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○「優先順位」と「本質」を決して見誤ってはならない(2003/3/10)。
○「言葉遊び」ではなく具体的に物事を成し遂げていくことが必要(2003/2/11)。
○誤った「処方箋」と「コンプレックス」は破局を招くだけ(2003/1/13)。
○北朝鮮は「谷底」に落ちる以外の選択肢を自ら捨て去るつもりなのか?(2003/1/5)。
▽参考:日本の政治。
新たな国連安保理決議がないまま3/20昼(日本時間)に米軍などによるイラク攻撃が始まった。武力行使を事実上容認する修正決議案の採択に必要な9カ国の賛成を得るのが困難であり、しかもフランスが拒否権を行使する構えを崩さなかったために米国などは国連安保理での決議案の採決を断念した。ブッシュ米大統領は大西洋上のポルトガル領アゾレス諸島で英国のブレア首相、スペインのアスナール首相と会談(3/17(同))した後、イラクに対して48時間以内にフセイン大統領らが国外退去しない限り武力行使に踏み切るなどという最後通告(3/18(同))を行った。イラク側の最後通告拒否と「期限切れ」を受けて米軍などによる巡航ミサイルなどの空からの攻撃が始まり、ブッシュ大統領がテレビ演説で攻撃開始を宣言した(3/20(同))。既にイラク南部などでは地上戦も始まり、米軍などの地上部隊は各方面から首都・バグダットやバスラに向けて電撃的な進撃を続けているようである。そしてバグダットなどでは大規模で激しい空爆が断続的に行われている(3/22(同)現在)。ちなみにイラク攻撃に反対しているトルコの国会は3/21未明(同)に米軍機などの領空通過とイラク北部へのトルコ軍の派遣を承認している。
小泉純一郎首相はブッシュ大統領による最後通告直後から米国の方針を「支持」する考えを明らかにし、攻撃開始直後には米国による武力行使開始を「理解し支持」した(→なお小泉首相とブッシュ大統領は3/21午前(同)に電話会談)。韓国の盧武鉉大統領も支持を表明したが、現時点(3/22(同)現在)で米国を支持しているのは世界のせいぜい30カ国程度と「少数派」である。もちろんフランス、ドイツ、ロシア、中国など多くの国々は米国などによるイラク攻撃に反対したり批判したりしている。世界各地ではイラク攻撃に反対・抗議する大規模な集会やデモなどが相次いでいる。
あらかじめ前号(→2003/3/10号)で示しておいたが、日本は新たな国連安保理決議がない状態での米国などによるイラク攻撃に「やはり『支持』はできないが『理解』はする」と表明すべきであったと私は考えている。ちなみにフランスが拒否権行使の構えを崩さなかったことは前号の「唯一の例外的な場合」には当てはまらないと私は見ている。イラク攻撃開始を受けても私のイラク問題に対する基本的な認識や主張は不変である。つまりイラク問題はあくまでも「国際社会とイラクの間の問題」であり、イラクの大量破壊兵器の開発・保有は断じて認められず、そして問題解決を目指す場合には決してイラクのことだけを考えていてはいけないということである。イラクの問題を考える場合には北朝鮮問題への影響を含めて国際社会全体の利益を考えていかなくてはならないはずである。とりあえず日本の「支持」の問題は後回しにしてイラク攻撃開始を受けて早急に日本がやるべきことから論じることにする。
まず最初に結論から言うことにする。日本が国際社会全体の利益と国益を両立させるために一刻も早く全力を挙げて実現を目指さなければならないことは、何としてでも国連安保理で同盟国・米国などによるイラク攻撃を「条件付きで事後承認する決議」を採択することであると私は考えている。イラク問題は「国際社会とイラクの間の問題」であるという国際社会における最も重要で最も基本的な「枠組み」はまだ崩れ始めたばかりであり、幸運にも今のところは「原形」をとどめている。そして米国などのイラク攻撃に反対している国々も含めて攻撃が一段落した後の人道支援・復興支援などを意識し始めている国際社会の現時点での「雰囲気」は「条件付きで事後承認する決議」の採択にとって追い風となる可能性がかなり高いと私は見ている。今ならば「枠組み」が完全に崩れてしまうのを止めることができるかもしれない。まだ諦めてはいけない。
ちなみに日本政府が検討しているらしい戦闘終結後の国際社会によるイラク復興支援のための安保理決議の採択と私の主張するイラク攻撃を「条件付きで事後承認する決議」の採択は結果的に似て非なるものになるかもしれない。あくまでも「条件付き事後承認」が「支援」と匹敵するかそれ以上の決議の重要な柱にならなくてはならないし、さらに決議はまだ状況が定まっていない戦闘終結前の可能な限り早い段階でこそ採択されなくてはならないと私は考えている。「枠組み」の崩壊を最も速くそして確実に止める方法は米国などによるイラク攻撃を国際社会が「事後承認」することであり、また「条件」を工夫することによってただ単に国際社会が米国の言いなりになるようなことを防ぐことができるだけではなく、むしろ米国の行動に国際社会の「枠」をはめるというようなことも十分にできるはずだと私は考えている。
イラク攻撃の行方がどうなるのかはまだよく分からない。このまま驚くほどイラク側の抵抗が少ないままに非常に短期間ですべての戦闘が終結する可能性もあるし、逆に予想外に戦闘が長期化、巻き込まれた多くの一般市民が犠牲になるなどといった最悪の泥沼状態に陥る可能性もある。いずれにしても時間が経過すればするほど「国際社会とイラクの間の問題」という国際社会における最も重要で最も基本的な「枠組み」が崩れ、「米国とイラクの間の問題」などになってしまうことだけは間違いない。そればかりか時間が経過すればするほど、新たな非常に解決が難しい問題が次から次へと出てくる危険性もどんどん高くなっていくのである。もしも国際社会がこのまま米国などによるイラク攻撃を国際社会の「枠組み」の外に置いたままにしておくのならば、国連の権威や国際社会の秩序などが致命的な打撃を受けることになるのではないかと私は深刻に考えている。
米国などによるイラク攻撃を国際社会の「枠組み」の中に戻す方法は大きく分けて2つある。国際社会の「多数派」の主張に従って米国などが即刻イラク攻撃を中止させるなどという形で米国などが「枠組み」の中に引っ張り戻されるか、あるいは国際社会が米国などに歩み寄って「枠組み」の方を少し動かすという形で結果的に米国などを「枠組み」に戻すか、である。(1)米国などによるイラク攻撃は既に始まっており、しかも事態はどんどん動いていて時間的な猶予がないこと、(2)仮に国連や国際社会のほとんどの国々が束になって立ち向かったとしても米国を力でねじ伏せるなどということはまず不可能であること、などという偽らざる「現実」をしっかりと見据えた上で「国際社会とイラクの間の問題」という国際社会における最も重要で最も基本的な「枠組み」を守ることを最優先に考え、国連安保理で米国などによるイラク攻撃を「条件付きで事後承認する決議」を採択することによって「名を捨てて実を取るべきだ」などと日本は国際社会を説得すべきだと考えている。
率直な話、国際社会がどのような「条件」を付けて米国などのイラク攻撃を「事後承認」すれば良いのかということは今後の状況次第で大きく変わってくるので現時点で具体的に言及することにはあまり意味はない。ただ、どのような「原則」に従って「条件」を付ければいいのかということは既に明らかになっているし、そのことはどんな状況になっても不変であると私は考えている。その「原則」とは、米国などのすべての行動は国際社会の名の下に行われなければならないということ、あえて言い換えれば、米国などは間違っても国際社会の名に恥じることのないように必要最小限の行動を適切に行う必要があるということ、になる。例えば、(1)戦闘終結の「期限」を定め、(2)戦闘終結直後に国連主導の「暫定行政機構」を設立し、(3)イラク政府要人や軍人などの「戦争犯罪人」は軍事法廷などではなくすべて「国際法廷」で裁き、そして米国などは(4)大量破壊兵器の査察・廃棄の検証の再開や攻撃時の一般市民の犠牲の原因究明には全面的に協力し、(5)民主的な新政権の統治が完全に軌道に乗るまでは引き続き「安全保障」や「治安維持」に責任を持つこと、などの条件を付ければ国際社会は名を捨てて実を取ることができるし、米国なども十分に受け入れることができるのではないかと私は考えている。
大量破壊兵器などの問題で国際社会の「枠組み」から外れたままのイラク、核兵器開発問題などで国際社会の「枠組み」から外れてどんどん遠ざかっていく北朝鮮、また将来さらに出てくるかもしれない国際的な孤立を深める国家や勢力…。これらはすべて国際社会全体があくまでも「国際社会とイラクの間の問題」「国際社会と北朝鮮の間の問題」などとして解決していかなくてはならない問題であると私は考えている。そして大変残念なことに地球上にはまだ「力に対抗するためにはそれ以上の力で対抗しなければならない」という悲しい「現実」も間違いなく存在している。それが決して目を背けることができない偽らざる「現実」なのである。国際社会が今なおイラク、北朝鮮などを十分に説得できていないことも「現実」ならば、同じ国際社会が結果的に米国などを説得できずにイラク攻撃が始まってしまったということもまた「現実」である。今まさに国際社会は何一つ重要な問題を解決できていない国連を一つまたひとつと多くの国々が見限っていくという形で国際社会の秩序を完全に崩壊させていく道を歩むのか、それとも国際社会の秩序を再構築していく道を歩むのかという分岐点にいるのではないかと私は考えている。
そう考えていくと、国際社会が重要な問題を解決していくためには米国の強大な力は国連を中心とした国際社会の下に絶対になければならないという「結論」になるのではないか。実際に力を使って問題を解決していくかどうかは別にしても、米国の強大な力は絶対に国連を中心とした国際社会の下になければならない。何をどう間違っても米国自身が国際社会に反旗を翻して敵に回ってくるようなことはあり得ないとは思うが、米国に重大な問題で「中立」を守られても国際社会にとっては致命傷になりかねない。
