当ホームページ上のすべての記事は無料ではなく「シェアウェア」です。著作権の侵害とそれに類する一切の不適切な使用、及び不正行為は固くお断りします。また不正行為等の防止のためにやむを得ないと判断する場合には事前の警告なしに報復措置を含めたすべての必要な手段を講じます。
○北朝鮮は「谷底」に落ちる以外の選択肢を自ら捨て去るつもりなのか?(2003/1/5)。
○あえてしがみつくだけしがみつくべき(2002/12/2)。
○北朝鮮が責任を持って解消すべき「5つの大きな懸念」(2002/11/3)(2)。
○日本の政治は相変わらず「異常なし」(2002/11/3)(1)。
○海外には「メッセージ」、国内には具体的な行動・結果が必要(2002/10/20)。
○「嵐」が通り過ぎさえすればそれで上手くいくのか?(2002/10/15)。
○美味しいところだけを「つまみ食い」することは許されない(2002/9/7)。
○「政権交代」や「世代交代」は不要である(2002/7/7)。
○国民を絶対に「巨泉」や「大将」にしてはならない(2002/6/10)。
○素晴らしさを実感しないと民主主義は「凶器」に変わる(2002/5/19)。
○辞職勧告決議案も議席も「おもちゃ」ではない(2002/5/12)。
○いったいいつまでそんなことを言っているつもりなのか(2002/5/5)。
○首を絞め、足を引っ張っているのは誰なのか(2002/4/29)。
○いま永田町周辺に最も欠けているものは(2002/4/21)(2)。
○泥沼状態から脱出するためには(2002/4/21)(1)。
○小泉首相はたとえ支持率が0%になっても解散する?(2002/4/7)(2)。
○すべての「名義借り」はやめさせるべきである(2002/4/7)(1)。
○「時代」から取り残された政治家たち(2002/3/31)。
○今こそ「手心」「えこひいき」体質と決別すべき(2002/3/24)。
○いったいいつまで「敗退」を続けるのか(2002/3/10)。
○今は「明治維新前夜」ではなく、「応仁の乱後」である(2001/3/3)。(→「野党共闘」関係)
○私は田中真紀子代議士の「敵」なら「敵」で結構(2002/2/22)。
○改革を進めるためには「底」も必要(2002/2/17)。(→小泉首相関係)
○なぜ政権交代で経済が良くなるのか? 野党は自らの足元を見るべき(2001/2/10)。(→「野党共闘」関係)
○ついにこのときがやってきた(2002/2/2)。(→小泉首相関係)
○いくら自民党との「違い」を強調してもそれだけでは国民を動かすことはできない(2001/1/19)。(→「野党共闘」関係)
○「野党共闘」は売れ残った商品だけを集めた魅力のない「福袋」のようなものである(2002/1/12)。(→「野党共闘」関係)
▽参考:日本の政治。
北朝鮮は核兵器開発問題で国際社会にとって非常に危険な「暴走列車」になってしまっている。しかもどういうわけか北朝鮮という名前の「暴走列車」は休むことなくそのスピードを加速し続けている。金正日総書記が自分が乗った「暴走列車」の危険性にどこまで気付いているのかはよく分からないが、北朝鮮という名前の「暴走列車」の暴走は続いている。事態が落ち着いた段階で北朝鮮問題についてまとめて触れようと思っているうちにとうとう2003年を迎えてしまった。もしも北朝鮮の暴走がこのままのペースで加速し続けるのならばまもなく誰の目にも明らかに優先度でイラクを追い抜いてしまうだろう。
まずは前号(2002/12/11号)発行以降に北朝鮮が作り出した「危機」とそれに関連する動きを大まかに振り返っておくことにする。
12/11、イエメン沖でスペイン軍と米軍が北朝鮮の貨物船を臨検して北朝鮮がイエメンに輸出した弾道ミサイルとその部品を発見した(→結局ミサイルなどはイエメンに引き渡される)。12/12、北朝鮮が朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)・米国が12月分以降の重油提供を凍結したことによる電力不足を補うことを表向きの理由として1994年の米朝枠組み合意で凍結していた核施設の再稼働を宣言した。12/19、韓国大統領選の投・開票が行われ、金大中(キムデジュン)大統領の太陽政策(包容政策)の継続を唱えた与党・新千年民主党の盧武鉉(ノムヒョン)氏がハンナラ党の李会昌(イフェチャン)氏を破って当選した。12/21、北朝鮮が米朝枠組み合意で凍結した核施設の封印などを一方的に解除したことを国際原子力機関(IAEA)が明らかにした。そして12/23、北朝鮮が寧辺(ヨンビョン)の使用済み核燃料の再処理施設などの封印なども一方的に解除したことをIAEAが明らかにした。さらに12/27、北朝鮮が寧辺に常駐しているIAEAの査察官を国外退去させることを決定したと発表、核兵器用のプルトニウムの抽出が可能な再処理施設(放射科学研究所)を再稼働させることも明らかにした。12/29、北朝鮮は核不拡散条約(NPT)からの脱退を示唆した。12/31、北朝鮮の国外退去決定を受けてIAEAの査察官2人が出国し、IAEAによる北朝鮮の核施設の監視が完全に不可能な状態になった。IAEAは1/6に緊急理事会を開いて北朝鮮の核問題を協議、国連安保理に報告する方向になっているようである。
問題の原子炉を再稼働させても電力不足を十分に補うことはできないどころか、送電用の電線も整備されていないらしく、しかも電力とは全く無関係で核兵器開発にしか繋がらないと考えられる再処理施設を再稼働させるなどという北朝鮮側の行動・主張には全く説得力がない。もともと北朝鮮の主張には説得力がないものが多いが、これほど滅茶苦茶で説得力が全くない主張というのも珍しい。これでは在韓米軍の装甲車による女子中学生死亡事故などで反米感情が非常に高まっている韓国の大多数の人たちにとってもほとんど説得力を持たないだろう。
北朝鮮はどんな手段を使ってでも何が何でも米国と交渉して「不可侵条約」などを結んで「体制保証」をしてもらいたいようであるが、「体制保証」などというものは結局のところは北朝鮮の大多数の人たちから現体制が続く限り自分たちは生きてはいけないとか決して幸せになれないなどと思われないような状態になって初めて実現するものであり、仮に米国と約束することができたとしてもほとんど何の意味も持たないということに早く気付くべきである。北朝鮮は自分たちの主張と行動の致命的な誤りに気付き、即刻無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画などの放棄をすべきである。
現在のところは北朝鮮から目の敵にされている米国を含めた国際社会では北朝鮮の核兵器開発問題を外交交渉や話し合い、あえて言い換えれば、武力行使以外の非軍事的な手段で解決していくべきだという考え方が支配的である。私も北朝鮮の核兵器開発問題を外交交渉や話し合いで解決していくことに基本的には賛成であるが、「外交交渉や話し合いで解決」するということはいったいどういうことなのかということをあえてここで確認しておく必要があると強く感じている。
北朝鮮の核兵器開発問題を「外交交渉や話し合いで解決」していくということは、国際社会が武力行使以外のすべての非軍事的な選択肢を駆使していかに北朝鮮が国際社会の常識から逸脱したことや愚かなことをやったりやろうとしているのかということを北朝鮮自身にしっかりと理解させ、そして即刻無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画などを放棄させるということであるはずだと私は考えている。間違っても話し合っている間は北朝鮮が好き勝手なことをやるのを容認するということではないし、「解決」するためには国際社会の常識を逸脱した北朝鮮の理不尽な主張を部分的に受け入れることもあり得るということでも断じてないはずだと私は考えている。国際社会は北朝鮮の核兵器開発問題を「外交交渉や話し合いで解決」する際には決して「原則」を見失ってはいけないし、「原則」を少しでも曲げてしまうことがあってもいけないはずである。
ちなみに国際社会の北朝鮮の核兵器開発問題に対する「原則」とは、(1)話し合いで解決するにしても、北朝鮮による核兵器の開発・保有は断じて許されず、北朝鮮が即刻無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画を放棄しなくてはならないということだけは絶対に変わらない、(2)たとえほんの少しであったとしても北朝鮮が自ら「危機」を作り出す前よりも有利な状態になることは許されない、(3)自ら「危機」を作り出して自らの主張を相手に受け入れさせようとするような「瀬戸際外交」を北朝鮮が今後二度と採用することができないようにしなくてはならない、の3つになると私は考えている。
もしも国際社会が「原則」を見失ったり「原則」を少しでも曲げてしまうようなことがあるのならば最悪の場合には「危機」はいつまでも何回でも繰り返され、世界中のどこまでも拡大し続けることになってしまうだろう。なぜなら例えば、中国やロシアなどに分離・独立を認めさせたり、あるいは米国と対等に話し合って自らの理不尽な主張を受け入れさせるために「ある勢力」が核兵器や生物・化学兵器などを開発・保有しようなどという動きを誘発したり正当化してしまうことにもなりかねないからである。北朝鮮の核兵器開発問題でも決して北朝鮮のことだけを考えていればそれでいいというわけではないということをあえてここで強調しておくことにする。
あくまでも北朝鮮が国際社会の説得を無視し続けたとしても、もしかしたら「身内」の韓国や「親友」の中国やロシアならば国際社会の「原則」を曲げずに北朝鮮に「名誉ある撤退」をするように説得できるのかもしれない。「身内」の韓国は同じ民族の問題であるばかりか、もしも何かがあればソウルを含めた国土がすぐにでも「火の海」になるわけだから最も真剣に説得するであろうことは言うまでもないことである。
また「親友」のはずの中国にしても冷静に考えてみれば、北京を含めた主要都市のほとんどが北朝鮮のミサイルの射程圏内にあり、しかも長い長い国境線で北朝鮮と接しているわけだから何かの間違いで「矛先」が「こちら側」に向くことがあればいくら十分すぎる「報復手段」を持っていたとしても海で隔てられた日本と同じかそれ以上の安全保障上の脅威にさらされることになるわけだから「そんな物騒なものを振り回すな」「物騒なものはすぐに捨てろ」と本気で真剣に強く北朝鮮を説得することだろう。
そして同じく「親友」であるはずのロシアにしても核兵器やミサイルなどの軍事技術や人材や関連物資が旧ソ連時代から北朝鮮に継続的に「流出」していたり、国際社会の説得を無視し続けるような独裁政権をあえて最後まで支え続けるようなことをするのならば国際社会におけるロシアの信用は地に墜ち、また将来の朝鮮半島におけるロシアの影響力にも致命的な打撃を受けるわけだから本気で北朝鮮を説得することだろう。
何にしてもやはり「身内」の韓国や「親友」の中国やロシアによる説得は重要である。少なくとも国際社会がもはや武力行使という最後の選択肢しか残されていないと判断する前に試してみるぐらいの価値はあるだろう。くどいようだが、それでも北朝鮮による核兵器の開発・保有は断じて許されず、北朝鮮が即刻無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画を放棄しなくてはならないということだけは絶対に変わらない。
北朝鮮の核兵器開発問題に関して当面日本がやらなくてはいけないことは、(1)最終的な目的が同じならば多少の方針の違いはあっても日本は米国と韓国を信じ続けて日米韓3カ国の連携を維持し、さらに中国やロシアなどとの連携も深めながら唯一の被爆国としてあらゆる機会にいろいろな角度から核兵器開発などがいかに愚かなことかということを北朝鮮に対しても国際社会に対しても訴え続けること、(2)北朝鮮のミサイルや核兵器開発問題を差し迫った日本の安全保障上の脅威としてもっともっと敏感に捉え、最悪の事態に備えてできることはすべてやっておくこと、(3)北朝鮮による日本人拉致問題、北朝鮮国内の人権問題、食糧不足の問題など、核兵器開発問題以外にも北朝鮮にはいくつも見過ごせない問題があるということを国際社会に訴え続けること、だと私は考えている。
1/6-1/7の日程で日米韓3カ国の北朝鮮問題に関する政策調整会合がワシントンで開かれる予定である。経済制裁を含めた北朝鮮に対する封じ込め政策を実際に採用することになるのかどうかはともかくとしても、米国は今のところ北朝鮮に対する外交的な圧力を強めるなどの非軍事的な手段によって核兵器開発問題を解決しようとしている。韓国の金大中大統領は北朝鮮に対する封じ込め政策の有効性を疑問視して太陽政策を継続する考えを明らかにし(12/30)、次期大統領に選出された盧武鉉氏も封じ込め政策には否定的な考えを示している。「北朝鮮に即刻無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画を放棄させる」という最終的な目的が同じならば多少の方針の違いはあっても日本としては米国と韓国を信じ続けて日米韓3カ国の連携を維持していくべきであると私は考えている。
