代表になり、次の総選挙(→前回2000年6月の総選挙)で政権を争う。この埼玉でも1区、2区、3区…、すべての選挙区に自民党かあるいは「自自公」(→当時は自民・自由・公明の連立)の公認候補が出て、そして私たち民主党の公認候補が出て…。そしてこの『決勝戦』(→総選挙)は…、すべての国民のみなさんは…、議員を決めると同時に総理大臣を決めることができる、そういう選挙にしなければならないという思いで『準決勝』ということをみなさんに申し上げているわけであります」(99/9/16の大宮西口での民主党代表選街頭演説で)
「鳩山(由紀夫前代表)さんが代表になられても、横路(孝弘代議士)さんが代表になられても、私はその中でまた…、お前はキャッチャーをやれ、レフトをやれ、球拾いをやれ…、どういう役目でも一緒になってやっていく、そういう覚悟でいることをまずもってみなさんに申し上げたいと思います。そしてこの民主党という政党は…(中略)…多くのみなさんにチャンスを与えるそういう政党でなければいけない。青い眼の国会議員、あるいはいろんな立場にある人が政治の中でもビジネスの中でもどんどん活躍ができる。そういう社会を、そういう行政、政治をつくっていくことが私は大きな役目だとこのように感じているところであります…(後略)」(99/9/24の有楽町マリオン前での民主党代表選街頭演説で)
「新しい官僚主権から国民主権の内閣をつくる、そのための政権交代と…。そういうときに先頭に立つ立場としてですね、ま、私もいろいろ考えたんですが…。私自身が(野党第一党の代表の立場に)立たせてもらいたい。私、まだ衆議院の選挙の野党第一党の代表っていうのは…、まだやったことない。ま、政権交代をかけてのまあ…。つまりは総理候補を目指す党首というのは、やったことはないもんですから、一度やらしてもらいたいとこう思って立候補したわけです」(民主党代表選を前に2002/8/25放送の「報道2001」(フジテレビ)で)
「この民主党の代表選挙は2つのハードルを越えるのに誰が最もリーダーとしてふさわしいか、これを決める選挙だと思っております。一つは、言うまでもなく小泉政権を倒して政権交代を実現すること。しかしそれだけでは十分じゃありません。2つ目は、その後に、霞が関、官僚の抵抗をはねのけて、本当の改革を推し進めること。私は98年の参議院選挙で民主党代表として橋本(龍太郎)内閣と対峙をして大勝させていただいて橋本内閣退陣、私は参議院では首班指名を受けたことがあります。しかし衆議院で野党第一党の党首として戦ったことはありません。必ず政権交代と、その後に改革を推し進める、その先頭に立たせていただきたいと思って立候補いたしました」(2002/9/18の日本記者クラブ主催の民主党代表選討論会(NHK中継)で)
「私はあの…、岡田(克也幹事長)さんはですね、大変優秀な政治家だし、ある意味では、新しいという意味では未知数の魅力もあると思います。まあ、私の場合…。実はあの…、参議院を野党第一党党首では戦って勝ったことはありますが、衆議院の戦いで、まあいわば、総理候補という立場で衆議院議員(選挙)を戦ったことはまだありません。ですからあの、そういう意味ではですね、そういうまあ、首班候補としての未知数の魅力っていうのはこれから国民のみなさんに認めてもらえるんじゃないかと」(鳩山由紀夫前代表の突然の辞任による民主党代表選、2002/12/8放送の「サンデープロジェクト」(テレビ朝日)で)。
菅代表が「準決勝」の代表選で敗退して出場できなかった「決勝戦」であり、同時に最初の「ホップ、ステップ…」に続く「ジャンプ」であったはずの2000年の総選挙はもうとっくに終わったし、客観的に見ればかなり不自然な形で「敗者復活」してまで臨んだ「決勝戦」であった今回の総選挙も終わり、唯一未経験で心残りだった「総理候補」も経験して政権交代に失敗して「やはり菅直人でもダメだった」という明確な結果が出て思い残すことはもう何もないはずである。今度こそいよいよ「次の世代」にバトンが渡されるという自然な流れを妨げるいかなる理由も残されていないはずである。それにもかかわらず、どういうわけか菅代表らは今回の総選挙は「次につながる結果だった」などと主張してまたここから「ホップ、ステップ…」と数え始める構えのようである。もしもそんなとんでもないことが認められるのならば、菅代表は「総理大臣のイスに座るまでは野党第一党の党首のイスに座り続ける」という意味で民主党の優秀な若い政治家たちの活躍と政権交代を阻む「開かずの踏切」になり果ててしまうではないか。「一つ選挙が終わってもまたすぐに次の選挙がやってくる。まだまだ開けるわけにはいかない」などと主張していつまで待っても絶対に開かない「開かずの踏切」になってしまうではないか。本当にこんなことが許されるのだろうか。それとも民主党には他に人材がいないからやむを得ないとでも言うのだろうか。念のために言っておくが、今度は若手を抜てきするとか、またまた今の政党を新しく大きな政党に取り換えるなどという「踏切の中にまた踏切を作るようなその場しのぎの解決策」では納得する人はほとんどいないだろう。