強大な力を持つ米国は自国民のための「保安官」ではなく、国際社会の「警察官」にならなくてはならないのだと私は考えている。目の前に自分たちにとって目障りな「敵」がいる場合には有無を言わさずに徹底的にやっつけてしまえばいいとか、あるいは自分たちの目には見えないところまで「敵」を追い払ってしまえばそれでお終いということでは断じてないのである。日本が信頼している同盟国・米国は国際社会の「多数派」の方から歩み寄ってくるような場合には間違ってもそれを拒んだり無視するような愚かなことをする国ではないし、また国際社会の「事後承認」が得られるのならば条件面ではかなりの譲歩をするはずだと私は信じている。まだ諦めてはいけない。
世界各地ではイラク攻撃に反対・抗議する大規模な集会やデモなどが相次いでいる。世界各国の多くの一般市民やアーティストやスポーツ選手などが自分たちの攻撃に反対する意思を表明したり、自分たちにもできることを探してやること自体は決して悪いことだとは思っていないが、やはり私は大きな違和感と疑問を持たずにはいられない。私も「戦争か平和か」と問われれば間違いなく「平和」と答えるし、一般市民が犠牲になることは本当にとんでもないことだと思っているし、ひとたび攻撃が始まってしまったからには犠牲が最少になる形で一刻も早く終わってもらいたいと心から思っている。しかし、本当に反対・抗議するだけで攻撃を止められるのか。ましてや無関係な一般市民を救うことができるのか。私は大きな違和感と疑問を持たずにはいられない。私は自らの信念に基づいて全く別の形で具体的に行動する。
差し迫った「現実」を冷静に捉えて「本質」を見極めて国際社会全体の利益をも考えた的確な判断を下した上で真の意味で問題解決に寄与する具体的な行動をしていくことこそが「本物の政治家たち」に求められる役割であり、そうした観点から見た場合に政治家たちの具体的な行動はいったいどうなのかといったことを分析・監視していくのが「ジャーナリズム」に求められる役割だとするのならば、多くの日本の政治家たち、特にほとんどすべての野党の政治家たち、そして多くの既存のマスコミは落第点どころか、もはや有害無益な存在となり果てていると私は考えている。
さて、小泉純一郎首相が米国による武力行使開始を「理解し支持」したことについて論じることにする。新たな国連安保理決議がない状態での米国などによるイラク攻撃に日本は「支持」ではなくて「理解」を表明すべきであったと考えているので私は小泉首相の決断を評価できない。米国などに「支持」を表明した小泉首相は重大な判断を誤って非常に大きな失点をしたと私は判断している。もしも北朝鮮がイラク攻撃に乗じて不測の事態を引き起こした場合の対抗措置についての「密約」ではなく、北朝鮮が絶対に弾道ミサイルやミサイルなのか人工衛星なのかよく分からないものを発射するとか、使用済み核燃料の再処理施設を再稼働させるなどの「取り返しの付かない事態」を引き起こさないように確実に封じ込めるための何らかの有効な方策を講じるなどという「密約」の見返りとして日本が「支持」を表明したとでもいうのならば私としても政府の立場を「理解」することはできるが、どうやらそういうことでもないようである。
くどいようだが、北朝鮮の核兵器開発問題もイラクの問題と同じようにあくまでも「国際社会と北朝鮮の間の問題」として解決されるべき性質の問題であるということをあえてここで繰り返しておくことにする。今のところはその兆候はないようだが、北朝鮮がイラク攻撃に乗じて弾道ミサイルなどを発射したり、使用済み核燃料の再処理施設を再稼働させるなどの「取り返しの付かない事態」を引き起こさないようにするために日本は日朝平壌宣言の「凍結・再確認カード」などを含めた様々な手段を駆使して北朝鮮の暴走を断固阻止すべきである(→参考:2003/1/13号、2003/3/10号etc.)。なお万一、日朝平壌宣言が一度凍結された後に再確認されることになる場合には北朝鮮による日本人拉致事件と工作船事件についての金正日総書記の発言が外交文書に明記されるということは言うまでもないことである。
小泉首相の「支持」表明に話を戻す。米国などのイラク攻撃開始を受けて3/20深夜に行われた衆院本会議などでの小泉首相の答弁を聞いても小泉首相が重大な判断を誤って非常に大きな失点をしたとという私の判断は全く変わらなかった。
小泉首相は「(イラクの大量破壊兵器の査察を行った)査察団の安保理への累次の報告等においても明らかなように(国連安保理)決議1441にいう『さらなる重大な違反』が生じていると言わざるを得ません。従って湾岸戦争の停戦条件を定めた決議687の『重大な違反』が現在も継続的に生じていることから同決議に基づく停戦の基礎が損なわれ、(湾岸戦争直前にクウェートを侵略したイラクへの武力行使を認めた)決議678に基づき武力行使が正当化されると考えます」(自民党の高村正彦元外相への答弁)などと答弁していたが、そういう思わず図とかフローシートを書いて説明したくなるような分かりにくい「根拠」ではない新たな安保理決議が望ましかったはずなのにどうして急に「理解」を通り越して「支持」まで行ってしまうのかが私には分からない。
また小泉首相は「私はその都度、政府として説明をして参りました。しかしながら自分の考えと合致していないと答えになっていない。見解が違うと説明していないと。こう言われるんじゃ、いくら説明してもお気に入りの『説明責任』を果たしたとは言えない。政府には政府の立場があるんです。私は今までもハッキリと説明しております。今後も国民の理解と協力を得られるように様々な機会を利用してハッキリと説明をしてご理解ご協力を得たいと思います」(民主党の岡田克也幹事長への答弁)、「武力行使を支持することは容易な決断ではございません。しかし大量破壊兵器の脅威は決して他人事(ひとごと)ではありません。武力行使なしには大量破壊兵器が廃棄されない状況の下でわが国としては国際社会の責任ある一員として同盟国である米国と他の国々の行動を支持することが国家利益にかなうと考えたのであり、言葉だけの日米同盟ではありません。『米国は日本への攻撃は米国への攻撃とみなす』と明言しております。日本にとって最も信頼できる同盟国であります。日本も米国にとって信頼に足りる同盟国でありたいと思います」(自由党の都築譲代議士への答弁)などと答弁していた。
確かに「野党共闘」などを唱える今の野党の勘違いした政治家たちは自分たちが考えている「答え」と完全に同じことを小泉首相が言わなければ、「全く説明になっていない」「ごまかしてハッキリ答弁しなかった」などと一方的に決め付けてくることはほぼ間違いないと私も思っている。そして確かに大量破壊兵器の脅威は他人事ではないし、米国は信頼できる同盟国だと私も思っている。でも、記者会見などを含めた小泉首相の一連の説明を聞いてもなぜ「支持」なのかということが私にはどうしてもよく分からない。もしかしたら見解の相違なのだろうか。
それにしても最近の小泉首相の国民などに対する説明はあまりにも雑でひどいものがある。もともと小泉首相の説明は「理論武装」して練り上げたものとは間違っても言えない類のものである。かつての小泉首相の「短いコメント」のように問題の本質を的確に捉えた簡潔なものになっているのならば官僚のような「理論武装」の必要性は全くないのだろうが、本質を的確に捉えていない上に「疑問符」をいくつも付けなくてはならないとなると話は全く別である。どうも小泉首相は小沢一郎自由党党首との会談(3/13)で新たな安保理決議がない状態での米国などのイラク攻撃への日本の対応を「その場の雰囲気で決める」などと言ったらしいが、いくら何でもそれはないだろう。小泉首相が本当に文字通り「その場の雰囲気で決める」と言ったのか、「片言隻句」なのか「失言」なのかなどということは私にはよく分からないが、小泉首相の考えていたことや言いたいことは「その場の雰囲気」とか「状況」などという言葉では決して表現し尽くせなかったであろうということは私にもすぐに分かる。大まじめな話、「その場の雰囲気」発言があったらしいと最初に聞いたときに私は思わずひっくり返りそうになった。自ら「ボキャ貧」だと言っていた故・小渕恵三首相だって間違いなく別のもっとましな言葉を見つけたはずだと私は思っている。私は「その場の雰囲気」発言が本当にあったのならば「大したことではない」発言(→参考:2003/2/11号)よりもはるかに厳しく批判されても仕方がないような非常に大きな問題発言だと思っている。どういうわけか今回は多くの野党の政治家たちは勘違いしたパフォーマンスなどで忙しいようである。小泉首相、あなたは幸運な人だ。
小泉首相、あなたは本当に幸運な人だ。与党内はいわゆる「抵抗勢力」を含めて小泉首相と全く同じ「支持」でほぼ一色に染まっているし、野党の多くの政治家たちは「イラク攻撃に断固反対」「即刻攻撃の中止を求める」「政府の支持撤回を求める」などと叫んでいるだけである。ひどいのになると大使館に攻撃中止を申し入れたり、街頭で無意味なパフォーマンスを繰り広げるなど相変わらず信じられないほどの「政治家としての無能さ」を示している政治家たちもいる。無意味なパフォーマンスでいったい何が変わるというのか。実際に攻撃を止めることができるとでもいうのか。無関係な一般市民を救うことができるとでもいうのか。それでも本当に政治家なのか。私は彼らのような政治家たちの見識と能力を疑わざるを得ない。やれ「具体的な対案」を示した「論戦」がどうのこうのなどとと言っていても、彼らが実際には「政権担当能力」どころか政治家としての資質すらも持ち合わせていないということは差し迫った「現実」に具体的にどう対応するかということを見ていればすぐにばれてしまうことなのである。かつて男女共同参画社会の実現に非常に熱心な某野党の幹部(当時)がいわゆる「加藤政局」(→「加藤の乱」)のときに「男の子じゃないね」(→参考:2002/8/14号)などと言ってしまったようなことと同じである。あくまでも一般論だが、人間はいくら装っていてもふとしたときに「本音」が出てくるものだし、どんなに上手く偽装していたとしても差し迫った「現実」を突き付けられれば「虚像」はもろくも崩れ去ってしまうものなのだろう。こんな状態では小泉首相がさらに重要な判断をいくつか間違ったとしても客観的には小泉首相がいちばん輝いて見えることだろう。まさか与党内の「抵抗勢力」の政治家たちと勘違いした野党の政治家たちが「人間の盾」として体を張って小泉首相を厳しい批判から守ってくれているというわけでもあるまい。