米国は決してイラクのことだけしか考えられなくなったり、世界の一カ所にしか手も頭も回らなかったり、あるいは優先順位を間違えて破滅的な事態を招くような国ではないと私は信じている。また韓国は国際社会の責任のある一員だから自分が渡っている「つり橋」を激しく揺らしている相手を説得に行くような危険なことをしたとしてもさすがに一緒になって「つり橋」を激しく揺らすような「ミイラ取りがミイラになる」ようなことだけは絶対にしないはずだと私は信じている(→参考:2002/11/3(2)号)。
このまま日本が米国も韓国も共に信じることができるという状況が続くのならば、私は韓国の「太陽政策」の継続を支持する。最終的な目的を共有して相互の信頼関係に基づいた日米韓3カ国の連携が維持されるのならば、多少の方針の違いは全く問題にはならないと私は考えている。北朝鮮から見れば韓国は日本よりも少し柔軟であり、米国は日本よりも少し強硬であり、中国やロシアを含めた国際社会も日米韓3カ国としっかりと連携しているという「構図」が基本的に維持されるのならば多少の方針の違いがあっても構わないと私は考えている。韓国と北朝鮮が何かを合意してそれらが確実に実行されるのならば日本、米国、中国、ロシアを含めた国際社会にとっても同時にメリットが出てくるはずだし、もしかしたら北朝鮮にとっては逃げずに厳しい現実を直視しなくてはいけなくなる「太陽政策」の方が長い目で見れば脅威になるのかもしれないと以前から私は考えている(→参考:2002/7/7号)。
「危機」の状況を前向きに考えるのならば、米国が交渉に応じない今だからこそできることもあるのである。「身内」よりも米国のことばかり気にしている北朝鮮が逃げずに厳しい現実と向き合わなくてはいけない今がチャンスなのかもしれない。韓国が模索している調停案が米国と北朝鮮を共に納得させることができるかどうかはよく分からないし、時間的な猶予もあまりないが、とにかく「身内」である韓国に責任を持って北朝鮮を説得してもらったらいいと私は考えている。
小泉純一郎首相は1/9からロシアを訪問してプーチン大統領と会談する予定(1/10)である。日本はロシアに対して北朝鮮の説得だけではなく、北朝鮮の核兵器・ミサイルなどに関する詳細で正確な技術情報を含めた情報提供についても全面的な協力を要求すべきであると私は考えている。何よりも日本の安全保障を考える場合にはロシアからの詳細な情報提供があるかないかで非常に大きな違いが出てくるはずだからである。「変なところにミサイルなどの武器を売られるぐらいならば日本が1割増しの値段で買うことも真剣に考えてもいい」とまで言えるかどうかは分からないが、ロシアからの詳細な情報提供を踏まえて日本とロシアが老朽化したロシアの原子力潜水艦の廃棄問題を含めた様々な問題で協力することはきっとできるだろう。
小泉首相の「訪中カード」はもう少し温存ということになるのかもしれない。日本は中国に対しても北朝鮮の説得だけではなく、北朝鮮から脱出していてもいなくても中国国内で日本国籍を持っていたり日本に親戚がいると訴えて保護を求めてきた人たちがいたらとりあえずすべて保護して遅滞なく日本政府に通告、身柄を引き渡すように要求すべきだと私は考えている。「最終的に日本に行くのか韓国に行くのかは日本側が事情を聴取してみないと分からないが、とにかく日本が全責任を持つから中国国内で日本国籍を持っていたり日本に親戚がいると訴えて保護を求めてきた人たちがいたらすべて保護して日本に身柄を引き渡すように特別な配慮をしてもらいたい」と強く要求すれば悪い返事だけはしたくない中国としてもきっと大局を考えて適切に処理することだろう。
国内的には差し迫った「有事」に備えて効果的なテロ対策と実効性のある国民保護法制を優先した有事関連法案の成立を急ぐべきだし、同盟国の全面的な協力の下に差し迫ったミサイル攻撃の危険性を抑止する「緊急避難的な措置」を実行するための十分な「能力」を即時に得ることができるような方策も真剣に検討しておくべきである。北朝鮮が核兵器開発計画を放棄し、日本との安全保障協議に応じて脅威が完全に取り除かれるまでの間の安全保障上の「空白」をあえてそのままにしておくような政治は無責任極まりないと私は考えている。好むと好まざるとにかかわらず、目の前の差し迫った危機に即座に現実的に対応していくようなことは政治家たちに求められる最低レベルの責任の一つであると私は考えている。
また、日本は北朝鮮には核兵器開発問題以外にもいくつも見過ごせない問題があるということも国際社会に訴え続けるべきである。北朝鮮による日本人拉致問題、北朝鮮国内の人権問題、食糧不足の問題など…、核兵器開発問題よりも優先順位が高いかどうかはともかくとしてもどれもあまり時間的な余裕がある話ではないはずである。北朝鮮の核兵器開発問題以外の問題でも「空白」をあえてそのままにすることは許されないはずだと私は考えている。
ちなみに日本を含めた国際社会による北朝鮮に対する食糧支援は人道上の観点から行うべきであると私は考えているが、支援が間違いなく北朝鮮の末端の一人ひとりにまで十分に行き渡るかどうかは徹底的に検証する必要がある。食糧支援を行うのはあくまでも北朝鮮の末端の一人ひとりの人道上の問題だからであり、間違っても人権を蹂躙(じゅうりん)したり国民を飢餓に追い込むような独裁政権を支えることが目的ではないからである。食糧支援などを行う際には断じて目的を見失ってはいけない。
繰り返すが、国際社会は北朝鮮の核兵器開発問題では「原則」を曲げて妥協する必要は全くないし、また「原則」を曲げた一切の妥協をしてはならない。そして実際に国際社会は一切「原則」を曲げた妥協はしないだろう。北朝鮮が即時無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画などの放棄をして初めて話は前に進むのである。北朝鮮は自分で「つり橋」を激しく揺らして「危機」を作り出すような愚かなことは即刻やめるべきである。「瀬戸際外交」か何なのかはよく分からないが、自分で危機を作り出しても自分の主張を国際社会に受け入れさせることができないという当たり前すぎるくらい当たり前のことを北朝鮮は今度こそしっかりと学習すべきである。繰り返すが、北朝鮮は即刻無条件に検証可能な方法で核兵器開発計画などの放棄をすべきである。さもないと「谷底」に落ちる以外のすべての選択肢を自ら捨て去ることになってしまう。
北朝鮮が国際社会の責任のある一員になることを自発的に選ぶことができる時間的な余裕はもうあまり残されていないのかもしれない。そう遠くない将来に国際社会に迎え入れられることがほぼ確実な北朝鮮の末端の一人ひとりがいかなる形で国際社会の仲間入りを果たすのかは金正日総書記の決断にかかっている。
12/3、民主党の鳩山由紀夫代表が12/13の臨時国会の会期末で辞任することを表明した。そして12/10の両院議員総会で菅直人前幹事長(元代表)が岡田克也幹事長代理を破って代表に返り咲いた(→投票総数183票、菅氏104票、岡田氏79票)。私は深く考えれば考えるほど、この1、2週間の間に民主党にいったい何が起こったのかよく分からなくなってくる。あえて多くをコメントしないが、多くの国民は「民主党は野党第一党なのだからしっかりして欲しい」というよりも「民主党にはそろそろ野党第一党を『辞任』してもらいたい」と思い始めているのではないか。民主党で「あの懐かしいチヤホヤされた頃に戻りたい」などと時計の針を逆に回そうと企んだ勢力による「軍事クーデター」が発生して選挙で選ばれた鳩山代表を辞任に追い込んで全権を掌握したかのような印象を国民に与えてしまったら、そのときは国民から民主党が名ばかりの野党第一党の地位からの辞任を求められることになるだけだろう。
そういう意味では「正解」はただ一つしかなかったはずであった。多少なりとも良識を持った政治家ならば「正解」がただ一つしかないということぐらいは分かっていたはずだがおそらく自分たちの選挙に目がくらんだのだろう。念のために言っておくが、誰が代表になっても自分たちの選挙が安泰とは限らないはずである。「このままでは選挙に勝てない」という状況に戻ったらおそらくそのときにはきっとまた「軍事クーデター」が起こるのだろう。もしかしたら長い間「泥船」のような政党にいると政治家としての正常な判断能力とか良識というものがどんどん失われていくのかもしれない。「泥船」のような政党の終わりが始まったことを私は今回明確に確認した。
選挙で敗れた岡田氏を幹事長に起用することが内定したらしいが、私としては当面は「不適切な人物」を新代表にするくらいならば「辞めるのをやめた」と鳩山代表が言い出すことが本当にないのかどうかということだけに注目している。たとえ辞意表明しても鳩山代表はまだ代表のままのはずである。鳩山代表は最後に代表らしいところを見せることができる出番に恵まれるのか恵まれないのか。
さて、「泥船のような政党」の「泥沼のような事態」にはこれ以上深入りせず、前回の「公約」通り今回は北朝鮮問題をまとめて取り上げることにする。
北朝鮮による日本人拉致問題での数々の不誠実な対応、そして核兵器開発問題やその他の大量破壊兵器の問題などで国際社会の常識に反する自分勝手な一方的な主張を展開することによって北朝鮮は国際的な孤立をさらに深めている。
北朝鮮が核兵器開発を認めたことを受けて朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の理事会は米朝枠組み合意に基づく重油提供を12月分から凍結することを決定(→11/14。なお北朝鮮の対応を見極める次回のKEDOの理事会も来年始めまで延期)したし、国際原子力機関(IAEA)の理事会は北朝鮮のウラン濃縮による核兵器開発計画を非難、保障措置(→核査察)の履行を即時求める決議を採択した(→11/29。北朝鮮側は12/2付でIAEAの決議の拒否を通告)。そして中国の江沢民国家主席とロシアのプーチン大統領も首脳会談で北朝鮮に核兵器開発計画の放棄を求めた(12/2)。さらに国連人権委の強制的失踪作業部会が北朝鮮による日本人拉致被害者についての審査を開始することを決定した(12/4)。なお日本国内では拉致被害者支援法がスピード成立した(12/4)。
そして日本と北朝鮮の国交正常化交渉は10月末にマレーシア・クアラルンプールで行われた交渉が物別れに終わった以降は非公式な折衝が何度かあったようだが交渉再開の見通しは全く立っておらず、双方が11月中に開催することで基本的に合意していた安全保障協議も開催されることはなかった。交渉が膠着(こうちゃく)状態に陥っているのは北朝鮮が日本に帰国している北朝鮮による日本人拉致被害者5人を北朝鮮に戻さないことに反発していることが主な原因である。
北朝鮮は日朝平壌(ピョンヤン)宣言などでせっかく「3歩」ぐらい前に進んだにもかかわらず、なぜか急に「2歩」戻ってさらに「3歩目」「4歩目」の後退をしようとしているような状況になっている。一時は北朝鮮が画期的な合意をして本気で国際社会の仲間入りをするかのように見えてもなぜか逆に孤立化を深める方向に進んでいったり、あるいは日本と北朝鮮の交渉がよく分からないことが原因で膠着状態に陥ったりするようなことは決して好ましい展開ではないが、現在までのところは私に言わせればすべて予想の範囲内である。北朝鮮に対しては日米韓3カ国の緊密な連携、中国、ロシアの積極的な協力、国際社会の十分な理解と幅広い協力を背景にした多少の柔軟性はあっても原理・原則だけは絶対に曲げない「逆・瀬戸際戦術」とでも呼ぶべき戦術を一貫して採用し続けるべきである。国際社会は北朝鮮に一刻も早く本気で国際社会の責任のある一員になるように粘り強く促し続けるべきだし、国際社会で孤立していつまでも無責任な行動を繰り返すようなことは北朝鮮自身にとって致命的な間違いであるということを気付かせるべきである。
9月以降のテレビのワイドショーや夕方のニュース番組などでは連日北朝鮮問題が取り上げ続けられている。まるで1995年のオウム真理教事件当時のような状態である。ワイドショーなどの扱いの大きさは帰国した5人の日本人拉致被害者や拉致被害者の家族らが積極的にメディアに露出しているということばかりが理由ではないと私は見ている。まだ誰もハッキリとは言っていないようだが、過去から現在に至る北朝鮮の不可解な行動の中にはまるでオウム真理教そっくりな荒唐無稽さが間違いなく存在しているということをワイドショーなどは本能的に見抜いており、そのためにワイドショー的な興味・関心に火が付いているのではないかと私は見ている。あくまでも念のために言っておくが、北朝鮮がオウムのような荒唐無稽な側面を持っていることは間違いないが、北朝鮮は政府が権力をフルに活用しさえすれば叩きつぶすことが不可能ではない国内のカルト教団ではないということだけは絶対に忘れるべきではない。北朝鮮が本気で国際社会の責任のある一員になろうとしているのか、本当に話し合うべき相手なのかなどということはしっかりと見極めなくてはならないことだが、北朝鮮の荒唐無稽さだけに目を奪われて短絡的な判断をすることは避けるべきであると私は考えている。
北朝鮮との交渉が完全に膠着状態に陥ったと言われている今こそ日本はなぜ日本人拉致被害者を北朝鮮には戻さないのかということ、そしてそもそもなぜ北朝鮮と国交を正常化しようとしているのかということなどの「原点」を焦らずにしっかりと見つめ直す必要があると私は考えている(→参考:2002/11/3(2)号)。