今回の総選挙では複数の民主党候補者が「許さない!! 利権・バラマキ・先送り」などと訴えていた。「政権交代可能な野党第一党」という立場と「野党第一党の党首のイス」だけは「利権」の例外なのか。「高速道路無料券」だけはいくら派手にばらまいても「バラマキ」にはならないのか。政権交代を目指して失敗してもまた都合の良いところから「ホップ、ステップ…」と数え直していくようなことは誰の目にも明らかな「先送り」ではないのか。そして、もしも民主党内の「利権・バラマキ・先送り」を許すとしたらそれは「壁」があって見えないからなのか、それとも自分自身で「壁」を作って見えなくしているからなのか…、などという疑問が次々と筆者には浮かんでくる。
民主党は今回の総選挙では政権交代に失敗して負けたはずである。民主党は負けた選挙で十分な総括も、党首や執行部の責任を問うこともなしにダラダラと特別国会を過ごし、そしてそのまま通常国会に突入するつもりなのだろうか。いずれにしても、自民党などの国会議員たちと同様に全国民の代表である民主党の国会議員たちは、すべての国民に対して自らの言動については少なくとも説明責任ぐらいは果たさなくてはならないはずである。そもそも民主党は今回の総選挙で勝ったとでも言うのか。
菅代表は「私はこの23年ぐらい国会に席をいただいておりますけど、私が籍を置いた政党が選挙で議席を減らしたことは幸いにしてこれまで一度もありません(→一部拍手)。そして今回の選挙においても幸いにしてそのジンクスは破られませんでした」(2003/11/25の衆院予算委で)などとほとんどの国民には全く無関係な実にくだらないことを披露していた。同じ「永田町トリビア」でもずっと多くの国民に役に立つ可能性が高いものをあえて一つだけ披露しておくことにしよう。
「菅直人氏が党首を務めていた政党は……、大きな国政選挙の直前に必ずもっと大きな新しい政党に取り換えられ…、しかも菅氏は必ず新しい政党の党首になっている」−。
さっそく検証してみると、(1)1998年7月の参院選直前の同年4月に旧・旧民主党(→1996年9月に結党された最初の民主党)の菅直人代表(当時)は、旧新進党が分裂した後に合併を繰り返した新党などと旧・旧民主党を合併して旧民主党を結党、その代表に就任している。そして菅氏は1999年9月の代表選で鳩山由紀夫氏に敗れてからしばらくの間は代表の座を離れており、鳩山氏が代表だった2000年6月の総選挙、2001年7月の参院選はそのまま旧民主党。そして2002年9月の代表選で再選されたばかりの鳩山代表(当時)が同年12月に突然辞任したことを受けて菅氏は代表に復帰、さっそく翌年、(2)2003年10月に旧民主党を小沢一郎氏の自由党と合併させて今の民主党を作って、菅氏はここでもその代表に就任、同年11月の総選挙に臨んだ、こういうことである。
ちなみにもう一つ補足しておくと、1996年9月に最初の民主党が結党されたのも、同年10月の総選挙の直前であり、しかもそのときも菅氏は鳩山由紀夫氏と共に代表に就任している、ということである。
賢明な読者はもう気付いたかもしれない。そうなのである。来年2004年の7月には参院選、「大きな国政選挙」があるのである。また「小さな政党」と「もっと大きな新しい政党」を取り換えるなどという勘違いした「政界・わらしべ長者」(→参考:2003/8/1号etc.)が出てくる可能性があるのである。そして同時に「政党合併マジック」とでも呼んだ方がいいような「ジンクス」が破られないという根拠も、今度こそ確実に破られるという確たる根拠もどこにも見当たらないのである。自民党や他の野党に投票した人たちよりも、今の民主党に期待している人たち、本気で政権交代を実現したいと考えている人たちこそ、「単なる偶然」などと笑い飛ばす前にこのことをずっとずっと真剣に考える必要があるのではないか。次に民主党が合併するとしたらいったいどこと合併するつもりなのか、そうしたらいったいどうなるのか、もはや合併するところなど残されていないとしたらいったいどうなるのか。またまたまた合併したら有権者はいったいどう思うのか…。