秋の自民党総裁選などを意識しているのかどうかはよく分からないが、与党内のいわゆる「抵抗勢力」の中には相変わらず安易な国債の大量追加発行という将来世代へのつけ回しによって大規模な景気対策と称したバラマキを行うことを強く唱え続けたり、政策の一貫性や主張の整合性を無視して次から次へと「目先の国民受けしそうなこと」ばかりを選んでもっともらしく声高に主張するような胡散臭い政治家たちがいる。こういう現在に対しても将来に対しても全く無責任な政治家たちが各種の改革を阻んで日本を停滞させ続けているのだと私は見ている。
一方、今の野党も相変わらず非常にお粗末な状態である。何が何でも自民党や小泉首相に対抗しようなどという勘違いした強い「自民党コンプレックス」にとらわれて「野党共闘」という今のダメな野党同士の「談合」によって政権交代や生き残りを目指す政党とか、世論調査結果という「正解」を先に見てから「国民受けしそうなこと」を唱えるような単なる国民のご用聞きをやっているにすぎない勘違いした政党とか、選挙では必ずと言っていいほど「若さ」の魅力や「有名人」の人気に便乗し、最近では「改革派知事」との連携を模索するなどと言って今度は彼らにすり寄っていく既成政党というよりも「寄生政党」とでも呼んだ方がいいような見せかけだけで中身が全くない政党とか、いつもの大きな勘違いを続ける共産党のような怪文書依存体質の組織政党とか、社民党というよりもむしろ旧社会党と呼んだ方がいいような政党とか…。特に自分たちが小泉首相や自民党に対して行った厳しい批判が少しずつ跳ね返って来始めている主義・主張が完全にバラバラな野党第一党・民主党の存在こそが政権交代の最大の障害になっているということは以前から主張し続けていることである(→参考:2003/1/13号etc.)。
日本の政治の現状を大きく打開したり、政権交代を実現するためには、与党内の「抵抗勢力」の中の現在に対しても将来に対しても全く無責任な政治家たち、菅直人民主党代表と彼を「首相候補」として担いでいる政治家たちを言論と選挙という民主的なプロセスを通じて永田町周辺から追放することから始めなくてはならないと私は考えている。私利私欲にとらわれた政治家たちが怪奇映画の「ゾンビ」のように政治的に復活することは阻止できなかったが、私は「野党共闘」では政権交代は不可能であるなどという信念に基づいて彼らと彼らを手助けするメディアが国民を欺くことを阻止する言論による闘争を継続する。私はまだ諦めてはいない。
くどいようだが、小泉首相、あなたは本当に幸運な人だ。与党内のいわゆる「抵抗勢力」や今の野党の政治家たちだけを見ていると間違っても政権交代は起こらなさそうだし、万一間違って政権交代が起こったとしても間違いは即刻訂正されそうである。そればかりか多くの国民にとって魅力的な「正体不明の新党」の「足音」は遠ざかって行くばかりである。小泉首相、やっぱりあなたは幸運な人だ。ちなみに多くの日本国民もあなたと同じくらい幸運かどうかについては私はあえて触れないでおくことにする。日本の政治についてもまだ諦めてはいけない…、のだろう。
前回からまたもや約1カ月が経過した。前回と同じように日本の政治については単なる「言葉遊び」や「いつもの不祥事」以外の論じるに値する出来事が全く存在しなかったということが沈黙を守っていた主な理由であるが、今回の沈黙にはもう1つ大きな理由があった。2003年度予算案の衆院通過(3/4)と石原慎太郎東京都知事の都知事選立候補正式表明(3/7)という最近の日本の政治を論じる上では非常に重要な2つの出来事を待っていたからである。この2つの出来事を待って日本の政治、特に「牛歩」状態でしか進んでいない小泉純一郎首相の改革の行方、勘違いした「自民党コンプレックス」に基づいた「野党共闘」などと称した愚かな行動のその後、そしていわゆる「政局」についても論じようと考えていたのだが、イラク情勢と北朝鮮情勢の緊迫化を受けて今回は「優先順位」を考えて予定を変更することにした。日本の政治については必要最小限の2点だけを簡単に触れることにする。
衆院本会議で坂井隆憲代議士(→佐賀1区選出、自民党を除名処分)の政治資金規正法違反(虚偽記載)の疑いでの逮捕が許諾されて秘書らに続いて坂井代議士本人も東京地検特捜部に逮捕された(3/7)。そしてどうやら坂井代議士に対する議員辞職勧告決議案が採択される方向性になっているらしい。この動きから日本の政治が相変わらずいかにどうしようもない状態なのかということが実によく分かると私は思っている。まさか昨年の衆院本会議で議員辞職勧告決議を採択した代議士の鈴木宗男被告がその後どうなっているのかということを与野党そろってすっかり忘れてしまってもう一度「トカゲの尻尾」を切ろうというわけでもあるまい。代議士の鈴木宗男被告は議員辞職勧告決議採択後も相変わらず代議士のままのはずである(→参考:2002/6/22号)。今あえて議員辞職勧告決議を採択する意味はほとんどないし、また「政治とカネ」の問題では他にいくらでもやるべき「優先順位」が高いことがたくさんあるはずだと私は考えているが、物事の「本質」を見誤ってばかりいるとしか思えない永田町周辺の人間の「常識」は全く違うようである。不祥事を続発させた与党・自民党の責任はもちろん、いつまでも全く「学習」できない野党の政治家たちと一部のマスコミの愚かさも厳しく追及されるべきだろう。
また、昨年9月の民主党代表選前から続いていた「名物」の党内のゴタゴタや造反が鳩山由紀夫前代表の電撃的な辞任劇でひとまず一段落してただ単に支持率が代表選前のレベルにまで徐々に回復してきているだけではないかと私は見ているが、一部のマスコミや勘違いした政治家たちによると小泉内閣の支持率の低下を受けて野党第一党・民主党の支持率が少しずつ上昇しているということになっているらしい。何にしても民主党には自分たちが小泉首相や自民党にぶつけた厳しい批判や追及がそろそろ跳ね返って戻ってくる頃である(→参考:2003/2/11号)。政府・与党の有事法制に対抗するという民主党の「緊急事態法制」の「公約」が客観的に見てもきちんと守られるかどうかということに加えて、当面は菅直人代表がぶち上げたらしい都知事選で独自候補を擁立するという「公約」の行方が注目される。念のために言っておくが、どこかから無理矢理「有名人」を担ぎ出して選挙戦で無意味でくだらないパフォーマンスを繰り広げてみたり、あるいは4年前のようにいったい誰の何のための選挙なのかも全く分からなくなるくらい「代表」の顔が大きく印刷されたパンフレットを選挙戦終盤に「労組」を大量動員して便乗して派手に配るようなことをやるのならば、選挙の結果にかかわらず、例えば、万が一政権交代が起こったとしても「政・官・業の鉄のトライアングル」から「カン・労組・市民活動家(→注:NGOとは異なる)の鉄のトライアングル」に代わるだけなのかなどと民主党は多くの国民から完全に見放されてしまうだけであろう。勘違いした「自民党コンプレックス」にとらわれて政府・与党を格好良く追及したり、具体策を示した「論戦」などと称して「言葉遊び」に興じたり、あるいは反自民だけでまとまる「野党共闘」という選挙での「談合」に熱心に取り組むことよりも、まずは自分たちの足元をしっかりと見つめ、自分たちに政権を運営する能力が間違いなくあるということを説得力のある形で国民に示すことの方がずっと「優先順位」が高いはずである。もしもこのまま民主党がとても一つの政党とは思えないほど主義・主張が完全にバラバラな政党のままであり続けたり、自由党との「野党結集」が政策の一致を軽視した単なる選挙協力程度のいいかげんなものに終わるのならば民主党を中心とした今の野党には政権交代は不可能であるし、万一間違って政権交代が起こったとしても具体的にどんな政策を実行する段階になっても「抵抗勢力」だらけで全く身動きが取れずに「空中分解」していくだけであろう。
物事の「優先順位」や「本質」すらも的確に判断できないような政治家たちは実際に政権を運営する基本的な能力に欠けるということは本来ならば言うまでもないことだと私は思っている。もちろんこのことは小泉純一郎首相にも当てはまることである。今まさに待ったなしの状態で小泉首相は「優先順位」や「本質」を見誤らずに国際社会全体の利益と日本の国益を共に守るような的確な判断ができるかどうかが問われているのだと私は考えている。差し迫った外交分野での小泉首相の決断は私自身の小泉首相に対する評価だけではなく、「政局」にも直結するはずである。
イラク情勢と北朝鮮情勢が共に緊迫化している。
米英などの武力行使を背景とした強力な圧力を含む国際社会からの様々な圧力を受けてイラクは偵察機による上空からの査察や「アッサムード2」ミサイルの廃棄に応じるようになるなど少しずつ国連査察団の大量破壊兵器の査察に積極的に協力するようになってきたが、今なお十分な成果が得られているわけではない。イラクが積極的に協力しても査察にはなお数カ月が必要などとする国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)のブリクス委員長らによる3/8未明(日本時間)の国連安保理での追加報告を受け、イラクが武装解除に応じる期限を3/17にして武力行使を事実上容認する修正決議案(→日本は支持を表明)を提出した米英などと、査察の継続を求める仏独ロなどとの意見の対立は決定的なものになりつつある。安保理で決議が採択されてもされなくても米軍などのイラクに対する武力行使は不可避といった情勢になってきているようである。ちなみにトルコ国会は米軍への基地提供と領土内通過を認めるという政府提案を僅差で否決した(3/1)。なお日本は首相特使として茂木敏充外務副大臣(イラク、ヨルダン。3/4未明(日本時間)にイラクのアジス副首相と会談)、高村正彦元外相(サウジアラビア、エジプト)、中山太郎元外相(トルコ、シリア)に派遣した。