どうも帰国した日本人拉致被害者5人を一度北朝鮮に戻すなどと日本が北朝鮮に対して「約束」したことはないということらしいが、北朝鮮は日本が「約束」を破ったなどと一方的に反発して交渉は膠着状態に陥っている。「約束」の有無をハッキリさせる意味が全くないとは言わないが、「約束」があろうがなかろうが、そういうこととは全く無関係に日本政府は現在の状況を総合的に判断して日本人拉致被害者5人を北朝鮮に戻すべきではないと私は考えている。やはり北朝鮮にいる拉致被害者の家族をまず日本に呼び寄せるべきである。だいたい北朝鮮にいる拉致被害者の家族は今の日本のことは全くと言っていいほど知らないわけだから、まずは彼らが実際に日本に来て日本を見て日本の親族らと会ってみなければ、仮に自由に判断できる環境が保証されていたとしても日本と北朝鮮のどちらが良いのかなどということを自分の頭で考えて適切に判断できるわけがない。「百聞は一見に如(し)かず」かどうかはよく分からないが、わざわざ何がどうなっているかほとんどよく知らないところに行くか、それとも今の場所にそのままいるかと尋ねられたらほとんどの人の答えはほぼ決まっているだろう。
日本が帰国した日本人拉致被害者5人を北朝鮮に戻せない最大の理由は、彼らを北朝鮮に戻すことによって彼らが自由に判断することができなくなるどころか、日本の家族との連絡がそのまま途絶えてしまったり、二度と出国できなくなる危険性が非常に高いと現時点では客観的・総合的に判断できるからということのはずである。念のために言っておけば、本人たちがこのまま日本にとどまって北朝鮮にいる家族をまず日本に呼び寄せることを希望しているからということは少なくとも北朝鮮に戻すことができない直接的な理由ではない。あくまでも北朝鮮に戻すことによって日本人拉致被害者5人が国際社会では考えられないような不利益を被る危険性が非常に高いということが最大の理由であるはずだと私は考えている。日本政府は現時点において帰国した日本人拉致被害者5人を北朝鮮に戻すことはいろいろな意味で非常に大きな危険性があると判断しているから北朝鮮に戻すことはできないということをまず明確にすべきである。従って仮に私が日本政府を代表する立場だったならば、実際にやることは同じだったとしても「5人をこのまま北朝鮮には戻さずに永住帰国させる」とは絶対に言わず、「現時点では5人が北朝鮮に戻るということはいろいろな意味で大きな危険性があり、すべての危険性が解消されたと判断できるまでは決して認められない」などと言ったことだろう。
万一、日本人拉致被害者5人が北朝鮮に戻ることを希望したとしても日本政府は日本からの出国、渡航に強く反対して可能な限りの抵抗を示すべきである。本人の意思をそのまま尊重することが必ずしも人道的・民主的な措置とは限らないからである。むしろ本人の意思をそのまま尊重することが結果的に人道に反することになってしまうということも十分にあり得ることだと私は考えている。いくら本人が希望したとしてもいろいろな意味で危険性が非常に高いと判断せざるを得ないような状態では日本政府としては北朝鮮に行くことを絶対に認めるべきではない。この問題は旅券法第18条第1項第4号の「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」に該当するとして外相が旅券の返納を命じる典型的なケースの一つであると私は考えている。繰り返すが、万一本人が希望したとしても政府は北朝鮮に戻ることに強く反対して絶対に認めるべきではない。国際社会の常識では考えられないような不利益なことを強いられたり、日本の家族と二度と連絡が取れなくなってしまうような危険性が高いのにどうして日本国民が北朝鮮に行くことを黙って見過ごすことができるというのだろうか。危険が十分に予測できるのに北朝鮮に行くことをあえて日本政府が容認するというのならばそれは政府が国民を見捨てるということになってしまう。
もちろん善良な日本国民があくまでも出国に反対する日本政府に失望して場合によっては日本という国を捨ててでも北朝鮮に行きたいと強く希望することがあるのならばその場合には日本政府としては彼らを阻止することはできないし、また阻止すべきでもない。ちなみに日本国憲法第22条でも国籍の離脱の自由などは明確に認められている。生きるためには国を捨てる以外に方法がないなどと思い詰めている国民の意思を踏みにじるようなことは日本政府だけは絶対にすべきでない。もしもそんなことをすればそれこそ脱出した自国民を収容所に入れて拷問を行ったり虐待するような非人道的な「どこかの国」と同じように国際社会から厳しく非難されることになってしまうからである。最終的には本人が決めることだとしても、本人の意思や希望をそのまま尊重することが必ずしも人道的・民主的であるとは限らないと私は考えている。まさか「本人の希望・意思」を尊重すれば責任は本人にあって自分たちには全くないと思っているわけではないのだろうが、本当の意味での人道主義とか民主主義などというものを十分に理解しているとはとても思えない人たちほど「本人の希望・意思」の尊重を声高に唱える傾向があるようである。
日本政府は北朝鮮に対して「在北朝鮮日本人総連合会」(仮称、略称:「日本総連」)を国交正常化前に設立し、各地に本部・支部を設置することを認め、「日本総連」の活動の自由を保障するように強く要求すべきだと私は大まじめに考えている。そして「日本総連」が北朝鮮国内の日本人などに対する差別や人権侵害があった場合には労働党や軍の一部を巻き込んで当局に猛烈に抗議して日本人らの権利を擁護したり、日本人らが専用の船舶や航空機で大きな荷物を持って自由に日本に帰国したり日本との間を行き来したりすることも認めさせるべきである。さらに「日本総連」の本部・支部では、お粥や雑炊程度しか出せないかもしれないが、とにかく連日連夜、「食事会」を開いて行方不明になった日本人らに関するありとあらゆる情報を集め、彼らの消息を最後の一人まで徹底的に調査・確認するように努力すべきである。また「日本総連」は必要とあれば各地の闇市場で一般の国民に対してお粥や雑炊を大量に格安で提供する宣伝活動を行ったり、国際機関と緊密に連携して食料援助が末端の国民一人ひとりにまできちんと届いているのかどうかを監視する活動に積極的に参加することがあってもいい。ちなみに日朝平壌宣言では「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」について北朝鮮側は「適切な措置」を取ることを確認しているはずである。
もしも北朝鮮が「日本総連」の設立を認めてその活動の自由を完全に保障するのならば、万一日本人拉致被害者5人が北朝鮮に戻ることを希望した場合にも日本政府としてはそれを拒む理由はほとんどなくなるだろうし、日本人拉致問題もある程度の目途ぐらいは付くのかもしれない。もちろんあくまでも北朝鮮が決して一度きり瞬間的にではなく永久に「日本総連」の設立を認めてその活動の自由を完全に保障し続けるのならばという前提条件付きでの話ではあるが…。念のために言っておくが、監視・密告などのために北朝鮮国内には「日本総連」を立ち上げようとする日本人が出てくることは絶対にないから要求を認めても実際には「日本総連」を立ち上げることなどはできないので大丈夫などと思ったら大間違いである。「日本総連」の本部長・支部長や中核のスタッフ、必要な資材などはすべて日本から送り込むことになる。北朝鮮は日本人拉致被害者5人が北朝鮮に戻ることを要求するのならば最低でもそれなりの環境ぐらいは整えるべきであろう。
北朝鮮との交渉が完全に膠着状態に陥ったと言われている今こそ、日本はいったい何のために北朝鮮と国交を正常化してその後に経済協力をしようとしているのか、そしてそもそも国交を結ぶ相手として北朝鮮は本当にふさわしい相手なのか、過去を清算するとはいったいどういうことなのかなどということも改めてしっかりと確認しておく必要があると私は考えている。
日本が北朝鮮と国交を正常化し、その後に経済協力を行おうとしている動機には、できるだけ多くの国々との間に平和的・友好的な関係を築くためという原則論に加えて植民地支配などの過去の清算という特別な意味合いも含まれている。つまり国交正常化後の経済協力には日本による植民地支配などの過去を清算する「補償」という性質があるわけである。「補償」という性質があるのならば経済協力などは朝鮮半島の人たち一人ひとりが間違いなく恩恵を受ける性質のものでなくてはならないということは本来ならば言うまでもないことである。そして過去を清算するということは、日本が過去の植民地支配によって朝鮮半島の人たちに多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止めて心から反省した上で今後は日本と朝鮮半島の間に安定した平和的・友好的な関係を築いていくということだと私は考えている。あえて言い換えれば、我々の世代以前で過去の負の遺産をすべて完全に総括し、将来の世代には間違っても負の遺産を相続させることなく、彼らが日本と朝鮮半島、そして中国の間のプラス(正)の遺産だけを意識できるようにすることが本当の意味での過去の清算だと私は考えている。過去の清算はとにかく国交を正常化してその後に「補償」の意味合いのある経済協力を行えばそれでお終いということには断じてならないということをここでしっかりと確認しておく必要がある。
従って日本が本当の意味で過去の清算を行おうとしているのならば、国交を正常化しようとしている相手がどういう相手なのかとか、国交正常化後の「補償」の意味合いのある経済協力が朝鮮半島の人たち一人ひとりが間違いなく恩恵を受ける性質のものになるのかどうかなどということにはいくら神経質になっても神経質すぎることはないはずである。日本は本当の意味で過去を反省したのかどうか疑念を抱かれるような相手とは間違っても国交を正常化してはいけないし、間違ってもそんな相手にカネを出してはいけないのである。もしも日本が一般の人々に対してかつての日本の植民地時代よりもはるかにひどい非人道的な環境を強いている独裁国家と国交を正常化し、そういう独裁国家に対して末端の一人ひとりのためには決してならないことに使われるだろうということを薄々分かっていながらカネを出すとしたら、真の意味で過去を総括することにはならないどころか、植民地支配が終わって50年以上経っても日本という国家の体質は全く変わっていないと国際社会から見なされてしまうことになるだろう。
いや、一部だけ表現を訂正しておいた方がいいのかもしれない。改めて考えてみると「かつての日本の植民地時代よりもはるかにひどい」などという表現は不適切な表現なのかもしれない。「日本が過去の植民地時代にやってきた数々の極悪非道なことに比べたら拉致問題や工作船・不審船の問題などははるかに小さいものだ」などという主張を展開する人権感覚のかけらもない連中と同じレベルに見られてしまうのは非常に心外だからあえて「かつての日本の植民地時代のような」に訂正しておくことにする。
日本を含めた近代の国際社会では、犯罪者の家族はもちろんのこと、遠い親戚や子孫なども連帯責任などを負わされて犯罪者として扱われることは一切あり得ない。そして例えば、殺人の被害者の家族が加害者の家族に対して報復として暴行を加えるなどということが正当化されることは少なくとも民主主義社会では絶対にあり得ない。またこれも当たり前すぎるくらい当たり前の話であるが、仮に「ある国」の国民の一人が「別の国」で犯罪を犯した場合でも「ある国」の国民というだけの理由で全く無関係な人間が犯罪者として扱われたり不当な差別を受けたりするということが正当化されることはないということも国際社会の常識である。そして「罪を憎んで人を憎まず」という考え方すらも多くの社会では常識になりつつある。残念なことではあるが、確かにどこの国でも多かれ少なかれ本人とは全く無関係なことが原因でいろいろな形で差別を受けることはあるが、少なくともそういう差別は不正義なものとして撲滅しようと努力することぐらいは民主主義社会では常識になっているはずである。
もしかしたら「出身成分」などという階級制度が正当化されるようなとても近代社会とは思えないとんでもない独裁国家では、犯罪者本人やその家族はもちろんのこと、遠い親戚や子孫などに対しても原則として何をやっても良いことになっているのかもしれないが、国際社会は断じてそのような非人道的な行為を容認することはできない。国際社会は非人道的な独裁国家を打倒の対象と見なすことはあるかもしれないが、間違っても国交を正常化して友好関係を築こうとする相手と見なすことはないはずである。
あくまでも念のために言っておくが、北朝鮮と一般の在日韓国・朝鮮人とは基本的には無関係である。そしてこれも当たり前すぎるくらい当たり前のことだが、北朝鮮が今まで何をやってきたとしてもこれから何をやったとしても在日朝鮮人の子供たちとは全く何の関係もないはずである。もしも在日朝鮮人の子供たちに危害を加えたり罵声を浴びせたりするような人間が日本にいるとしたら彼らは「日本が過去の植民地時代にやってきた数々の極悪非道なことに比べたら拉致問題や工作船・不審船の問題などははるかに小さいものだ」などという主張を展開する人権感覚のかけらもない連中と全く同じ種類の恥ずべき人間である。善良な在日韓国・朝鮮人を「人間の盾」に利用されることを防ぐためにも拉致事件、覚せい剤密輸事件、不正送金事件などの徹底した捜査を進め、実行犯、命令を下した者、協力者などを日本の法律で裁くために必要なあらゆる努力を行うことに政府はいささかも躊躇(ちゅうちょ)すべきではないと私は考えている。日本としては法律に基づいて犯罪者をきちんと処罰し、犯罪者とは無関係な人たちを不当な差別からしっかりと保護し、そして犯罪者の犯した犯罪だけを憎むという当たり前のことを徹底させることによって新たな時代を切り開いて行くべきだと私は考えている。