特に次回の参院選は結党直後の旧民主党が躍進した6年前のあの参院選で当選した議員たちが改選される選挙である。あのときすぐに政権交代があるかのようなことを言っていた旧民主党に投票してこの6年間の間に本当に何かが変わったのか、本当に何か良いことがあったのか、などと当時旧民主党に投票した人たちが思い悩まない保証は全くないはずである。旧民主党は旧民主党に投票した人たちの期待に十分に応えてきたのか。その後に旧民主党と自由党を合併させて今の民主党を作って投票した人たちの期待に十分に応えられたのか。不十分だったとしたらこれから期待に十分に応えられるようになっていく確実な見通しはあるのか。投票してくれた人たちの期待に十分に応えてこなかったのならば有権者から「鉄槌(てっつい)」を下されて別の魅力的な新党にでも「自民党に代わって政権交代可能な野党第一党」の座を潔く明け渡すべきだろう。幸か不幸か、今のままならば1998年の参院選のときと政党名は同じ「民主党」、どういうわけか代表も同じ「菅直人」に戻っているのだから「鉄槌(てっつい)」を下そうと思ったら有権者はごまかされることなく確実に「鉄槌(てっつい)」を下すことができるはずである。
今回の総選挙の前後にそれぞれの政治家たちが言っていたことをなるべくたくさん覚えておいてもらいたい、少なくとも手元にある各党のマニフェストや政権公約は与党だけでなく野党のものも含めていつでもすぐに取り出せる場所にきちんと保存しておいてもらいたい、と何度も繰り返して言っているが、今、次回の参院選や総選挙直前の「予行演習」を兼ねてマニフェストを持っている読者は民主党のマニフェストを取り出してもらいたい。取り出したら、その最初の方の「菅直人から国民のみなさんへ」の「最小不幸社会」(P6)というところを開いてもらいたい。
「私は、政治の目標は『最小不幸社会』の実現と考えています。国民の中には『不幸』に遭遇している人たちがいます。そして、人々が『不幸』になる原因はさまざまです。その原因を、政治の力、つまり『権力』で取り除けるものはできるだけ取り除き、『不幸』を最小化すること、それが政治の目標だと思います。(注:段落変更)なぜ『最大幸福』と言わないで『最小不幸』と言うかといえば、病気や貧困といった『不幸』の原因は相当程度『権力』の力で取り除くことができますが、『幸福』のかなりの部分は恋愛や美意識といった精神的なものに支えられており、『権力』が関与すべきでない分野の問題であると考えているからです。一部の人が無理に『幸福』を押しつけようとして『権力』を行使すると、そこには一種の強制や独裁が生まれます。政治『権力』は人の生死をも左右する強制力を伴うものだけに、その行使は人々の『不幸』の原因を最小化することを目標とすべきであり、美意識のような個人的選好に属する『価値』の実現を目標とすべきではないというのが、私の政治に対する基本的哲学です…(後略)」(以上、民主党のマニフェストから)
この「最小不幸社会」という言葉は、菅代表が好んで使う言葉の中では珍しく「分かりやすい言葉」ではなく、むしろ難解な言葉に分類できるかもしれない。どのような「政治の目標」や「政治に対する基本的哲学」を持とうがそれは菅代表の自由だし、そのことが間違いだとか不適切だなどと言うつもりも全くないが、少なくともこの「最小不幸社会」という言葉が十分に練り上げられたものでも考え抜かれたものでも何でもないということだけはすぐに明らかになってしまう。そのことは「なぜ『最大幸福』と言わないで『最小不幸』と言うかといえば、病気や貧困といった『不幸』の原因は相当程度『権力』の力で取り除くことができますが、『幸福』のかなりの部分は恋愛や美意識といった精神的なものに支えられており、『権力』が関与すべきでない分野の問題であると考えているからです」という「説明」をさらに一歩踏み込んでよく考えてみるだけでもすぐに分かるのである。
(1)あえて切り取って具体例として挙げられた「病気や貧困」が「権力の力で取り除くことができる不幸の原因」の少なくとも大半でなければ、「不幸」は「最小」にはならないのだろうし、「最小不幸」の十分な説明にもなっていないはずである。それらが大半だという説明はどこにも見当たらない。まさかそんなことはないとは思うが、もしかすると「不幸」の原因のうち「『権力』の力で取り除けるもの」とか「取り除くもの」が「最小」だということなのだろうか。いや、違う。前の段落で「『権力』で取り除けるものはできるだけ取り除き、『不幸』を最小化」、もっと後でも「その(→「権力」の)行使は人々の『不幸』の原因を最小化することを目標とすべき」と書いてあるから違うか…。ひとまず「最大幸福」は置いておくとしても、なぜ「最小不幸」になるのだろうか。