北朝鮮の核兵器開発問題は国際原子力機関(IAEA)の緊急理事会で国連安保理に付託することが中国を含む賛成多数で決められ(2/12)、これを受けて国連安保理で初協議(2/20)が行われた(→イラク問題もあって実質的な協議はまだ行われていない)。北朝鮮は韓国側の海域の上空に戦闘機を侵入(2/20)させてみたり、盧武鉉(ノ・ムヒョン)韓国大統領の就任式と小泉純一郎首相との日韓首脳会談(2/25)が行われる前日に日本海に向けて地対艦ミサイルを発射してみたり、日本海上空の国際空域を飛行していた米軍の電子偵察機に戦闘機を異常接近(3/2)させて攻撃用のレーダー照射(→ロックオン)をするなど、軍事的な挑発を活発化させている。さらに米朝枠組み合意で凍結していた寧辺(ヨンビョン)の黒煙型実験炉を再稼働したことが明らかになったり(2/27)、核兵器用のプルトニウムの抽出が可能な再処理施設の再稼働に向けた準備を進めるなど相変わらず北朝鮮は自らが作り出した危機を一方的にエスカレートさせている。ちなみに北朝鮮はマレーシアで開かれた非同盟諸国会議の首脳会合(2/25)に金永南最高人民会議常任委員長(→北朝鮮のNO2)を派遣して「自説」を展開したが各国から支持は得られず国際的な孤立が深まっていることが改めて浮き彫りになった。米国はパウエル国務長官の日本、韓国、中国訪問に合わせて国連の世界食糧計画(WFP)の要請に応じてまず農産物4万トンを提供し、支援を必要とする人たちに行き渡っていることが確認されればさらに6万トンを提供するなどという食糧支援計画を発表(2/25)する一方、イラク情勢に乗じて不測の事態が発生することを未然に防ぐために長距離爆撃機を派遣するなど極東の米軍を増強して北朝鮮をけん制している。そうした「表舞台」とは別に米側と北朝鮮側の非公式な接触も行われているようである。
昨年の秋以降、北朝鮮情勢は時々刻々と劇的に変化し続けてきたので私の主張もそれに応じていくつかの修正や追加を迫られてきた。しかし(1)北朝鮮の核兵器開発問題はあくまでも国際社会と北朝鮮の間の問題であり、断じて米国と北朝鮮の間などの2国間の問題ではないということ、 (2)基本的には武力行使以外のあらゆる選択肢を駆使して外交交渉で問題の解決を目指すが、北朝鮮の核兵器開発・所有は絶対に阻止するということ、(3)北朝鮮の核兵器開発問題を考える場合には決して北朝鮮のことだけを考えるべきではないということ、などの主張の根幹部分は不変であり、今後もほぼ間違いなく不変である。そしてイラクに対する私の主張の根幹部分も北朝鮮に対するものと全く同じである。つまりイラク問題もあくまでも国際社会とイラクの間の問題であり、イラクの大量破壊兵器の開発・保有は断じて認められず、そして問題解決を目指す場合には決してイラクのことだけを考えていてはいけないということである。
そういう意味で前回(→参考:2003/2/11号)、「『主語』や『目的語』をイラクから北朝鮮に代えても間違いなくそのまま成り立つようなことだけをやってもらいたい」「何が国際社会にとってより優先順位が高い取り除かれるべき脅威であるかということを間違えずに判断し、しかも脅威を取り除くのに必要なことだけを適正な手続きに従ってしっかりとやってもらいたい。同盟国の米国はイラクだけではなくしっかりと北朝鮮のことも考えてもらわないと困りますよ」などと主張したのである。あくまでも念のために言っておくが、「もしも北朝鮮が暴発したり暴発しそうになった場合に日本は米国の軍事力で守ってもらうしかないのだからイラク問題では日本には米国を支持する以外の選択肢がない」などという一部から聞こえてくる説得力の乏しい主張には私は全く賛同できないということをあえてここで強調しておくことにする。北朝鮮の問題があるから日本にはイラク問題では選択肢がないのではなく、むしろ北朝鮮の問題があるからこそ日本は迷うほどの多くの選択肢の中から国際社会の利益と日本の国益を共に守ることができる最善の選択肢を何とかして見つけ出していかなければならないのだと私は考えている。イラクの問題はあくまでも「国際社会とイラクの間の問題」であって断じて「米国とイラクの間の問題」などではないということ、北朝鮮の問題はあくまでも「国際社会と北朝鮮の間の問題」であって断じて「北朝鮮と米国の間の問題」などではないことをイラク情勢と北朝鮮情勢が共に緊迫化している今こそあえてしっかりと確認しておく必要があると私は考えている。
米英などが国連安保理に提出した3/17を期限にイラクに対する武力行使を事実上容認する修正決議案が採択されるかどうかは現時点では非常に不透明である。米英の決議案が国連安保理で採択された場合にはおそらく日本は武力行使を「支持」することになるのだろうが、問題は安保理決議がないままに米軍などがイラク攻撃に踏み切った場合である。まず最初に結論から言っておくと、日本は安保理決議がない状態で万一米軍などによるイラク攻撃が始まった場合には唯一の例外的な場合を除いてそれを「支持」してはならないと私は考えている。日本が「やはり『支持』はできないが『理解』はする」と表明することが国際社会全体の利益と日本の国益を両立させる最善の選択肢になると私は考えている。安保理決議がない状態での武力行使を「支持」できない最大の理由は、「イラクと国際社会の間の問題」という最も基本的で最も重要な枠組みに壊滅的な打撃を与えるからである。そして「理解」する理由は、米国が日本の同盟国だからであり、また日本としてもイラクの大量破壊兵器の開発・所有は絶対に認められないからである。もちろん日本は「反対」するわけではないので在日米軍が訓練中に作戦行動命令などを受けて中東などに向かうところまでは「理解」はできる。しかし、武力行使と一体化してもしなくても戦費負担などの間接的なものを含めて「有事」への協力は一切するべきではなく、仮定の上にさらに仮定を重ねていくような話になるので具体的なことにまではあえて触れないが、「有事」が終わった後に米国にはできないが日本にはできることについてだけ協力すべきであると私は考えている。ちなみに1999年3月のユーゴスラビア・コソボ問題での北大西洋条約機構(NATO)による国連安保理決議のないままの空爆に日本政府は「理解」を示しており、私もそれが適切な判断だったと当時から考えている。
念のために言っておくが、私が「支持」すべきではないと主張していることは世界的にイラク攻撃に反対する世論が盛り上がっていることとはほとんど何の関係もない。むしろ私としては「戦争か平和か」とか「武力行使を主張する米英などを支持するか、それとも査察継続を主張する仏独などを支持するか」などというような意味不明に選択肢を2つだけに絞り込むような発想自体に大きな違和感を感じている。もちろん政府・与党は対米追従、小泉首相は米国に尻尾を振ってついていくだけ、などと批判して仏独などを「支持」したらしい某野党党首がなぜ仏独などに尻尾を振って付いていくことにならないのかということも私には全く理解できない。「本質」を見誤っていない限りイラク問題は「YES」か「NO」かなどというような単純で分かりやすい問題ではないということにすぐに気付くはずだと私は考えている。
仮に国連安保理決議がないままに米国などがイラクに対する武力行使に踏み切るような事態が現実のものになることがあるとしたら日本はそういう動きを黙って見過ごしてはならないと私は考えている。
もしも米国などがこのまま査察を継続しても無意味であると十分な説得力を持って示すことができるだけの信頼性のある機密情報を開示したとしても、国連安保理で米英の決議案が採択されないのであれば日本はあくまでも「国際社会とイラクの問題」であるという原則を掲げながら反対する国々を一つひとつ説得して国際社会の合意を形成するための努力を惜しむべきではない。そしてもしもこのまま査察を継続することがイラクによる大量破壊兵器の開発・所有を容認するだけなのが明らかなのにもかかわらず、あくまでも反対する国が存在することによって安保理で決議案が否決されてしまうような場合には、日本は米国などによる行動を「支持」するしかなくなってしまう。これが前述の唯一の例外的な場合に相当する。もちろん大量破壊兵器の開発・所有を事実上容認するような国のために国連安保理が機能しないような場合は国連の権威は完全に失墜し、長い目で見れば見るほど国際社会全体にとって致命的な打撃になるのは明らかである。
逆にもしも米国などが査察を継続せずに武力行使に踏み切る十分な説得力のある根拠も安保理決議もないままにまさに行動を起こそうとしているような場合には日本は「優先順位」や「本質」などを明確に示しながら遠慮せずに言うべきことをすべて言って同盟国である米国に最後の説得を試みるべきである。遠慮せずに言うべきことをすべて言ってそれでもどうしても決意が変わらないということになって初めて残念ながらやはり「支持」はできないが同盟国である米国のやることだから「理解」はする、ということになっていくのだと私は考えている。
もしも私が日本政府を代表して米国を説得する立場ならば、例えば「確かにイラクの大量破壊兵器の開発・所有の可能性・危険性は完全には取り除かれていないと思う。だが見方をちょっと変えれば、査察や国際社会の圧力によってイラクの封じ込めにはとりあえず成功していることは間違いない。問題なのは北朝鮮の核兵器開発問題の方だ。『優先順位』は明らかに北朝鮮の方が高いはずだ。それにもかかわらずまだ国際社会は北朝鮮に対する適切で十分な対応策を講じていない。もしも今、国際社会が北朝鮮の核兵器開発を断固阻止するという決意を示しておかなければ取り返しの付かないことになる。もしもこのまま米国などが安保理決議のないままイラク攻撃に踏み切って国際社会の秩序を破壊して『国際社会とイラクの問題』を『米国とイラクの問題』などに変えてしまうことになるのならば、国際社会は北朝鮮に対する外交交渉を本格化させる前ならば北朝鮮による核兵器の開発・所有を容認し、北朝鮮の問題も最終的には『米国と北朝鮮の間の問題』として処理されることになっていくかもしれないなどという誤ったメッセージを発信することになってしまう。米国は問題の『本質』と『優先順位』を絶対に見誤るべきではない。『優先順位』は明らかにイラクよりも北朝鮮の方が高いはずだ。場合によっては抑止のために中東に展開する米軍のうち数万人を極東に『転進』させたり、緊急事態に十分な量の最新鋭の無人偵察機や迎撃ミサイルとその運用システムをまとめて即座に日本に『リース』することなども真剣に検討してもらいたい。日本としては『国際社会と北朝鮮の間』の交渉のテーブルに北朝鮮をつかせるために米国の持っている『力』を優先して使ってもらうことを望んでいる。そしてもしも国連の権威が完全に失墜し、国際社会の秩序が破壊されれば最低・最悪の事態が次から次へと続発するのではないかと恐れている」などと説得するだろう。