膠着状態にある日本と北朝鮮の交渉の打開策として最も有効なことは、なんとかして交渉のレベルを再びトップレベルにまで引き上げることではないかと私は考えている。9/17の日朝首脳会談後の約3カ月間で明らかになったことは、北朝鮮では重要な決定を下すことができるのはやはり金正日総書記ただ一人だけなのだろうということ、そして北朝鮮の官僚の言動などを見ていると北朝鮮は話し合うべき相手ではないのではないかと判断せざるを得なくなってくるということ、また北朝鮮の官僚には金正日総書記が署名した日朝平壌宣言に基づいて交渉を進める基本的な能力に欠けるのではないかということなどであると私は見ている。いよいよ日朝平壌宣言に署名した小泉純一郎首相と金正日総書記の出番、トップの出番ではないかと私は思っている。そもそも北朝鮮相手にたった一度の首脳会談で上手くいくと私は考えておらず、訪朝時に再度の首脳会談の約束をしてこなかったことが小泉首相の最も大きな失敗であるということを以前から指摘している(→参考:2002/9/29号)。今後は少なくとも重要な問題だけは必ず最終的には首脳会談で決めるようにすべきだと私は考えている。
北朝鮮外務省の局長級以下の官僚の言動、また彼らがお膳立てをしたらしい日本人拉致被害者の横田めぐみさんの娘のキム・ヘギョンさんや帰国した拉致被害者の曽我ひとみさんの夫の元米兵のジェンキンスさんらのインタビューなどを見ると彼らには人権の意識とか国際社会の常識というものが欠けているのではないかと強く疑わざるを得ない。権限もない上に人権の意識とか国際社会の常識というものが欠如しているような相手と話し合っても単なる時間の無駄に終わるだけだと私は思っている。非公式の折衝や予備交渉ならば基本的にはどんなレベルでも応じるが、日本としては少なくとも本交渉については外務次官級以上でなければ今後は一切応じない方針であると政府は北朝鮮に明確に伝えるべきではないかと私は考えている。
何度も繰り返しているが、今後もやはり北朝鮮との交渉では人道上の問題である北朝鮮による日本人拉致問題や核兵器を含む安全保障問題が最優先課題のままであり続ける。日本が真の意味で過去を反省して負の遺産をすべて総括しようと考えているのならば日本人の人権はもちろんのこと北朝鮮の末端の一人ひとりの生活も含めて人道上の問題には決して鈍感ではいられないし、国家が自国の安全保障の問題を最優先で考えるのは国際社会の常識である。そしてなぜかあまり強調されることはないが、唯一の被爆国の日本としては核兵器開発問題には特に敏感であり続けなければならないと私は考えている。小泉純一郎首相が改めて金正日総書記に対して主張すべきことをしっかりと主張し、国際社会の中で北朝鮮が置かれている客観的な位置を粘り強く説明して説得すればたぶん本気で国際社会の責任のある一員になることを決断して実際に行動に移すだろうと現時点では考えておくことにする。
小泉首相は再度のトップ会談実現のために考えられるありとあらゆる手段を駆使すべきである。例えば、金総書記が胡錦濤総書記らの新体制(11/15)になったばかりの中国をまた特別列車で年内に訪問するなどという噂があるが、小泉首相は今こそ温存してきた日中国交正常化30周年である今年中の「訪中カード」を使ってほぼ同時期に日中首脳会談をぶつけて日中の友好関係を改めてアピールすることを目指すべきではないのか。場合によっては中国に日本と北朝鮮の再度の首脳会談に応じるように促してもらったり、あるいは中国で急きょ小泉首相が金総書記と首脳会談をやって近いうちに韓国でもう一度首脳会談を行うことを提案してもいいかもしれない。韓国での日本と北朝鮮の首脳会談が実現すれば金総書記が金大中韓国大統領に約束している韓国訪問も実現することができてまさに一石二鳥ではないか。金総書記はかなり遅れても約束はしっかりと守るのか、それとも約束は破るものだと思っているのか。
おそらく金正日総書記は「意外なほど合理的な判断のできる人物」なのだろう。でも、米国、ブッシュ大統領の方がずっと合理的だと私は見ている。途中経過はいろいろあるだろうが、米国は最終的には同盟国にも配慮した最も合理的な決断をするはずである。米国という国は同盟国を苦しめて「敵」を利するようなことになってもあえて元米兵を罰するようなことをするわけがないし、世界の一カ所の「有事」にしか頭も手も回らないような国では断じてない。万一、中東、米本土、そして極東で「有事」が同時に発生したとしても、米国という国は誰もがビックリするような徹底した合理化によって即時に十分な戦力をすべての地域に展開して同盟国を含む国際社会と連携してすべての「有事」に適切に対処できるはずである。「有事」が一つ発生すれば隙が生まれるからチャンスだなどと考えるのは致命的な間違いであるということをここで改めて強調しておくことにする。
また大統領選のさなかの韓国では一般道を歩いていた女子中学生2人が米軍の装甲車にひかれて即死して米兵2人が軍事法廷で無罪評決を受けた事件で反米感情が高まっている。韓米地位協定の改定などを求める声が高まっているのを見ていると日本としては他人事には思えない。いずれにしても賢明で合理的な判断のできる韓国国民は北朝鮮が国際社会の責任のある一員になれば状況を大きく打開することができる可能性が高くなり、逆に北朝鮮がいつまでも今のような自分勝手で無責任なことを行う存在であり続ければ上手くいくものも絶対に上手くいかないだろうという「結論」に最終的には到達するはずだと私は確信している。従って韓国国内の反米感情を利用しようと画策する勢力は完全な期待はずれに終わるだろうと私は見ている。新しい韓国の大統領に誰が選ばれても、世界のどこかで「有事」が発生したとしても北朝鮮に対する日米韓3カ国の緊密な連携は今後も維持されるべきだし、維持することができるだろう。
どこかの超大国のように「即時、無条件、無制限の査察受け入れか、それとも武力行使か。いずれにしても武装解除されることになる」などとは決して言わないが、日本としては北朝鮮に対して「国際社会の一員になることを自ら選ぶのか、それとも国際社会によって何らかの形で強制的に国際社会に迎え入れられることを選ぶのか。いずれにしてもそう遠くない将来に北朝鮮の一般の人たちだけは間違いなく国際社会の仲間入りをすることになる」などと警告すべきである。このまま北朝鮮が国際社会から孤立していてもいいことは何一つないが、本気で国際社会の責任のある一員になれば必ず展望が開けるはずだということを小泉首相が金総書記に改めて明確に伝えて説得すべきだと私は考えている。金正日総書記だけは人権の意識とか国際社会の常識というものが欠けている北朝鮮の官僚とは違っているはずだと現在のところは考えておくことにする。金総書記のリーダーシップで北朝鮮が猛烈なスピードで「つり橋」を渡って国際社会の責任のある一員になろうとすることを私は強く期待している(→参考:2002/11/3(2)号)。あとどのくらい時間が残されているのかが誰にも全く分からないことが非常に不気味ではあるが…。
激動の2002年も残り1カ月を切った。今年は政治分野に限らず唐突に衝撃的なことがよく起こる一年だったような気がする。11/21には高円宮憲仁(たかまどのみやのりひと)殿下(→天皇陛下のいとこ。47歳。日本サッカー協会名誉総裁、皇族として初めて韓国を公式訪問)がスカッシュの練習中に突然倒れて急逝され、11/29に本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」が行われた。心からご冥福をお祈りします。
今回は最近の永田町の唐突な動きだけに絞って書くことにする。本当は北朝鮮問題でも山ほど書きたいことがあるのだが、現時点では北朝鮮が間違いなく話し合うべき相手なのか、北朝鮮は本当に国家なのかなどといった国交正常化交渉の前提中の前提となる点をしっかりと慎重に見極める必要がある段階だとだけ指摘するにとどめておくことにする(→参考:2002/11/3(2)号)。北朝鮮問題については次号でまとめてじっくりと触れるつもりである。
最近の永田町では小泉純一郎首相と鳩山由紀夫民主党代表に対する風当たりが非常に厳しくなっている。やはり政界の「一寸先は闇(やみ)」なのだろう。だが、同じ「一寸先は闇」でも「闇」は昔からある「闇」とは少し違ってきているのではないかと私は見ている。もしも今までの永田町のしきたりやセオリーなどが全く通用しなくなる程度まで大きく違った「闇」が一寸先に待っているのだとすれば能力のない政治家たちや存在意義のない政党・勢力はほとんど生き残ることはできなくなり、間違いなく日本の政治が少しはまともなものに変わっていくはずだと私は考えている。
日本の政治を少しでもまともなものにしていくためには、小泉首相はもちろんのこと、あくまでも辞任を要求し続ける政治家たちに取り囲まれて党内で四面楚歌の状態にある鳩山代表にも現在の地位にしがみつけるだけしがみついてもらいたいものだと私は以前から考えている (→参考:2002/7/7号)。小泉首相や鳩山代表に対して強い不満を持っている政治家たちにとっては2人が「居座り」続ければ続けるほど、また小泉首相や鳩山代表を応援する政治家たちにとっては2人が「頑張り」続ければ続けるほど、国民が厳しい目で政治家個人の資質、能力などを見極める「逆風」が長く続くことになり、たとえ選挙目当ての「新党」を作って耳障りの良いもっともらしいことを唱えたとしても、あるいは党内にとどまり続けて彼らをいくら厳しく批判して選挙後に離党するなどしたとしても、能力のない政治家たちや存在意義のない政党・勢力の生き残りを不可能にする環境を作りやすくなるからである。トップという「表紙」だけを変えてお茶を濁すような安易な「ガス抜き」は断じて認めず、可能な限り長く「緊張状態」を維持した方が「メッキ」がはがれやすくなって国民にとっては本物と偽物を簡単に見分けることができるようになるはずだと私は考えている。
いくら改革への決意は全く揺るがなかったとしても、実際に改革が進んでいるのかどうか注意深く見てみないとよく分からない状態が長く続いたり、あるいは与党内の強い反対でにっちもさっちもいかないような状態になっているのならば、実質的にはもう「政治空白」の状態にある。「政治空白」を最短にするためには解散・総選挙による「政治空白」をあえて選ぶということが最も合理的な選択であることは言うまでもない。確かに解散・総選挙後も同じように「政治空白」が続く可能性はゼロではないわけだが、そういう最悪の事態に陥る可能性を限りなくゼロに近付けるためにもタイミングというものが重要になってくるのである。
典型的な永田町の政治家ではない小泉首相は実は意外なほど政治的な感覚が鋭いと私は見ている。それは総理・総裁を志したと言われている1995年秋頃からの小泉首相の政治行動や発言を私なりに「研究」「分析」してきた結論である。小泉首相はいつも人々が忘れかけた頃に突然行動を起こして「間欠泉」のような政治家だなどと言われてきたものだが、誰も全く見ていないときにお湯やガスが突然吹き出したとしたら「間欠泉」の存在には誰も気付かないはずである。常に注目される首相になって「間欠泉」としての感覚は多少にぶっているのかもしれないが、小泉首相が最適のタイミングを見逃して解散・総選挙という「伝家の宝刀」を抜けなかったり、また最悪のタイミングに「伝家の宝刀」を抜いてしまうということだけは絶対にないものだと私は見ている。
緊急に改善されなくてはならない日本の政治の最大の問題点は国民がどの政党・勢力やどの政治家を選んでもほとんど何も変わりそうにもないという異常な状態だと私は考えている(→参考:2002/11/3(1)号)。どの政党・勢力やどの政治家を選んでもほとんど何も変わりそうにもないという状態がこれ以上長く続くのであれば民主主義は崩壊してしまうかもしれない。たとえどんなに国民から強く恨まれて最悪の場合には身の危険を感じることになったとしても、国民が政治に無関心になったり自分たちが国民から全く相手にされなくなってしまうよりははるかにましだと考えるのが「責任のある政治家」というものではないかと私は思っている。日本の政治を少しでもまともなものにするために小泉首相にも鳩山代表にもまだ記憶に新しい森喜朗前首相の驚異的な粘り以上の粘りを見せてもらいたいものである。