そうなると(2)「病気や貧困といった『不幸』の原因」と、一つ前の段落の「人々が『不幸』になる原因はさまざま」の「人々が『不幸』になる原因」との関係も大いに気になってくる。「不幸」の原因のうち「権力の力で取り除くことができないもの」はどの程度の割合であるものなのだろうか。そもそも「権力の力で取り除くことができないもの」とは具体的に何だろうか。
また(3)あえて切り取って具体例として挙げられた「不幸」の原因のうち、「貧困」については、先進国の政府ならば「相当程度『権力』の力で取り除く」ことはできるのかもしれない。だが、医者でも十分に治すことができないケースもまだ多くある「病気」については「『権力』の力で取り除く」ことはかなり難しいだろう。少なくとも「相当程度」を「『権力』の力で取り除く」というのにはかなりの無理があるだろう。そうなると「貧困」はともかく「病気」をなぜわざわざ例に挙げたのかがよく分からなくなってくる。「説明」をさらに一歩踏み込んでよく考えてみたら、今度は「不幸」の原因のうち「権力の力で取り除くことができるもの」までよく分からなくなってきた。
さらに(4)例えば、政府が「貧困」だと考える人に「不幸」を「『権力』の力で取り除」いてあげますと言っても「私は今のままで十分だ」と迷惑に思うような「個人的選好に属する『価値』」を大事にする人が出てきたり、それとは反対に、政府が「貧困」だと考えないのに自分は「貧困」だと思っている人がいて彼らが自分のことを「不幸」だと思うような可能性も実は結構あるだろう。「『不幸』を最小化すること」「政治の目標」に忠実であろうとすれば「不幸」でもないのに勝手に「権力」が出てきてしまうし、逆に慎重の上にも慎重に「権力」を使えば「不幸」なのに「権力」が全く出てこないみたいな話にもなってしまうのではないか。しかもいずれの場合でも「不幸」は「最小」にならない。そもそも何が「最小不幸」なのかもよく分からないままだが…。
そして (5) おそらく実際には「どちらでもない」という状態もあるのだろうから「幸福」ではなくても必ずしも「不幸」にはならないのだろうが、「『幸福』のかなりの部分は恋愛や美意識といった精神的なものに支えられており」という部分を裏返して「支えられなくなった場合」を考えてみると、「『不幸』のうちのそれなりの部分は恋愛や美意識といった精神的なものに支えられなくなったから…」などということになってしまう。つまり「幸福」も「不幸」も原因が同じ「恋愛や美意識といった精神的なもの」「個人的選好に属する『価値』」である場合も出てくるから、「不幸」も「幸福」も同じように「『権力』が関与すべきでない分野」になってしまうこともあるのではないか。「説明」をさらに一歩踏み込んでよく考えてみたら、とうとう「不幸」と「幸福」の違いまであいまいになってきた。
そのようにさらに一歩踏み込んでよく考えていけば、「最小不幸社会」という言葉の意味と菅代表の「説明」がますます分からなくなってくるだろう。筆者は何事ももう一歩踏み込んで考えてみるべきだと考えているが、もしかしたら菅代表や民主党に関することについては何事ももう一歩踏み込んで考えてみてはいけないのだろうか。いずれにしても「最小不幸社会」という言葉が最低でも十分に練り上げられたり考え抜かれたものであるならば、こういう類の疑問が次から次へと出てくることだけは絶対にないはずである。
菅代表が小泉首相に対して10年以上前から郵政民営化を唱えているくせに「内容はその程度か」とか「中身が全くない」などとかなり厳しく批判していたような記憶があるが、菅代表は約23年間も国会議員をやっているくせに政治家にとって最も大事なはずの「政治の目標」とか「政治に対する基本的哲学」についてさえもその程度の「深さ」や「重み」しかないのだろうか。そう思うと、同情も哀れみも通り越して説明が非常に難しい実に複雑な心境になってしまう。念のために言っておくが、マニフェストの原稿締切直前にちょっと思い付いたことをもっともらしく書いてみただけだと「白状」されても国民はさらに不幸になるだけだが…。
最後に筆者が解散前の前回に掲げた「野党ジャーナリズム」としての「政権公約」的なもの(→参考:2003/9/28号)を検証しておくことにする。