もちろん北朝鮮を相手にする場合には「抑止」だけでは状況を必要以上に悪化させる結果に終わる可能性が高いのでイラクよりも北朝鮮の方が明らかに「優先順位」が高いと指摘する場合には北朝鮮に対する柔軟な政策も同時に打ち出す必要があると考えている。 (1)国際社会の秩序を維持し、(2)将来世代に対する責任を十分に果たし、(3)日本人らを守り、(4)日本人らを救い、(5)日本の国土を守るためにはできることはすべてやる覚悟を持っており、これらの目的を達成するために北朝鮮の対応に応じて「アメ」にも「ムチ」にもなる「両面政策」を日本は採用すべき (→参考:2003/1/13号) だと考えている私としては、民族感情に訴えて韓国を自分たちの側に引き寄せようとしている北朝鮮の企てを完全に打ち砕いて日米韓3カ国の連携をさらに一層深めるためにも、そして北朝鮮が日本と急いで真剣に話し合いを行わなくてはならない動機を増やすためにも、日本と韓国との友好・協力関係を安全保障分野も含めた「運命共同体」とも呼ぶべき程度にまで発展、緊密化させることを目指してそのことを実現させるための具体的な行動を起こすべきであると今回新たに主張しておくことにする。また北朝鮮が「暴走」を続けて情勢が緊迫化している今だからこそあえて日本人が北朝鮮各地でお粥や雑炊などを作りながら日本人拉致被害者を含めた日本人ら探すための活動などを行うことに全面的な協力をするように北朝鮮側にとりあえず要求するだけ要求してみるべきである(→参考:2002/12/11号,2003/1/5号)。北朝鮮側から前向きな反応が全くないとは限らないし、何らかの前向きな反応があってもなくてもどちらの場合でもそう遠くないうちに何かにつながるはずだと私は見ている。
イラク問題を考える場合にはイラクのことだけを考えていればそれでいいわけではないし、北朝鮮問題を考える場合には北朝鮮のことだけを考えていればそれでいいというわけではないという意味以外にも、いろいろな問題を考える場合にはまるで頭の中で地球儀をくるくると回すように思考を「国際化」させる必要があるのではないかと私は考え始めている。国際社会全体は早急に思考を「国際化」させる必要があるのかもしれない。
特に米国は真の意味での「国際化」をする必要があるのではないかと私は以前から考えてきた。もちろんここで言う「国際化」とか「グローバル化」とは、よく言われるような米国基準を世界標準として採用して地球上のすべてで徹底させるなどというようなことでは断じてなく、多様性を残しながらも地球上のすべての場所を「自分はちょっと嫌だけれども、もしかしたらそういう生活、そういう社会もあるのかもしれないな」と思うことができる程度にまで変えていくということを意味している。もしかすると「国際化」とか「グローバル化」という言葉も再定義が必要なのかもしれない。「人間の安全保障」という言葉を持ち出しても持ち出さなくても、国民からあらゆる自由を奪った上で飢えさせたり理不尽なことで虐待したり殺したりするようなアジアのどこかの非人道的な独裁国家とか、まさに報復が報復を呼んでいる終わりのない無差別な殺し合いが続いている中東のある地域とか、銃などを突き付けられて命を含めた持っているすべての物が簡単に奪われてしまったとしてもあたかも所有していること自体が「犯罪」であるかのように諦めることしかできない「純粋に力だけが支配する場所」になり果てた内戦などで秩序が完全に失われた世界各地に点在する社会、などは最優先で「国際化」されるべきであることは言うまでもないことである。
果たして小泉首相は思考を「国際化」させて「優先順位」や「本質」を見誤らずに国際社会全体の利益と日本の国益を共に守るような的確な判断ができるのだろうか。繰り返すが、差し迫った外交分野での小泉首相の決断は私自身の小泉首相に対する評価だけではなく、「政局」にも直結するはずである。客観的に見れば、このまま小泉内閣が続いて欠けている点を補ったり問題点を解消したりしながら着実に一つひとつ改革を進めていくことが改革を最も速くそして最も効果的に進めることができる最善の選択肢に結果的になるだろうと現時点では私は見ている。しかし、小泉首相が差し迫った外交問題で適切な判断ができなかったり、たとえ勝算が全くない状態で解散・総選挙に突入せざるを得なくなってしまったとしてもあくまでも改革を進めていこうという「意地」もなくして「抵抗勢力」と妥協して形式だけの改革でごまかしてしまったり、いろいろな問題でさらに一層国民などへの説明が雑になっていったり、あるいはあえて国民に厳しいことを言わなくてはいけない時でも国民を説得する熱意や気力を完全に失ってしまっているようになってしまうのならば、小泉首相は政権担当能力を失って完全に行き詰まることになる。そうなるとダメな今の野党を押しのけて複数の「正体不明の新党」が再び大きな足音を立てて近づいてくるだろう。そして「正体不明の新党」の登場は山積する問題を一挙に解決するどころか逆に一層ひどい混乱状態をもたらすだけに終わるかもしれない。「正体不明の新党」に対する過剰な楽観論や安易な期待は危険であると私は考えている。
前回から約1カ月が経過した。第156通常国会が既に始まっている(→延長や解散がなければ会期は1/20から6/18までの150日間の予定)。2002年度補正予算が成立(1/30)し、小泉純一郎首相の施政方針演説など政府4演説(1/31)、各党代表質疑(2/3-2/5)、2003年度予算案を審議する衆院予算委における各党の「一巡目」の質疑(2/6-2/7)も終わった。あえて前回から長めに沈黙を守ってきたのは、小泉首相の施政方針演説の内容や勘違いした野党の政治家たちや一部のマスコミがどういうわけか異常にはしゃいでいた小泉首相のいわゆる「大したことではない」発言(→1/23の衆院予算委、菅直人民主党代表の質疑で)を含めて論じるに値する出来事が全く存在しなかったからに他ならない。真面目にやっている一部の議員らには申し訳ないが、具体的な対案を示した「論戦」とかその勝敗がどうのこうの、やれ原稿の「棒読み」だの、弁が立つの立たないのなどといった永田町周辺の意味のない「言葉遊び」とそれらに関する話題は本当にバカバカしいの一言に尽きる。
また今に始まった話ではないが、与党の「提灯記事」や「提灯報道」に加えて野党や野党議員を積極的に国民に売り込もうとする「提灯記事」や「提灯報道」もなぜか急増している。私はそういう「提灯記事」や「提灯報道」を見てもどうして持ち上げられた政治家たちがそんなに良いのかということが全くと言っていいほど分からないが、日本では言論の自由が保障されているのでどうしてもそういう程度の低い胡散臭いものが紛れ込んでしまうのはやむを得ないことなのだろうと割り切ることにしている。ただ国民が「提灯記事」や「提灯報道」に簡単にだまされないようにするためにぜひとも記事や報道の末尾には「記者名」と共に「どの政党・政治家の番記者」なのかということぐらいは目立つ形でしっかりと示してもらいたいものである。今の日本、永田町に必要なのは「言葉遊び」ではなく、具体的に物事を成し遂げていくこと、そのために必要な十分な能力を持った政治家たちではないのか。そして今の永田町には与党を探しても野党を探しても「地上の楽園」などはどこにもないはずである。
どうしようもない日本の政治について論じる前にまずは今回も北朝鮮問題など国際問題について触れることにする。
米国に対して不可侵条約締結などで「体制保証」を強く求める金正日総書記の乗った北朝鮮という名の「暴走列車」は「崖」が近づいてくるにつれて少しずつスピードを緩めてきているようである。だが、特使を派遣した韓国(→金大中大統領の特使の林東源(イム・ドンウォン)氏が1/29に金正日総書記と会談できないまま帰国)やロシア(→ロシュコフ外務次官が1/20に金正日総書記と会談)など各国の粘り強い説得にもかかわらず相変わらず核兵器開発問題で国際社会全体に大きな脅威を与える大暴走を続けている。米国はこれまでに核兵器開発放棄を前提にして北朝鮮の求める不可侵条約の代わりに不可侵を何らかの形で文書化することや食糧・エネルギーなどの支援に前向きな方針を示している。そして同時に可能性が高まっている米軍などによるイラク攻撃に乗じて北朝鮮が不測の事態を引き起こすことを未然に防ぐために極東米軍の警戒を強めたり増強する構えも示している。2/12に予定されている国際原子力機関(IAEA)の緊急理事会で北朝鮮の核兵器開発問題がついに国連安保理に付託されることになるのかどうかはまだよく分からないが、いずれにしても (1)北朝鮮の核兵器開発問題は断じて北朝鮮と米国などの二国間の問題ではなく「北朝鮮と国際社会の間の問題」であるということ、(2)国際社会は武力行使以外のすべての非軍事的な選択肢を駆使していかに北朝鮮が国際社会の常識から逸脱したことや愚かなことをやったりやろうとしているのかということを北朝鮮自身にしっかりと理解させ、即刻無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画などを放棄させるべきであるということ、そして(3)国際社会が北朝鮮と話し合おうとしたり話し合っている間に北朝鮮が好き勝手なことをするのを断じて許してはならないということ、(4)「問題解決」のために国際社会の常識を逸脱した北朝鮮の理不尽な要求をたとえ部分的であっても断じて受け入れてはならないということ、などの「原則」を絶対に忘れるべきではないということを再びここで強調しておくことにする(→参考:2003/1/5号、2003/1/13号)。もしも国際社会が北朝鮮の理不尽な要求をほんの少しでも受け入れるようなことがあるのならばあらゆる「禁じ手」を使ってでも自分たちの理不尽な要求を実現しようと試みる危険極まりない勢力が全地球規模で次から次へと出現してくるという悪夢が現実のものになってしまうだろう。国際社会は北朝鮮の理不尽な要求を受け入れるのならば、テロリストなどの危険極まりない勢力の理不尽な要求も同時に受け入れることを覚悟しなくてはいけなくなるはずである。人質誘拐立てこもり事件であろうと「瀬戸際戦術」であろうとやはり理不尽な要求はあくまでも理不尽な要求であって決して受け入れるべきではないと私は考えている。日本も国際社会も北朝鮮問題では北朝鮮のことだけを考えていればいいというわけではないのである。