11/29夕、民主党の鳩山由紀夫代表が緊急記者会見で自民党を中心とする与党に対抗するために自由党などと新党も視野に入れて統一会派を結成する「野党結集」を目指し、臨時国会の会期末(12/13)までに自らの「出処進退」を明確にする考えを示した。そして同日夜に鳩山代表は小沢一郎自由党党首と会談して「野党結集」の必要性などの基本的な認識では一致したという。ただ12/1に予定されていた鳩山代表と小沢党首の会談は民主党内の反発などを受けて延期された。鳩山代表が結局のところ何をやろうとしているのか、そして会期末に辞めるのか辞めないのかということが非常に分かりにくいし、現時点(12/1夜)においてもそれらのことはまだよく分かっていない。今は「野党結集」とか「新党」とか「統一会派」などという言葉だけがなぜか踊っているようだが、少なくとももう少しだけ話を具体的かつ現実的なものにしてきちんとした前向きな議論をしていく必要があるのではないかと私は思っている。まだまだ興奮している民主党の政治家たちも冷静になって考えてみればたぶん気付くと思うが、彼らの多くも「野党結集」とか「野党共闘」などの必要性を当然視しているのならば代表の辞任を求めるとか求めないとかいうこととは全く別にしてこの機会に「野党結集」について真剣で前向きな議論ぐらいはするべきだろう。
念のために言っておくが、ほとんどの野党の政治家たちや一部の既存のマスコミは「野党共闘」とか「野党結集」などを正当化して当然視しているようだが、私は「野党共闘」とか「野党結集」などと称したことは内閣不信任決議案への賛成という一点を除いて完全に否定されるべき愚かなことだと主張し続けている。与党には不満だが野党も「泥船」のような政党ばかりでどうしようもないと思っている国民が苦渋の決断をして一番ましだと思う「ある野党」に投票してみたら、とんでもないと否定したはずの他の野党までもれなく一緒についてくることになっているとしたら国民は民主主義を崩壊させる以外の選択肢をなかなか見つけることはできなくなってしまう。どんなに間違ったり愚かな主張を掲げようとも基本的には本人たちの言論の自由だと思っているが、ほとんどすべての政治家たちが愚かな主張を当然視していたり、結果的として国民を欺くことになったり、民主主義を崩壊させてしまうということに繋がっていくのならば必要以上の寛容さを示すべきではないと私は考えている。もしかしたら日本の政治を少しでもまともなものにしていくためには野党の政治家たちや一部の既存のマスコミの精神構造の改革から始めなくてはいけないのかもしれない。
いずれにしても実際に「野党結集」と称して新党や統一会派を結成することになるのかどうかはともかくとしても、鳩山代表が(1)民主主義の危機という観点からも今の民主党、今の野党が一刻の猶予も許されない危機的な状態にあるという強い危機感を持っているということ、(2)どんなに辞めろと言われても少なくとも臨時国会会期末までは絶対に辞めるとは言わないと決意したということだけはほぼ間違いないだろう。逆に言えばそれ以外のことは私にもよく分からないとしか言いようがない。
鳩山代表を何が何でも辞めさせたいと思っている政治家たちや一部の既存のマスコミが「事実上の辞意表明」などと勝手に解釈して既成事実化しようとしているようだがさすがにそれだけは絶対に違うと私は考えている。急いで発表しなければ妙な憶測がどんどん広がっていくだけだと思って焦っていたのかもしれないが、確かに鳩山代表には分かりにくい記者会見をして必要以上に波紋を大きく広げてしまった責任はある。ただそのことや唐突に「野党結集」をぶち上げたことがすぐに代表を辞めなくてはいけない理由になるなどという主張にはさすがに無理があるだろう。むしろ逆に波紋を必要以上に大きく広げたことによって、いつものとても一つの政党とは思えないほどの「主義・主張のバラバラさ」、「党内のゴタゴタ」以外の前向きな問題にも焦点が当たっていく可能性が必ずしもゼロではなくなってきたという意味では評価すべきことなのかもしれないという気が私にはしている。今の民主党に「主義・主張のバラバラさ」や「党内のゴタゴタ」、そして「分裂準備劇」以外にいったいどんな報道に値するような動きがあるというのかと問われた場合に説得力を持って反論することは非常に困難な状況である。
民主党の一部の政治家たちは例によって例のごとく内向きの議論をして選挙で選んだばかりの鳩山代表を自分たちの選挙のためやただ単に自分たちが気に入らないからという以外にはほとんどよく分からない理由で辞めさせようとしている。それどころか世代交代を進めなければいけないとか、間違っても時計の針を逆に回してはいけないなどと主張して代表選で「若手」を擁立し、代表選後の幹事長人事では猛反発していた政治家たちの中にも「例えば」と何人かの中の一人という形ながらも代表選の決選投票で敗れた菅直人前幹事長(元代表)の名前を挙げて時計の針を逆に回そうとしていることにも気付かなくなっている見識を疑うような政治家が出てきていることには本当に呆れるばかりである。党が「泥船」のようになって末端の政治家一人ひとりの見識や能力までもが迷走し始めているというのが今の民主党の偽らざる現実なのかもしれない。鳩山代表を辞めさせることができるのならばそれはそれで結構だと思うが、鳩山代表を辞めさせても「表紙」が変わるだけで「泥船」のような政党の本質は何も変わらないはずである。それどころか「泥船」のような政党が沈んでさえいなければという条件付きの話ではあるが、最悪の場合には鳩山代表の後継の後継として鳩山代表の名前がいつまでも挙がり続けるという笑えない笑い話になってしまいかねない。菅前幹事長、横路孝弘代議士、羽田孜特別代表などといったしがらみだらけのベテラン政治家たちが全員まとめて次期総選挙に立候補せずに政界をきれいさっぱり引退する、だから鳩山代表もお辞めくださいという話にでもなれば危機的な現状を打破することができるのかもしれないが、菅氏らベテラン議員たちはまだ欲望でギラギラしていて引退なんてそんな気はさらさらないのだろう。「まず『菅』や『横路』や『羽田』などより始めよ」と勇気と見識と十分な説得力を持って言い出すことができる政治家が一人も出てこないことが民主党にとっては致命的な欠点なのかもしれない。
実はよく分からない形で必要以上に大きな波紋を広げた鳩山代表の記者会見には民主党がいつものバラバラやゴタゴタ以外の前向きな動きも含むことで大きく報道されたという点に加えて評価できる点がもう一つだけある。正確言えば鳩山代表が「次の一手」を間違いさえしなければもう一つ評価できる点が増えることになる。それは何かというと鳩山代表が「野党結集」をぶち上げたことで党分裂の大義名分をとりあえず奪ったということである。もしかするとこれで民主党という「泥船」は沈むまで分裂することは事実上なくなるのかもしれない。なぜなら民主党のほとんどの政治家たちは「野党結集」とか「野党共闘」というものに賛成しているのであえて分裂する意味など全くないはずだからである。それでもあえて分裂を画策する政治家たちがいるとしたら、それは自分も党首になって野党党首会談の映像などでたくさんテレビに映りたいからなどということを含めて自分の権力欲などを満たすことだけが目的の政治家たちか、あるいは政策実現のためにはあくまでも単独政権を目指すべきだと「野党結集」とか「野党共闘」などということに否定的になった政治家たちのどちらかでしかないだろう。それでも安易に分裂して「新党」を作ろうとする政治家たちが何人か出てくるかもしれないが彼らは国民から本音を見透かされて選挙で淘汰されていくことになるだけだろうと私は考えている。
鳩山代表が党分裂を防ぐために打つべき「次の一手」は「野党結集」のために政策の一致に基づいて「来る者は拒まず去る者は追わず」という原則を徹底させることだと私は考えている。わざわざ最初から民主党と自由党などが「新党」を作るとか作らないという話にするのではなく、段階的な「野党結集」を考えていけば話がより具体的になって実現性も高くなるのではないかと私は考えている。
例えば、小沢党首を除く自由党の選挙区選出国会議員(衆院3人、参院2人、11/22現在)とほとんどの比例代表選出国会議員(衆院18人、参院6人、11/22現在)が小沢党首と数人だけを残して自由党を集団離党し、選挙区選出議員はとりあえず今の民主党の政策を「丸のみ」して民主党入りし、無所属となった比例代表選出議員も国会の中だけでは民主党と一緒の会派に入ってすべての法案などの賛否をとりあえず一致させる。そして党内に「民主党・小沢一郎派」か「民主党・旧自由党系グループ」を結成した上で民主党の党改革に積極的に関与して小沢党首や今の自由党の同志たちも納得できる党改革を断行した後で総選挙直前に全員が合流する。もちろん民主党の党改革を進めていく間にどうしても旧社会党を再興したいとか新しい民主党とは別の政策を実現する政党を作りたいなどと去っていく人たちは絶対に引き留めない。ちなみに民主党が「泥船」のままでどうしようもなくなったときには旧自由党系の人たちには小沢党首が待つ自由党という戻るべき船もしっかりと残されている。ちなみに今は与党にいる「どこかの政党」が旧新進党に参加したときにこのような段階的な手法を採用してその安全性と信頼性に大きな実績を残しているということは小沢党首もよく知っているはずである。
もしも小沢党首が民主党への「加入戦術」を決断してそれが実現するとしたら自由党との合流に消極的だったり反対している民主党の政治家たちも自分たちの方が党を出ていかなければいけなくなるわけだから相当覚悟を決めて行動しなければいけなくなる。国民にとってはその方が選挙で本物と偽物を見分け易くなるかもしれないので望ましいことだと私は思っている。「野党結集」を目指すにしても目指さないにしても、民主党は政策の一致に基づいて「来る者は拒まず去る者は追わず」という原則を貫いて本当の意味での一つの政党になっていかなければいけない。本当の意味での一つの政党にならなければ分裂しなくても「泥船」のままやがて沈んでいくだけである。「ある野党」に投票してみたら自分がとんでもないと否定したはずの他の野党までもれなく一緒についてくるという「野党共闘」などと称した愚かなことも国民を欺く許し難いことだと私は思っているが、「ある野党」に投票してみたらかつて国民から見放されて消えたはずの野党が入っていたなんていうことはさらに国民を欺く悪質なことだと私は思っている。
1996年秋の旧民主党結成ごろからの指導者としての鳩山代表の政治行動や発言を私なりに「研究」「分析」してきた結論として鳩山代表にはあまりにも人柄が良いことを含めたいくつかの点でやはり指導者としては「疑問符」を付けざるを得ない。だが、そんな鳩山代表でもいくら辞任を強く求められたとしても「どこかの殿様」のように指導者の地位を無責任な形で放り出すようなことだけは絶対にしないはずだし、不適格な人物や好ましくない人物が自分の後継になることを阻止することぐらいは十二分にやり遂げる能力を持っているはずだと私は見ている。
そう言えば、鳩山代表はたしか代表選前にも「世代交代が実現したら国会議員のバッジを外すべきだと思う」などと自らの進退に触れるかのような発言をしたことがあった (→参考:2002/8/14号)。今年前半の永田町の「流行語」のように「政治家の出処進退は自らが決めるべきこと」だと私も思っているが、トップならばトップらしく「トップとしての最後の責任」をきちんと果たしてから辞めてもらいたいものである。鳩山代表が辞めるときには最低でもしがらみだらけのベテラン議員たちもすべて巻き添えにしてもらわないと困る人たちも多いのではないか。できれば安心して未来を託せる人間にしっかりと座っているイスを譲ったりバトンを託す、最悪でも将来を語る資格を持たない人間には絶対に将来を語らせず、未来を託せない人間にだけは絶対に未来を託さないということを現職の代表としての最後で最大の仕事だと考えてもらいたいものである。鳩山代表には森前首相にすらできたことが自分にできないわけがないぐらいの図々しさを持って「トップとしての最後の責任」だけは間違いなく果たしてから辞めてもらいたいものである。もちろん小泉首相にも同じことが言える。
マレーシア・クアラルンプールで2年ぶりに再開された日本と北朝鮮による国交正常化交渉(10/29-30)では、日本側が北朝鮮による日本人拉致問題と核兵器を含む安全保障問題を最優先課題として帰国した日本人拉致被害者5人の北朝鮮に残された家族の帰国日程の確定や核開発計画の即時放棄などを求めたが、北朝鮮側はそれらの問題には前向きな姿勢を示さずに国交正常化やその後の経済協力を中核的に協議するように求めて物別れに終わったという(→日朝平壌(ピョンヤン)宣言に明記された安全保障協議の11月中の立ち上げでは合意。北朝鮮側は11月末に次回の国交正常化交渉を行うことを提案、日本側は回答を留保)。
