○私は田中真紀子代議士の「敵」なら「敵」で結構(2002/2/22)。
▽(日本の政治)。
2/20の衆院予算委での田中真紀子前外相(代議士)と鈴木宗男代議士に対する参考人質疑は非常な高視聴率であったという。当事者のすべてが一堂に会する形での参考人質疑でなかったこともあるとは思うが、そもそものNGO排除問題にしても、関連するその他の問題にしても、真相の究明からはほど遠い内容であった。誰かの名前を言った言わない、招待状を出した出さないという話を除外したとしても、いったい何のために何をやっているのかということすらも見えなくなってしまうほど話がひどく混線していた。よくもまあこれだけいろいろな話が次から次へとごちゃ混ぜになってその上もつれるだけもつれるものである。私に言わせると、質問者も参考人もどこまで本気で真相を明らかにしようとしていたのか非常に疑問である。
世間の人たちがどういう感想を持ったのかは分からないが、私は田中真紀子代議士にも失望している。議論していることと全く無関係とは言わないが、田中代議士の批判の矛先はなぜか小泉純一郎首相を含めた官邸側にも「欠席裁判」という形で一方的に向けられていた。感情的には全く分からない話ではないが、やはり田中代議士は「その場にはいなかった第三者にも何の疑いなくハッキリとそうだと分かる事実」だけで勝負をすべきである。そしてなるべく「欠席裁判」は避けるべきであった。なお鈴木宗男代議士についてはまだまだ釈明も説得力も不足していると指摘するだけにとどめておくことにする。
もしかしたら小泉内閣の支持率はさらにまた低下するのかもしれないが、田中真紀子代議士の政治家としての「株」も再び急落するかもしれないと私は見ている。そのことは国民の政治への失望、政治不信が再び強まるということに他ならない。念のために書いておくと、そのときにはただでさえ超低空飛行を続けている「野党共闘」などと称したバカなことをやっているダメな野党の支持率の単純合計値も一緒に急落することになるだろう。失望した国民はダメな野党の前を素通りすると私は見ている。
このままでは田中代議士の政治家としての「株」は落ちるところまで落ちてしまうと心配して「味方」のつもりで私はこれからいろいろなことを書くが、何が何でも「真紀子さんの味方」という人たちから見ればきっと「敵」に見えることだろう。私は田中真紀子代議士の「敵」なら「敵」で結構である。でも、だからと言って小泉首相の応援をしているわけでも、まして鈴木宗男代議士の「味方」でもないということぐらいは分かって欲しいと思っている。なぜこんなにもつれなくてはいけないのかよく分からない「糸」をあえて一本ずつほどいていくと…。
あえて素朴な疑問を投げかけるが、あの衆院予算委の参考人質疑ではいったい何をやろうとしていたのだろうか? NGO排除問題で鈴木宗男代議士の圧力が(事実上)あったかなかったかということを明らかにしようとしていたのだろうか? それとも田中真紀子代議士、外務官僚、鈴木宗男代議士のうちの誰が本当のことを言っていて誰が嘘を付いているのかということを明らかにしようとしていたのだろうか? もしかしたらただ単に世の中に大きな波紋を広げたかっただけなのだろうか?