青森で開かれていた冬季アジア大会に北朝鮮選手団が参加したことなど以外にも日本国内でも様々な北朝鮮関係の動きが見られた。例えば、北朝鮮を脱出して中国潜伏中に誘拐(?)されて中国の公安当局に保護されていたいわゆる「日本人妻」の女性が44年ぶりに帰国したり(1/29)、日本にいる北朝鮮の元工作員が新潟港と北朝鮮を往復している北朝鮮の貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」を通じて本国から韓国などに対する工作活動の指示を受けていたとか、軍事転用が可能な精密機器などが日本から北朝鮮に「万景峰」号で運ばれていたなどというこれまでも何度も指摘されていた疑惑がさらに具体的な形で出てきたり、与党内に日本の安全と国民の生命・財産を守るために北朝鮮との人、モノ、カネ、船の流れを止めることを可能にする議員立法を提出して成立を目指す動きなどが出てきている。それらのすべてについて詳細に触れることはしないが、何にしても日本としてはあらゆるルートを通じて粘り強く北朝鮮との対話再開を模索し、同時に最悪の事態に備えてできることをすべてやる準備を粛々と進めていくしかない(→参考:2003/1/13号)。
米軍などのイラク攻撃の可能性が高まってくるにつれて仮に攻撃が現実のものになった場合の日本政府の対応が国内でも大きく注目され始めている。「仮定」の話について政府が具体的な方針を明確に示さないことに各方面から不満が高まっているが、あまりにもひどい国民などに対する説明という問題をひとまず置いておけば、現時点で具体的な方針を明確にしないこと自体はやむを得ないことだと私は考えている。具体的な状況を見て判断しなければ武力行使を支持するとも支持しないとも言えないとか、武力行使の際には新たな国連決議があることが望ましいなどという政府側の主張は完全な「正論」ではあるが、それだけでは国民に対しても国際社会に対しても十分な説明をしたことにはならない。あえてイラクの大量破壊兵器問題に対する日本の方針を端的かつ明確に示すならば、「『主語』や『目的語』をイラクから北朝鮮に代えても間違いなくそのまま成り立つようなことだけをやってもらいたい」ということになると私は考えている。「何が国際社会にとってより優先順位が高い取り除かれるべき脅威であるかということを間違えずに判断し、しかも脅威を取り除くのに必要なことだけを適正な手続きに従ってしっかりとやってもらいたい。同盟国の米国はイラクだけではなくしっかりと北朝鮮のことも考えてもらわないと困りますよ」ということになるのではないか。政府がしっかりとした日本の方針を端的かつ明確に示しておけば、勘違いした一部の政治家たちを除く賢明な日本国民と国際社会は野暮なことを声高に論じて「非人道的などこかの独裁国家」を不必要に刺激することなしに簡単な「頭の体操」をするだけで具体的な日本の対応がどうなるのかということをそれなりに理解することができるはずである。イラクの大量破壊兵器問題でもイラクのことだけを考えていればいいというわけではないのである。
さて、いよいよ日本の政治についてである。
小泉純一郎首相が1/23の衆院予算委で菅直人民主党代表に (1)8/15の靖国神社参拝(→結局、2001/8/13、2002/4/21、2003/1/14と毎年参拝して中国・韓国などの反発を招いている)、(2)国債発行30兆円枠(→2002年度補正予算で明確に30兆円枠を突破、など)、(3)予定通りのペイオフ解禁(→2003年4月からの完全導入を2年間延期)の国民に対する3つの公約を破ったなどと追及されて「(前略)…確かにその通りにはやっていないということになれば、約束は守られていない。しかし、もっと大きなことを考えなきゃいけない。総理大臣ですから(→場内笑)。その大きな問題(→行財政改革)を処理するためにはこの程度の約束を守れなかったっていうのは大したことではない」などと答弁したことで波紋を広げた。
確かにそれらの3つの公約を守れなかったことは、行財政改革をはじめとする構造改革が「牛歩」状態でしか進んでいないことと比べれば「大したことではない」が、結果的に約束を守れなかった小泉首相自身が「大したことではない」などと言える筋合いの話ではないことは言うまでもないことである。さらに言うならば、小泉首相が何が何でも3つの公約を守っていたらいったいどうなっていたかということや、なぜ行財政改革をはじめとする構造改革が「牛歩」状態でしか進まなかったのかということに比べたら約束を守れなかったことは「大したことではない」どころか「全くどうでもいいこと」であるとさえ言える。どうして「大したことではない」発言でそんなに大騒ぎをしなければいけないのかが私には分からなかったし、問題にするのならば完全にポイントを外しているとしか思えなかった。「大したことではない」発言で国民はこれから小泉首相が何を言ってもすっかり信用しなくなるとか、これで「潮目」が変わって民主党の「反転攻勢」が始まるなどと大喜びしているようだが果たして本当にそうなのだろうか。勘違いした野党の政治家たちや一部のマスコミがどういうわけか異常にはしゃいでいる様子を私は冷ややかに見ていた。
どこまで本当なのかはよく分からないが、民主党の議員たちとその支持者からは「大したことではない」発言を引き出した菅氏を高く評価する声が多く寄せられているらしいという話を知って非常に驚いた。そういう話を聞いてしまうと、例えとして適切かどうかはよく分からないが、まるで「民主党参上」「自民党上等」「政権交代 夜露死苦」などと叫んで高速道路のサービスエリアなどに人目を引くような奇抜・奇怪な車やバイクで乗り付け、なぜか彼らに拍手喝采するギャラリーたちと一緒になって社会全体にとっては大迷惑な意味不明の騒ぎを繰り広げているような光景を無理矢理見せ付けられているような気分にさえなってくる。もちろん彼らを誹謗中傷する意図は全くないし、日本は自由な社会だからどんなことに対してどんな意見を持とうが構わないとは思っているのだが、私一人だけが周囲の人たちが何に対して拍手喝采して盛り上がっているのかが全く理解できない状態でただ一人取り残されてしまったかのような気分になってくるのである。もしかしたら「泥船」のような政党はおかしな方向にどんどん「純化」されているのかもしれない。
菅代表は小泉首相の「大したことではない」発言を受けて「よく国民の皆さんには分かっていただけたと思いますね。今の答弁で。『この程度』という話ですよ。つまり総理大臣になる、あるいは自民党総裁になる、そのときの選挙で言うことはこの程度の約束は後になったらいくらでも反故にしてもいいんですよということを自ら認められた。国会での答弁もこの程度であとで縛られることはない。これから何を聞いても総理が言うことはこの程度だというふうに皆さん聞くでしょうね。私もそうしましょう…(後略)」などと衆院予算委で述べていたが、そういう言葉がそのまま自分自身に跳ね返ってきた場合に菅氏がいったいどのような反応を示すのかということには私も若干興味がある。2000年9月に政策秘書給与詐取事件で逮捕(→議員辞職)・起訴され、その後に実刑判決を受けて刑期を終えたばかりの菅氏の元秘書かつ元民主党代議士の山本譲司氏の手記(週刊新潮2003/2/13号)で浮上した菅氏の秘書給与疑惑があった約15年ぐらい前まであえて遡らなくても何度も繰り返された「解散・総選挙に追い込む」「この法案を廃案に追い込む」などの公約違反以外にも菅氏の公約違反はいくらでも見つかるはずである。菅氏は「その程度のことは自民党がやっていることに比べたら大したことではない」などと都合の悪い指摘に何度も繰り返してきた得意の開き直りをまた繰り返すつもりなのだろうか。
もしも菅氏が国民から過去のすべての公約違反を「債務免除」されたとしても、客観的に見ればそう遠くないうちに再び公約違反を繰り返す可能性が非常に高い。例えば、1/18の民主党大会で「民主党として必要性を確認している緊急事態法制についての検討を急ぎます。覚せい剤の密輸をやっていた北朝鮮の工作船の侵入や、海岸沿いにある原子力発電所へのテロやゲリラにどう対応するかなど現実に起こりうる事態への対応は、政府提案の有事法制には盛り込まれていません。こうした事態にどう対処するか、あるいは緊急時の国民保護のあり方も含めた包括的な緊急事態法制を、今国会の適切な時期までに国民の皆さんに提示していきたいと考えます」(民主党ホームページ掲載の挨拶全文より)などと述べたらしいが、もしも多くの国民から十分な内容だと高く評価されるような「包括的な緊急事態法制」を適切な時期までに示すことができなかった場合には強引にこじつけて自画自賛したり見苦しい言い訳を繰り返したりするようなことだけは絶対にやめてもらいたいものである。
もしかしたら民主党の言う「反転攻勢」とは自分たちが行った批判が自分たち自身に跳ね返ってきたり、天に唾(つば)するようなことを意味しているのだろうか。地球上で天に向かって唾をはけば放物線を描いて自分自身に再び戻ってくるだけである。こんなことは誰にでも分かる常識だと私は思っているが、もしかしたら地球の自転のスピードよりも遅ければその人はいくら一生懸命に進んでいるつもりでも後退してしまうなどという自然法則と敵対するようなことを平気で言う某野党党首 (→参考:2002/6/10号)にとっては「万有引力の法則」なども常識ではないのかもしれない。そう遠くない将来に民主党は自分たちが行った批判が自分たち自身に跳ね返ってきてちょうど執行部の頭文字を並べたように「KO」(ノックアウト)されてしまうのではないか。小泉首相の公約違反を得意になって追及していた民主党が公約違反を連発して自滅していく可能性は非常に高いと私は見ている。