北朝鮮による拉致問題と核兵器開発やミサイルの問題での日本や国際社会の要求は明らかに正当なものであるし、いろいろな意味で北朝鮮の方が日本よりもずっと弱い立場にあることは間違いないが、もっともっと日本が北朝鮮を強く押していけば何事も上手く解決するはずだなどというような単純な「パワーゲーム」には絶対に持ち込むべきではないと私は考えている。最悪の場合には北朝鮮側が自分たちの立場を有利にしたいがために国際社会の常識からはとても考えられないようなものを次から次へと「カード」にしてくる危険性があるからである。拉致問題と核兵器開発やミサイルの問題では本質的な部分では譲歩の余地は全くないのだから日本は国際社会と一緒になって一切妥協せずに問題解決を北朝鮮に強く迫っていかなければならない。しかし単純な「パワーゲーム」などのような北朝鮮の「土俵」には絶対に乗るべきではない。やむを得ず乗らざるを得ないようなことがあったとしても必要以上に長居すべきではない。日本としては北朝鮮側が使ってくるであろう多くの「カード」をほぼ完全に封じることができるような「土俵」でじっくりと交渉を進めるべきである。そのためには日本、米国、韓国の3カ国の緊密な連携、そして中国、ロシアを含めた国際社会の協力が必要不可欠である。国際社会の幅広い協力を得るためにも、また北朝鮮に訳の分からない誤解をさせないためにも、日本は北朝鮮との国交正常化に向けた基本方針、国交正常化とその後の経済協力に至るまでのプロセス、それらを推進していく基本的な枠組み・構図などといったことをもっともっと分かりやすい形で国際社会に示す必要があると私は考えている。国際社会が日本の北朝鮮に対する基本的な方針を十分に理解し、日本が目指していく国際社会による北朝鮮に対する基本的な枠組み・構図を国際社会と日本が完全に共有するようになれば日本にとっても国際社会にとっても致命的に大きな失敗の可能性だけはほぼゼロにすることができるだろうと私は考えている。
北朝鮮が責任を持って日本や国際社会が持っている懸念を一つひとつ解消していかない限り、日本が「過去」の問題をすべて清算して北朝鮮との国交を正常化し、その後に経済協力を行うことは不可能だと私は考えている。日朝平壌(ピョンヤン)宣言の精神と客観的な国際情勢から判断すると、北朝鮮は最低でも以下のような日本や国際社会が持っている「5つの大きな懸念」をすべて解消していく必要があると私は考えている。
(1) 北朝鮮は本気で国際社会の責任のある一員になろうとしているのか。そもそも北朝鮮は話し合うべき相手なのか。
(2) 緊急の人道支援をせざるを得ないような場合には、間違いなく末端の国民一人ひとりにまで十分な量の支援が届くのか。
(3) 北朝鮮が国際社会の責任のある一員にほぼなりつつあると客観的に判断できるような状態になったとしても、国交正常化後にすぐに北朝鮮が逆戻りして日本などが国交を断絶せざるを得ないような事態は本当に起こらないのか。
(4) 国交正常化後の経済協力が日本や国際社会の安全保障を脅かすようなことには本当にならないのか。間違いなく末端の国民一人ひとりも経済協力の恩恵を受けることができるのか。
(5) 日本が北朝鮮と国交を正常化し、その後に経済協力をすることによっていくつもの波風は立ったけれども37年かけてようやくサッカーのワールドカップを共催するまでになった日本と韓国の友好関係に悪い影響を与えるようなことは本当に全くあり得ないのか。
特に(1)の北朝鮮が本気で国際社会の責任のある一員になろうとしているのかという懸念を日本や国際社会から持たれた場合には北朝鮮はいつでも何度でも即刻解消しなければならない。だからこそ国交正常化交渉では人道上の問題である北朝鮮による日本人拉致問題や核兵器を含む安全保障問題が最優先課題なのである。もしもたった一度だけそういう懸念に前向きな姿勢を示しただけで北朝鮮が本気で国際社会の責任のある一員になろうとしているとか、国際社会の責任のある一員になったと国際社会から認知されるとでも思っているとしたらそれは致命的な勘違いである。北朝鮮がそういう懸念を解消しなければ交渉は決して前には進まないし、またいくら交渉が進展していても新たに浮上した懸念を解消しなければすべての成果はご破算にならざるを得ない。日本も国際社会も国際社会の責任のある一員になろうという気がさらさらない相手と話し合うことは絶対にできないので交渉は中断、最悪の場合にはそのまま打ち切りということにならざるを得ないからである。
繰り返すが、北朝鮮が本気で国際社会の責任のある一員になろうとしているということが国交正常化交渉などすべての交渉の大前提のはずである。もしも北朝鮮がそのことを十分に理解していないとしたら日本や国際社会は辛抱強く北朝鮮にそのことを理解させるところから始めなくてはいけなくなってしまう。北朝鮮は拉致問題などの人道上の問題、核兵器開発問題などを交渉の「カード」に使うようなことをすれば国際社会の責任のある一員になろうという気が全くないと国際社会から見なされてしまうということぐらいはきちんと理解しているのだろうか。以前にも書いたが(→2002/10/20号)、「北朝鮮は国内にいる約2200万人を人質にして様々な意味で苦しい生活を強い、何年に一度かの頻度で国際社会に核兵器・ミサイル問題などで大きな恐怖感を与えて何かを求めてくるような『無責任な国家』ではないということを国際社会に説得力のある形で示すべきである」と私は考えている。もう一度繰り返すが、だからこそ日本と北朝鮮の国交正常化交渉では人道上の問題である北朝鮮による日本人拉致問題や核兵器を含む安全保障問題が最優先課題なのである。
マレーシアで行われた国交正常化交渉で北朝鮮は帰国した日本人拉致被害者5人を北朝鮮に戻す「約束」を日本が破ったなどと再三主張し、5人が北朝鮮に残された家族と電話連絡することも認めなかったという(→残された家族の安全確保は保証)。こういう北朝鮮側の対応は国際社会の常識から見るといったいどういうことになるのだろうか。北朝鮮が家族を「人質」にしているとまではあえて言わないが、国際社会の常識に反していることは間違いない。仮に「約束」があったとしても北朝鮮に戻した後に5人やその家族に対して国際社会の常識に反するような何らかの不利益なことや自由な意思決定ができない環境が待っていたり、日本側の家族との連絡が十分に取れなかったり途絶えてしまうような危険性が高いと客観的に判断される場合にどうして日本政府が5人を北朝鮮に戻すことができるというのか。そもそも5人とその他の拉致被害者は日本人、そしてその拉致被害者の家族はすべて日本国籍を取得していても何の不思議もない人たちばかりである。なぜ危険があるところに日本人が出国するのを日本政府が止めてはいけないのか、しかもなぜ拉致を行った北朝鮮側にとやかく言われなくてはいけないのかが私には全く理解できない。
そういう意味で日本人拉致被害者5人を北朝鮮に戻さずに永住帰国させる方針を決めた日本政府の決定(10/24)を私も基本的には支持する。ただし、例えば、日本への永住については本人の希望を完全に尊重するということを明確にした上で北朝鮮に日本人拉致被害者と家族たち、そしてすべての拉致被害者の調査を行うための日本政府の第2次調査団などを乗せた特別機2機を派遣するという「選択肢」まで完全に排除してしまうことには賛同できない。もしかしたらお父さんやお母さんたちが「お父さんやお母さんに非常にそっくりな人たち」をたくさん連れてきて「すぐに一緒に日本に行こう」などと言えば子供たちにはそれ以上の説明はほとんどいらないのかもしれない。そして拉致被害者と家族は北朝鮮に残っていた家族と一緒に乗ってきた特別機でそのまま日本に戻ればいい。もう1機はすべての拉致被害者の徹底した調査にある程度の目途が付くまでは北朝鮮にとどまり、帰りには先に戻った拉致被害者とその家族の荷物、それから新たに日本に帰るべき人たちが出てきたのならばその人たちも一緒に乗せて帰ってくればいい。実際にどうするかということとは全く別にしてそういう「選択肢」は残しておくべきだと私は考えている。
ちなみに北朝鮮が国際社会の責任のある一員になろうと本気で思っているのならば、この際、とりあえず国際社会に強烈な「第一撃」を加えてまずは「戦果」や相手の出方を見極め、次の一手の準備ができるまでは安全なところに隠れたまま沈黙を守るというような「ゲリラ戦外交」とか、普通の民間人を無理矢理「別働隊」に仕立て上げて使ってくるような「パルチザン外交」とか、たった一つの硬直的な「指示」しか交渉の場に用意せず、相手が受け入れないことがハッキリすると後はいかにして自分たちが責任を取らずに済ますかということしか考えなくなるような「官僚主義外交」などと呼ぶべきものとは完全に決別した方がいい。
また、「体制保証」などというものは決して米国とだけ約束すれば実現するというような性質のものではなく、結局のところは、誰の目にも明らかな形で北朝鮮という国家が国際社会の責任のある一員であるということがハッキリし、少なくとも北朝鮮の大多数の国民からは現体制が存続する限り自分たちは決して生きていけないとか幸せになれないなどと思われないという状態になって初めて実現するものであるということを北朝鮮はきちんと理解する必要がある。そういうことは労組のストライキや学生の過激なデモが何度繰り返されたとしても、さらに「どこかの国」がそういう過激な動きになんとか便乗しようとしてどんな滅茶苦茶なことをやったとしても、韓国では政権が交代するようなことはあっても体制が崩壊するようなことは一度もなかったということを思い出してみればすぐに分かることのはずである。
さらに言うならば、北朝鮮は自衛の「権利」などを声高に唱える前にまずは国際社会における「義務」とか「責任」というものをしっかりと果たすべきである。「権利」と「義務」が表裏一体のものであるということは民主主義社会では当たり前すぎるぐらい当たり前のことであるし、そのことは国際社会でも基本的には同じはずである。民主主義社会では多くの場合「バッチ」などを付けなくても自分たちの国や社会に誇りを持って責任のある行動が取れるものである。あるいは民主主義社会では「バッチ」は胸に付ける代わりに心の中に付けて「権利」と表裏一体のものである「義務」や「責任」をしっかりと果たすと考えてもいい。もっとも日本でも国会議員をはじめとして目立つ場所に「バッチ」を付けるのが大好きな人たちがいるから付けたければ勝手に付ければいいだけの話だが、何にしても北朝鮮が国際社会の責任のある一員になろうと本気で思っているのならば国際社会では「権利」と「義務」は表裏一体のものであるということぐらいはきちんと理解しなければならない。
なお念のために言っておくが、北朝鮮は本当に「国家」なのかと疑われるようなこととは完全に無関係であるということを国際社会に説得力のある形で示しておくべきである。麻薬や覚せい剤などの密輸、偽造旅券や偽札の使用、拉致や誘拐、傷害や殺人、海外の同胞を脅したりだましたりして現金を巻き上げるような詐欺や恐喝など…、もしもあらゆる犯罪行為に特殊機関の一部が「妄動主義」「英雄主義」に走って手を染めている可能性があるとしたら、徹底的な調査をした上ですべての実行犯と責任者を厳重に処罰し、そのことを裁判や記録の公開などの誰の目にも明らかな形で示した上で再発防止に向けた対策を講じるべきである。万一犯罪行為が国家的な規模で組織的に行われている場合には国際社会の常識ではその「国家」は「国家」ではない。「構成員の規模」と「縄張り」は大きくても単なる「犯罪組織」や「マフィア」である。どうしても「国家」という名称で呼ばなくてはいけないとしたら「ならず者国家」ということになってしまうだろう。この際、北朝鮮は間違いなく「国家」であるということも国際社会に説得力のある形で示しておく必要がある。「国家」が「犯罪組織」や「マフィア」と対等に話し合うことはないということは言うまでもないことである。
北朝鮮による日本人などの拉致問題はおそらく北朝鮮国内にはほとんど伝わっていないのだろうが、小泉純一郎首相が北朝鮮にやって来て日本と北朝鮮がそのうち国交正常化するかもしれないということぐらいはきっとかなり多くの人たちが知っているのだろう。北朝鮮国内にいる人たちはそのニュースを知っていったいどう思ったのだろうか。北朝鮮が今までさんざん悪く言ってきたかつて植民地支配をしたあの日本と国交を正常化するかもしれないという話になっているのならばたぶん何かが変わるはずだと思ったことだろう。中には「日本」と聞いて「もしかしたら」と特別な期待を抱いた人たちもいるかもしれない。5人以外にもまだ北朝鮮にいる可能性がある日本人の拉致被害者、日本人配偶者やかつて日本にいたことがあるなどの日本と何らかの関わりを持つ人たち、もしかしたら韓国人をはじめとするその他の拉致被害者・抑留者、韓国に離ればなれになった親族がいる人たちも特別な期待を抱いたかもしれない。日本は北朝鮮の人道上の問題を放置しない。もちろん緊急の人道上の支援が必要な末端の人たちを含めて日本は北朝鮮にいる一人ひとりを決して見捨てないし、間違っても一人ひとりは見捨てるべきではない。
もしもマレーシアで行われた国交正常化交渉がなぜ物別れに終わったのかということを北朝鮮が日本を厳しく非難するという形で国内には伝えないとしても、日本に行った人たちが戻ってこないから日本との交渉が進んでいないらしいということが何らかの形でなんとなく伝わるだけでも日本に特別な期待を抱いた人たちは状況を理解して希望を持ち続けることができるのかもしれない。どんなに厳しい情報統制の下でも何らかの形でなんとなく伝わってくることは伝わってくるだろうということは、第二次世界大戦中の厳しい生活の明確な実体験を持っており、しかも戦後には今までと正反対の価値観に突然変わって大いに戸惑った経験を持っている年配の日本人でなくても容易に想像することができる。そう考えれば日本が主張すべきことをきちんと主張して結果的に交渉が物別れに終わった意味は思っている以上に大きいのかもしれない。
それにしても北朝鮮国内で間違っても人道上許されないことが行われていないのだとするならば、日本や韓国など海外にいる家族や親類と純粋に私的な事柄について自由に手紙や電話のやりとりをしていったいどんな不都合があると言うのだろうか。少なくとも北朝鮮は国内にいる人たちが海外にいる家族や親類と自由に手紙や電話のやりとりをすることぐらいは即刻認めるべきである。