もしも誰が嘘を付いているのかということを明らかにしようということならば、それはかなり不可能に近い話だと私は思っている。なぜなら電話や密室の中での言った言わないという話なのだからタイムマシーンにでも乗って過去に遡って盗聴器とかカメラを仕掛けてこない限り水掛け論に終止符は打てないはずだからである。田中代議士が電話の最中には書かなかったが忘れないうちに書いたらしいメモが「ねつ造」ではなかったとしても、他人にお見せできるような証拠にはなり得ないことは言うまでもないことである。なお、ごく一部では「テレビに映るとウソか本当かが怖いほどよく分かる」などという悪質なデマが飛んでいるようだが、それはテレビの人間のいつもの質の悪い勘違いだろう。
もしも(事実上)圧力があったかなかったかということを明らかにしようということならば、電話や密室の中での言った言わないというあの話を迂回したとしても、もっとも極端な場合、田中真紀子代議士絡みのほぼすべてのことを避けて通ったとしても、少なくとも本質的な部分を明らかにすることは不可能な話ではないと私は考えている。鈴木宗男代議士を通さなければ外務省の仕事が回らないわけではないのと全く同じように田中真紀子代議士を経由しなくても真相を究明することはできるはずである。つまり、言った言わないという話や田中代議士絡みのことを「幕引き」にすると、必然的に臭い物に蓋をすることになったり、真相究明を阻止するということにはならないわけである。この部分での話のもつれ方があまりにもひどかったために参考人質疑ではほんとど何も明らかにならなかったのだと思う。これでは証人喚問をやったとしてもおそらくほとんど何も明らかにならないだろう。なお鈴木宗男代議士については、まだよく分からない部分が非常に多いが、もしかしたら証人喚問をやったら何かが明らかになるかもしれないし、何らかの形で決着が付くのかもしれない。
最近の永田町であまりにもないがしろにされているものは、挙証責任とか立証責任というものではないかと私は考えている。国会の中での発言であろうとなかろうと、誰かに疑惑があると言い出したり、誰かでは絶対にできないなどと決め付けるのならば、せめて説得力のある証拠らしいものぐらいは示してもらいたいものである。もちろん犯罪があると「告発」する場合にはずっと厳密な証拠が要求されることは言うまでもない。もしも単なる印象だけで相手を厳しく批判するのならば、泥沼の誹謗中傷合戦になったとしても何もおかしくはない。
なお十分な証拠がなかったということは疑惑が全く存在しないことが示されたということではなく、疑惑の存在を示すことに失敗しただけだということをここでしっかりと確認しておく必要がある。
田中代議士は参考人質疑の中で「例えは悪いんですが、前に行って自由にやれ自由にやれって言うから動こうとするとスカート誰かが踏んづけているのでですね、前に出られないんですよ(→議場内笑)。それで誰が踏んでいるのかと思って見るとですね、言っている本人(→小泉首相)じゃないかなという思いがずっとしておりました」、「(小泉首相は)一見新しいことおっしゃるし、あの、格好も良くていらっしゃるんですけれども…(中略)…なんとかせず、とらわれず、ず、ずっておっしゃっている…、それがなくて…。むしろあの、それに逆にとらわれてご自分自身が抵抗勢力であるということに踏み切ってしまったのではないかと私は思っております…(後略)」などと述べていた。
確かに田中代議士が外相時代に前に出られなかったことは事実なのだろうが、誰かがスカートを踏んづけているというのも、踏んづけていた人が小泉首相だという「思い」も、小泉首相自身が抵抗勢力であることに踏み切ってしまったのではないかと「思って」いることも、どこまで確かなことなのだろうか? スカートに付いた足跡や小泉首相が(誰に対する何の)抵抗勢力なのかという証拠を提出すべきだとまでは言わないが、これではもしも小泉首相から「真紀子さんはスカートを自分自身の足で踏んづけていただけ」「真紀子さん自身が『伏魔殿』になったから私が抵抗勢力に見えたのだろう」などと反撃されたら泥仕合になるだけである。
ちなみに田中代議士の「スカート踏んづけ」発言や「小泉首相自身が抵抗勢力」発言に無能な野党の人たちは拍手喝采をして浮かれているようだが、「小泉首相」を「野党」に置き換えても発言はそのまま有効であるということになぜか気付くことができないようである。もしも田中代議士が突然、批判の矛先を野党に向けたとしたらいったいどんなリアクションを示すのかが実に見物である。
くどいようだが、私は田中真紀子代議士の「敵」なら「敵」で結構である。でも、私が田中代議士から「伏魔殿」と呼ばれたり、あるいは田中代議士が誰かから「自分自身が『伏魔殿』になった」などと言われることには納得できそうにない。まだまだもつれた糸がたくさん残っているが本当にほどく意味があるのかじっくり考えてみたくなったので中途半端かもしれないが今回のところはここでやめておくことにする。
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