反自民の一点だけでまとまった野党共闘によって小選挙区の候補者の一本化を目指すということは、要するに今のダメな野党同士で「談合」をやるということに他ならない。超低投票率の下、野党間の選挙協力が十二分に機能し、しかも与党候補と1対1の勝負ができるという前提条件の下でならばまだ野党共闘と称する「談合組織」にも勝ち目があるのかもしれないが、国民の期待を集める有力な新党が結成されたり、あるいはいわゆる「無党派層」の多くから支持される有力な候補者が立候補すれば、そんな「談合」はいとも簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。国民から期待されていない政党同士でいくら「談合」をやってみてもそれだけでは国民から期待されるようになるはずがないから全く意味はない。自由党の小沢一郎党首が民主党への「加入戦術」(→参考:2002/12/2号)を決断して民主党が真の意味で政策的に一致した政党らしい政党に近づくという形で「野党結集」が進むのならばまだ有力な新党や有力な無党派候補に対抗できる可能性もゼロではないのかもしれないが、今のダメな野党同士でいくら「談合」をやってみても有権者から厳しい現実を突き付けられて壊滅的な打撃を受けるだけである。
「鯛は頭から腐る」という言葉があるらしいが、かつて自分たちが捨てた「腐った頭」も自分たちの体が腐ってきてみると急に魅力的に見えてきて再び体の上に乗せたくなってしまうなどという異常な心理状態は民主党の外では全く理解されないはずである。多くの国民はたとえ自民党などの与党がいくら腐ってきたとしても、それだけでは民主党などの野党が絶対に魅力的に見えてきたりはしないのである。腐っていない「新鮮な鯛」が出てくればそれに飛びつくことはあるのかもしれないが、鮮度が落ちたり既に腐ってしまったものには全く見向きもしないだろう。野党共闘による「談合」などという誤った「処方箋」と勘違いした強い「自民党コンプレックス」は破局を招くだけである。
今の永田町では「論戦」をやる意味が全くないと私は考えている。いや、もしかすると「論戦」は百害あって一利なしの状態なのかもしれない。そう考えている理由の一つは、何度も繰り返しているように(→参考:2002/11/3(2)号)「与党」「野党」「政党」「政策」などという言葉の定義もおかしくなっている異常な状態が今の永田町ではすっかり定着してしまっているからである。基本的な言葉の定義も定かではない異常な状態をそのままにしておいていくら議論や「論戦」をしてみてもまともな成果が得られるとは私にはとても思えない。2つ目の理由は、野党の政治家たちも与党の政治家たちも具体的に物事を成し遂げていく総合的な能力に欠けているのではないかと強く疑わざるを得ないからである。議論や「論戦」の当事者のすべてが十分な能力を持っているということが議論や「論戦」の大前提であり、もしもどちらか一方に十分な能力がないのならば議論や「論戦」は単なる「言葉遊び」に終わってしまうはずである。今の日本、永田町に必要なのは「言葉遊び」ではなく、具体的に物事を成し遂げていくこと、そしてそのために必要な十分な能力を持った政治家たちではないのか。
いかなる批判を受けることになったとしても小泉純一郎首相は構造改革という最大の公約だけは絶対に守るべきである。そして万一小泉首相が志半ばで倒れたとしても構造改革という公約だけは絶対に守られるということに多くの国民が強い説得力を感じるようなことを早急に具体的な行動の形で示すべきである。客観的に見れば今の民主党などの野党は全く脅威ではないし、脅威かもしれない「正体不明の有力な新党」はまだその「足音」しか聞こえてこない。このまま小泉首相のままで行くのが構造改革を進めるための最短の近道であるとまだ多くの国民が考えているうちに小泉首相は改革加速のために必要なことを具体的な行動の形で示すべきである。小泉首相は抵抗勢力や野党と「論戦」などと称した「言葉遊び」をしている暇などないはずである。
ちなみに筆者自身は読者に対する「公約」を守るつもりである。野党共闘では政権交代は不可能であるという信念に基づいて怪奇映画の「ゾンビ」のように復活する私利私欲にとらわれた政治家たちと彼らを意味なく持ち上げ手助けするメディアが国民を欺くことを阻止し、彼らを少しでも早く一人でも多く永田町周辺から追放するための言論による闘争を継続する
(→参考:2002/8/14号)。国民を「巨泉」や「大将」にすることだけは断固阻止しなくてはいけないと考えている(→参考:2002/6/10号)。
核兵器開発問題などで国際社会全体に恐怖感を与える金正日総書記が乗っている北朝鮮という「暴走列車」は止まらない。勘違いした強い「米国コンプレックス」にとらわれて核兵器開発・ミサイル開発などで自ら危機を作り出して米国と「交渉」して何かを得ようとするような「瀬戸際政策」という誤った「処方箋」に基づいて何をやっても破局を招くだけだということを何としてでも北朝鮮に理解させなくてはならない。そろそろ北朝鮮は「優先順位」でイラクに並んで追い抜き始めているのではないかと私は考えている。今後の日本とロシアの関係とか、異常な状態がすっかり定着してしまっている日本の政治などでも書くべきことがたくさんあるのだが、やはり今回も北朝鮮問題が中心にならざるを得ない。
前号(2003/1/5号)発行からの1週間も北朝鮮の核兵器開発問題をめぐる動きは非常に活発だった。1/6、国際原子力機関(IAEA)の緊急理事会がウィーンの本部で開かれ、国連安保理への付託は当面見合わせるものの、北朝鮮に核兵器開発計画の放棄と査察再開などを要求する決議が全会一致で採択された。1/7、ワシントンで開かれていた日米韓3カ国の政策調整会合が北朝鮮に核兵器開発計画の放棄などを求める共同声明を発表した。そして韓国の強い働きかけで米国は北朝鮮が国際的な義務を守るつもりがあるかどうかを確認するために「対話」に応じる用意があるという方針を示した。1/9、北朝鮮が韓国の提案した南北閣僚級協議を1/21からソウルで開くように修正提案してきたと韓国が発表した。そして1/10昼、北朝鮮が核不拡散条約(NPT)からの脱退と国際原子力機関(IAEA)との査察協定からの離脱を宣言し、国際社会からの批判が強まっている。ちなみに直後の1/10夜にロシアを公式訪問中の小泉純一郎首相はモスクワでプーチン大統領と会談し、日ロ両国が協力して北朝鮮に対して核兵器開発放棄とNPT脱退宣言の撤回を求めることなどを確認している。さらにその後も北朝鮮は各国の大使が記者会見で北朝鮮の主張を一方的に展開したり、ミサイル発射凍結解除を示唆するなど自ら作り出した危機を拡大させたり、あるいは国連代表部次席大使が米国の米ニューメキシコ州のリチャードソン知事(→クリントン政権下で国連大使)と非公式に会談するなどして何とかして米国との「交渉」を実現しようとしている。なお近いうちに国連安保理では北朝鮮の核兵器開発問題が非公式協議で取り上げられる方向になっているようである。
さらに1/13、韓国を訪問している米国のケリー国務次官補と盧武鉉(ノムヒョン)次期大統領が会談した。ケリー国務次官補は米国が北朝鮮との「対話」を行う方針を変えず、北朝鮮が核兵器開発を放棄すれば他の国と共にエネルギー支援を検討するという考えを示した。
やはり北朝鮮はどんな手段を使ってでも米国と「交渉」して「不可侵条約」などを結んで「体制保証」をしてもらいたいようである。北朝鮮がいくら「危機」を拡大しようとも北朝鮮の核兵器開発問題はあくまでも「北朝鮮と国際社会の間の問題」であって断じて「北朝鮮と米国の間の問題」には変わらないということを改めてしっかりと確認しておく必要がある。そしてこの問題を「外交交渉や話し合いで解決」していくということは、国際社会が武力行使以外のすべての非軍事的な選択肢を駆使していかに北朝鮮が国際社会の常識から逸脱したことや愚かなことをやったりやろうとしているのかということを北朝鮮自身に理解させ、即刻無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画などを放棄させるということであるはずだということを改めて強調しておくことにする。国際社会は北朝鮮の核兵器開発問題では絶対に「原則」を見失ったり、あるいは「原則」を曲げてはいけないはずである。さもないと最悪の場合には「危機」はいつまでも何回でも繰り返され、世界中のどこまでも拡大し続けることになってしまう(→参考:2003/1/5号)。北朝鮮の核兵器開発問題でも決して北朝鮮のことだけを考えていればいいというわけではないのである。
核兵器開発問題での北朝鮮の更なる暴走を受けて引き続き日米韓3カ国との緊密な連携を維持して中国やロシアなどとの連携も深めることなど (→参考:2003/1/5号) 以外にも新たに急いでやらなければならないことが日本にはいくつか出てきたと私は考えている。まずは北朝鮮の核兵器開発問題が深刻になっている現時点での日本の方針を国際社会に対してインパクトのある形で示す必要がある。
例えば、仮にこれから北朝鮮がいくら「危機」をエスカレートさせるようなことがあったとしても、日本は急迫不正の侵害を避けるためにやむを得ない場合に行う必要最小限度の実力行使を除いて武力の行使などは絶対にしないが、(1)国際社会の秩序を維持し、(2)将来世代に対する責任を十分に果たし、(3)日本人らを守り、(4)日本人らを救い、(5)日本の国土を守るためにはできることはすべてやる覚悟を持っていること、そしてこれらの目的を達成するために北朝鮮の対応に応じて「アメ」にも「ムチ」にも、あるいは「太陽」にも「北風」にもすぐに変えることができるようないくつかの「方策」を事前に準備しておくという「両面政策」を今後採用すると国際社会に対して宣言する必要があると私は考えている。