唯一の超大国の外相の真似をするつもりはないが、北朝鮮は子供たちがウランなどを食べて空腹を満たすことができるとでも言うつもりなのだろうか。核兵器の開発にカネを費やすぐらいならば、他にいくらでも急いでカネを費やさなくてはいけないことがあるはずである。核兵器は人々の食欲を満たさないばかりか国際社会にとって非常に大きな脅威である。日本は北朝鮮の人道上の問題や核兵器開発の問題に鈍感でいるわけにはいかない。くどいようだが、だからこそ日本は北朝鮮との国交正常化交渉で人道上の問題である北朝鮮による日本人拉致問題や核兵器を含む安全保障問題を最優先課題にしているのである。
どういうわけか現時点ではほとんど取り上げられていないが、先に示した「5つの大きな懸念」のうち(5)の韓国との友好関係に悪影響を与えてしまうのではないかという日本側の懸念は本来ならばもっと強調されてもいいはずである。日本は韓国との友好関係に悪い影響を与えてまで北朝鮮と国交正常化したり、その後に経済協力をするようなことは絶対にないということを改めて北朝鮮側に明確に示しておく必要があると私は考えている。日本の経済協力は朝鮮半島の人たち一人ひとりに植民地支配などの「過去」を「補償」するという意味合いも持つものであり、断じて誰かへの「貢ぎ物」などではないということを考えればなおさらである。韓国・釜山(プサン)のアジア大会にやってきた北朝鮮の女性だけの大応援団が「祖国統一」などと繰り返し叫んでいたことを思い出すと普通に考えるならば北朝鮮は韓国との「統一」の障害になるようなことをやれるはずがない。従って北朝鮮は日本との国交正常化交渉と同時並行的に韓国との関係も改善していかなければならないはずである。
韓国が反対すればすべてをストップさせるとまでは言わないが、少なくとも日本としては国交正常化後の経済協力については韓国も歓迎するような内容のものを優先していかざるを得なくなるということを北朝鮮はしっかりと理解しておく必要がある。もちろん日本や国際社会の安全保障を脅かしたり、末端の一人ひとりまで恩恵を受けられないようなことに日本は一切協力できないということは言うまでもないことである。例えば、もしも北朝鮮が港湾施設などのインフラが整っていると見られる南浦(ナムポ)、元山(ウォンサン)、清津(チョンジン)のようなところや、韓国との軍事境界線に近い開城(ケソン)や金剛山(クムガンサン)周辺などを完全に非軍事化した状態で新たに「経済特区」に指定し、そういうところで末端の一人ひとりまで恩恵を受けられることに繋がると日本も韓国も確信できるような事業にだけ日本が経済協力をするというような話にでもなるのならば、日本や韓国、そして米国だけでなく、中国やロシアを含めた国際社会からも理解が得られると思われるので比較的話がスムーズに進むのかもしれない。いずれにしても北朝鮮が本気で国際社会の責任のある一員になろうという気がなければすべては単なる絵空事に終わってしまう話である。
たとえが的確かどうかはよく分からないが、国交正常化までの道のりの途中で北朝鮮はまず長い長い細い「つり橋」を渡って日本を含めた国際社会が待っている「こちら側」に来なければいけない。念のために言っておくが、今までせっかく1/3ぐらいまで渡ってきた「つり橋」の途中で後ろを振り返ったり引き返したとしても「反対側」には中国やロシアはもちろんのこと、国際社会の責任のある一員はもう誰も残っていないはずである。この「つり橋」を渡り終えなければ北朝鮮は決して国際社会の責任のある一員にはなれない。落ちない程度まで猛スピードを出して一気に渡ってしまうのか、ためらいながらも着実に一歩ずつ進むのか、それとも三歩進んで二歩下がるような摩訶(まか)不思議な進み方をするのかは基本的には北朝鮮自身に任せるがなるべく早く「つり橋」を渡り終えて国際社会の責任のある一員になった方がいいに決まっている。なかなか「つり橋」を渡ってこなければ自然に体制が崩壊してしまう可能性も十分にあるからである。「つり橋」を渡り終えれば日本との国交正常化、その後の経済協力どころか、それ以上の素晴らしいことが北朝鮮にはたくさんあるはずだし、日本、米国、韓国、そして中国やロシアを含めた国際社会にとっても北朝鮮が国際社会の責任のある一員になればそれぞれに良いことがある。だからみんな待っているわけである。
もしも北朝鮮が「つり橋」を渡る気があるのに途中でつまずいて「谷底」に落ちそうになったり、力尽きて途中で上手く歩くことができなくなってしまうようなことがあるのならば、日本を含めた国際社会は北朝鮮に声援を送ったり、先に渡り終えている「つり橋」をあえて引き返して北朝鮮に手を差し伸べるようなことはあるとは思うが、もしも北朝鮮が渡るつもりがないのに途中でうずくまってみたり、わざとつまずいたり、「つり橋」を揺らしたりして危機を作り出すようなことをするのならば日本を含めた国際社会は北朝鮮を見放すしかないだろう。
繰り返しになるが、北朝鮮に「つり橋」を渡らせて国際社会の責任のある一員にするためには国際社会が北朝鮮に対する基本的な枠組み・構図などを共有した上で日本、米国、韓国の3カ国の緊密な連携を維持し、さらに中国、ロシアを含めた国際社会の協力を取り付けていくことが必要不可欠である。そういう意味でも日本にとっては今後とも米国と韓国の間の「距離」があまり広がらない方が望ましい。北朝鮮の「身内」である韓国には今後とも北朝鮮から見て日本よりは少し柔軟と呼べる程度の「距離」にいてもらいたいし、米国には常に日本よりも少し強硬と呼べる程度の「距離」にいてもらいたい。日米韓3カ国が緊密な連携の下に適度の「距離」を保った「ライン」を作り、中国やロシアを含めた国際社会が適切な協力をしてくれれば、あとは北朝鮮に本気で国際社会の責任のある一員になろうという気さえあれば上手くいくはずだと私は考えている。
北朝鮮は本気で国際社会の責任のある一員になろうという気があるのか。北朝鮮が本気で国際社会の責任のある一員になろうという気があるのならば、まずは日本が国交正常化交渉で最優先課題として掲げた人道上の問題である北朝鮮による日本人拉致問題や核兵器を含む安全保障問題の完全解決に向けた決意を具体的な行動で示すべきである。北朝鮮は日本人拉致被害者の家族の日本への出国を即刻認めるべきだし、すべての拉致被害者の安否などの調査に誠意を持って積極的に協力すべきである。また核兵器開発計画は即刻放棄して国際機関などの査察を即時、無条件、無制限に受け入れるべきだし、日本などを標的にして配備しているミサイルをすべて廃棄すべきである。そして北朝鮮は最低でも先に示した「5つの大きな懸念」のすべてを解消して国際社会の責任のある一員になっていくべきである。
不良債権処理の加速策をめぐって竹中平蔵金融担当相と与党や銀行が厳しく対立したこともあって既存のマスコミなどでは注目されていたが、ようやく政府の総合デフレ対策が10/30に発表された。骨抜きにされたり後退したのかという評価も含めて私はこの総合デフレ対策をあえて「黙殺」する。理由は具体的な行動や成果がなければ評価のしようがないからである。何度も何度も繰り返しているが、小泉首相にはもっともっと多くの具体的な行動や成果を示してもらいたいものである。なお同じ10/30には第155臨時国会になって初めての党首討論が行われた。こちらも「黙殺」してしまいたいところだが、あえてひとことだけコメントすることにする。1回1回の発言時間を例えば「1分程度」などに制限しなければ討論らしい討論にすることはほとんど不可能なのかもしれない。もしも長々と「演説」したり「朗読」したいのならば予算委員会でやってもらいたいものである。何度も何度も繰り返し主張していることだが…。日本の政治は相変わらず「異常なし」の状態である。異常な状態がすっかり定着して「異常なし」の状態が続いている。
10/25に民主党の石井紘基代議士が自宅前で男に刺殺された。本当に突然の出来事だった。少し時間が経過してどうもよく分からない人物によく分からない理由で命を奪われたらしいということなどを聞くと何とも言えない複雑な心境になってくる。石井代議士のご冥福を心からお祈りします。
石井代議士は「国会ですごくたくさん質問をする議員」「しかもかなり細かいところまでしつこく質問する議員」という印象が私には非常に強く残っている。厳しく追及するような質問以外の質問も何度か聞いたことがあるはずなのだが、なぜか私の印象にはあまり残っていない。まだまだ国会で質問したいことが山ほど残っていたことだろうと思う。そんなことを考えながら衝撃的なニュースの直後に故・石井代議士の選挙区をかすめて衆参統一補選の取材に向かった。
10/27に投・開票が行われた衆参統一補選は与党側の5勝2敗、野党側の1勝6敗、その他の勢力の1勝、そして記録的な低投票率という結果に終わった(→なお衆院福岡6区に立候補して失職した民主党の前代議士は落選(→参考:2002/9/29(2)))。何よりも投票率が大幅に低くなることを恐れていたのだが、予想通り、いや予想以上にひどい結果になってしまった。もともと補選は有権者の関心が低くなる傾向があるが、いわゆる「無党派」が多くて候補者の顔ぶれも豊かな「ある選挙区」では候補者たちや選挙運動をする人たちが完全に街から浮いており、かなりの低投票率になりそうな「冷たい空気」を私も実感した。
例によって例のごとく与野党の政治家たちは自分たちに都合の良いように選挙結果を勝手に解釈しているが、せめて記録的な低投票率の背後にあるものを正しく理解しようとするぐらいのことはしてもらいたいものである。低投票率の理由を強引にひとことで片付けるならば、「多くの有権者にとっては自分が投票してまでどうしても当選させたいと思う候補者がいなかった」ということになるだろうと私は思っている。候補者自身に何らかの問題があったからなのか、政党に問題があったからなのか、日本の政治全体に問題があったからなのか、あるいはその他の問題があったからなのか、それともそれらのすべてが絡み合ったもっと深刻な問題があったからなのかはともかくとしても、多くの有権者にとっては自分が投票してまでどうしても当選させたいと思う候補者がいなかったということだけは間違いないだろう。日本は自由な民主主義国家だから当局が特定政党の支持者の投票を妨害するようなことは絶対にあり得ないし、仮に投票日に何か用事があったとしても投票できる時間は長いし、不在者投票もあるのだから、有権者がその気になりさえすればほぼ100%の確率で投票できる。なぜこんな当たり前のことをあえて言うのかというと、有権者がその気にならない理由のかなりの部分が今の与野党の政治家たちの側にあるということをもっと真剣にそして深刻に受け止めるべきだと考えているからである。与野党の政治家たちは実は「冷たい空気」にすっかり慣れてしまって本当の意味での危機意識が薄いようである。日本の政治は相変わらず「異常なし」の状態である。異常な状態がすっかり定着して「異常なし」の状態が続いている。
「民主党政権実現の前哨戦の選挙という位置付けに持ち込めなかったことが無党派層の棄権につながった」とか「完敗だ。しかも、投票率が全選挙区で過去最低を下回った。民主党に期待をする有権者が、投票に行かなかった結果だと言える。有権者が現執行部をリコールしたと言えないか」などという呆れてものが言えなくなるようなことを言っているベテラン議員たちがどういうわけか民主党にはまだ残っているらしい。世論調査結果などからも明らかなように、間違っても「無党派層=民主党支持者」ではないし、そもそも支持率数%程度の民主党はほとんどの国民から支持されたり期待されたりしていないはずである。今よりもずっと多くの国民が民主党に期待したことがあるにはあったがそれは「かつての一時的な話」である。だからこそ先の代表選では見事なほど国民からほとんど関心を持たれず、しかも代表選を通じて支持率を驚くほど激減させたのだろう。自分たちの周辺だけに人気がある候補者を「世論の高い支持がある」などと主張するような救いようのない勘違いした政治家たちがいなかったらいくら何でも支持率が半減とか1/3に激減なんていうことはあり得なかったはずである。そしてそんな国民から期待されない政党だからこそいくら与党側にスキャンダルが続出したとしても、いくら与党側が分裂したとしても、あるいはいくら「野党共闘」と称して与党の他に有力な候補者が出てこないように「談合」したとしても、補選で完敗したのではないのか。
「民主党の支持者が棄権したから低投票率になった。だから完敗した」などという類の何をどうしたらそんな救いようのない勘違いができるのか理解できないほどの牽強付会は、民主主義というものを全く理解していない組織政党が低投票率の選挙で「敗北したが得票率は上昇したから健闘した」などと言い張るのと良い勝負である。もしかしたら致命的な勘違いをし続ける人間でなければとても「泥船」なんかには乗っていられないということなのだろうか。相変わらず野党は「泥船」だらけである。だから「泥船」を見ればどんなに与党がダメでもまともに見えてくるし、「新党」が魅力的になってくるのである。こんな状態では政権交代はまずあり得ない。日本の政治は相変わらず「異常なし」の状態である。異常な状態がすっかり定着して「異常なし」の状態が続いている。特に野党の政治家たちは現実を直視すべきである。