(1)政治家たちが「将来世代を含む一般市民の生命・財産などの利益を守って幸福を追求していく」という「政治の究極目標」に忠実であるかどうかを彼らの具体的な言動を厳しく検証することを通じて明らかにし、小泉純一郎首相が解散するまで「流れ解散」に断固反対し続けながら選挙で国民が正しい選択ができるように最大限の努力をします
(2)国民が将来世代に対して無責任な与野党の勘違いした政治家たちをしっかりと見抜き、次の総選挙でできるだけ多く淘汰することができるように最大限の努力をします
(3)時間的な制約などで次の総選挙で淘汰すべき政治家たちをすべて淘汰できないような場合でも、勘違いした「政界・わらしべ長者」が内閣総理大臣になることだけは断固阻止し、その次の総選挙までに確実に日本を改革する勢力が政権を獲得することを国民が選択できるような大きな変化を生み出すために最大限の努力をします
(1)については、当然と言えば当然だが、解散を阻止することはできなかったし、国民が正しい選択をできるほど政治家たちの具体的な言動を厳しく検証していく時間的な余裕もなかった。(2)については、今回の総選挙で将来世代に対して無責任な与野党の勘違いした政治家たちができるだけ多く淘汰されたとは残念ながら言えない。(3)については、勘違いした「政界・わらしべ長者」が内閣総理大臣になることはなかったがそれは筆者の実績とは言い難いし、確実に日本を改革する勢力が政権を獲得することを国民が選択できるような大きな変化はまだ生み出されていない。つまりすべての「政権公約」(的なもの)は未達成である。読者への筆者の深い反省の意味を含めて今回の一連の文章では未達成の「政権公約」(的なもの)の達成に必要なことを徹底的に追求し、今後ともそういう努力を継続していく意思を具体的な形で示したつもりである。筆者の「野党ジャーナリズム」としての「政権公約」(的なもの)は断じて「白紙」に戻すことはなく、少なくとも次の総選挙でも有効なものばかりである。
筆者は菅直人民主党代表らが熱心に推進してきた政策の一致を無視した「野党共闘」なるものは決して国民のためにはならないし、政権交代も不可能だと考えて一貫して反対し続けてきた。もちろん今でもその主張は正しいと考えている。今回の選挙結果を受けて政策の一致を無視した「野党共闘」路線をさらに極端にし、政策の一致を棚上げして「くたばれ自民党」だけで結び付いて一度結び付いたらどんなことがあっても決してバラバラになってはいけないなどという「形から入って形だけで終わるような政権交代可能な二大政党制ファシズム」とでも呼ぶべきますます危険な動きすら見え始めている。
くどいようだが、今回の総選挙の前後にそれぞれの政治家たちが言っていたことをなるべくたくさん覚えておいてもらいたい。少なくとも手元にある各党のマニフェストや政権公約は与党だけでなく野党のものも含めていつでもすぐに取り出せる場所にきちんと保存しておいてもらいたい。「思考停止」した一部の勘違いした既存のマスコミは与党だけを批判して野党の味方をすることが国民のためになると信じて疑わないようであるが、民主党はもちろん民主党以外の野党も国民を欺くなどの相当の理由があれば当然厳しく批判されなければならないはずである。
筆者は今後とも菅直人代表と彼を支持する民主党の政治家たちの国民に対する背信行為を絶対にタブーにせず、今は彼らを何となく支持しているだけの国民が目覚めることができるように説得を続け、できるだけ早く彼らを永田町周辺から追放するための言論による闘争を続ける。できれば菅直人代表と彼を支持する民主党の政治家たちに皮肉にも彼らが永田町周辺に存在する限り「国民の不幸は最小にはならない」「最小不幸社会は実現しない」ということを理解させたいものだと思っている。菅直人代表と彼を支持する民主党の政治家たちをはじめとする勘違いした政治家たちに惑わされている国民を一日でも早く一人でも多く目覚めさせるために全力を尽くす。
編集・発行:http://www.jchiba.net/、筆者:千葉 潤、ご意見など:jchiba@tokyo.email.ne.jp
JCATSニュースに関するご意見、ご感想、反論などは、jchiba@tokyo.email.ne.jp
まで電子メールをお送りください。なおJCATSニュースに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権はJCATSニュースに帰属します。
Copyright2003 Jcats-news. No reproduction or republication without written
permission.