止まらない北朝鮮の暴走に少しでもブレーキをかけ、少しでもこちらに振り向かせるという意味でも日本は今こそ積極的な外交攻勢に出るべきである。「危機」をエスカレートさせればさせるほどどんどん厳しい「北風」や「ムチ」になっていくが、こちら側を向いて柔軟に話し合えば「太陽」にも「アメ」にもなるという「両面政策」を採用して米国しか全く眼中にない北朝鮮を日本や国際社会の方にも振り向かせるような努力をしてみるべきだと私は考えている。なかなかこちらの方を振り向かない相手を振り向かせるためには相手が振り向かざるを得ない「危機」を作り出せばいいし、「危機」を作り出しても相手は2つの敵に対して同時に本気で立ち向かってはこないから大丈夫、などと考えているような「非人道的などこかの独裁政権」が実は世界中のどこよりもきっと「両面政策」の有効性を理解することができるのではないかと私は思っている。何年に一度かの周期で核兵器やミサイルなどの問題で国際社会に強い恐怖感を与えて何かを求めてくるような「非人道的などこかの独裁政権」をこのままの形で存続させるようなことは将来世代に対する責任を放棄することを意味していると私は考えている。
日本が北朝鮮の対応によって「太陽」にも「北風」にも変えることができるような「方策」はすぐにでもいくつか思い浮かぶはずである。例えば、日本は、(A)日本、米国、そして韓国を含む「朝鮮半島に存在する国際社会に対して十分な責任を果たしているすべての政権」、それから中国、ロシアの合計5カ国か6カ国で構成する「北東アジア安全保障機構」(仮称)の設立、(B)北朝鮮を含めた世界中で今も幅広く使用されている旧式の各種日本製品及び交換部品などの日本政府による「公開買い付け」を大々的に行い、今後数十年間は最小限の部品交換だけで最新の機能に近いレベルまでアップグレードを可能にし続けるという画期的な再生・リサイクル技術・システムを開発した上で日本の新しい経済協力の「目玉」として活用するような「壮大な国家プロジェクト」を提唱すべきだと私は考えている。(A)(B)の2つの案とも実現可能性にいくつか「?」(疑問符)が付くことは百も承知だが、これらの案を実現するために必要なことそのものが北朝鮮の対応によってすぐに「太陽」にも「北風」にも変えることができる「方策」になるはずである。
(A)の「安全保障機構」が実現する可能性が完全にゼロではなければ、あくまでも「交渉」に応じない米国を引っぱり出せるかもしれないと期待して北朝鮮が国際社会に対する責任を完全に果たそうという方向に大きく舵を切ってくる可能性もそれなりにあるわけだし、そこまでいかなくても最低でも北朝鮮が日本との安全保障協議に応じようと考える強力な動機の一つぐらいにはなるだろう。そしてもしも「安全保障機構」が実現しそうなのにあくまでも北朝鮮がそっぽを向いていたり、「安全保障機構」ができた後に北朝鮮が「危機」を作り出すようなことがあるのならば、「安全保障機構」はそのまま強力な北朝鮮包囲網になるはずである。
(B)の旧式の日本製品・部品の「公開買い付け」・リサイクルなどの構想は、北朝鮮が日本人拉致問題や核兵器、生物・化学兵器、ミサイルなどを含めた安全保障問題などで誠意のある対応を示し、日朝平壌宣言を完全に履行し、国際社会の責任のある一員に完全になって日本との国交が正常化した後には、幅広い旧式の日本製品を使っている北朝鮮に対して今すぐに実行できてしかも今すぐに役立つ「経済協力」を約束することになるはずである。だが、もしも北朝鮮が「危機」を次々と作り出してどんどんエスカレートさせていくような場合には、格安だった旧式の日本製品とその交換部品が代替可能なものも含めてすべて「市場原理」に基づいて数倍から数十倍にはね上がっているので部品がすぐに消耗するような複雑で高価な多くの日本製品を使っているであろう軍や軍需産業ほど大きな打撃を受けることになるはずである。言うまでもないことだが、そうなれば北朝鮮は手も足も出なくなるはずである。この案は腐ってもまだ「経済大国」「技術大国」である日本にしか実現できない案だろう。日本人拉致被害者とその家族、日本人配偶者とその家族、そしてその他の日本人らの生命と安全を守るために最悪の場合に備えて日本は日本が最も得意とする「土俵」で強力な「カード」を使えるように準備をしておくべきではないのか。
あくまでも念のために言っておくが、もしも北朝鮮が自ら作り出した「危機」をどんどんエスカレートさせて日本人らの生命と安全に重大な脅威を次々に与えてくるような場合には日本も日本が最も得意とする「土俵」で強力な「カード」を次々と切っていく覚悟を決めるしかなくなる。例えば、北朝鮮が「人工衛星かミサイルかよく分からないもの」などを発射した場合には、すべての「高級食材」「マジックやアダルトビデオを含む映像ソフト」「入場券を含むディズニー関連商品」などの北朝鮮への流れを完全に止めて「ピンポイント攻撃」すると共に、北朝鮮へのすべての人、物、カネ、船などの流れを止めるために必要な法整備などの準備を完了させる。北朝鮮がさらに日本人らの生命と安全に重大な脅威を与えてきた場合には、国連の経済制裁を待たずに北朝鮮へのすべての人、物、カネ、船などの流れを止めると同時に、日本政府の政策手段と「公的資金」を駆使して官民が総力を挙げて全地球規模で北朝鮮の軍や軍需産業が欲しがりそうなものを徹底的に買いまくって限定的な「ハイパーインフレ」を起こして間接的に「平和」を買うことを目指す。さらにどの段階で判断するかはともかくとしても、もしも北朝鮮が自ら作り出した「危機」をどんどんエスカレートさせるならば、日本が交渉していた「国際社会の責任のある一員になろうとしていた国家」が「消滅」したと認定し、韓国が「追認」した場合には日朝平壌宣言などのすべての外交的な成果を「継承」したものと見なして経済協力は既に国交を正常化している日本の友好国である韓国に対して改めて行うということも真剣に検討せざるを得なくなるだろう。日本は最悪の場合に備えて事前にできることをすべてやる準備をしておくべきである。それにしても「だからそんなバカなことはやめて一刻も早く国際社会の責任のある一員になるべきだ」などと強力に北朝鮮を説得する以外の方法はないものなのだろうか…。
日本が「両面政策」を採用することによって北朝鮮が具体的にどういう反応を示すかは定かではないが、北朝鮮側にも積極的に話し合わなくてはいけない非常に重要な動機が発生することだけはほぼ間違いない。かなり字余りになるが、今こそ日本政府は「待ち」の姿勢から「(北朝鮮が)振り向かぬなら振り向かせてやろうホトトギス」という積極的な姿勢に転換すべきであると私は考えている。国際社会でも十分に目立つ「大きな花火」を派手に打ち上げることができるのは日本では小泉首相ただ一人である。小泉純一郎首相の決断に期待して注目する。
最後に少しだけ日本の政治についても触れておくことにする。主義・主張が完全にバラバラな名ばかりの野党第一党である民主党は相変わらず「泥船」のような政党のままであり続けている。早いもので昨年9月に代表選で選ばれたばかりの鳩山由紀夫前代表が「クーデター」のように唐突に辞任してから約1カ月が経過したが、民主党は「終わりの始まり」から「破局」に向けて着々と状況を悪化させているようである(→参考:2002/12/11号)。保守新党に参加した熊谷弘前副代表(現・保守新党代表)を含めて鳩山前代表辞任後から既に7人が党を離れているし、客観的に見れば今後も党を離れる国会議員たちが出てくる可能性が非常に高い。与党入りした熊谷氏らの行動に「大義名分」がないのかどうかはよく分からないが、民主党・野党を支持した有権者たちの意思に反して与党入りしたという「背信行為」にはなるのだろう。ただし国民の期待や信頼を裏切り続けている民主党の政治家たちに彼らを厳しく批判する資格が本当にあるのかどうかは非常に疑問であるということを付け加えておくことにする。
以前から何度も繰り返しているが、何が何でも自民党や小泉純一郎首相に対抗しようなどという勘違いした強い「自民党コンプレックス」(→参考:2002/9/29号)にとらわれて反自民・反小泉だけで結びつくような「野党共闘」と称したバカげたことやるだけの「泥船」のような政党には政権交代は不可能であると私は考えている。現時点では名ばかりの野党第一党にすぎない民主党の存在そのものが政権交代の最大の障害になっており、民主党を「ぶっ壊す」ことなしに政権交代を実現することは不可能な状態であると私は考えている。「野党共闘」などという誤った「処方箋」と勘違いした強い「自民党コンプレックス」は破局を招くだけである。「非人道的などこかの独裁政権」と同じような致命的な勘違いは実は足元の永田町にも存在していると私は見ている。そして勘違いした政治家たちが言う「国民」ではない本当の意味での多くの国民はそういうことに既に気付き始めていると私は見ている。いずれにしても野党の政治家たちは国民を見くびっていると政権交代に失敗するどころか手痛い大きなしっぺ返しを受けることになるだろう。国民の圧倒的な多数から民主党が野党第一党からの「辞任」を求められる日は大方の予想よりもずっと早いのかもしれない。
もしかしたら民主党内では「このままでは選挙に勝てない」などとそろそろ次の「クーデター」計画が立案されていたり、その準備が始められている頃なのかもしれない。仮に「クーデター」が起こらなくても本当に「野党」らしい仕事をするためには「与党」に行って「抵抗勢力」にならなければならないとか、選挙協力程度の「野党共闘」では全く話にならず、政策の一致に基づいた「野党結集」が必要だとか、あるいは政策の一致を重視した新しい政党を作ってあくまでも単独で政権を目指さない限り政権交代は不可能であるなどと主張して今後も民主党を飛び出す国会議員たちが出てくることは十分に予想できることである。「与党」「野党」「政党」「政策」などという言葉の定義もおかしくなって異常な状態がすっかり定着してしまっている永田町(→参考:2002/11/3(2)号)では「来る者は拒まず去る者は追わず」という姿勢が非常に重要であると私も基本的には考えている。ただ「何かの大きなきっかけ」があるまでのもうしばらくの間ぐらいはそれぞれの政治家たちがとりあえず今いる場所でそれぞれの信念に基づいて行動する方がいいのではないか。いずれにしても政治家でも自らの言動に責任を持たなくてはいけないことは言うまでもないことである。
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