小泉純一郎首相の掲げる政策や方針のほとんどに自民党を中心とする与党が猛烈に反発し続けたり、とても一つの政党とは思えないくらい主義・主張が完全にバラバラな人たちを寄せ集めてなんとか野党第一党になっているだけなのに「次の政権与党候補」を気取ってみる政党があったり、たまたま一緒に野党になっているだけの関係にすぎない複数の政党の間で「野党共闘」をやれば必ず政権交代が起きるなどというデマが流し続けられるような訳の分からない異常な状況がこれだけ長く続いてくると、そろそろ「与党」「野党」「政党」「政策」などという言葉の定義を完全に見直して辞書の記述も大幅に書き換えなくてはいけなくなってきているのではないかと私は本気で心配になってくる。
現状では「与党」とは小泉首相と政府・与党内の少数派、「野党」とは小泉首相を内閣総理大臣に選んだはずなのに小泉首相と激しく対立している与党の中の多数派、「政党」とは選挙のための互助組織、「政策」とは政治家がいかにも仕事ができるように見せかけたり選挙で票を集めたりするために使う耳障りの良い言葉の寄せ集め、などということになっているようである。そして現状では完全に居場所を奪われてしまった普通の意味での野党は「野党共闘」などと称して選挙のための互助組織に特化して生き残ろうというつもりなのかもしれない。「与党」「野党」「政党」などというものの定義が「国際基準」から著しく逸脱している現状を放置すれば政治家たちは国民を欺き続けることになるわけだが、たとえどんなに大きな痛みを伴っても「国際基準」に合うように原状を回復させるのか、それとも開き直って「日本独自基準」を採用すべきなのかということはなかなか悩ましい問題である。
今の日本の政治には説得力のある「政界再・再・再・再編の大義名分」がいくつも存在していると私は考えている。しかし、政治家たちが選挙目当てに政党を作ったり、壊したり、出たり、入ったりするようなことに国民はもううんざりしているはずである。またかつての日本新党のような「新党」にも国民はそれほどさわやかさを感じないだろうし、おそらく大きな期待も抱かないだろう。もしも政治家たちがこのまま日本の政治の異常で危機的な状態に鈍感であり続けるのならば、政治家としての十分な能力があるのかどうかという話以前に「与党」「野党」「政党」「政策」などといった言葉の意味も良く分かっていない「基礎学力」に欠ける人たちだと国民から見なされてしまうだろう。
日本の政治における政治家たちの「基礎学力」を強化するための最も手っ取り早くて最も確実な方法は自分たちがどうしても当選させたいと思う候補者たちがたくさん存在する条件下で選挙を繰り返すことである。日本の政治は相変わらず「異常なし」の状態である。異常な状態がすっかり定着して「異常なし」の状態が続いている。どの政党でも誰でもほとんど何も変わりそうにない状態がこのまま長く続けば冗談抜きにやがて民主主義は崩壊してしまうかもしれない。まだまだ書きたいことがたくさんあるが、あえてひとことだけに絞るのならば、日本の政治が相変わらず「異常なし」の状態を続けていることが実に気がかりである。
ケリー米国務次官補の訪朝時(10/3-10/5)に北朝鮮が核兵器開発を継続していたことを認めたことが明らかになったり(10/17)、10/18に召集された第155臨時国会(→12/13まで)での小泉純一郎首相の所信表明演説(10/18)が不評だったことなどを受けて急いで触れなくてはいけないことがいくつか出てきた。北朝鮮が核兵器開発を隠して日朝平壌宣言に署名したことを含めて反発と波紋が広がっても小泉首相は10/29から国交正常化交渉を再開する方針を変更しない考えを示したが、それは間違いなく正しい判断だったと私は思うし、おそらく日本としてはそれ以外の選択肢はないのだろうと思っている。
北朝鮮が核兵器開発を認めた真意とか、米国がしばらく時間をおいてから発表した理由などは少なくとも現時点ではよく分からないが、北朝鮮が核兵器開発を認めないよりも認めた方が良かったことだけは間違いない。韓国は10/20から北朝鮮との南北閣僚級会談を平壌(ピョンヤン)で行っている。その中でも核開発問題は取り上げられたようである。北朝鮮の核開発問題を現時点では外交交渉で解決していく方針の米国はケリー米国務次官補を協議のために韓国(10/19)と日本(10/20)に派遣した。米国は北朝鮮に対して強硬姿勢を示し、「身内」である韓国は「太陽政策」(包容政策)を示すなど一見バラバラに見えるかもしれないが、日本、米国、韓国の連携はまるで示し合わせて「役割分担」でもしているかのように今までもずっと上手くいってきたと考えるべきだと私は思っている。10/26にはメキシコで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の際に日米韓首脳会談が行われる見通しである。今後とも北朝鮮問題での日米韓の連携を維持すると共にさらに中国やロシアを含めた国際社会にも必要な協力を求めていく必要がある。そのためには世界に対して日本の姿勢を明確に示す強い「メッセージ」を発信することが必要ではないかと私は考えている。小泉首相は所信表明演説で世界中を瞬時に駆け巡るようなインパクトのある明確で強い「メッセージ」を発信すべきであった。
言うまでもないことだが、日本は北朝鮮との国交正常化交渉では拉致問題と共に核開発問題を最優先課題にすべきである。そして「北朝鮮は国内にいる約2200万人を人質にして様々な意味で苦しい生活を強い、何年に一度かの頻度で国際社会に核兵器・ミサイル問題などで大きな恐怖感を与えて何かを求めてくるような『無責任な国家』ではないということを国際社会に説得力のある形で示すべきである。そのためにもまずは日本人を含めた国内にいるすべての人たちの人権を目に見える形で完全に尊重・保障せよ。そして核兵器開発を即刻断念し、日本などを狙っているミサイルもすべて廃棄せよ。北朝鮮が本気で国際社会の責任ある一員になるつもりがあるのならば日本は経済的なことも含めて必要な協力をする用意があるし、もちろん韓国、米国なども協力してくれるだろう。しかしもしも北朝鮮が国際社会の責任ある一員になるつもりがないのならば、国際社会は自分たちの身を守るためにやむを得ず誰にとっても不幸なことにもあえて踏み切らざるを得なくなる。ウソだと思うのならば中国やロシアなどに聞いてみてもいい」などと北朝鮮に対して客観的な国際情勢と日本の立場を遠慮なく明確に伝えるべきである。
10/15から北朝鮮による日本人拉致被害者のうち5人が一時帰国している。10/28にも北朝鮮に戻ると伝えられているが、子供たちや配偶者を北朝鮮に残して日本に来ているのだからそれはやむを得ないことなのだろう。短い期間で約24年間の「空白」をすべて埋めるのは難しいことなのかもしれないが、故郷である日本が今も変わらずに安心して家族と共に生活できそうな場所だということを5人に実感してもらうことぐらいはできるのだろうか。もしもそういうことを実感してもらえるとしたらまさに「日本もまだまだ捨てたものではない」ということになるのだろう。旅券を発給したり、婚姻届を受理したりするなどという当たり前のこと以外にも日本政府が5人を含めたすべての日本人拉致被害者にできることはまだまだたくさんあるはずである。例えば、5人が北朝鮮に戻る際には日本との自由な手紙や電話のやりとりを北朝鮮側に明確に約束させ、また最低でも週1回ぐらいは日本側も立ち会った上で平壌から日本に向けて5人とその家族らの映像を生中継し、日本側の家族らと中継回線などを通じて自由に対話させるように求めるなど、考えれば考えるほどいろいろなことができそうである。衛星中継回線の使用料金などの費用は「マツタケ300箱」程度の金額ではとても無理なのかもしれないが、冷静に考えてみればものすごく安い金額のはずである。
日朝国交正常化交渉再開前のできるだけ早い時期に日本は北朝鮮に対して「日本人や日本と何らかの関わりのある人たちはもちろんのこと、北朝鮮にいるすべての人たちに対する非人道的な行為を日本は断じて容認しない。それは国際社会も同じだ。北朝鮮の国内で非人道的な行為が行われていないということをハッキリさせるためにもこれからは海外との自由な手紙などのやりとりを認め、いつでもどこでも国際電話をきちんと接続することを約束すべきだ。その上ですべての拉致被害者の安否情報についても誠意のある積極的な協力をすべきだ」などと強く主張しておくべきである。
また同時に中国に対しては「もしも日本人や日本に親類がいると主張する人たちが北朝鮮から中国国内に逃れてきた場合には、日本政府が日本との関連を否定するまでは旅券の有無にかかわらず『日本人』として扱うような『特別な配慮』をお願いしたい。日本は日本と何らかの関わりのある人たちに責任を持つことを明確に約束する。きっと韓国も日本に全面的に協力してくれるだろう。それから北朝鮮に対して間違っても国際社会の常識に反するようなことをしないように説得して欲しい」などと、ロシアに対しては「北朝鮮問題ではいろいろと協力をお願いしたいが、特に核兵器やミサイルを含む安全保障問題での情報提供をお願いしたい。それからロシアも北朝鮮に対して間違っても国際社会の常識に反するようなことをしないように説得して欲しい」などと伝えておけば亡命者が経由する第三国として日本が新たに立候補するよりもずっと大きなインパクトがあってしかも説得力がある強い「メッセージ」になるはずだと私は考えている。いずれにしても小泉首相は日朝国交正常化交渉再開前のできるだけ早い時期に何らかの形で世界に向けてインパクトのある明確で強い「メッセージ」を発信する必要があると私は考えている。
確かに以前と比べればあまり芝居やコンサートに行けなくなり、長い国会審議の間に閣僚席でこっそり「瞑想」(→居眠り??)するようなことも許されない状態が約1年6カ月も続いているのだから小泉首相も相当疲れてきているのかもしれない。ギャラリーが多くなったり、議場が盛り上がってくれば今の小泉首相でも自然にボルテージが上がって内容が伴ったインパクトのある答弁が増えてくるようになるのだろうか。10/21からの一連の代表質問や予算委での小泉首相の答弁が「原稿の棒読み」程度のものに終わってしまうとしたら小泉内閣も日本もかなり深刻な状態であると見なさざるを得ない。海外には明確で強い「メッセージ」を送り、国内には構造改革や経済再生などで具体的な行動・結果を示すことが必要なのだと私は考えている。今の小泉首相にはその両方が欠けている。さすがにいつまでもそんな状態を続けているわけにはいかないだろう。外交も経済再生も待ったなしの状態である。念のために繰り返しておくが、構造改革や経済再生などでは単なる決意や楽観論などではなく早急に具体的な行動・結果を示すことが必要である。
ちなみに秘書官(→解任)の口利き疑惑が浮上して監督責任と管理能力が問題になっている「就任したばかりのある大臣」とか、「50年で30人のノーベル賞」の受賞を目指しているから何とかなどとその不見識ぶりがそう遠くないうちに問題になっていくであろう「就任したばかりのどこかの大臣」とか、中途半端に追及することだけが得意な野党の議員たちが大喜びするような問題がいくつか新たに浮上してきているようだが私はあまり大きな興味・関心を持っていない。まだ何もやっていないうちに急いで更迭すべきだとか、まず何かをやってその結果を見てから決めるべきだとか、調査の結果を見てから決めるべきだとか、この際潔く辞表を提出すべきだなどといろいろな意見が出てくるのだろうが、結局のところは任命した小泉首相がその責任において決めることである。
なお10/27投・開票の衆参統一補選については私はあまり大きな興味・関心を持っていない上に選挙期間中ということもあるので個別具体的なことには一切触れない。ただし「勝敗ライン」などというものを考えるのならば「既存の与党側○勝○敗VS既存の野党側○勝○敗VSその他の勢力○勝」という見方をすべきだということだけは改めて強調しておくことにする。そしてこれは当たり前と言えば当たり前のことだが、もしも低投票率に終わった場合にはすべての政党・勢力の敗北であるということも同時に強調しておくことにする。今後どうしようもない政治家たちがまた選挙目当てに政党を出たり入ったり作ったり壊したりするのかどうかはよく分からないが、衆参統一補選では小泉内閣・与党を国民がどう評価しているのかということだけではなく、「野党共闘」などということをやっている今の野党側を国民が「次の政権与党候補」として認めるかどうかということも同時に問われているということは絶対に忘れてはいけないはずである。
編集・発行:http://www.jchiba.net/、筆者:千葉 潤、ご意見など:jchiba@tokyo.email.ne.jp
JCATSニュースに関するご意見、ご感想、反論などは、jchiba@tokyo.email.ne.jp
まで電子メールをお送りください。なおJCATSニュースに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権はJCATSニュースに帰属します。
Copyright2002 Jcats-news. No reproduction or republication without written
permission.